5.誰からもらっても金は金
「いやぁ、いい金になったなぁ」
「……もう、何も信じられない」
「凄いねぇ。ミリア、あんなにキラキラしたお金見たの初めて!」
聖教会を出た時よりも暖かくなった
横にいる絶望顔の男が邪魔だけど。
「ランディは、なんでそんなに絶望してるの? 高く売れたんだからいいじゃない」
「高く売れたことが問題だろ!? あの藁だるまの仮装と鬼の面だぞ? な、ん、で、売れるんだよ!?」
「何が問題なの?」
「お兄ちゃん、なんで怒ってるの?」
ランディがなに言っているのか分かんない。
「きっと俺が着たことでプレミア価格になったんだよ。あの金持ち変態紳士の金払いが良いことに感謝はすれど、怒るなんて、そんな……」
「答え言ってるよな!? 変態って言ってるよな!? あんな藁だるま何に使うつもりなのか、怖くないのか!?」
「全然? もう手放した物に興味はないな」
「嘘だろ!?」
ランディの反応、過激すぎない?
俺が夜なべして作った藁仮装は、俺とミリアのやり取りに横入りしてきた変態紳士に買い取られた。質屋に行く手間がなくなって幸運だ。しかも、恐らく相場以上の金額を提示された。悩むことなく
臨時収入が入ったので、俺はミリアを連れて喫茶店に向かっているのだ。どんなスイーツが待っているのかな~。
「お姉さま、本当にミリアも行っていいの? お金持ってないよ?」
「気にしなくていいのよ~。ミリアのおかげで高く売れたようなものだからね!」
「……俺の分も奢ってもらうからな。この精神疲労、それぐらいしてもらわないと回復できない!」
「まっかせなさい! それくらいお安いご用さ!」
金が入った俺は無敵である。 魔物『
「ミリアも藁でお洋服作ったら売れるかなぁ。そうしたら、お母さんにお薬買えるかなぁ……」
「っ、テンプレ事情を察知! さては、ミリアの家はパッパがいなくて、マッマが病弱。パッパが残した借金のせいで薬も買えず働けもせず
不謹慎だけどワクワク。そして、俺が
「え、違うよ?」
「違うんかいっ!?」
「ルイ、想像が不謹慎過ぎるぞ……」
頭を叩いてくるランディにチロリと舌を出す。ルイちゃん、反省反省。
「お母さんはねぇ、水仕事で手が荒れて痛い痛いっていつも言ってるの。ミリアが代わりにしようかって言っても、『貴女はこんなことしなくていいの。将来良いところで働けるように、今はお勉強頑張りなさい』って。無理して学校にも通わせてくれてるし、ミリアはたまにはお母さんにお礼したい。手の荒れに効くお薬があるって聞いたから、それを買ってあげたいの!」
「な、なんて良い話や……」
「ミリアのお母さんは、その気持ちだけで嬉しいと思うぞ」
ランディの意見に完全同意。俺がマッマだったら、ミリアの言葉を聞いただけで泣いてしまいそう。マジこの子良い子やん。
「そうかなぁ。……でも、やっぱり、痛いのは治してほしいの」
「そうか、それなら何か方法を考えてみようか。……藁仮装作り以外で」
ランディ、『藁仮装作り以外』を強調するな。藁仮装で金を稼ごうとした俺がおかしいみたいじゃないか。
「藁のお洋服ダメなの? ミリアが着てから売っても、お姉さまみたいに上手くはいかないかな……?」
「やめてくれ……。絶対変な奴が湧くから。そんなやり方を学んではいけない……」
ほのぼのとしたやり取りの結果、何故か疲れきった様子のランディである。確かに俺のやり方は子どもには非推奨だな。大人になって、分別がつくようになってから取り入れるのは否定しない。
「とりあえず、喫茶店着いたから中入らん? このまま通りすぎるのはコントやん」
真面目な雰囲気で歩き続ける二人の背中に声をかけた。この状況マジウケる。
踏み出しかけた足を戻したランディが怖い顔で振り返ってくる。俺が横にある喫茶店の扉を指差すと、盛大なため息と共に近づいてきた。
「お前はもっと空気読め」
「空気は読むもんやなくて、吸うもんやで」
「てめぇは二酸化炭素だけ吸ってろ」
「遠回しに死ねって言ってるじゃん! 俺、植物じゃないから光合成不可なんだけど!? 死にたくないよ~」
「え、お姉さま、死んじゃうの……? それならミリアが『いさん』を引き継ぐよ!!」
嘘泣きしていたら、まさかのところから強烈打撃がやって来た。意外とシビア……。クリーンヒットして、お姉様は息絶えそうだわ。
「……そうだね。死ぬ前にはミリア宛に遺書を残すかもしれないね」
「絶対だよ!?」
「か、確約は、できかねます、です……」
俺もランディも、複雑な感情を目で分かち合った。
こんな幼気な子どもに遺産なんて言葉を覚えさせた奴、出てこいやー!!
***
鮮やかな緑の液体に浮かぶ冷たいアイス。まさか異世界にこれがあったとは。日本からの転生者が真似っこして開発したのかな? 大丈夫。この世界ではあなたが最初の開発者だよ。権利を堂々と主張しちゃいな!
「金稼ぎくらい、前世知識を使えば朝飯前では? ……なんて思っていた時期が俺にもありました……」
これが慢心ってヤツですね。ルイはちゃんと学びました。
「……不本意ながら、完全同意」
「お姉さまたち、どうしてそんなに落ち込んでいるの?」
それはね、自分たちの無力さを嚙み締めているからだよ。
これまでの前世知識持ちは、どれくらいの物を再現してるの? それを調べないことには、前世知識を使った商売とか無理じゃん!
俺の前には前世でも憧れだったクリームメロンソーダが置かれている。山奥育ちってことで、この憧れの強さを察してくれ。メロンは入っていないのに、メロンって名前がついてるだけで特別感を覚えちゃうのは俺だけかな。
ランディの前にはマヨネーズとチーズとコーンのピザトースト。喫茶店のトーストって、家で食べる時より三倍は美味しそうに見えるの、なんでだろうね。
ミリアの前には断面も美しいチョコレートケーキ。これが辺境の街の喫茶店で出されるクオリティなのか? 一流ショコラティエが作ってるんじゃないの?
「くっそぅ……。マスター、このアップルパイ追加でちょうだい!」
メニューを掲げて叫んだ俺にマスターはドン引き。ひきつったお顔もダンディーですね。静かな空間を壊滅させてしまったのは本当にすまん。他にお客さんいないから許してくれ。
こんなに美味しそうなメニューがたくさんあるのに、なんで他にお客さんがいないんだろう。疑問に思うが、メニューの金額欄を目にして納得した。庶民が気軽に来られる店じゃなかったわ。ここは喫茶店ではなく、高級レストランだった……?
「俺たちの村には、こんなお洒落なものなかった……。僅か一時間の距離に、これほどの天国があろうとは……」
「冒険者の依頼、街のも受けとけば良かったな……」
「ま、まだ、食べたら、ダメ……?」
いかんいかん。自分のこれまでの十六年を振り返って遠い目をしていたせいで、ミリアに我慢をさせてしまっていた。
「さぁ、美味しくいただきましょう!」
これがクリームメロンソーダ! しっかり炭酸効いてて気分爽快ですな。アイスは幸せの味がする。
途中で出されたアップルパイはしっかり温められていて、ちょっと溶けたアイスと食べるのが最高にうまうまでした。リンゴに煮絡められたシナモン、アイスのバニラの香りも最高に美味です。……シナモンもバニラもしっかり普及してるんですね。ここは中世ヨーロッパ風異世界ではなかったのか!?
「どうやって金を得るか、それが問題だ」
「急な『考える人』ポーズ。深刻そうな顔が驚くほど似合わないな。地獄に向かう罪人もびっくりするぞ」
「俺はハードでボイルドな男を目指す」
「女に生まれた時点で困難な目標だな」
「ちなみに、ハードでボイルドってどういう意味……?」
「目標だったんじゃねぇの?」
「俺に真面目な発言を求めるな」
「それは真理。俺が悪かった」
「まさか、謝罪されて落ち込む日が来ようとは――」
「ミリア、そろそろ帰らないと!」
「茶番劇は終いだ。子どもはさっさと家に帰んな」
「いつからここは茶番劇の舞台だった……? あと、まだハードボイルド演技続いてるよな?」
窓から差し込む日差しは僅かに傾きを増している。夕方にはまだ遠いが、子どものミリアの時間を拘束しすぎるのは良くないだろう。
「お姉さまたち、この後時間があるならうちに来る? お金あるなら買い物して行って!」
「まさかの
「その低音ボイスいつまで続けるんだ?」
咳払い一つ。ここからはルイちゃん、ちょっと真剣だよ~。
「ミリアのおうちが商売してるとか初耳やん。それ先に言ってくれにゃん!」
「なんで急に猫になった?」
「俺の九割はノリとテンションでできている」
「人間じゃなかったんだな」
ここまで俺とランディの会話は真顔のままである。
「結局、うちに来るってことでいいの……?」
「もっちろん! お姉様、ミリアん家にガンガン貢いじゃうよ~」
「また金欠か……。今度は何を質屋に売るつもりなんだか……」
ランディ、もっとテンションあげてこーぜ! それに、正確に言うと、俺は質屋に行ったことはまだないからな! 変態紳士ありがとう!
次回! れっつ、お宅訪問、いん、ミリアん家! お楽しみに!
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