5.イノシシの解体なんてできません

「イノシシを捕まえただあ? すぐ行くから待ってろ!」


 おっちゃんはフットワークがとても軽い。本当にすぐ来てくれた。


「おお……けっこうでかいな……。どうやって捕まえたんだ?」


 いぶかしげな顔をするおっちゃんに、俺は頭を掻いた。こんなことを言っても信じてもらえないだろうが、俺が自力で捕まえたというのはもっと無理がある。なので正直に話すことにした。


「ニワトリが捕まえてきたあ!? どうやって?」

「それが……わからないんです。見回りをして戻ってきたらここに倒れてて……どうやったのか……」


 そう言うと、三羽はそのトカゲの尻尾のような立派な尾をぶんぶんと左右に振った。コイツらの尾は尾羽じゃなくて、爬虫類系の尾なのだ。それをイノシシの足にバシバシと容赦なく叩きつける。イノシシが悲痛な声を上げた。ニワトリひどい。


「あー……うん、まぁすげえな。で、コイツはどうしたい?」

「できればみなさんで食べられればと思うんですけど……。でも解体とかどうしたらいいのかわからなくて……」


 おっちゃんはなんとなく察してくれたようだった。


「ここじゃ準備もろくにできねえしな。ちょうど足もやられてて動けねえようだし、解体専門のヤツに頼んでみるわ。冷やしたりっつー手間もあるから明日の夜にこい」

「お手数おかけします。あの……もしよかったらご近所のみなさんにも……」

「ああ、けっこうな大きさだしな。適当に声かけとくわ。おい、ニワトリども」


 なんだ? というように三羽が顔を上げた。本当にうちのニワトリは賢い。


「これを狩ったのはお前らだ。だからお前らにも食べる権利がある。今日は俺が持って帰るが、明日は捌いて用意しとくから、昇平と一緒に来るんだぞ」


 コッ! とポチが代表して鳴いた。わかったというのだろう。どこまでわかっているかは未知数だが。


「ありがとうございます、助かります」

「ああそうだ。これだけ立派なイノシシがいるってことはこの山にはけっこうな数がいる可能性がある。人慣れはしてないだろうから、お前が見回りをしている分には出てこないだろうが……。慌てて逃げ道を塞いだりすると突進されて死ぬからな。気をつけろよ」

「は、はい……」


 野生動物怖い。


「ニワトリども、イノシシを捕まえられるなんてすげえなあ! でもウリ坊は狙うなよ」


 みんなコキャッと首を傾げた。揃って首を傾げたものだから俺は笑ってしまった。かわいすぎる。写真撮りたい。


「ウリ坊ってのはな、イノシシの子供のことだ。しましまがあってちっこいイノシシだ。イノシシってのは子が死ぬと子づくりしやがるんだ。だから狙うなら大人の方を狙え」


 コッ! とポチが鳴く。本当に理解しているんだろうか。うちのニワトリが怖い。


「そうなんですね」

「ああ、一度に四匹ぐらい産みやがる。年に二回ぐらい繁殖期があってな。子育てしてる間は子づくりしねえんだが子供がいなくなると増やそうとする。だから増える方が早い」

「農作物に被害ってやっぱりあるんですよね」

「大ありだ。柵作ったりして対策はするがそれだってただじゃねえ。音を出して追い払うなんて機械もあるがヤツらはバカじゃない。何年かすりゃあ慣れちまう。だから狩ってくれるヤツがいりゃあ大歓迎だよ。それがニワトリでもな」


 だからおっちゃんはうちのニワトリたちにも真面目に話してくれたんだなと納得した。普通はニワトリがーなんて言ってもバカにされるだけだろう。でもおっちゃんもおばさんもうちのニワトリたちとしっかり向き合ってくれている。ありがたいことだと思った。


「じゃあ持ってくぞ」


 イノシシを二人で軽トラに乗せる。すんごく重い。何キロぐらいあるんだろう。乗せただけでものすごく疲れた。ユマが何かを見つけたのか、家の向こうに走っていく。けっこううちのニワトリたちは目や耳がいいらしい。

 で、すぐ戻ってきたと思ったら嘴にマムシ……。

 だからどんだけうちの周りにはマムシがいるんだよ。超あぶねーじゃん。


「おー! すげえな。え? くれるのか?」


 おっちゃんが大興奮でユマを迎えた。ポチがコッと鳴く。捕ったのはお前じゃないだろ。


「ペットボトル持ってきます」


 おっちゃんは俺より手際よくマムシをペットボトルに入れると、上機嫌で帰っていった。


「この代金は明日の夜に渡すわ」

「いえ、別にいいですよ」


 イノシシ処理してくれるんだし。


「バカ、それとこれとは別だ」

「わかりました、ありがとうございます。明日の夜行きます」


 田舎暮らしってなあなあなものかと思ってたらそうでもない。いただけばお礼をしなきゃならないし、それを怠ると陰口を言われたりするとは聞いている。(あくまで聞いただけだ)でもなにかいただいたらお礼をするのって当然だよな? まぁいらないものもらっても困るだけなんだけど。


「ユマ、ありがとうな」


 羽を撫でたらすりすりされた。うちのニワトリは本当にかわいい。


「しっかしイノシシかー。明日はシシ鍋かな」

「シシナベー」

「シシナベー」

「シシナベー」

「え? なんでそこだけ反応すんの?」


 ピンポイントでシシ鍋。それもおっちゃんがいなくなってから言い始めるとか怖い。やっぱうちのニワトリは普通じゃない。

 でもとりあえずは明日の夜が楽しみだった。


「お隣さんとかも来んのかな?」


 この機会に隣山の人たちにも会えたらいいなと俺は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る