第7話 開始【side B】
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ペナルティクエスト。
イノが言うには、ダンジョンから出される
「ペナルティクエストというのは、そもそも特殊なクエストじゃないと発生しないみたい。少なくとも、僕の
そんな風に言っていた。
あと、ダンジョンのクエストは理不尽で説明不足も
私に発生するペナルティクエストがどんなモノかは分からない。
でも私はやる。やってやる。
こんな訳も分からないルールに巻き込まれて、ダンジョン内の異世界という意味不明な異郷でなんか死にたくない。
私の未来はダンジョンなんかにない。
何を引き換えにしても私は帰る。絶対に帰って来て見せるッ!
……なんて風に息巻いてたんだけどさ。
正直なところ、鷹尾先輩については悩ましい。
「……悩む必要なんてない。一人より二人の方が帰還できる可能性は増す。私もクエストに参加するよ」
「でも、どうしたって帰って来れない可能性があります。もちろん諦める気はないけど……強制参加の私だけなら、最悪の結果でも〝仕方ない〟で済みます。だけど〝クエストに参加しない〟という選択肢がある鷹尾先輩は違います。……道連れにはできません」
「……私と川神さんが協力して、このクエストをクリアすれば問題なく帰って来れるよ」
「いえ、だからもしクエストに失敗したら……」
「……失敗しなければ良い」
「……」
無茶苦茶なことを真っ直ぐな瞳で言われた。
うーん……どうにも話が通じない。一見すると冷静な感じだけど、拳を握り込んでギリギリと音が鳴ってるのも微妙に怖い。
新鞍さんとの〝話し合い〟が頭を過ぎる。
突然『この分からず屋!』とか言って殴り掛かって来そうな緊張感がある。ちょっと間合いを広く取りたい。
イノの話やここまでの流れからすると、鷹尾先輩が私のクエストに参加するというのが、ダンジョンの敷いた順当なルートなのかも知れないけど……。
でも、もし先輩諸共に帰って来れないとなれば、流石にその責任を考えてしまう。
私には重過ぎる。選べない。
失敗した時の犠牲は、せめて私一人だけにしたい。誰かを巻き添えにするのは……もう嫌だ。取り返しがつかない。
「鷹尾さんだって最悪は想定してるだろうし、その上で覚悟もあるでしょ。井ノ崎君や新鞍さんと共に、異世界でのクエストをクリアしてきた実績もある。ここは協力を願っても良いんじゃない? 私としては、川神さんを一人で送り出す方が不安よ」
「止めろマユミ。ガキ共に命を懸けさせるのは違うだろ?」
大人組の意見も割れてる。肯定派の塩原教官に否定派の野里教官。
いつもは〝準備を怠らない〟〝日頃から備えて減らせるリスクは減らす〟なんてことを口にする塩原教官だけど、いざという土壇場では、途端に
あと、私たち学生組に対しても、生死が絡む決断をさらりと迫ってくる厳しさもある。
一方の野里教官は、普段の言動こそちょっとアレだけど、土壇場では仲間を……特に学生組の身の安全を優先する傾向がある。
ある意味では私たちを対等な相手だと考えていない。
どうにも野里教官は、そういうところは真っ当な年長者というか、保護者的な立ち回りをする。……諸々の後悔や罪滅ぼしという面があるのかも知れない。
「……野里教官。命を懸けるのはもはや今さらです。学園の実習でのダイブとクエスト関連でのダイブ、どちらであってもその本質は同じ。ダンジョンで命を懸けることに違いはありません」
「ダイブの本質なんか知るか。今は単純に危険性の話だ。川神を一人で行かせるのもあれだが、鷹尾と二人だから安心安全で良かった良かったとはならん」
「……チッ」
教官相手に舌打ちしてるし。
地雷ポイントや行動が特殊過ぎて、先輩のキャラが未だによく分からない。
ミステリアスな美貌を持つ……なんて風に聞けば素敵なんだけど、実際は真顔のまま突如としてキレそうで、普通の人付き合いとしては難ありな感じなんだよね、この人。
「あの〜ちょっといいですか?」
不意の声掛け。
「どうしたの
着地点が見えない、このぐだぐだしたやり取りに物申したのはサワだ。
「いえ、ヨウちゃんが一人でクエストに挑む前提で話が進んでますけど……川神パーティのメンバーは強制参加らしいですよ? むしろ、今回は鷹尾先輩にだけ、選択権みたいなのがあるって話かと。それが〝挑む者〟という称号の特典なのか、ペナルティ発生時に先輩が川神パーティに在籍していなかったからなのかは分かりませんけど……」
「はい?」
え? そうなの? って、なんでサワがそんなことを?
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※ペナルティクエスト
クエスト :続・見届ける者(完結)
発生条件 :〝真・王国への道〟失敗
内容 :新たな未来を見よ
クリア条件:プレイヤーの撃破
クリア報酬:なし
相変わらず意味不明な内容。ペナルティだからなのか今回は報酬もなし。
しかも、クリア条件が『プレイヤーの撃破』と来た。今回は
だけどやるしかない。じゃないと帰れない。
結局、私たちは今、例の異世界に立っている。
小高い丘のようになった場所。そよぐ風に波を打つような草原を見下ろしている。
少し雰囲気は違う気もするけど、前のクエストで訪れたリ=リュナさん(イノが化けてた)の小屋もある。
カウントダウンがゼロになり、一瞬の暗転の後に景色が変わった。まるでゲートを潜った時みたいに。ううん。実際にゲートを潜ったんだと思う。強制的な招集って感じで。
鷹尾先輩が言ってた。
三か月前のある日、一緒にお茶をしてた新鞍さんがいきなり目の前から消えたんだと。
付近にダンジョンゲートなんてない、都市部のカフェの店内だったのにだ。
思わず大きな声まで出たそうだけど……周りの人は、新鞍さんが突如として消えたことも、先輩が声を上げたことも、誰も気にしなかったそうだ。
ただ、お会計の際には律儀に新鞍さんの分も取られたらしい。
「……まるで私が一人で二人分のカフェセットを頼んでたみたいでちょっと嫌だった」
というのは先輩談。うーん……気にするのはそこなの?
とにかくだ。しばらく神隠し的な行方不明扱いだったけど、イノがダンジョンから戻って来ないことで、恐らく新鞍さんもクエストに強制参加させられたんだろうという結論に至った。
新鞍さんが消えたその時、周囲の人たちにもダンジョンによる何らかの作用があったのは間違いなさそう。
イノの説明では、私たちの世界は現在進行形でダンジョンから浸蝕されているみたいだけど……どうやらダンジョン内やゲート付近以外であっても、すでにピンポイントで人々の認識に影響を及ぼすのも可能なようだ。
ダンジョンが遊んでいるというイノの言い分も理解できる気がする。
「さてと。こうしてまた異世界に来たわけだけど……まずは状況を確認しましょう。どう? 特に変調なんかはない?」
塩原教官がまずは各自に確認を促す。今回はカウントダウンというお膳立てがあったためか、誰も取り乱したりはしてない。
「問題ない。周囲に敵の気配もない。井ノ崎がゴブリンに化けて潜んでいた場所も……今回は誰もいないようだ。もっとも、ここが前と同じ場所なのかの確証はないがな」
野里教官が応じる。備えていただけあって、今の彼女に隙はない。
「俺はいつも通りのコンディションだ」
獅子堂。自然体で短槍を構えている。今回は、理不尽なダンジョンルールに対しての八つ当たりとかはない。平静だ。
「あ、俺も大丈夫です」
あっけらかんとしたサワ。結局、彼に限らず、他のメンバーもクエストに巻き込んでしまった。
「……私も問題ありません」
鷹尾先輩。彼女はクエストを避けられたけど……『他のメンバーが強制参加するなら私も参加する』と、圧の強い
「私も。クエストの通知以外には特になにもありません」
私、川上陽子。クエストの張本人。
それぞれが声に出して報告する。もちろん、周囲への警戒ありきで。
ここは例の異世界だとは思うけど、その時代や歴史が以前と同じかは不明。
なにしろ、私たちが以前に訪れたのは『イノたちがクエストに失敗した未来』で、確か神聖オウラ法王国という国だった。
イノが過去に戻ってやり直した以上、私たちが知る神聖オウラ法王国が実在するのかは分からない。
「私たち自身に異常はないみたいね。周囲を確認する限りでは、前回の時のリ=リュナさんのような案内人的な役どころもいないみたいだし……どうしようかしらね?」
塩原教官は軽い感じでそう言いながら、じっとサワを見つめている。傍から見てる私からしても、〝知ってることがあれば出せ〟という圧を感じる。
「そんなに期待されても、ついさっき通知されたクエスト内容についてはまだ何も分かりませんからね? 俺はシステムへの質問方法なんかをイノから聞いただけですし、なんなら皆も同じことができるはずなんですけど……」
鷹尾先輩をパーティ登録した後、サワは例のステータスウインドウについて、イノにあれこれと相談していたらしい。
曰く、『鷹尾先輩に聞いたら、詳しいことはイノ君に聞いた方が早いって言うから……』だって。
あの鷹尾先輩相手に、そんな話を早々に持ちかけていたとは……サワのコミュ力が侮れない。
私の思考・直感型なシステムよりも、ステータスウインドウ形式の方がサワの性に合ったようで、イノと二人で色々試していたとのこと。
その結果、ステータスウインドウのヘルプ欄から、システムへの質問やより詳細な情報の要請なんかができるようになったそうだ。
ペナルティクエストの参加メンバーの件や鷹尾先輩に選択権があることはそこで知ったらしい。
やり方は意外に単純で、呼び出した項目を長押ししながら、質問などを強く念じるだけだそうだ。
このやり方であっても、うんともすんともな無反応な項目も多いけれど、一部はシステムからリアクションがあるんだとか。
ただ、私たちも試したけどシステムは無反応。サワが質問に成功したという、内容が濃くなった項目の閲覧自体は可能という状況。
当人はイノから聞いたなんて言ってるけどかなり怪しい。勘の鋭い塩原教官じゃなくても気付く。
私はともかくとして、先輩ですらイノから何も聞いてなかったみたいだし……サワは独自に発見した手法の全容を明かしてない気がする。
うーん……まぁ、イノにしたって、鷹尾先輩にも隠し事の一つや二つはしてそうか。
時と場合によっては、チームメンバーにさえ切り札を見せないのは、探索者としては割りと普通らしいし……。
ダンジョン絡みについては、イノやサワは探索者的な振る舞いがすでに身に馴染んでる。
幼馴染み、お友達感覚が抜けてないのはむしろ私の方か。
「……塩原教官。あくまでイノ君との経験によるものですが、異世界でのクエストでは、時々で案内をしてくれるヒトや先へ進むヒントが私たちの前に現れていました。それらをいかに察知するか、どう解釈するかが一番の課題だったように思います」
鷹尾先輩が語る。
井ノ崎パーティでは、うっかりや早とちり、深読みや遠慮のし過ぎ、ついでに言えばイノや新鞍さんの暴走や凡ミスで酷い目に遭ったりもしたそうだけど、振り返ると〝確かにヒントはあった〟という難易度がクエストの相場のようだ。
ただし、それは最善を尽くして冷静に周囲を観察していれば……という注釈付きになる模様。
「つまり、ダンジョンから何らかの
かつて塩原教官が坂城さんと経験したクエストは、突発的に発生するものの『ゴブリンを十体倒せ』『⚪︎⚪︎を見つけろ』などの単純な指示系が多く、あまり
「……おそらくは。とりあえず、異界の門を見守っていたというゴ氏族の村に行くのはどうでしょう? ここにゴ氏族がいるかは分かりませんけど……」
先輩の視線の先を辿れば、少し離れた草原地帯に村が見える。明らかに文化的な生活の匂いがする一画だ。
「ヒントを得るためにも、ここでじっとしてるだけじゃ駄目ってことね」
まずは経験者である先輩の提案に乗る形で動く。
村でこの世界の事情を調べる。
方向性は決まった。
こうして、私たちはクエストクリアに向けて動き出す。
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『異界の門から来ただと!? 怪しい奴らめッ!!』
『出合えッ! 外からの侵入者だッ!』
『ヒト族だぞ! 帝国の手の者やも知れん! 駐屯地の兵へ伝令をッ!』
『ロードの地で不届きなッ!』
で、私たちは速攻で不審者として追われることになったわけ。
うーん……異世界クエストでは、イノや新鞍さんの暴走や凡ミスが多かったとか言ってたけど……。
迂闊なのは鷹尾先輩もじゃないのかな?
ま、まぁ一緒に行動してる以上、先輩のことをとやかく言えないけどさ。
右も左も分からない異世界で逃亡生活なんてね……はぁ……。
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