第3話 彼と彼女たちの事情

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「井ノ崎君や新鞍さんは、川神さんとはまた別枠なのね?」


 仕切り直し。レオとメイちゃんの決闘騒ぎで中断してた、〝プレイヤー〟事情の説明を再開。


 ちなみにレオとメイちゃんは絶賛治療中。まだ納得してない感じでお互いにガルガルしてるけど、強制的にクールダウンだ。


「ええ。たぶんですけど……すめらぎさんは僕らと同じ前世持ちタイプで、坂城さかきさんはヨウちゃんと同じく現地人タイプだったと思います」


〝プレイヤー〟はそれぞれで細かい仕様が違う。だけど、大まかな括りでは二つタイプに別れる。


 前世持ちか、そうじゃないか。


 滅びた世界の願いを身に宿す流浪の異世界人か、世界に根差した現地人か。


 駒として用意されたか模造品か、選ばれて覚醒した本物か。


 そんな違い。タイプ別。


「僕ら前世持ちの〝プレイヤー〟というのは、ダンジョンがこれまで滅ぼしてきた世界の記録を基にして生み出した駒……みたいな感じらしいです。現地の人を〝超越者プレイヤー〟へと覚醒させるのも役割の一つなんでしょう」


「なら、じんを目覚めさせた〝超越者プレイヤー〟もいたのかしら? 川神さんを目覚めさせた井ノ崎君のような……」


 十五階層で亡くなった坂城仁さん。現地の〝超越者プレイヤー〟。彼の恋人だった塩原教官が、今は単純な疑問として聞いてくる。


「坂城さんがその人を認識していたかは分かりませんけど……おそらくいたんじゃないかと。あと、その〝プレイヤー〟が今もこの世界で探索者をやっているのか、それともただの一般人として普通に暮らしてるのか、あるいは階層世界のクエストをクリアして、この世界から去って行ったのか……知る由もないですけど」


「……」


 荒唐無稽な与太話。だけど、ダンジョンなんて超存在が身近にある以上、どんな話であろうともあり得てしまう。


 そんな風に淡々と語る僕に対して、治療中のメイちゃんから圧のある視線が飛んで来る。


〝同志〟として、彼女が僕の言を否定しようとしてくれるのはありがたいんだけどね。


 それとこれとは話が別。


 判明した事実(推察含む)はちゃんと共有しとかないと。


 なにより、僕もレオも、自分自身がダンジョンに造られた存在だと知ってもそれほどショックはない。


 もはや今さら過ぎる。


 階層世界異世界だの、〝プレイヤーの残照死者の再利用〟だの、リロード時の遡りだの……そんなダンジョンの異常さを知った後だと、余裕で想定の範囲内。


 以前、レオなんかは雑談の折に〝私たちに前世なんてなく、実はダンジョンに記憶を植え付けられた人造人間とかかもね〟なんてことをさらりと語ったりしてたくらいだ。


 井ノ崎真になった当初、僕はダンジョンのあるゲーム的な世界に転生(憑依?)したと思ってたけど……違った。


 逆。


 この世界の実情を、ゲームやアニメっぽいと認識するような設定で造られてたってわけだ。


 いや、ダンジョンとかステータスウインドウとか、まんまゲームフィクションじゃん……と、そこは声を大にして言いたいけど。


 とにかく、僕らは造人間ならぬ、造人間って感じらしい。


「で? 結局のところ、〝超越者プレイヤー〟としてイノたちと私はどう違うの?」


 この世界の〝超越者プレイヤー〟であるヨウちゃんには、実は前もって説明済みだけど、話を進めるために敢えて質問を発してくれた。凡人に配慮してる。色々あって彼女も丸くなったみたいだね。


「最終的な目標との有無なのかな? ヨウちゃんはパーティメンバーを増やすことはできても、他の誰かを〝超越者プレイヤー〟にすることはできないと思う。それ以外の個々の〝性能〟自体に大きな違いはないみたいだけど……」


 僕やレオは、クエストを通じてダンジョンに適合する人を〝超越者プレイヤー〟にすることできる……らしい。


 ちなみにノアさんは別枠。彼はヨウちゃんとは微妙に立場が違う。


 あの時のノアさんは、女神陣営との競い合いクエストで鍵として〝用意されていた〟だけ。厳密には〝超越者プレイヤー〟じゃない。


 実態として、僕らと競い合っていた女神陣営の〝プレイヤー〟は別にいたらしい(イノーア談)。


 あくまでノアさんたちのあの世界は、ダンジョン内の階層世界。


 女神陣営の


 あの世界の管理権を得ようとしたのも、そこに固執するのも至極当然。


「……というわけで、僕ら前世持ちプレイヤーのダンジョン攻略の目標というのは、〝前世を再現した階層世界クエストのクリア〟となるみたいですね。世界の管理権とやらを得たプレイヤーやシステムがその後どうなるのかは定かじゃないですけど」


 滅びた世界のシステム遺志は、それが仮初かりそめであっても、それがダンジョンが用意したエサだと分かっていても、どうしようもなく元の世界への帰還を願ってしまうという仕組みなんだとか。知らんけど。


 今のところ、僕個人に対してシステムからの何が何でもという強制力的なモノはない。


 僕の中にある前世の記憶についても、ベースとなった〝誰か〟は確かに前世世界にいたんだろうけど……所詮は継ぎ接ぎだらけの記憶だしね。


 この世界が前世の世界に酷似してるっていうのもあってか、僕には前世の日本へ帰りたいという特別な願いはないし、階層世界のクエストについても、正直なところ興味はない。


 それよりも、ノアさんたちのいた異世界のように、まだ見ぬ未知の場所へ踏み出すことを望んでる。


 レオなんかは、そもそもダンジョン探索に乗り気なわけでもない。あくまで彼女は、この世界で〝勝ち組〟になる為に探索者を目指してる。俗物的な感じ。


 そんなレオと僕は同じ世界(日本)出身だと思ってたんだけど、どうやらそれも違うらしい。


 システム曰く、同一世界出身の〝プレイヤー〟は存在しないんだとか。


 僕とレオは、同じような歴史を辿りながらも、どこかで分岐した別の世界に出自を持つ。いわゆるパラレルワールド。


 つまり、〝プレイヤー〟というのは全員がそれぞれの世界を代表しており、陣営と言いながら実際に表立って稼働できるのは一体のみ。


 その一体が完全に停止するゲームオーバーになるまで、ダンジョンは別の駒を用意してくれない。


 で、それぞれの〝プレイヤー〟は、ダンジョン内の階層世界を巡ってクエストで競い合う羽目になるんだとか。


 まったくもって壮大な仕組みだことで。


 というか、ダンジョンは今までにどれだけの世界を呑み込んできたのやら。


「なぁイノ。俺や獅子堂なんかは話が壮大過ぎてついて行けてないんだけどさ。その……前世がないヨウちゃんはどうなんだ? その階層世界クエストとかは関係あるのか? 実際のところ、すでに俺たちも巻き込まれてるんだけど?」


「澤成君の疑問はもっともだわ。というか、私たち〝川神パーティ〟にとってはそっちの方が現実的な問題ね」


 あっさりとした物言いに対して、信じられないという顔で二人を睨むメイちゃん。


 僕やレオの事情に深くツッコまず、自分たちの今後について話を切り替えたサワくんや塩原教官だったけど、その様子がメイちゃんには〝冷たい〟と感じられた模様。


 このさらっとした振る舞いは、むしろ僕やレオへの気遣いだと思うんだけど……今のメイちゃんにはなかなか受け入れられないみたい。


「あくまで推察だけど……この世界は、今まさにダンジョンに侵蝕されている最中みたいですね。このままだと、僕やレオがいた世界と同じく、いずれダンジョンに呑まれて滅びるんじゃないかなと。それが嫌ならダンジョンを攻略して見せろ……みたいな?」


 ダンジョンに明確な意思があるのか、ダンジョンマスター的なナニかがいるのかは分からない。


 でも、ダンジョンは。そうとしか思えない。


 その気になれば、この世界を呑み込むくらいわけもないはず。


 これまでも、散々にあちこちの世界(宇宙?)を呑み込んできたんだろうし。


 わざわざ僕ら〝プレイヤー〟を使い、現地人を適合させてダンジョンに挑ませる意図が分からない。


 余裕こいて舐めプしてると言われた方がまだ納得できる。


 この辺りは考えても無駄。今のところ答えはない。


 なんてことを、改めて皆に説明する。


「つまり、井ノ崎君たち〝異世界人〟は、擬似的な前世の世界へ帰還する為にダンジョンに挑み、私たち〝現地人〟は、ダンジョンの侵蝕を何とかする為にダンジョンに挑む……って認識でいいのかしら?」


「ええ。少なくとも僕はそう解釈しました。あと、僕らみたいな〝プレイヤー〟はダンジョンの手先なので、この世界にとっては有害だそうです。僕を駒とする陣営システムは、異世界由来の〝プレイヤー〟を自虐的に〝侵略者インベーダー〟なんて呼んでましたね。具体的には、僕らが〝外〟でマナやスキルを使うとダンジョンの侵蝕を加速させるんだとか……あくまで個人単位だと誤差レベルに過ぎないそうですけど、実際にどの程度の影響があるかは分かりません」


 この世界にとって僕らが害悪なのは間違いなさそうだけど、〝プレイヤー〟の一人や二人がダンジョンの外でマナを扱ったくらいで、そうそうに大した影響があるとは思えない。


 屋外での喫煙とかゴミのポイ捨てレベル?


「今さら井ノ崎君たちが有害と言われてもね。周囲に健康被害とかを引き起こさないなら別に良いんじゃない?」


 人を汚染物質みたいに……ま、世界単位で考えると似たようなモノだろうけどさ。


「……マユミ、御託はもういいだろ? 結局のところ、井ノ崎や新鞍はこれからどうする? 害悪であることを前提に、ダンジョンから離れて引き籠るのか?」


 特に興味もなさげに佇んでいた野里教官が口を開く。


 相変わらず太々しい態度は健在だけど、微妙に僕とは間合いを保ったまま。さり気なく僕の踏み込みを警戒してる。いや、なんならレオやメイちゃんからの攻撃すら警戒してる様子。


 その上で、塩原教官を即座に守れるポジション取り。はは。狂戦士バーサーカーから守護者ガーディアンにクラスチェンジか。


 ブランクがあるとはいえ、こういう所作は現役探索者って感じがするね。


 ちなみに、そんな野里教官をフォローする立ち位置にはサワくんがいる。こっちは僕たちをというより、ごく当たり前に周囲を警戒してる。


 ダンジョン内とはいえ、ここは一階層の安全地帯。


 にもかかわらず警戒を怠ってない。


 今の時点では、〝超越者プレイヤー〟という反則的な存在のヨウちゃんよりも、サワくんの方が探索者としての心構えが身に馴染んでるみたいだ。


「僕は学園との〝話し合い〟もありましたし、ダンジョンダイブを継続しますよ。別に前世に対して強い望郷の念とかもないので……これまで通り、ダンジョンの深奥を目指すだけです」


 ま、なにはともあれ、僕の日常は変わらない。


 メイちゃんやレオとの関わり以外は。


 ……はは。そうなると僕の日常はかなり変わってくるか。


「頻度は減らすにせよ、私は学園卒業くらいまではイノと〝同盟〟を組んだままダイブするつもりです。レベルをそこそこに上げて、卒業後は直接のダイブや〝プレイヤー〟のクエストからは身を引こうかと考えています。漠然とですけど……」


 顔の腫れが落ち着いたレオがそう答える。メイちゃんからの強い視線は無視して。


「……なら話は終わりだな。学園や協会の思惑を含め、後はそれぞれのチームで考えればいい。その結果として、もし鷹尾がなら……川神が〝パーティ登録〟とやらをするか?」


「ッ! わ、私は! イノ君やレオと共にダンジョンを征きます!」


 即座にメイちゃんご立腹。


「ふん。その理由はともかくとして、もはや鷹尾は井ノ崎のチームに求められていない。足掻くだけ時間の無駄だ。学園生として探索者を目指すなら、とっとと別のチームへ移るんだな。それを受け入れられないなら、お前の探索者としての道はここで終わりだ。学園はお前を卒業させないだろうさ」


「ッ!!」


 うわぁ。はっきり言うなぁ。


 学園生としても、探索者としても、その先達としてメイちゃんを気遣う成分も入ってるんだろうけど、今の彼女にそういうのが通じないのは分かってるだろうに。


 いや、まぁ……本来なら僕とレオがしなきゃならない役どころなんだけどさ。すみません。


「……イ、イノ君もそうなの? 私とはもう組めない? い、一緒に先には行けないの……?」


 相変わらず圧は強いけど、メイちゃんの瞳は不安で揺れている。


 ごめん。メイちゃんの想いに最後まで付き合うつもりだったのは本当なんだ。でも、諸々の事情を学園側に明かした以上はもう無理だ。


 僕とレオだって、この先ずっと〝同盟〟を組んではいられない。クエストが発生する前に……決定的に対立する前に離れないといけないしさ。


「……うん。僕としては〝同志〟であるメイちゃんやレオと、行けるところまでとことん行くのも悪くないって思ってたんだけど……レオは猛烈に反対するし、実は学園側からもストップが掛かったんだ。単独ソロでのダイブも解禁してやるから、むしろ他の生徒を連れてダンジョンに行くなってさ。それに、この世界の〝超越者プレイヤー〟を集めた特殊な機関の発足も進んでるらしくて、僕とレオは〝協力者〟としてそっちに引き渡される見込みだって聞いてる」


「……」


 学園側から引き出した諸々の〝誠意〟には一つだけ条件があった。波賀村理事は、その条件を決して譲らなかったよ。


〝君たちの当面の立場や身の安全は保障する。だが、鷹尾芽郁は置いていくんだ。これ以上〝プレイヤー君たち〟の事情に彼女を巻き込むな〟


 ごもっともな話ではある。


 でも、なら〝現地超越者プレイヤー〟であるヨウちゃんのパーティメンバー(獅子堂くんやサワくんのことね。塩原教官たちは知らん。大人は好きにしろ)はどうなんだって話だ。


 なんにせよ、学園側は僕やレオという〝異世界プレイヤー〟から学園生を切り離したいんだろう。


 今の内にしがらみを切っておけっていう、ある意味では学園側からの〝温情〟みたいな感じなのも理解してるけどね。



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