第33話 初日の夕飯はオムライス!・中
俺は、畑の事は全く知らない。家庭菜園をしていた、現代の祖母の姿を見たくらいしかないのだ。それに記憶にあるのはもう実がなっている状態だったので、最初の土作りが分からない。現代なら肥料もホームセンターなどで売っているが、この時代には当然ホームセンター自体ない。歴史的に
俺が畑として利用しようとしている土地の向こうには、荒れていた時に茂っていた葉が刈られて置いてあった。何度も下駄で踏んでいるので、腐りそうな状態だ。そうしてこれに料理の時に出た野菜屑や出汁を取った後の鰹節、卵の殻、
半分ほど耕したが、まだ小さい俺の体では中々土を耕すのは辛かった。三分の一ほどしか出来なかったが、そろそろ昼の支度を始めないといけない。痛む腰を叩きながら農機具を一度直して、手や足を洗う為に井戸に向かった。
昼食を食べ終わった人達から順番に、各自自由に食堂を出て行った。俺達も食事を終えて、食器を洗う。するとりんさんが割烹着を脱いで綺麗にたたんでから、きゅっとタスキをして着物の袖を上げた。
「さあ、畑に行こうか。あたしに任せな! うちは実家が米農家だったから、土耕すなら小さな頃から手伝ってたからね」
「畑? ああ、この横のかい?」
「そうだよ! 折角畑があるから作れるものを自分たちで作ろうって、兄ちゃんが用意してくれてるんだ」
俺達と一緒に食事を食べて寛いでいたおっかさんが、のんびり煙管を咥えて元気なりんさんの姿を見てそう呟いた。その言葉に、しのが頷く。
「何だか恭介は――大人になっていくねぇ……」
ポツリとそう呟いたおっかさんは、少しだけ寂しそうだった。しかし、すぐに煙管から深々と煙を吐いて笑った。
「あたしも少し見物させて貰おうかねぇ。手伝えないけどさ」
「よひら姐さんに土耕して貰うなんて、そんな事させやしないよ! 男衆に怒られちまう」
俺達は笑いながら、畑へと向かった。しかし、俺はおっかさんの事が少し心配で内心曇った気分だった。
「あれ、松吉さん」
畑に行くと、松吉さんが畑の俺が耕した所を眺めていた。店はまつさんに任せて、覗きに来てくれたらしい。
「恭介、もっと掘り起こさんと駄目だ。浅すぎる」
「そうだね、土作りならもっと掘り返さないと」
松吉さんの言葉に、りんさんも頷いた。俺はあんなに一生懸命頑張ったのに、と鍬を持ちながら肩を落とした。
それから慣れた松吉さんとりんさんが頑張って、畑を掘り起こしてくれた。俺がやっていた時間位で、二人で畑を掘り返してくれたのだ。それから腐葉土と肥料を蒔いて、土を
「ん、これでしばらく土地を寝かせておくといい。すぐに種を蒔くのは、止めておけ」
額に滲んた汗を手拭いで
「松吉さん、りんさん有難うございました」
結局、俺達の出番はなかった。りんさんも、腕で汗を拭っていた。
「お互い様だ。じゃあ、俺は店に戻るな」
松吉さんは井戸で手足の汚れを流してから、軽く手を振って急ぎ足で店に戻って行った。松吉さんは普段そう言葉は多くないが、頼もしい人なんだ。
「りんさん、お疲れだろうから今日の夕飯作りは休んで良いよ?」
俺がそう言うと、りんさんは首を横に振った。
「よしとくれ。あたしはまだ若いから、大丈夫だよ。その代わり、夕食の時間まで寝ててもいいかい?」
「勿論、空き時間は好きにして下さい! じゃあ、食堂に行くとき起こしに寄りますね」
「有難いよ、頼むね」
りんさんは笑うと、自分の長屋に戻って行った。
「恭介」
不意におっかさんに呼ばれて、俺はおっかさんに顔を向けた。おっかさんは俺の兵児帯に挟まっていた手拭いを濡らすと、優しく頬を拭いてくれた。
「土が付いてたよ。男前が台無しじゃないか」
「おっかさん、有難う」
まだ少し不器用に笑うおっかさん――よかった、いつものおっかさんだ。
「さて、あたしも用意しないとね。今日は、薬研様のお座敷で芸者も四人ほど呼ばれて賑やかになる。帰りは遅くなるかもしれないから、先に寝てておくれ」
俺達も自分の長屋に向かいながら、そんな話をしていた。
「帰り道、気を付けてね」
「薬研様はいつも、馬車を用意してくれるからね。大丈夫だよ」
そう言いつつ、しのは何か話を作っておっかさんと話したがっている――仕方ない。俺達二人は、おっかさんが大好きだから。
俺も少し寝ようかな。大きな欠伸をしてから、春の空を眺めてから家に入った。
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