第12話 寒い冬に温か茶わん蒸し・中

 いつもの様に昼前に終わった、尋常小学校の帰り。陽気に唱歌を歌うしのの横を歩きながら、俺は今日の昼飯は何にするかを考えていた。昨日貰った獨活うどはまだ保存できるが、冷蔵庫がないここでは、腐る前に鶏肉は消費しなければならない――そう言えば、冷蔵庫っていつできたんだっけ?


「兄ちゃん、どうしたの?」

 しのがそう声をかけてきた。周りの日本人と少し違い西洋人形の様なその笑顔は、相変わらず可愛い。大きな瞳は、歳より幼く見える。だからこそ、俺達は異端として見られるのだろう――そんな奴らも、もう少しすれば今以上に容姿端麗に成長するだろう俺達に、羨望の眼差しを向けるに違いない……なんてな。

 しかしそんなまだ幼く可愛らしいしのだが、精神的には現代の小学生より大人びているギャップがすごい。時折俺は、しのに驚かされる。

「いや、今日の昼めしは何にするか考えててさ――しの、何が食べたい?」

「あたしは、温かいものなら何でもいいよ。まだ寒いし」

 もうすぐ二月になる。朝も雪が降っていたし、まだ寒い日が続くだろう。温かいものか……そよは寝起きに食べる昼食は軽く済ませる事が多い。しかし、お茶漬けと漬物ばかりでは飽きるだろう。俺達は育ちだかりだし、ちゃんと食べた方がいい。

 そんな風に悩みながら帰ってくると、そよがまつさんの家から出てきたところだった。新聞紙に包まれた何かを持っていた。

「お帰り、恭介としの。昨日のコロッケのお礼だって、まつさんがくれたよ」

 化粧をしていないそよは、どこか幼く見えるところがある。しのによく似た、大きな瞳だからだろう。仕事の時は、化粧で切れ長の妖艶にも見える目元にしているのだ。

「え、何々?」

 しのが嬉しそうに、その包みを受け取るとガサガサ音を立てて開けた。


「卵と――これ、何?」

 その言葉に、俺も包みを覗き込んだ――土が少しついた、白っぽい塊だ。

「もしかして、――百合根?」

「恭介の言う通り、百合根だってさ。まつさんの実家から沢山貰ったそうだよ」

 卵に百合根、それに鶏肉……暖かいもの。

 まるでパズルのピースのように、俺の中で献立が決まった。


「よし、茶わん蒸しを作ろう!」


 突然声を上げた俺に、そよもしのもびっくりしたようだ。

「作り方、分かるのかい?」

「多分――大丈夫。寒いから、温かい茶わん蒸し食べよう。俺が美味しいの作るからさ!」

 そよが瞳を細めて、そっと俺の頭を撫でてくれた。

「有難う、楽しみだねぇ」

「おっかさん、あたしも頑張って作るから!」

 俺だけ撫でられたので、しのが珍しく声を上げた。そよは優し気に微笑むと「しのも頑張るんだよ」と、優しく明るい髪のしのの頭を撫でた。すると頭を撫でられたしのが、嬉しそうな顔になる。俺達三人は揃って、家の中に入った。俺は最近、そよを心の中でも「おっかさん」と呼ぶ時がある。現代の俺とそう変わらない歳だが、まだ小さい俺にとって本当の母親みたいに思えているのだ。


 一番出汁は、朝味噌汁を作る時に作ってある。それを使おう。蒲鉾かまぼこと三つ葉があると嬉しいのだが、残念ながらない。椎茸しいたけはあるし、胡蘿蔔にんじんもある。それに百合根と鶏肉があれば、十分だ。

「兄ちゃん、あたしは何をしたらいい?」

 小さな台所に立った俺の横で、しのが俺に聞いて来る。おっかさんは、煙管を咥えて俺達を眺めている。一昨日おとといよく呼ばれる座敷で食あたりが出たので、大事を取って今日も店が閉められているので仕事は休みなのだ。

「じゃあ、しのは水を汲んできて胡蘿蔔と百合根を洗ってくれないか? 鍋に入れる分の水も。それから、椎茸の表面を綺麗に払って欲しい」

 キノコ類は、洗わない方がいい。それはしのも分かっているようで、頷くと桶を持って井戸に向かった。俺は大事に冷たい所に置いていた鶏肉を出して、ささみの部分を切り取った。残り――むね肉ともも肉は、別の料理に使おう。しのには鳥肉の解体を見せないように、水汲みを頼んだのだ――しかし、菜切り包丁では切りにくい。家にあるのは、この包丁だけだから仕方ない。


「恭介」

 不意に呼ばれて、俺はおっかさんを振り返った。

「楽しそうだねぇ――料理は好きかい?」

 煙管の煙を吐きながら、おっかさんは俺の顔を見つめた。その綺麗な顔を見返しながら、俺は頷いた。

「父親に、似たのかねぇ……あの人は実業家だけど、楽しそうに仕事するところはよく似てるよ」

 少し寂しそうで、どこか俺の姿に誰かを重ねているような――切ない少女のような幼い顔だった。

「――必ず、おとっつあんに誇れる料理人になるよ」

 俺はおっかさんを安心させたくて、思わずそう答えた。俺の中身は恭介じゃなく恭志ただしだが――それにいつまでここにいるか分からないが、この綺麗で不器用なおっかさんと可愛い妹を、本当に守りたい。だから、頑張るって俺は菜切り包丁をぐっと握って笑って見せた。

「なら、お店を開こうか。恭介が料理を作って、あたしとしので給仕するよ。そうして、繁盛させて東京で一番有名なお店にしようか」

「いいね、俺頑張って美味しい料理作るよ」

 俺はこの時、そんな事が出来るなんて思っていなかった。夢物語でも、おっかさんがそれで喜んでくれたら嬉しいと思って話していた。


「楽しそうな声が、井戸まで聞こえてきたよ。何の話?」

 そこに、しのが慌てて入って来た。おっかさんと俺はくすくす笑って、俺達の夢の店の話をした。しのも、嬉しそうに話に加わる。今日は中々、料理が進まなかった。

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