推し

星ぶどう

第1話

 僕は普通の会社員だ。年齢は25歳。この歳になってもまだ自立せず、築30年の実家に住んでいる情けない男だ。よく母親や妹に馬鹿にされる。

 こんな僕にも会社に友達はいる。同期でデスクも隣同士の長野だ。僕は会社に入りたての頃、互いに家族写真や学生写真を見せ合うなどして色々話しているうちに仲良くなった。

 入社して3ヶ月ほど経った後、長野は僕に秘密を教えてくれた。

 長野は推し活をしている。長野には好きな女性アイドルがいて、その中に推しが1人いるらしい。だが恥ずかしいのかアイドルのグループ名と推しの子の名前を教えてくれない。まあ25歳にもなってアイドルの追っかけをやっているというのが恥ずかしいと思う気持ちもわからなくはない。だから僕はあまりしつこくは聞かなかった。

 彼は推し活にかなり力を入れている。部屋に推しの子の写真を飾っていて、推しの子がインスタグラムで勧めているものは何でも揃えているらしい。彼の家には行ったことはなが、きっと部屋はその推しの子一色なのだろう。僕には本気になれる趣味とかはないので、そこまで夢中になれる彼が少し羨ましかった。

 ある日、長野はクマのキャラクターのストラップを見せてきた。推しの子が好きなキャラクターらしい。僕の妹もそのキャラクターのグッズを集めていたので、僕もかろうじて知っていた。僕たちはしばらくそのキャラクターの話で盛り上がった。話ついでに僕は趣味の見つけ方について長野に聞いてみることにした。

 「そうだなぁ。まずはインスタグラムとかで他の人が出している動画とかを見たらどうだい?何か自分が面白いって思えるものが見つかるかもよ。ちなみに私はネット上で今の推しの子を見つけたんだ。」

 「そっか、ネットねえ。」

 僕は少し悩んだ。なぜなら僕の中にネットはくだらないものというイメージがあったからだ。僕の妹はツイッターやインスタグラムなどあらゆるインターネットを活用しているが、それを見ている限り興味がわかない。妹は例えばインスタグラムで、高校で流行りのダンス動画や自分の好きなことを語る動画などを投稿しているがそんなことをして何になるのだと僕は思うのだ。だがせっかく長野が提案してくれたので、仕事の合間にインスタグラムを少し見てみた。やはり面白いと感じなかった。

 今日の分の仕事を終えたので僕は家に帰った。

 「ただいま。」

 「ちょっと静かに!」

 妹はまた動画を撮ろうとしていた。机の上に妹が好きなクマのキャラクターのカバンが置いてあった。どうやらまた紹介動画らしい。またくだらないと言いかけたが、ふと思えば妹も結構趣味を持っている。僕は妹にも趣味の見つけ方について一応聞いてみることにした。

 「ねえあのさ、どういうきっかけでそのキャラクター好きになったの?」

 「え、何急に?お兄ちゃん、何かあった?」

 「いや別に。僕も何か趣味が欲しいなって思ってさ。」

 「ははあん、そっか。良いよ、良い方法教えてあげる。でもそれはお兄ちゃんがオムオムに連れて行ってくれたら良いよ。」

 「は?何だよそれ。」

 オムオムとは近所にあるオムライス屋で妹のお気に入りの店だ。どうせオムオムに行きたいだけなのだろう。でもあまり妹と2人で出かける機会もないので、連れて行ってあげることにした。

 「やったー!ちょー嬉しい!ありがとうお兄ちゃん。あ、そうだこの気持ちツイートしなきゃ。」

 全くそんなこといちいち報告しなくてもいいのにと思ったが、嬉しそうにツイートしている妹を見てネットも悪くないのかなと思った。

 「あっ、でも待って。先動画撮ってから。」

 そこから30分待たされた。よくそんなに喋れることあるな。

 店につき、妹は割と高めのものを注文した。妹が食べたいものを食べさせないと教えてくれないらしい。全く仕方ないな。妹がゴージャスな代わりに僕は1番シンプルなケチャップのオムライスを注文した。

 注文し終えた後、僕は2人分のお冷を取りに行った。すると偶然にも長野と遭遇した。

 「おー、何でいるの?」僕は長野に尋ねた。

 「あー実は推しの子が今日夕飯にオムオムのオムライス食べるってツイッターで見てさ。同じ気分を味わいたいなと思って。」

 僕は若干引いた。推し活とはかなり凄まじいものなのだと感じた。だが何の趣味もない僕が言える立場ではなかった。

 「でさ、オムオムって店舗数少ないだろ。それで家から1番近いこの店舗に来たってわけ。君は?」

 「あー、僕は妹に連れて行けって言われて。」

 「へー妹さんと。もしかして家近いの?」

 「うん、すぐそこのマンションの裏に住んでいるんだ。」

 「そうなんだ。ごめん話しすぎちゃったね。妹さんとの時間楽しんで。」

 そう言うと長野は自席に戻って行った。

 僕が自席に戻るともう料理が来ていた。

 「遅いよ、お兄ちゃん。もう写真撮ってインスタにあげたから食べて良いよ。」

 「またネットか。で、趣味の見つけ方教えてくれるんでしょ。」

 「うんわかった。趣味の見つけ方は〜、インスタを見ることっ!いただきまーす。」

 あーダメだこりゃ。やはりオムライスを食べたいだけだった。僕は軽くため息をついた。

 僕の不満そうな顔を見て、妹は言った。

 「じゃあさ、私5月18日から沖縄に修学旅行に行くからさ。そこでいっぱい動画撮ってインスタにのせるから、それとりあえず見てみてよ。」

 「うん、じゃあそれ見てみるよ。ありがとう。」

 僕はあまり気が進まなかったが、それよりも妹が僕のために何かをしようとしてくれるのが嬉しかった。

 その夜僕は1つの目標を立てた。それは何かに少しでも興味を持ったらとりあえずやってみること。僕はもっと積極的な人になることに決めた。

 次の日、長野は僕に新しいカバンを見せてきた。推しの子が好きなクマのキャラクターのカバンだ。長野はとても嬉しそうだった。

 「それにしても昨日のオムライス美味しかったな。」

 長野は満足そうな表情でこう言った。

 「何注文したの?」

 「私はね、ビーフシチューオムライスのハンバーグのせ。」

 妹が頼んだものと同じものだった。人気なのだろうか?僕も今度食べてみよう。

 「あと私、訳あって引っ越すことになってね。君の家の表にあるマンションにちょうど空きがあったからそこに引っ越すことにしたんだ。これからよろしくね。」

 「あ、そうなんだ。じゃあこれから会社以外でも度々会えるね!」

 僕は嬉しかった。友達が近くに住むことになる。毎朝一緒に出勤ができる。休みの日とかに趣味を一緒に探してもらおうか。などと色々なことを僕は連想した。

 5月20日、僕はオフィスで1人妹がインスタグラムにのせた動画を見ていた。海が綺麗で中々面白い。2日前から長野は推しの子のアイドルのライブがあるからと言って沖縄に行っている。会社を休んでまで駆けつけるとはよほど推し活が好きなのだなと思った。僕もいつかは夢中になれるものが見つかるといいな。

 ふと僕は思った。そういえばN氏の推しているアイドルって結局誰なんだろう?僕は好きになったネットで今の時期に沖縄でライブをしているアイドルを検索してみた。

 あれ?おかしいな。検索しても誰も出てこないぞ…。

 

 

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推し 星ぶどう @Kazumina01

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