小鳥遊マユの解釈

示紫元陽

小鳥遊マユの解釈

「ねぇミナミ」

「何、マユ?」

「推し活ってさ、サステナブル・デベロップメントよね?」

「……は?」

 サンドウィッチを手に持ったまま、東雲しののめミナミは思わず眉間にしわを寄せてしまった。別に機嫌を損ねたわけではない。予想だにしない友人の発言に対し、よろしくもない己の頭をフル回転させた結果、瞬時に理解不能と結論付けられたために行動にバグが生じただけである。

 ミナミが呆気に取られていると、小鳥遊たかなしマユはしばらく考えた後、あぁと合点がいったようにポンと手を打った。

「ごめんごめん。Sustainable Developmentね」

「違う、そうじゃない! 発音がなってないから許せないとかじゃない! 言ってる意味が分からなかったの!」

「あぁそういうこと」

 目を見開いて抗議するミナミに対し、マユはすました顔でふふと微笑んだ。

「そうねぇ……そもそも、推し活って何かを熱烈に支持するってことが主軸になるじゃない?」

「そうだね」

 やれやれと再びサンドウィッチを齧りながらミナミは首肯する。

「ということは、その何か、とりあえずAとしましょうか。このAを理解することが大前提になるわけね。しかも、そうして得た知識をもとにしてAをより深く解釈して、その上で適切なキャラクター像を明確にし、他者と共有することで環境をさらに充実させていく」

 どこか論理的に聞こえるように述べるマユの説明を聴き、はたしてそんな面倒な言い方をする必要があるのかミナミは疑問に思ったが、まぁだいたいはそうだなとも同時に思った。知識とそれに基づいた解釈の展開と、そのアウトプットや共有は推し活の根底にあると言っても間違いではないだろう。

 しかし、それはいいとして、サステナブル・デベロップメントの説明はないのでミナミはマユに怪訝な顔は返した。マユもその雰囲気は察したらしく説明を再開する。

「サステナブル・デベロップメントっていうのは、日本語にすると持続可能な発展。つまり現在や局所にのみ焦点を当てるのではなく、もっと地球規模に、また時間的隔離がないように、全体の理解と発展、さらに保護を目指すというのが理念の中心にあると思うの」

「うんまぁそれはいいよ。で、なんで推し活がそれになるの?」

 尚も腑に落ちないし、はっきり言って説明の三分の一くらいは分かっていない気がするミナミだったが、マユが言うならそれ相応の繋がりを考えているのだろうと思い、さっさと結論を知りたくなった。マユは話を遮られたが、気分を害するわけでもなくミナミの質問に答えることにした。マユの方はただ自分の思い付きを喋りたかっただけかもしれないが。

「だって推し活もそうじゃない。さっきのAで言えば、ただAを理解するだけじゃダメなのよ。Aをとりまく周囲の反応、それらとの関わり合い、未来を考えると社会の問題も十分に理解しないと、Aに対して真摯とは言えないわ。何かを全力で推すという行為は、そういった熱心な理解と、時空間の壁を跨って考え出された命題への解を探ることに他ならないのよ」

「うーん、分かるような分からないような」

 ミナミはやはりピンと来ていない。それを見たマユはなぜか待ってましたとばかにニヤリと笑い、鞄の中からごそごそと何かを取り出して机の上に並べた。

「では、たとえばここに『きのこの山』と『たけのこの里』があります」

「ちょっと待った。え、何、何が始まるの?」

「この二つの間で長らく論争が続いてるのはもちろん知ってるわね」

 マユはミナミのつっこみをさらりと聞き流す。慣れっこなのか、ミナミの方も固執することなくマユの話にすぐに合わせた。

「うんそれは知ってる。私はたけのこが好き」

「あらそうなの。じゃあ私はきのこの山をいただくわね」

 そう言ってマユはミナミにたけのこの里を渡し、自分はきのこの山を開封して一つ摘まんだ。ミナミも封を切って、たけのこの形をしたチョコレート菓子を一つ口に放り込んだ。彼女の満足そうな顔を確認してから、マユは口を開いた。

「なんでミナミはたけのこ派なの?」

「このクッキーのサクサク感がチョコとマッチして美味しいから。それにきのこは傘の部分がよくとれるし」

「なるほど。でもきのこの山が好きって人は、むしろクラッカー生地がいいって意見がよくあるわね。こんなふうに、意見がバッチリ分かれる、派閥ができるということは、とどのつまり『推し』を主張していると言っても過言じゃないわ」

「いやさすがに過言だと思うけど」

 つっこみを入れつつも、ミナミは菓子袋と口の間で手を往復させながらマユの無理やりともいえる意見を聴く。先程のサステナブルな話題から打って変わって日常的でほんわかな話に身を投げたようだが、マユの方はこれで真剣に構想を述べているので、ミナミにとってはそれはそれで面白いのである。

「『たけのこがクッキー生地だからたけのこがいい』。これ一つとっても、きのこがクラッカー生地という知識があって、実際に食べた経験があって、この味よりはたけのこの方が良いかという結論に至っているのね。逆に言えば、きのこの山を知らなければこのお菓子の論争は意味をなさないのよ」

「まぁ分からんでもないけど」

「さて、ではミナミがたけのこ推しということだから、この『たけのこの里』の環境を考えてみましょう」

「いやだから推しとは言わない……」

 ミナミの反論には耳を貸さず、マユはせっせとノートとペンを用意して、さらさらと図解し始めた。たけのこの里ときのこの山の対立を中心として、それぞれの生地の特徴、チョコの層構造について、形による触感と満足感などなど、考え得ることを次から次へと書き足していく。さらには他社製品とも比較し始め、それはもうチョコレート菓子の世界において何かしらの問題提起をする勢いである。

 ミナミは一人でその様子を見ながらたけのこの里をパクパクしていたが、ちょうどお茶で喉を潤した時、一通り気が済んだのかマユが自分の世界から帰還した。

「まぁこんな感じかしらね。こんな風に『きのこたけのこ論争』の周囲には色んな状況がひしめいていて、これらを知ることで論争の新たな一面が見られることだってあるわ。そうすれば、単純にアウフヘーベンの理論だけで誤魔化すようなことにはならないと思うの」

「うん、気持ちはよく分かる」

 適当な返事をして、ミナミはたけのこの里を一つ口に入れた。マユもきのこの山を摘まんで口に運ぶ。

「要するに、ある問題を解決するためには、空間的にも時間的にも局所へのアプローチだけじゃ足りないのよ。でも、推し活はそうじゃない。今回の『きのこたけのこ論争』のように、周辺環境も含めて広大な関連事項を考察して、過去から未来にわたる事象や問題を吟味したうえで、よりよい発展、展開を目指していると思うの。つまりSustainable Developmentなのよ」

「やっぱり正直よく分かってないけど、たぶん曲解な気がするなぁ……。っていうか『きのこたけのこ論争』の話、必要あった?」

「Sustainable Developmentに関しては必要ないわね」

「この子即答したよ! あとさっきから妙にいい発音が鬱陶しい!」

 ミナミは理解しがたい講釈に耳を傾けていたというのに、それらが意味をなさなかったというのだから文句の一つも言いたくなるのは当然である。一方でひたすら饒舌の限りを尽くしたマユはと言えば、ノートの図面を見て至極ご満悦そうであった。

 呆れてそれ以上嫌味も言えないミナミは、大きく溜息を吐いてから最後にマユに尋ねた。

「で、なんでこんな話したの? 推しでもできたの?」

「いや別に。持ってきたチョコ食べたいなと思って」


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