第3話 涙でしょっぱい芋粥・中

 泣いていたしのだったが、俺が頭を抱え込んで黙ったので、ぐいと着物の袖で涙を拭うと立ち上がった。

「兄ちゃん、取り敢えずご飯食べよう。お腹が一杯になったら、落ち着くかもしれない。さ、用意しよ!」

 俺の脇の下に手を入れて、力いっぱい俺を引っ張り起こす。俺はびっくりして、しのに起こされて立ち上がった。

「雪がやっとやんだけど、寒いよね。隣のまつさんに貰った薩摩芋さつまいもで、芋粥にしようか。兄ちゃん、いつもの様にかまどに火を点けてくれる?」

 囲炉裏の部屋から出ると、すぐに――土間どま? って言うのだっけ? 土をならした所が見えた。どうやら、この家は二間しかないらしい。隣の部屋からは、三味線のような音が時折聞こえる。そういえば、「お座敷がある」と言っていたから、仕事にでも行く用意をしているのだろうか。


 家の壁というのは板を張っただけで隙間風も多く、壁として成り立っているのが不思議な構造だ。裸足で着物一枚の姿では、寒くて仕方ない。先に下駄に履き替えたしのは、俺のらしい下駄を並べてくれた。こんなにも寒いのに、しのは文句一つも言うでもいなく、台所らしい教科書で見た事ある様なかまどの方へと向かう。俺はひんやりとする下駄を履いて、その後ろ姿を追った。履き慣れない下駄は、足の指の股が痛くなりそうだった。

「あの……」

 俺が声をかけると、しのが振り返る。

「どうやって、火……点けるんだ?」


 俺の目の前にあるのは、土と煉瓦れんがで作られた手作りらしい竈だ。上には、素焼きの羽釜が乗っている。よく使われている証に、底辺りが焦げて黒くなっていた。アウトドアには興味がなく、キャンプなどろくにした事ない俺には「火を点ける」にはどうすればいいのか、全く分からない。途方に暮れた顔をした俺を見たしのは、表情を曇らせるも手にした桶を脇に置いて竈の前にしゃがんだ。

「じゃあ、少し遅くなるけど今日は二人で全部やろ。あたし達、兄妹だもんね。助け合わないと」

 俺は俺なりに――タイム・スリップしたかもしれないという漫画みたいな仮説を立てて現状を理解しているが、しのは九歳というのにどこか大人びた子供に思えた。彼女にしてみればおかしくなった兄? の言動が不安だろうが、それを受け入れて俺を助けてくれている。


 時代、なのかもしれないと俺は感じた。俺が住んでいる令和の時代は物や情報が溢れて、便利すぎる時代だ。俺の祖母ちゃんですら、昭和生まれ。その祖母ちゃんも「便利になった世の中だねぇ」と、よく口にしていたほどだ。

 台所を見ると、コンロがなく竈。水道もなく、しのが桶を手にしていたのを考えると、多分外の井戸で水を汲むのだろう。電子レンジも冷蔵庫も電子ケトルもなく――いや、よく考えろ。たった半世紀前近くは、江戸時代だった。子供が親の世話を手伝うのが当たり前で、大人になるしかなかったのだろう。


「兄ちゃん、まきを持ってきて」

 しのが指差した先には、割った薪が山積みになっていた。俺は、取り敢えず六本ほど手に戻ってきた。その間にしのは、小枝やわらを入れて大きな箱からマッチを出して火を点けた。しのがそのマッチを藁の上に投げると直ぐに火が燃え移り、次に小枝も燃えだす。すると俺から薪を受け取り、竈の薪を入れる部分らしい入り口から一本ずつ入れていく。

「はい、これを吹いて火を大きくしてて。あたしは、水汲んで来るから」

 三本ほど入れた頃、しのは細長く三十センチほどに切られた竹を俺に渡して、桶を抱えて立ち上がった。

「俺が汲んで来るよ、重いだろ?」

「いいよ、兄ちゃんは病み上がりだし。火、消えないようにしててね」

 しのは笑って、建付けが悪い引き戸を開けて寒そうな外に出て行った。開けられた玄関の外は、確かに雪が積もっていた。やはり少しでも壁の役目を果たしていたのか、凍えそうなほど冷たい風が雪をまといながら家に入って来た。

俺が自転車で車道に飛び出したのも、雪の日だ。あっちでの俺は、今頃どうなってるんだろうか。


 俺はしのに言われた様に、慣れないながらも燃える薪に竹を吹いて息を吹きかける。


 ――赤々と燃える薪から出る煙に、思わず涙が出た。それが煙のせいだったのか不安のせいだったのか、俺には分からなかった。

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