7.世紀の大発明?

「ウマー、この焼き菓子ウマー」

「よく、手土産に持ってきた物、自分の物のように食えるな」

「手土産とは、自分が食いたい物を渡す故、食べる前提であろう?」

「手土産の概念を壊すな」

 そう言いつつランディだって一つ食べているじゃないか。俺は六つ目だけど。


「これ美味しいわねぇ」

「菓子は好かんのだがね。君たちは何しに来たのかね」

「あ、お姉さまたちは、お店で買い物していってくれるんでしょ? お父さんが作った物はたくさんあるんだけど……ミリアのおすすめ持ってくるね!」

 ミリアが慎重に床を歩く。それを見て学びました。この店内では歩く時も用心必須なんですね!


「おすすめ。……おすすめ?」

 店内を見渡す。たくさんの棚が床板を突き破って実に安定して並んでいる。床板全部取って土間っぽくした方が、安全性増すんじゃないかな。

 棚に並べられているのは、よく分からない物体たち。これが近代芸術の造形美ってか? 俺、美術センスないから良さが全く分からないんだよな。つまり、ここに俺が買いたい物はない!


「だが、俺はミリアの店に貢ぐと決めたんだ! どこからどう見てもガラクタであろうとも、ミリアが勧めるならば買う!」

「何でそこまでミリア推しなんだ……。これから旅に出るって分かってるのか? ガラクタはあるだけで場所取って大変なんだぞ?」

「俺には質屋という味方がいる!」

「完全に転売目的じゃん。質屋に入れて値がつくもんがあるんだろうか……」

 ランディにも美術センスはない模様。ガラクタ趣味がなくて、ちょっと安心したわ。


「君たち、本当に失礼だと思わんのかね。作っている我輩の前で言うことかね」

「でも、私もルイちゃんたちと同意見よ?」

「え、ルクラ……?」

「何かしら」

 夫婦喧嘩勃発ぼっぱつの予感。るいはスキル『気配を消す』をはつどうした!


「お姉さま、これとかどうかな?」

 ミリアが帰ってきて、俺を真っ直ぐ見て言った。

「まさか、スキルが効いていないだと!?」

「すきる?」

「お前、頭の中の妄想を現実に持ち込むなよ」

「痛烈~。ランディは今、多くの人間を敵に回したぞ!」

 現実が辛すぎると、妄想を日々の幸せにしないとやってられない人もいるんだよ!


「これは……何かな?」

「お父さんは、タイプライターって言ってたよ」

「え、それは普通に凄いんじゃない? 聖教会のデスク仕事、手書きが一般的よ?」

 マジマジとテーブルにのせられた物体を見つめる。ちゃんとタイピングしやすいようにキーボードがついているし、これは普通に高く売れそうだぞ? 何で売れないんだ?


「良い造形美だと我輩は思うんだがね。適合した紙もインクもないから、インテリアとしてしか使えんがね」

「マジでガラクタじゃん!」

「インテリア、と言って、欲しいん、だがね……」

 マッマの目に負けるようなら、作るなよ!


「じゃあ、こっちは?」

 ミリアが全く落胆を見せずに次を勧めてくる。買いたがるような物ではないと重々理解しているようだ。


「こ、これは……いにしえのハエたたき!」

「布団叩きなんだがね」

「布団ないじゃん! 藁詰めたベッドと毛皮か毛布が庶民の寝具だぞ! どこで使うんだよ!」

「我輩も作ってから思ったんだがね……」

 再びマッマの視線にたじたじなパッパカリである。


「えー……、じゃあ、これは? ミリア、これの良さは分からないんだけど、お父さんが好きみたいなの」

 ミリアが気が乗らなそうに差し出してきた物。酷く懐かしく、俺が心惹かれる物。


「こ、これは……猟銃?」

「ライフルなんだがね。拳銃もあるがね。この世界、火薬は作れないから、筒とグリップに引き金がついた玩具みたいなものなんだが――」

 説明なんて頭に入らなかった。だって、ずっと求めていたものが、不意打ちで現れたのだから。


「買う!」

「ね、って、……本気かね?」

「え……」

「嘘だろ……」

「正気?」

 マッマ、正気を問うのはさすがに酷い。ミリアとランディの眼差しも酷いけど。何より、作り手のパッパカリが、本気かって聞くのはどういうことなの。売るつもりで作ってないのか?


「一応、繰り返すんだがね。この銃じゃ、獣を狩るどころか、道端のありだって殺せないんだがね? 引き金引いても何も出ないんだから、仕方ないんだがね」

「それでいいよ! 俺も何かを倒したくて買うんじゃないからね!」

「じゃあ、何を目的としているのかね……?」

 使えないものを作っているパッパカリが目的を問うのはおかしくない? しいて言えば、満足感を得るためかな。


「お前が銃好きなのは知っていたけど、そんな使えない玩具未満でいいのかよ。てっきり、色んなものを撃ちたがりなハッピートリガーかと思ってた」

 ランディが呆れ顔で言う。

「ハッピートリガーなんて、元の世界じゃ犯罪者じゃないか! 俺は品行方正な女子高生だったんだぞ? それに、これは玩具ではない。しっかりした見た目のモデルガンと言ってもいい出来だ! パッパカリは素晴らしい職人だな!」

 ライフルと追加で持ってきてくれた拳銃に頬擦りしながら言うと、その場にいた全員にドン引かれた。なんでだ。少なくとも、パッパカリは俺寄りの感性のはずだぞ?


「ま、まあ、お姉さまがそれを気に入ったなら、買ってもらおう!」

「そ、そうね。それはいくらだったかしら?」

「値段はそこの札に書いてあるはずなんだがね」

 パッパカリの言葉を聞いて、銃に紐で付けられた値札を見る。天井に視線を移す。また値札を見る。これが二度見。目を疑うっていうこと。


「たっかいんだがねっ!?」

「仕方ないんだがね!? それ、浄化鉄使ってるんだがね!」

「なんでそんなお高い金属使ってるんだがね!?」

様式美ようしきびなんだがね!?」

「そんな様式美、捨てちまうべきだったんだがね!」

 拳銃を抱き締めながらテーブルに突っ伏す。もう離れたくない。それなのに、連れて帰ることができないなんて、そんなことがあるのだろうか。


 浄化鉄は、浄化結界の結界石にも使われる、浄化の力を溜め込む性質を持った金属だ。浄化師が力を籠めた結界石を一定間隔で配置することで、浄化結界が作られている。

 日頃の浄化師は結界石に力をめることを仕事にしているので、俺も馴染みがあるものだ。だからこそ、浄化鉄が高いものだと知っている。

 人が生きるために必須で需要が高いにもかかわらず、供給量が少ないのだから、値段以前に手に入れること自体が困難なはずだ。何故、貧乏なパッパカリが手に入れられたのか、謎である。


「ぐぅ、待っていてくれ、俺の拳銃ちゃん。俺は強敵マトリックスを討ち果たし、俺の金を取り戻してくるから!」

「貯金ゼロになるぞ」

 ランディの冷静な指摘に、頭の中で通帳がビリビリと破られる。これまで数年貯め続けたお金たち。それが虚しく消えていくというのか。


「……それでもいい! 金はこれからいくらでも貯まるが、この拳銃ちゃんとはこれっきりかもしれないんだぞ!」

「いや、その銃がそうそう売れるとは思わないんだが……」

 人生は一期一会。後から悔やんでも遅いんだぞ!? 人はそれを後悔と呼ぶんだ!


「……分割払いでもいいんだがね」

「マジか!? パッパカリ、優しいね!」

「浄化師の口座からの引き落としなら、回収不能になる危険性がないんだがね。我輩も、長期的に少額ずつ金をもらった方が、税金対策にいいんだがね」

「税金」

「税金」

 俺とランディの声がハモった。パッパカリも合わせて虚無顔である。


「異世界も、世知辛いものですな」

 しみじみ呟いた。だが、すぐに気分が上向く。だって念願の銃を手に入れられるのだから。


「んじゃ、この子は今日から俺のもの! パッパカリ、口座引き落としの手続きに行くぞ」

「今からかね……」

「当然だ!」

「ライフルはいいのかね」

 テーブルに残されたライフルが、とても寂しそうに見えた。だが、俺とて、無い袖は、振れぬ……ッ。


「なんで、ライフルまで浄化鉄使ってんだよー! 売る気があるなら、普通の鉄で作れよ!」

「錆びてしまうんだがね」

「そこは安価な錆止めがあるだろ!?」

「この世界の錆止め、普通の鉄に使うと橙色になってしまうんだがね」

「橙色……」

「我輩の美的感覚にそぐわないんだがね」

「……全面的に賛同する」

 橙色は嫌いじゃないよ? むしろ元気いっぱいハッピーな感じで好きだ。でも、銃が橙色は許容できぬ!


 ミリアとマッマに見送られて、聖教会に向かっている俺たちなのだが、今気づいたことを言ってもいいだろうか。


「……ランディ」

「なんだよ。お前が静かな感じだと、軽くホラーなんだけど」

「この銃、俺の浄化の力を吸いまくっている」

「……は?」

 二人で銃を見下ろした。


「浄化鉄なんだから、当然なんだがね」

「そうなんだけど、そうじゃないっ!」

 事の重要性が分かっていないパッパカリに、俺は全力で叫んだ。

 道行く人に凄く距離をとられた。悲しみ。

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