三膳目
第8話 華族の薬研家! 牛鍋をご一緒に・上
清が笑顔のままそれを飲み込むと、嬉しそうに俺にそう言った。治郎は苦労しながら、それを齧っている。まだ三歳だったはず、この大きさは食べにくいだろう。そう思った俺は一旦それを治郎から取ると、一口用に包丁で切って汁物椀に乗せて再び渡し直した。
「うま、うま!」
椀からそれをようやく口に出来た治郎も、嬉しそうに顔を輝かせた。
それを見ていた俺は、自分が作った食事が誰かに喜んで食べて貰える事を思い出して、嬉しさに心臓が跳ね上がった気がした。懐かしい、叔父さんのあじさい亭の厨房風景が幻の様に見えた。
――作りたい。食べてくれる人が笑顔になる料理を、もっと沢山……!
「バタと牛乳が入ってるから、甘くて食べやすいよね」
しのが笑って、口の周りに南瓜が付いている治郎の頭を撫でた。清は、夢中で食べている。
「おや、ここにいたのかい! 清、治郎!」
そこに、まつさんの声が聞こえてきた。まつさんはふくよかな身体で、この時代の女性にしては少し身長が高い。割烹着姿で、慌てて家に入って来た。
「すまないねぇ、うちの坊主が邪魔をして――ん? いい匂いだね、揚げ物をしたのかい?」
自分の息子が何かを食べているのに気が付き、そして香ばしい香りにまつさんはそよに声をかけた。丁度その時、まつさんの夫の松吉さんも姿を見せた。「松同士で縁起がいい」と、よく分からない理由で縁談をして夫婦になったと聞いた。松吉さんもひょろりと背が高く、まつさんと違って細身の体だ。気が弱く嫁の尻に敷かれているが、夫婦仲が良いとこの長屋ではみんな知っている。名字の「浜」と二人の名前の「松」を合わせて、「浜松商店」を営んでいる。
「うちの息子がね、美味しいコロッケを作ったんだよ。その辺で食えるようなコロッケより、ずっと美味しいよ。よかったら、二人も食べないかい?」
そよは、どこか嬉しそうに微笑んでいた。それは、俺の間違いでなければ――息子を自慢している母親の顔に見えた。
「え? 恭介が作ったのかい? うちの息子にまでくれたんだね、有難うね。そんなに美味しいなら、あたし達も貰ってもいいかい?」
まつさんは隣の松吉さんを見てから俺に視線を向けて、にっこり笑った。松吉さんもぺこりと頭を下げた。そう言えば、昼頃だ。俺は顔だけ長火鉢の部屋に向けると、時計は十三時頃だ。店を閉めて、一家で遅くなったお昼を食べに帰って来たのだろう。
「是非食べて、感想聞かせて下さい!」
俺は二人にも、熱々のコロッケを渡した。二人はそれを受け取ると、衣を確認してからふぅふぅと息を吹きかけてコロッケを齧った。
「ん! これは、変わったコロッケだねぇ、
流石、普段から料理をしている主婦だ。まつさんの問いは、正確だった。
「うん。南瓜と豆の煮ものの南瓜を使って、コロッケにしたんだ。バタと牛乳をいれて、小麦粉付けてから卵つけて、まつさんに用意して貰ったパンを粉にしたものを最後に付けて揚げたんだよ」
この時代、南瓜のいとこ煮は「南瓜と豆の煮もの」と呼ぶらしい。作っている時に、しのがそう言っていた。
「煮物に、バタと牛乳だけの味付けなのか? 甘じょっぱくて、良いおかずになりそうだ」
松吉さんが「酒の肴にもいいかもな」と付け加えながら、まつさんに続いてそう聞いてきた。俺の時代なら醤油は使わずに砂糖を入れるからもっと甘く、女性には人気だが男性には甘すぎる様に感じるだろう。だが俺は煮物を使う事により醤油の味を生かすために、甘さを南瓜本来のものに頼る事だけにした。醤油だけでは味が尖り過ぎるから、バタと牛乳は役に立った。
「これは、お店に出せるほどの上物だよ! 恭介、あんたすごいね。うちの店で出せばきっと儲かるよ!」
まつさんはそう言うと、がははと豪快に笑った。松吉さんも笑って頷いている。それで俺は――俺の作る味が、この時代でも通用すると確認出来て安堵した。そよもしのも、嬉しそうな顔になる。二人の笑顔が、俺にもっと安堵を与えてくれた。この頃なんだか、二人が本当の家族に思え始めていた。
俺たちの会話中、突然馬の
「長屋に、馬車が来たのかい?」
さっきまで機嫌のよかったそよが、顔を曇らせた。
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