十二膳目
第35話 初夏にさっぱり鯖の卸煮・上
「うん、いい感じに育って来たな!」
俺は畑を見渡して、満足げに頷いた。しのとりんさんは、昼飯の後の洗い物をしてくれていた。俺の前には、
季節はもう、初夏だ。温かく水仕事は楽になったが、食べ物が痛まないようにする事に気を付けていた。
俺達が食堂を始めて、もう二カ月過ぎた。最初はやはり大変で、俺達三人は一日が終わるとどっと疲れていた。「出来ませんでした」は許して貰えないし、令和の食堂でアルバイトだけど調理をしていたプライドもある。
ある日疲れた顔で洗い物をしている時、おっかさんに言われた。
「恭介――嫌な事はしなくていい。好きだった料理が嫌いになったら、あんたも悲しいだろうしあたしも悲しいよ。それに、誰もあんたを責めないさ」
その言葉は、本当に俺の姿を見てくれていたおっかさんだからこその言葉だった。大変さで、確かに俺は料理が苦痛に感じ始めていた。だけど、俺はおっかさんとしのを護るって、「この時代の本当の恭介」に約束したんだ。連絡が取れないから、俺が勝手に約束しただけなんだけどさ。
でも、おっかさんのこの言葉は沁みた。俺は、しのやりんさんを、信用してなかったんだ。俺が頑張らなきゃって意地になってて、二人を頼らなかった。でもおっかさんにその言葉を言われた時、俺は二人に謝った。そうして、「俺を助けて欲しい」と頼む言葉を口にして、頭を下げた。
しのとりんさんは顔を見合わせた後、ぷっと吹き出した。そしてりんさんは、ホッとした顔になって俺を見返した。
「恭ちゃんは、頑張りすぎだよ。頼んないかもしれないけど、あたし達を使いなって!」
「あたしも、包丁の使い方も味付けも上手になったんだよ? 兄ちゃん、三人で一緒に頑張ろうよ!」
二人の優しさには、泣かされそうになった。そう、この食堂は三人で頑張ろうって、最初に約束したんだから。
それから二人にも、調理を任せることにした。味付けは、紙に書いて貼っておくようにした。主に俺としので米を炊く。その間に、りんさんが味噌汁を作る。主菜や副菜は、その都度手が空いてるものが作る。
そうして三人で力を合わせる事で、俺達の疲れはグンと減った。こうして、畑仕事も毎日出来る余裕が出来た。
どんなに頑張っても、俺はまだ十の小僧だもんな。甘えることも必要だ。俺は雑草を引き抜いたり余分な葉を切って実を太陽に当たる様に手入れをして、蕗谷亭に戻った。
「すまん、恭ちゃん! 仕入れを変えてくれないか?」
俺達は毎月の毎日の予定の献立を薬研製薬に提出して、仕入れを任せていた。今日の夜はアジフライを予定していた。しかし、魚屋の茂さんが困った顔で朝一番に蕗谷亭に来た。
「
「おやまぁ、足が速い鯖かい」
俺としのが米を洗って、りんさんが糠漬けの瓜を出そうとしている時に、すまなそうに茂さんはそう頭を下げた。茂さんは、長屋の人ではないが源三さんの店の近くで魚屋さんをしている。蕗谷亭を始める前から、通っていた魚屋だった。馴染みだから、こういう我儘もお互い言える。
「何をおまけしてくれるんだい?」
「わかめ……でもいいかい?」
「茂さんが悪い訳じゃないから、鯖にしようよ!」
しのは、申し訳なさそうな茂さんを庇う。本当に、こういう所が優しくていい子だなと、改めて可愛い自慢の妹だと思う。
「構わないよ、今日の小鉢にわかめの酢の物を入れよう。でも、鯖かぁ……何にしよう」
「なら、
首を横に傾げる俺に、茂さんは手を打ってそう提案してくれた。
「少し暑くなってきたし、さっぱりしていいかもね。いいんじゃない、恭ちゃん」
りんさんは、塩鯖や鯖の味噌煮は飽きたらしい。少し手間だが、分担するなら大丈夫だろう。
「有難うね。これから運んでくるから、よろしく!」
今の時代、冷蔵庫は家庭にない。大きな氷を入れて冷やす冷蔵庫もまだないのだ。確か、昭和になってからじゃなかったかな? 大豪邸が買える価格だったらしい。その為水揚げされた魚は、生きたまま水の張った桶で生かす。氷で保管する技術もないので、鯖の様な青魚は直ぐ腐るので夏は嫌われるのだ。
「いっそ、昼と夜の献立を変えないかい?」
昼は、
「よし、急な変更だけどよろしく!」
「あいよ!」
俺達は、朝飯の支度の続きを始めた。
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