6.がねがね言うんだがね
「……レトロな感じでイイお店ですネ!」
「明らかに言葉を選ぶ間があったよな。お前にも他人の心に配慮をする優しさがあったとは、今になって新発見だ」
「失礼極まりないなぁ。明らかに見てとれる欠点を口にするなんて、いじめと変わらないじゃないか!」
「明らかに見てとれる欠点って言ってる時点で、お前の心の内に秘めた感想は明らかになってるけどな」
「つまり、ランディも同じ感想を抱いてるってことだね」
会話を交わす二人の視線の先で、ミリアがパッパらしき人に俺たちのことを説明している。パッパ(仮)本当に生きていたんだな。
視線を再び建物に向ける。木造の建物だが、所々が割れたり穴が空いたり、まともな壁の方が少ない。ちょっと強めの風が吹いただけで崩壊してしまいそうな危うさがあった。
「ぼっろ!」
「ついに声に出したな」
「ミリアに聞こえなければおーるおっけー!」
「
「まさかの我輩キャラ登場! ここはいつからマンガの世界だった!?」
急に割り込んできた声に反射的に叫ぶ。視線の先でミリアのパッパ(仮)がニヤリと男らしく笑った。野性味溢れるお髭がナイスだよ!
「この世界は元々マンガじみていると思うがね。我輩は、ここは夢の中なんじゃないかと、生まれたときから今までずっと疑っているが、君らはそうじゃないのかね?」
「ヤッベェな。マジもんの夢の住人かよ。夢も希望もねぇな!」
「明らかに質問と答えが合ってねぇよ。……我輩さん、ミリアは?」
我輩は一人称じゃなくて名前だった? つまり、ワガハイさんってことか。子どもがいる年で、自分のことを名前呼びとか、ルイちゃんドン引きなんですけど。なんでランディは名前のことを知っていたんだ?
「我輩の名はアドラヌブルなんだがね。我輩さんなんて呼ぶとは、失礼極まりないんじゃないかね。ミリアは妻のルクラを呼びに行ったんだが、見ていなかったのかね?」
良かった。一人称で合ってた。自分を名前呼びするおじさんはいなかった。
「語尾を『かね』とか『がね』にするのしんどくないっすか?」
気になっていたことを聞いてみる。
「しんどいんだがね。始めてしまったロールプレイングは終わりどころが分からないから、どうしようもないと思わんかね」
「ロールプレイングかよ。普通に終われよ」
思わず吐き捨てるようにツッコんでしまった。
「妻も娘もこれで慣れてしまっているんだがね。やめたら別人認定されるレベルだと思うんだがね」
「思った以上の年季だった……。それは無理……。パッパカリ、これからも頑張って」
「パッパカリとは我輩のことかね……?」
パッパカリの顔が困惑で歪んだ。なんか、勝負に勝った気分! なんの勝負か全く分からないけど。
「ところで、もしかしてアドラヌブルさんも転生者ですか?」
ランディ、今さらそれ聞くの? このノリはどう見ても同じ日本のかるちゃーを感じるだろ?
「そうなんだがね。君らも同じだろうとは思っていたんだがね。ミリアの前で、前世がどうのと話していたらしいから当然なんだがね」
『がね』って鳴く生き物に見えてきた。がね~がね~って、すげぇ
俺の日本の家は田んぼが周りにあったから、カエルの合唱に随分と苦しめられた。童謡にあるような可愛らしいものを想像したら大間違いだぞ。そんなことを思い出していたら、なんだかパッパカリにムカついてきた。
ランディは、なんでこんな奴相手に真面目な表情で話を聞けるんだ! ……八つ当たりだって? それは知らない概念です。
「俺たちも転生者ですよ。こっちは浄化師のルイ。俺は護衛のランディです」
「ミリアに既に名前は聞いているんだがね」
「『がね』の語尾は大変嫌味に聞こえるので、早急な改善を考えた方がいいと思いますよ」
ランディ、正論は時に人を刺すものだ。気を付けてほしいんだがね。
……うつった。これほどの絶望、生まれてこの方感じたことがない。
思いがけない罠に嵌まって、無言で打ちひしがれていたら、ランディから不審者を見る目をちょうだいした。
お前からのその視線は、ご褒美にもならない不燃ゴミだ!
「……助言感謝する、んだ、が、……ね……」
語尾への抵抗は評価しよう。むしろそれほど頑張っても変えられないとは、呪いを疑うべきではないか? そんなヘンテコな呪いがあるのか、俺は知らないんだがね。
「……っ! 俺にも呪いがかかったんだがね!?」
大声で叫ぶ。
「うわっ、うるさっ。黙っていると思ったら、急に発狂するの、心臓に悪いからやめろ!」
「今は俺の語尾の問題の方が重要なんだがねぇえ!?」
なんで俺に怒るのかね! 俺の呪い、早く解いてほしいんだがね! さもなくば、ランディにまで感染してしまうんだがね……!
「お前がノリ良すぎるのが原因だろ。一回冷静になれ」
「俺とノリは切り離せないんだがね!?」
「はい、ひっひっふー」
「ひっひっふー……。って、これラマーズ法! 使い方全く違うだろ!」
「直ってるじゃん」
「直ってるじゃん、じゃじゃん!」
これはびっくり。ラマーズ法、
「お姉さまたち、なんでずっと店の外にいるの?」
「ボロすぎて店に入るの怖いからね! ……あ」
「お前……、結局配慮を忘れるのか……」
「ボロすぎてごめんね……」
ヤッベェ、正直者のルイちゃん、つい口が滑っちゃった。ミリアが戻ってきていることにすぐに気づかなかったとは一生の不覚。そんな悲しい顔をしないでおくれ。俺の中の変態が、グウェッ。……急所に入りましたよ、ランディさん?
「この建物、外観は凄くボロく見えるでしょう」
「……そうですね?」
ミリアの背後から急に出てきた謎の
「だけど、中に入ったらもっと驚くわよ」
「え、もしや、実は凄く頑丈に補強されているとか?」
まさか、わざと外観だけボロくしているのだろうか。それなら確かに驚きである。やっていることの意味が分からなすぎて。
「外観以上のボロさに驚くわ!」
「……それは既に崩壊してるってことでは!? って、最初からそのオチの予想ついてたわ!」
「あら、それは残念。私のとっておきのネタだったのに」
笑いのネタを用意する儚げ美女。……推せる!
「ねぇ、そろそろ店に入ろう?」
ミリア、とても正論です。だが、しかし――。
「こんなボロ家に入って、崩壊のち圧死はやだー!」
「もはや取り繕う気もないな」
呆れたため息つくなよ。俺が入るなら、ランディも一蓮托生なんだぞ。それでいいのか?
「ルイさん、大丈夫よ。私たち、ここで暮らしているけれど、一度も死んだことないから」
そう言うマッマは朗らかな笑顔である。内容との
「あったら幽霊確定ですよね!?」
「あっ、この世界に来る前に、一度死んだ経験はあったわ」
「そんなブラックジョークやだー!」
この世界、転生者多すぎでは!?
もしやミリアもか、と恐る恐る窺うと、不思議そうにした後にとりあえずというように笑顔を見せてくれた。これまで気づかなかったけど、マッマに似て結構美少女ですね。これが天使。
……この子をいじめていた男の子たちに、新たな疑惑が浮かんでしまったんだが、気づかなかったことにした方がいいのだろうか。まさか、幼少期に有りがちな、好きな子をいじめるなんて、そんなことは――?
「ほら、いつまでもごねてないで、さっさと入れよ」
「……なんで、俺だけおいていくの!?」
いつの間にか、俺は一人店の前に立っていた。ランディは店の奥の方で既に椅子に座っている。マッマからお茶を受け取って、代わりに喫茶店からテイクアウトしてきたお菓子を渡す仕草も手慣れたものだ。
「その菓子、俺が買ったやつー! なんでランディが我が物顔で渡してるんだ!?」
俺が買った物で、自分の好感度だけ上げるのは
苛立ちのままに店にズカズカ上がり込んで、ドアを勢いよく閉めたら、マッマのドスの効いた説教を食らうことになった。
「うちが壊れるだろうが!」
「それは日頃から補強していないせいでは!?」
俺、悪くなくない? なくなくない?
マッマの
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