第5話 新パーティでのクエスト
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「おい。今日の当番は井ノ崎だろ? 何を当たり前のように寝ようとしてる?」
陰険メガネが、今日も今日とても文句を言ってくる。
「もう見張りなしでいいのでは? どうせお目当ては来ないでしょうし……」
「……毎度毎度諦めないやつだな。だったら私が見張りをしている時にもそう言え」
「え? いやぁてっきり
「そんなわけあるか。いいからとっとと見張りにつけ。いつまでもここで足止めを食らってはいられない」
「はいはい。分かりましたよ」
もはや様式美と化したやり取り。
僕らは今、ダンジョンの十三階層にいる。六階層から十階層まで続いていた廃墟都市エリアを抜けた次のステージ。
未開の平原、荒野、森などのエリアが十五階層まで続く。また、かつての栄えたと思われる文明の跡……崩れた城壁や町並みが点在したりもしている模様。
廃墟エリアの現代都市ではなく、風情ある栄枯盛衰が伺える遺跡群とか。
で、僕らがいる十三階層は、突き抜けるような空と草の波が地平線の果てまで続く、雄大なる草原エリアだ。
ゲート付近の安全地帯で野営の真っ只中。
ダンジョン内の時間経過によるギミックではあるけど、今はまさに夜の帳が下りる頃。夕日の赤と夜の闇色が混ざり合う頃合い。
いかにダンジョンの安全地帯であっても、野営の際に見張りを切らさない、油断しないというのは探索者としての常識。当たり前。
謎空間なダンジョンでの夜間帯は、寝ずの番として見張りを立てるのも常識なんだそうだ。いや、考えればごくごく当たり前だ。皆一緒におやすみなさいは論外だろう。
それに、僕らは探索者の常識という以外でも、寝ずの番をしなくちゃならない理由がある。
で、今日の見張りは僕の番というわけだ。
「はぁ……イノもハセさんもよく飽きないよねぇ。このやり取りが時間の無駄でしょ?」
呆れたように呟くのは、僕と〝同盟〟を組むレオ。
分かってないね。こういう無駄と思える細かいやり取りこそが、仲間内の交流を深める助けになるのさ。はは。嘘だ。ただの暇潰しの問答に過ぎない。
「そういう
レオに負けじと、ハセさんがため息にたっぷりの呆れを乗せて吐き出す。
それもそのはず。
〝男子ったらやーねぇ〟的なことを言いながら、レオだって酷い。
ダンジョン内であるにもかかわらず、がっつり寝る気満々なスタイル。
ピカッとした黄色い電気ネズミ仕様みたいな、ふわふわモコモコな着ぐるみ風パジャマを着てやがる。
ゲットだぜな男の子の相棒かよ。永年の主人公、お疲れ様でした……って、またどうでもいい記憶がフラッシュバックしたな。もう好きにしてくれ。
「あーはいはい。どうせ私は油断してますよ。でも、今日だっていつもと同じでしょ? 毎日毎日同じことの繰り返しで……緊張感なんて保ってらんないって。まったく、いつになったらクエストをクリアできるんだか……」
開き直っての逆ギレ。堂々と不貞腐れやがった。
小動物的な雰囲気の美少女が、着ぐるみパジャマを着てる様というのは……本来なら
クエストのお題をクリアするための苦行の最中。心もささくれ立ってる。
「はぁ……もういいから、拗ねてないでとっとと休め。今晩こそは本命が現れるかもしれない」
「心にも無いことを! あーー!! こんなことなら、メイ様の時に私もイノとの〝同盟〟を解消してれば良かったーッ!」
何度となく聞いたレオの愚痴。後悔の叫び。もはやこれも様式美というか、お約束のやり取りと化している。
『学園卒業くらいまでは……』と欲をかいた結果、レオは今回のクエストに問答無用でお呼ばれしてしまった。
なにしろ、僕のクエスト開始時、レオとは一緒にダイブしてたわけじゃない。彼女はダンジョン内どころか、ゲートに近付いてすらいなかったらしい。
レオ曰く、当時はメイちゃんとお茶をしてたんだとか。なのに、気付いたらダンジョン内にいて、井ノ崎パーティのクエストへ強制参加となったんだと。
ちなみに、僕はそのお茶には誘われてない。べ、別に良いんだけどさ!
「はぁ……また明日もあるんだし、のんべんだらりと油断してて良いから、レオも休みなよ」
レオの愚痴やハセさんの呆れもスルー。恒例となった寝ずの番の定位置に付くため、僕は重たい腰を上げる。思わずどっこいしょという掛け声が漏れる。
「あー……明日は私の番かぁ~嫌だなぁ……」
僕とレオとハセさん。そりゃ三人しかいないんだから、三日に一度は順番が巡って来るのは仕方ない。そりゃ僕だってやりたかない。
※条件型クエスト
クエスト :十五階層で捕まえて
発生条件 :階層世界クエストクリア済み
:当人含めて三名以上
内容 :十五階層で待つ
クリア条件:???の撃破
クリア報酬:新機能の開放
※人員はパーティメンバー、同盟を問わない。
※クエストクリアまで該当階層以外への出入り不可。
※階層移動には条件あり。
⇒十一階層で〝ゴールドゴブリン〟撃破。
⇒十二階層で〝レッドコボルト〟撃破。
⇒十三階層で〝
⇒十四階層で〝ブラッディオーク〟撃破。
何だかんだと言いつつ、突発的にクエストが発生すること自体については、覚悟もしてたし別に構わないさ。
メイちゃんは抜けちゃったけど、新たに長谷川教官という現役の探索者も加入したし、本人は不本意だったみたいだけど、ある程度は気心の知れたレオも合流した。
この〝十五階層で捕まえて〟という、ふざけたタイトルのクエストが発生した際も『十五階層を目指すのは既定路線だしな』……なんて感じで余裕こいてたのも事実だ。
舐めてた。
ダンジョンに閉じ込められるのがどういうことなのか、僕は今回改めて知ることになった。
「じゃあ、とりあえず配置につきますよ」
「ああ。任せた」
「いってら~」
重い足取りで野営地を出る。安全地帯を少し離れたところにある、見張り台のような大岩が定位置だ。
ここで十三階層の撃破ノルマである〝星降り鳥〟という魔物を待ち受ける。
〝星降り鳥〟
夜行生。虹色の衣を
各安全地帯付近にランダム出現。
強さ:割と強い。星属性の魔法を使う。
性格:警戒心が強い。安全地帯の外に一人で待機しないと、そもそも姿を現さない。
分かったようで分からない、この中途半端なヘルプ欄を参考に、僕らは夜な夜な見張りを立ててるってわけだ。
もうかれこれ一カ月は十三階層で足止めを食らっている。くそ。
今回のクエストは、ゲートを潜って十五階層を目指すだけじゃなく、各階層で特定の魔物を倒さないと先へ進めないルールらしい。
これまでのクエストと違い、途端にモンスターハントなゲーム感が強くなった気がする。
それに、このクエストはルフさんやノアさんたちのいた〝
今までの洞窟とか廃墟都市みたいに、視界があまり開けていないエリアだと気にならなかったんだけど……思いの外にダンジョンは静かだった。
クエストが開始された結果なのか、そもそも学園のゲートから十階層以降に立ち入る人がいなかったからなのかは不明だけど、今の僕らの周りに他の探索者や学園生なんていない。
いるのは魔物たちだけ。
その魔物たちにしたって、少し距離が離れると気配すら掴めなくなるという曖昧な存在。
見渡す限りの雄大な自然というビジュアルではあるけど、虫の
なんというか……空間に奥行きがない。
まさにゲーム的な書割りの壁があって、〝ここから先はただの背景です〟って感じで、箱庭に閉じ込められた気分になる。……まぁ実際に閉じ込められてるんだけど。
「はぁ……とっとと出てきてくれないかなぁ。ダンジョンの通常階層がここまで退屈だとはね。ノアさんたちのいた階層世界では、当たり前のように自然環境や人々の営み、雑踏なんかまでも再現してたのに……なんで通常階層はメモリをケチったみたいな作りなんだか」
ノアさんたちの階層世界は、異世界の文化に触れたりして、そこにいるだけで冒険感もあったんだけど……この通常階層はとにかく暇。退屈。魔物とエンカウントする以外にやることがない。
レベル上げやドロップアイテムを目的にしてるならともかく、すでにこの階層の魔物を倒しても、僕らのレベルが上がる気配は全然しないし、特殊なダンジョンアイテムが手に入るわけでもない
夜行性で一人じゃないと現れないという〝星降り鳥〟と遭遇するまで、粘り強く待つしかないというのはもはや苦行の域だ。
テンポの悪いクソゲーかよ。タイパありきのゲーム性にしてくれ。
「あー……レオの言い分じゃないけど、確かにずっと緊張感を保ってるとか無理だよなぁ……どうせ今日も出て来ないだろうし……」
大岩の上に大の字に寝っ転がり、プラネタリウム感のある星空を仰ぐ。
僕は詳しくないけど、このダンジョン内に見える夜空の星々というのは、地球からの見える星空とはまるで別物らしい。
この十三階層にしても、これまでにダンジョンが飲み込んできた世界を参考に作り上げられているんだろう。知らんけど。
あー眠い。怠い。退屈。とっとと帰りたい。
:-:-:-:-:-:-:-:
教訓。
やっぱり見張りはちゃんとしないとダメだね。
もうちょっとで永眠するところだった。
いや、むしろ見張りをちゃんとしてたら、いつまで経ってもこの十三階層をクリアできなかったのか。
〝星降り鳥〟の出現条件というのは、安全地帯の外にいる見張りが、無防備に隙を見せることだったらしい。
くそ。
変な引っ掛けみたいな仕込みしやがって!
:-:-:-:-:-:-:-:
「イノのアホーッ!! 今回は自分のことを棚に上げて言うからねッ! ちゃ、ちゃんと見張っときなさいよーッ!!」
「い、いやぁ……僕が油断してたからこそ〝星降り鳥〟が出て来たんだしさ。そ、それに……そもそも〝コレ〟がダンジョンギミック的には正解だったっぽいし……」
「ふざけんなッ!」
涙目のレオさんブチギレ。ま、まぁ本人も八つ当たりなのは承知してるだろうし、このリアクションも当然と言えば当然だ。
結果として〝星降り鳥〟は現れた。撃破できた……というか、現れた時点で勝手に魔法を使い、勝手に自爆する仕様だった模様。十三階層のノルマクリアだ。
だけど、その代償として僕らは死にかけた。
正確に言えば、実際に死にかけたのは僕だけで、安全地帯にいた二人の身の安全は保障されてた。されてたんだけど……驚異の体験をさせられたのは事実だ。死ぬかもしれないという恐怖は確実にあっただろう。
「……ふ、ふふ。ほ、星属性の魔法とやらが気にはなっていたが……まさかこんなモノだったとはな。超自然兵器か……いや、兵器という括りには到底収まり切らないか」
普段はクールなハセさんも、流石に今回はめちゃくちゃ狼狽してたよ。『うおぉごぅ!?』って変な声出てたし。まだ心臓もバクついてるかもね。
それもそのはず。見張りとは名ばかりで、星空を見ながらウトウトしてたら……星が落ちて来た。比喩とかじゃなく、マジで。
〝星降り鳥〟とはよく言ったもんだよ。ははは……はぁ……。
まさかゲームフィクション的な〝隕石魔法〟が、このダンジョン内で再現されるなんて思っても見なかった。
しかも、ザコ敵にも乱発できる〝ちょっと強力な魔法〟って感じじゃなくて、一発で世界を終わせる的なガチの隕石を降らせるやつ。
恐竜の絶滅を引き起こしたという隕石が直系十キロくらいだって言われてるらしいけど……今回のもそれに負けてないかも。
なにしろ、ダンジョンゲート付近の安全地帯以外が、見事なまでに吹き飛んだ。雄大なる草原エリアだったはずが、今やあちこちで地が裂け、溶岩的なナニかがやたらめったらに噴き出してる。空には変な雲も渦巻いてるし……。
もしかしたら、このエリアにメモリをケチった張りぼて感があったのは、この隕石衝突関連のエフェクトのためなのか? 謎。
『星魔法 《ミーティアライト》が発動しました。〝星降り鳥〟を撃破しました。おめでとうございます。十四階層への移動が解禁されました。それでは、よいダイブを!』
不意に現れたテキストメッセージによって
安全地帯へと。
そして、この世の終わりかという光景を目撃することになったってわけだ。
へー隕石が地表に衝突した時ってこーなるんだー。
衝撃波って、ほんとに衝撃が波打つみたいなんだー。
わー地面が発泡スチロールみたいに割れてらー。
あれれー? あっちではマグマ? が噴き出してるー。
あ、こっちでは割れた地面が隆起してきてるー。
わーすごいなー地殻変動ってこういう感じなのかなー。
スペクタルだなー。
いやー勉強になるなー。
あはははー……はぁ……。
大自然を前にすると、人なんてちっぽけで無力だね。
マナなんて不思議パワーがあっても、絶対にこの安全地帯を出たくない。
恐ろしや恐ろしや。
というか、ダンジョンゲート付近の安全地帯って……単に魔物が寄ってこないというだけじゃなく、物理的に保護されてるとは知らなかったよ。新たな発見だ。
「と、とにかく、もうこの十三階層に用はないみたいだし、とりあえず十四階層に行きましょう。っていうか、いつまでもここにいたくないし……」
「井ノ崎に賛成だ。地質学や天文学の専門家なら、この地獄絵図のような光景に狂喜乱舞するかも知れないが……私もさっさとここを離れたい」
「あーあー! 分かりましたよ! で、でもでもッ! ほ、本当に怖かったんだからねッ!?」
はいはい。次の階層だ。
ええと……十四階層は〝ブラッディオーク〟の撃破か。
名前からしてヤバそうな感じがするよなぁ。
:-:-:-:-:-:-:-:
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