一膳目
第2話 涙でしょっぱい芋粥・上
「……、兄ちゃん……、目、覚めた?」
ゆっくりと体を揺らす感覚に、ふと意識が戻ったように俺は無意識に瞳を開いた――が、眩しい。俺は一度開いた瞼を、またぎゅっと閉じた。
「兄ちゃん! 兄ちゃん、起きた!? おっかさん、兄ちゃんが起きたよ!」
まだ幼い女の子の様に、少し甲高い声だ。俺を揺さぶりながら、大きな声を上げる。しかし、寒い――凍える様に、寒かった。俺は自分に掛けられている、布団のような薄っぺらい布にくるまった。
「しの、恭介は起きたのかい?」
そこに、大人の女の声が聞こえてきた。俺は、ようやく再び瞳を開いた。
「は?」
そこで見たのは、驚きとしか言いようがなかった。俺の傍に居るのは、見た目にも着古した着物姿の明るい髪を三つ編みにした十歳くらいのハーフの様な可愛い女の子と、赤い襦袢? に紫色の派手な着物を着崩して
その時、妙なタイミングで『ボーン』と何か鳴った。
「昼だね。大方、腹が減って目が覚めたんだろ。しの、恭介と一緒に飯食っときな。あたしは、今日はお座敷行くから用意しなくていいよ」
「はい、おっかさん。気をつけて」
しのと呼ばれた女の子はそう返事をして、女に頭を下げた。女は、気怠そうに煙管の煙を吐きながら部屋を出た。どうやら、隣の部屋に行ったらしい。
「兄ちゃん、痛い所とかない? 三日も目を覚まさないから、おっかさんもあたしも心配してたんだよ」
待て。時代劇の夢か?俺は混乱しながらも、自分の腹が鳴る音に取り敢えず身を起こそうとして――自分の腕を見て息を飲んだ。
縮んでる? そんなまさか?
「あ、あの、しのさん、鏡ない!? 俺、どうかなった!?」
慌てて声を上げた俺に、しのと言う少女はびっくりした様に瞳を丸くする。しかし、慌てる俺が「鏡」と連呼しているので、小和箪笥の引き戸を開けてそこから古びた手鏡を取り出した。
「兄ちゃん、これ」
そう言って差し出してくれた手鏡を慌てて受け取ると、俺は絶句した。
鏡に映っているのは、しのという少女と変わらない年頃の少年がいた。金に近いような薄い茶色の髪は、柔らかそうなウェーブと寝ぐせ。瞳は色素が少し薄く灰色に近い色。悔しい事に、俺の子供の頃より少し――いや、かなり将来有望そうな容姿。俺もしのの様な、着古した着物を着ていた。
――これは、夢だ。いや、そんなまさか……
手鏡をしのに渡すと、俺は自分の頬を引っ張ってみる。痛い。夢ではない。
「兄ちゃん、変だよ? やっぱり、頭打ったの?」
そんな俺の様子に、しのは心配そうな声音で尋ねてきた。
「俺、三日も寝てたのか? なんで?」
取り敢えず、現状を理解するために俺はしのに尋ねる。
「尋常小学校の帰り、広い通りを歩いてた時に、軍の馬車を護衛する馬に蹴られたのを覚えてない? 兄ちゃん、すごく飛ばされて、近所の人に家まで担がれて来たんだよ。お医者さんに診て貰ったけど、怪我はしてないって言われたのに」
は?
「え、ごめん……何の帰りって?」
「え? 尋常小学校だよ。あたしと帰ってたじゃない。もうすぐ
尋常小学校? 教科書で習った単語に、俺はゴクリと喉を鳴らした。
「なあ、今は令和四年だよな?」
「兄ちゃん、れいわって何? 今年は年も明けて、明治三十九年になるじゃない」
夢なら、冷めてくれ。まさかこれが、よく漫画で見るタイム・スリップとかいうやつなのか?
「ごめん、しのさん。俺頭が今ゴチャゴチャしてるんだ。俺の名前は? 君と、さっきの女の人と俺との関係って何?」
俺の言葉に、しのは心配した顔になった。俺の容態が悪いと思ったようだ。
「兄ちゃんは、
しのは、大きな瞳からボロボロと涙を流した。
恭介って、誰。
俺は途方に暮れたように、頭を抱えるしかなかった。
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