第6話 彼女らの事情 【side B】

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 イノと新鞍さんという〝プレイヤー〟に長谷川教官を加えた三名が、ダンジョンに姿を消して三ヶ月が過ぎた。


 あくまで非公式ではあるけど、学園側はすでに三人を死亡扱いとしている。


〝食糧や水の補給の観点から、彼らの生存は絶望的だ〟


 というのがその言い分らしい。


 西園寺理事が、ここぞとばかりにニヤニヤしててちょっと引いてしまった。


 長谷川教官は派閥の身内だし、新鞍さんなんて正真正銘の親族のはずなのに……。


 イノにしてやられて歪んでしまったのか、元々の人間性として、自分のちっぽけなプライド以外に興味のない人だったのか。


 どちらにせよ〝大人気おとなげない醜悪な大人〟の見本みたいな人だ。


 もちろん、私たちはイノたちが死んだなんて思っていない。


 探索者にとって、確かにダンジョン内の補給は死活問題だけど、〝プレイヤー〟にはストアがあるからそこまで大きな問題じゃない。


 新たなクエストが発生して、たぶん手こずってるんだろうって心配くらいだ。


 なんなら、波賀村理事もイノたちの生存を確信してる。


「新鞍君や長谷川教官はともかくとして……今後のことを考えれば、井ノ崎君はいっそ〝死亡扱い〟の方が都合が良いのかも知れない」


 ボソッとそんなことを言っていた。


 イノを死亡扱いにして、誰にとって、どんな風に都合が良いのかは怖いから聞かない。聞きたくない。どうせ私にも関係してくる話なんだろうけど、できるなら知りたくない。


 なにより、今の私に大人たちのパワーゲームを気にする余裕なんてない。〝ペナルティクエスト〟に備えないと……。


「……たぶん、もうすぐ川神さんのペナルティクエストが開始されると思う」


 ある日、鷹尾先輩がそんなことを言い出した。


 実のところ、個人的に鷹尾先輩は少し苦手なタイプなんだけど……クエスト関連ではまさに〝先輩〟だし、サワや獅子堂とは違う〝特殊なパーティメンバー〟でもあるから、その言動は無視できない。というか、今回についてはまさに彼女の言う通りだし。


「どうなの? 川神さん的には〝予兆〟みたいなのはあるの?」


「ええ、まぁ……親切設計とでも言うのか、ほんの少し前からカウントダウンみたいな通知が来てます」


「カウントダウン?」


「はい。『あと⚪︎⚪︎時間』みたいなのが、思考の隅っこに急に差し込まれました。ちなみに、二日後の正午にこのカウントはゼロになるみたいです」


 システムからの通知が来た。カウントダウンについての説明はないけど、心当たりはペナルティクエストしかない。


 この通知は〝普通〟のパーティメンバーである塩原教官、野里教官、サワ、獅子堂には来ていない。


 ただ、鷹尾先輩にだけは、私に来たモノと同じような通知が来ているらしい。


「……何だかよく分からなかったけど、たぶんがトロフィーとか称号の効果なのかも?」


 鷹尾先輩自身にもよく分かってないみたいだけど、彼女にはダンジョンシステムから特典が付与されている。


 私や他のパーティメンバーにない〝機能〟が実装されている。


『登録名〝メイ〟とパーティ登録をしますか?』


 三か月前のあの日。たぶん、イノとのパーティ登録を解除した直後だったんだと思う。いきなり私に通知が来た。


 友好度云々を通り越してのパーティ登録の案内。


 顔見知り程度でしかないのに、パーティを組むのが前提だった塩原教官の時と似たような感じだ。


 おそらくだけど、〝超越者プレイヤー〟である私がどうとかじゃなくて、鷹尾先輩自体がダンジョンに求められてるんだと思う。


 通知を受け取った後、改めて確認した上で鷹尾先輩とパーティ登録をしたんだけど……今までとは少し違った。


『メイが〝重複登録オーバーラップ〟のトロフィーを獲得しました。〝挑む者〟の称号が付与されます』


『川神陽子が〝挑む者〟をパーティ登録しました。該当者〝メイ〟とのシステム共有が開始されます』


 バチッ! ……という音がしそうな電気ショック的な痛みと共に、そんな通知が来た。


 めちゃくちゃ痛かった。


 思わず「痛ァッ!!」と叫んでしまうくらいには。


 イノに〝超越者プレイヤー〟への覚醒を促された時ほどじゃなかったけどさ……うん、だからといって納得はしてない。なんなの、この罰ゲームみたいなの? 


 ……とにかく、鷹尾先輩はダンジョンから〝挑む者〟という称号とやらが付与されたらしい。


 で、そんな鷹尾先輩をパーティ登録した私は、先輩の使用するシステム……要はイノや新鞍さんが使っていた〝ステータスウインドウ〟というシステムを使えるようになった。


 機能を視覚的に整理できるようになった……なったんだけど、私的にはこのステータスウインドウはちょっと使い勝手が悪い。何かをしようとした際、少しもたつく感じがする。


 思考や直感、イメージなんかでシステムを使用する、これまでの方式のが私には合ってた。なので、せっかくだけどこのステータスウインドウ方式はあんまり使っていない。


 なんというか……痛い思いをした割には、私にはあんまりメリットがなかったってわけ。やはり納得いかない。


 まぁ私の納得はさておき、これまでのパーティ登録と違って〝超越者プレイヤー〟である私がパーティメンバーから恩恵を受ける形だってこと。


 たぶん、ダンジョンのルール的には、今の私よりも称号持ちとなった鷹尾先輩の方が格上という扱いなんだと思う。


 だからなのか、システムからの通知や機能の説明なんかは、私よりも鷹尾先輩の方が充実しているみたい。


 諸々の情報を共有した際にイノが言っていた。


「〝僕の陣営システム〟はメイちゃんを手放したくなかったんだと思う。だけど、ヨウちゃんとのパーティ登録でトロフィーだの称号だのが開放されたってことは、むしろ〝ダンジョン〟的にはがメイちゃんの順当なルートなのかもね」


 イノの〝システム〟は、鷹尾先輩のパーティ登録解除を思い止まらせようとしたり、解除後もすぐさま再登録を求めて来たんだとか。分かり易いと言えば分かり易い。


 ダンジョンの思惑? ……と、イノや新鞍さんという〝プレイヤー異世界人〟のシステムは微妙に対立している。


 考えれば当たり前か。何しろイノたちのシステムというのは、ダンジョンに滅ぼされた世界の残照……記録や記憶、残留思念だとかの寄せ集めのような存在らしい。ダンジョンへの敵意がない訳ない。


「ま、いくら敵意があったところで、所詮はダンジョンの手の上で弄ばれてるのに変わらないけどね。僕らはダンジョンのお情けなりお遊びなりで存在を許されてるわけだし、〝陣営システム〟だって結局はダンジョンのルールに逆らえない。ダンジョンの示すルールに則って、駒である〝プレイヤー〟を先へ先へと進めるしかやりようがない」


 そんなことを淡々と語るイノに私は聞いた。


「イノはそれで良いの? 駒として扱われるままで。ダンジョンやシステムから距離を置いて、この世界の〝一般人〟として普通に暮らしていく気はないの?」


「今のところはないよ。駒であることは特に気にならない。僕は僕の好奇心でダンジョンの深層を目指すだけ。ま、飽きたら止めるかも知れないけどね」


 即答。ノータイムで答えが返ってきた。やはり聞くだけ無駄だった。


 イノは前にも増して……


 かつての野里教官なんかよりもなのに、という有様。

 

 ダンジョンに憑り付かれてる。


 別の意味で、まさしく〝ダンジョン症候群〟だ。


「はぁ……学園に来る前は、まさかがこんな風になるなんて思ってなかった。私とサワが意気揚々と探索者を目指してさ、イノと風見かざみがそれを嫌そうに一歩引いて見てる……そんな関係性が続くと思ってた。ま、当時の私は自分の醜さを隠したままだったけど」


「あぁ、うん。確かにそうだ。学園に来る前は僕だってそんな風に思ってた」


「ねぇイノ。もう私は流されるままだけどさ……くれぐれものことをお願いね?」


「うん。よ」


 イノも気付いてる。いつの間にか私は置いて行かれちゃった。


 これも当たり前の結果なのかもね。


 私は、今に至ってもどこかで〝やらされてる感〟が残ったまま。


 クエストへの備えにしたって、〝生きて帰って来るため〟という、当たり前の生存本能に突き動かされてのことだ。


 能動的に、ダンジョンの深層を目指したいという思いは薄い。


 だけど、サワはそうじゃない。


超越者プレイヤー〟やパーティ登録、クエストなんかについても、サワは割と平然と受け入れてる感じだったけど……違う。


 平然とした風ではあったけど、その瞳の奥には喜びがある。ダンジョンの謎に挑むという冒険者の火が宿ってる。


 サワのダンジョンに臨む姿勢は、まさに今のイノと同類の気配がする。身の安全や安定した生活を投げ捨てでも、好奇や興味の向くままに征く……そんな危うい気配。


 若干ニュアンスは違うみたいだけど、大きな括りでは鷹尾先輩も同類だと見てる。


 イノたちは〝同志〟なんて言ってるけど……私からすれば、度し難い悪癖あくへき持ちにしか見えない。


 頭のネジが外れてる。


 心のブレーキが壊れてる。


 そこに損得勘定はない。


 ダンジョンに捉われた人。ダンジョンが求める人材。


 真正の馬鹿たち。


 でも、そんな馬鹿なイノたちを、ちょっと羨ましいと思ってしまう私もいる。もちろん、ドン引きしてる私もいるけど。


 とにかく、イノとそんなやり取りをしたすぐ後だ。


 長谷川教官を加えた新生井ノ崎パーティがダンジョンに姿を消したのは。


 鷹尾先輩を迎えた新生川神パーティが始動したのは。



:-:-:-:-:-:-:-:



芽郁めい、もう一度だッ!」


 短槍を杖代わりに立ち上がりながら、獅子堂が吠える。


「……いいよ、たける。掛かって来い……ッ!」


 打刀うちがたなを軽々と片手で振りながら、鷹尾先輩が応じる。


 ダンジョン内での実戦装備での模擬戦。力比べ。


 因縁浅からぬ獅子堂と鷹尾先輩にとっては、これは訓練というよりは勝負だ。


 先輩が川神パーティに合流してから、当然ながら共に行動する機会が増えた。


 とは言っても、私たちはイノたちと違って十階層から先へのダイブは止められているため、チームとしての連携訓練や〝超越者プレイヤー〟の機能確認がほとんど。


 それぞれのメンバー同士は、自己紹介がてらにしばらくは当たり障りのないやり取りだったんだけど……鷹尾先輩を前にして、獅子堂は燻っていた火が燃え上がっちゃったみたい。


 ただ、以前のような色恋を拗らせたアレな感じじゃなく、純粋に鷹尾先輩に勝ちたいというそこそこに健全な感じだ。


 うーん。健全……なのかな?


 ここは探索者という、魔物と斬った張ったをする連中を養成する学園なんだし、今まではあんまり気にしてなかったけど……。


『憧れの彼女に(暴力で)勝ちたいッ!(武器も使うぞ!)』


 改めて考えると異常だよね?


 一方的に絡んで行って、実戦形式で同級生(イノ)にぶちのめされた私が言えたことじゃないんだけど。


「しッ!!」


「ぅッ!?」


 おっと。どうしようもないことを考えてる間に獅子堂が仕掛けた。しかも、先輩の意識の隙間を縫って。攻めのリズムを変調させ、真正面から不意を突く形。


 正統派の基礎を学んできた、獅子堂らしからぬ一手。


 直感頼りで変則的な、正統派とはほど遠い私の動きを参考にした、鷹尾先輩対策。


 獅子堂には度々訓練に付き合わされたものだ。


「……ふッ! ハッ!」


「ぐ!? くそ!」


 でも、届かない。私との訓練は役に立ってるようだけど、獅子堂が繰り出す突きのことごとくは先輩にさばかれる。凌がれる。時には《甲冑》という防御スキルに任せるまま、受け流されもしてる。


 連続した攻撃の中の一突きでは、獅子堂はまだ先輩の《甲冑》を貫けない。


 攻撃のリズムを変えても、まだまだ先輩に強撃を見舞えるほどじゃない。


 それでも彼は攻める。手を止めない。


 うん。以前に比べると健全なのは間違いないか。


 獅子堂は、まだ届かないことを承知で先輩に挑んでる。そこに昏い想いはない。だからこそ鷹尾先輩も応じているんだろう。


若人わこうどたちの青い春はまぁいいとして……やはりこうして見ると、鷹尾さんは学生組としては頭一つ抜きん出てるわね。スタイルが噛み合うから、スゥも押し切れるかもよ?」


「ふん。確かにまともに真正面から当たれば、今の鷹尾を私一人で抑えられる自信はない。あくまで真正面から当たれば……だがな」


 教官組が鷹尾さんをそう評してる。若干負け惜しみ的な表現をしてるけど、野里教官の言い分はたぶん正しい。


 一対一。それも足を止めた状態からの正々堂々な決闘方式。


 そんな純粋な技比べや力比べならともかく、実戦形式となれば教官の方が〝引き出し〟は多いはず。


 鷹尾先輩といえども、流石にまだ敵わないと思う。


 反則的とも言えるイノの〝プレイヤーモード〟みたいな、正確無比で紙一重な動きが連続してできるなら話は別だろうけど。


 実際はイノーアモドキだったけど、私と獅子堂、野里教官の三人の連携で攻め切れなかったほど。


 しかも、オリジナルのイノは、そんなモドキを数合のやり取りでいともあっさり斬り捨てた。私たちは三人掛かりでもあしらわれたのにだ。モドキ以上の実力を有してたのはあきらか。


 レベルやクラス、素の技術の差なんかじゃない。そんなモノでは測れない。


 私のことを天才だの主人公だの『チート持ちでズルい!』だのと……なんだかよく分からないことまで言ってたけど、こっちからすれば、イノの方がよっぽどおかしい。私たちとはいびつなほどに差がある。


「鷹尾が加入したことで、後衛の安全度や近接戦闘力は更に上がったが……チームとしてのバランスは悪いままだな」


「ええ。チームメンバーが戦士系クラスに偏り過ぎ。中〜遠距離をカバーできる魔道士系のアタッカーが欲しいところね。本当は攻守にバランスのいいハセに声を掛けるつもりだったんだけど……井ノ崎君や新鞍さんを放ったらかしにもできないしねぇ」


 獅子堂と鷹尾先輩の模擬戦はそっちのけで、教官二人はそんな話をしてる。


「井ノ崎君たちが消息を絶った今、学園は〝川神パーティ〟を手厚くするつもりらしいから……今回のペナルティクエストを乗り切れば、私たちはしばらくダンジョンから距離を置く形になると思う。ま、そうこうしてる間に、新たな情報を携えて井ノ崎君たちも戻って来るでしょ。その時に、改めてそれぞれのチーム編成を相談してもいいかもね」


 かなりガバガバな塩原理論だけど……今の私に選択肢はない。ペナルティクエストの発生が確定してる以上、まずはクエストを乗り切って帰還することが第一だ。


 学園のパワーゲームやその影響、自身の身の振り方、イノたちの心配なんかをしてられる立場じゃない。


「……マユミ、話を振っておいてなんだが、今は井ノ崎や長谷川のことはどうでもいいだろ。それより、川神のペナルティクエストに〝私たち〟が参加できるかどうかだ」


 個人的には好きになれない。


 でも、野里教官は悪ぶってる割には〝教官〟っぽいところがある。


 なんだかんだと言いながら、私が単身でダンジョンに放り込まれるのを案じてくれているようだ。そういうところは、ちょっぴりむず痒い。


「井ノ崎君は確か……〝プレイヤー〟個人へのペナルティという扱いだから、川神さんも一人で挑むことを覚悟した方がいいって言ってたわね。川神さんには、カウントダウンの他に通知みたいなのは来てないの?」


 何気なく私に話を振ってる感じの塩原教官だけど……彼女は色々と察してる気がする。


 この人の野性の勘的なナニかは、絶対に野里教官よりも鋭い。見た目はふんわりした雰囲気なのに、じっと見つめられると〝え? 私、捕食される?〟的なぞわっとした感じがする。実は怖い。


 しかも、実際に私宛に通知が来てる。


 カウントダウンが二十四時間を切った今の時点で、許諾を求めるやつが。


「……それについては私から説明します」


 鷹尾先輩。


 いつの間にか模擬戦は終わったらしい。


 塩原教官の静かな圧から逃げるように視線を移せば、ノックアウトされた獅子堂をサワが介抱してる。ここ最近では見慣れた光景だ。


 ただ、これまでの模擬戦と違うのは、敗者である獅子堂に若干の余裕があり、勝者である鷹尾先輩の息が少し乱れてる。


 どうやら、獅子堂は順調に差を埋めつつあるみたい。


「説明? 鷹尾さんから?」


「……はい。これも〝挑む者〟の効果なのか、私にも通知が来ました」


 学園との交渉によってイノは鷹尾先輩のパーティ登録を解除した。


 その結果、私の方に通知が来て、私は先輩をパーティ登録した。


 で、彼女のトロフィーだの称号だのが開放された。新たな機能が付与された。


 この一連の流れもまた、ダンジョンの思惑通りなんだろうか?



『川神陽子のペナルティクエストに、メイが参加を希望しています。メイの介入を許可しますか?』




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