第7話 しのも喜ぶ南瓜コロッケ・下
その日の夕食は、もう遅くなったこともあってお茶漬けにして三杯の麦飯を腹に収めた。そよも一緒に、少しお茶漬けを食べた。
洗い物は明日の朝にすることにして、俺達は早々に寝る事にした。しのとそよは隣の部屋に行き、俺はちゃぶ台を片付けて薄い布団を引いて横になる。まだ長火鉢の灰が残っていて、その中でそよが書いて貰ったコロッケの作り方を見ていた。
朝になり眠い目を擦りながら起きると、しのが昨日の残りの南瓜のいとこ煮を前に悩んでいるようだった。
「ちょっと量が多いね。けど、冬だし昼食べてもいいかな」
その言葉と南瓜を見て、俺はハッとなりしのの手を取った。
「これ、コロッケ作る時に使うよ!」
「作り方に、そんなの書いてた?」
不思議そうな顔のしのに、俺は笑いかけた。
「大丈夫、絶対に美味しいコロッケ作るからさ!」
そうして朝飯を食って俺達は尋常小学校に行った。俺は興奮して授業に集中できず、先生に何度か叱られた。それでも気にせずいつもの様に昼までの授業が終わると、しのの手を握って急いで家に帰って来た。
「えらく早く帰って来たんだね。そんなに楽しみなのかい? 恭介、書置きにあったものはまつさんに頼んで用意して貰ったよ。パンは固くなり過ぎて商品にならないって、無料で貰えたよ」
俺達が玄関を開けると、長火鉢の部屋でそよが煙管を咥えて俺達を出迎えてくれた。俺は家を出る前に、「もし起きてたら買ってきて欲しい」とそよあてに手紙を書いていたのだ。
「有難う、おっかさん! うん、今から急いで作るよ!」
「兄ちゃん、今日は元気だねぇ」
しのは、俺が楽しそうなのが嬉しいようだ。俺は見守ってくれるそよとしのの視線を受けながら、そよが買ってくれたものを確認した。メリケン粉――今で言う小麦粉に、
「おっかさんは、鍋から南瓜を取り出してくれないか?小豆は鍋に残しててよ。しのは、パンを適当にちぎって、すり鉢で粗目に砕いてくれ」
二人は俺が頼んだ作業を、「分かったよ」と返事してすぐに取り掛かってくれた。俺は、開いている羽釜に菜種油を入れて横に置き、
「有難う、おっかさん」
鍋に入れて貰った南瓜を受け取ると、温める為に竈に乗せる。おっかさんとしのは、すり鉢でパンを砕いている。
温まった南瓜を、しゃもじで潰す。柔らかくなった南瓜は、ペースト状になる。たまに塊があるのも、良い感じだ。そこに、牛乳とバターを入れてよく混ぜる。
「恭介、馬鈴薯は使わないのかい? 昨日の残りの南瓜を使うなんて、聞いた事ないよ?」
俺がもういいよ、と即席パン粉を作る作業を止めると、そよとしのが興味深そうに俺の作業を見に来た。
「うん、俺が作るのは南瓜コロッケだからさ!」
「いい匂いだね、牛乳とバタの香りが、南瓜に合うね」
しのの言葉に、俺は頷いた。味は、いとこ煮の味が残っているから特にそれ以上は加えなかった。
そうして竈に油が入った羽釜を乗せ温める。俺は南瓜のコロッケ種を丸めて、それに小麦粉、解きほぐした鶏卵、パン粉を順に被せた。温度計がないので、パン粉を油に入れて確認する。パン粉の撥ね具合で温度を確認する方法方も、現代の叔父さんから教えて貰っていた。
丁度いい頃あいで、俺は種を油に入れた。じゅわ、といい音がしてパチパチとコロッケが油の中で踊っていた。
「わあ、良い匂い!」
喜ぶしのの声に、そよも頷いた。
「よし、出来上がり!」
「ねえねえ、兄ちゃん。つまみ食いしてもいい?」
行儀が悪いと分かっていても、しのは我慢できないように揚げたてのコロッケを指差した。
「仕方ねぇな、熱いから気をつけろよ?」
醤油かソースをかけるようにメモにはあったが、南瓜の味付けが濃いから要らないだろう。俺は揚げたてを包丁で半分に切って、そよとしのに渡した。
「美味しい! 兄ちゃん、本当に美味しいよ!」
「うん、美味しいねぇ……お座敷で食べたものより、恭介が作ったのがずっと美味しいよ――ほら、お食べよ」
しのは満面の笑みになり、そよも嬉しそうに小さく笑った。そうして、俺の口にその半分を入れてくれた。
うん、美味い。俺の時代のコロッケに、確かに似ている。泣きそうになりながら、俺はそれを飲み込んだ。
「兄ちゃん、料理人になれるね!」
しのは嬉しそうに、ふぅふぅと冷ましながら食べている。
そう言えば、江戸時代の言葉に「女性はいもたこ南京が好き」、なんて言葉があったな。思いの外沢山できたコロッケを上げながら、俺は楽しそうな二人を見て嬉しくなった。
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