第2話 肉体言語
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波賀村理事を窓口として、僕はダンジョン学園と和解した。
身の安全の保障とダンジョン探索への協力という形で。うん。要するに今までと大きな違いはないってこと。
あくまで僕は、第二ダンジョン学園の高等部に在籍する探索者候補であり、特殊実験室という怪しいサークルに所属しているという感じで手打ち。
当然、理事二人への襲撃については不問。その上で、今後は西園寺理事との直接的な接触はなしという条件付き。
まぁ表向きには大した内容じゃない。だけど、実は公表できない裏向きの話としては、学園側から色々と誠意を引き出してもいる。ま、その分、僕の方もある程度の情報は開示したけどね。持ちつ持たれつってやつだ。
「私たちの立場としては、ほとんど今まで通りだね。結局のところ、面子を潰された大叔母さんが一人で悔しがってる感じ? この学園の責任者ポジションなのに、蚊帳の外に置かれているみたいだし……」
「僕らの立場が大っぴらに変わらないのは確かだね。今後も学園側に協力はするけど、僕としては西園寺理事個人とはもう関わりたくない。本当は〝プレイヤー〟関連で情報交換がしたかったんだけど……無理そう。レオの前でなんだけど、これ以上あの人との接触が増えると、遠からず〝プレイヤーモード〟の僕が西園寺理事を排除する方向で動くと思う。流石にこの世界で一線を越えたくない」
「ま、今回の一連の動きについては私も大叔母さんを庇えないかな。今はヒステリックになって冷静に話ができない感じ。前はもっと論理的に話ができたんだけどね……あぁ、当然にイノに大叔母さんを排除させるわけにもいかないから、今は接触しないに越したことはないと思う。あとは大叔母さんがおとなしく引き下がってくれたらいいんだけど……」
いやいや、他人事みたいに言ってるけど、西園寺理事が突っ掛かってくるなら排除一択になっちゃうからな? 身内としてレオも理事を抑えてくれ。
こっちも波賀村理事や長谷川教官経由で注意喚起くらいはしておこう。うん。
「そっち方面の話は置いといて……これからレオはどうする? 僕と〝同盟〟を組んだまま? もしダンジョン探索から少し距離を置くっていうなら、学園側に要望が通り易い今がいいタイミングだと思うけど?」
学園関連はともかく、改めてレオの意思確認だ。これは〝プレイヤー〟というよりも、ダンジョン探索を共にする〝同志〟として。
「う~ん……イノの話を聞いて、そりゃ私も思うところはあるけど……今はまだこのままでいいかな。いずれイノや他の〝プレイヤー〟とバチバチにやり合う羽目になるとしても、まだ猶予はありそうでしょ? それに、井ノ崎パーティと〝同盟〟を組んでいる状態だと私個人のクエストは発生しないみたいだし。一人きりでクエストに放り込まれる方が怖いよ。とりあえず、学園を卒業してから改めて考えようと思う」
今は新鞍パーティ(一人だけど)と井ノ崎パーティとで〝同盟〟を組んでる状態だけど、何故かクエスト絡みでは僕がメインでレオがサブという扱いになってる。井ノ崎パーティのクエストにレオが追従する感じ。
もしかしたら、今までがたまたまそうなってるだけなのかも知れないけど、〝同盟〟を組んでいる間はレオが単独でクエストに放り込まれることはなさそう……というのが僕らの見解。現に未だにレオ個人でのクエストは発生してないしね。
「ま、レオがそう決めたんなら僕の方から言うことはないよ。ただ、例の〝異世界系のクエスト〟は慎重になろう。アレは他の〝プレイヤー〟と競い合うのが前提のクエストっぽいから……」
レオは僕から〝前世持ちプレイヤー〟の事情(推察含む)を聞いても、特段に驚くことはなかった。
『さっきの
って感じでさらりと受け入れてた。
感情豊かで浮き沈みも大きく、調子に乗ってポカをしてメイちゃんに怒られたりもしてるけど、いざという時のレオは
「ええと……イノとメイ様が例の
「そうそう。探索型クエストに引っ掛かりそうなポイントは他にも目星は付けてるんだけど……しばらくは触れない方が無難かもね」
「ダンジョン探索でのその辺りの判断はイノに任せる。……ただ、メイ様には早い内に私たちの事情を伝えなきゃ。メイ様は当然にように受け入れてくれるだろうけど……この先を考えると、彼女に重い十字架を背負わせることになるかも知れないよ?」
軽い感じのやり取り。だけど重い。
普段は小動物的な可愛らしさがあるレオだけど、今はある種の獰猛さが宿ってる。
野性味溢れる見た目の野里教官なんかよりも、今のレオの方がよほどに怖い。これは子を守る母親的な怖さ。レオが剥き出しの牙を見せるのはこういう時だ。
後衛型のアタッカーということもあって、ダンジョン内の戦闘においてレオは守られることが多いけど……その本質は庇護者。彼女はメイちゃんを守る。
僕の持つ老婆心的な思い入れなんかよりも、はるかに強いモノがレオにはある。
「僕としてはメイちゃんの選択を尊重したいんだけどね。前にそれで失敗もしたしさ」
「……イノ。前の時とは話が違うよ。それに、今回は学園側の言い分もあるでしょ?」
あぁ気が重いな。もうレオは決めてる。いや、僕もだけどさ。
これから先、僕とメイちゃんとレオでの〝同志トリオ〟は続けられない。
パーティの解散。
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「……レオの馬鹿ッ!!」
メイちゃんの拳が唸る。
「ぐぶゥッ! メ、メイ様の分からず屋ッ!!」
唸る拳を顔面で受け止めながら、レオが前蹴りを放つ。
「……ぅッ!」
本来のメイちゃんならば、レオの蹴り程度は躱すも防ぐも自在だろうけど……まともに入った。鈍い音と共に腹にめり込む。
ステゴロ。一手ずつ。お互いに避けない。
どこぞの部族の決闘かよ。
なんでこうなるわけ?
「イノ、よく分からないけど……まだ様子見で良いのか?」
目の前で繰り広げられているレオとメイちゃんのやり取りを見て、呆れたようにこぼす。
「ま、まぁ……い、今は二人の気の済むまでやらせてあげて欲しい……かな? どうしてもって場面までは様子見ってことで……」
「分かったよ。もっとも止めろと言われても、俺なんかじゃなかなか踏み込めないだろうけど。どうだ?
「……澤成、俺に振るな。流石に今の
レオにせっつかれて、メイちゃんにも諸々の事情の説明を……となったんだけど、ヨウちゃんや塩原教官から〝どうせなら関係者を集めてまとめて話をしましょう〟という流れになって今に至る。
僕、レオ、ヨウちゃんの〝プレイヤー〟と、そのパーティメンバーが勢揃い。
あと、学園側の監視として長谷川教官の立ち会いもある。
こんな大所帯で内密な話をするなら……ということで、僕としてはもうお馴染みの、非公式ゲートからの違法ダイブにてダンジョンの中。
はじめは普通の話し合いだったんだ。
でも、相容れない意見のぶつかり合いでヒートアップしたレオとメイちゃんが、そのままの熱量でファイトし始めたってわけ。
だからなんでだよ。
この世界の探索者(卵)ってのは、僕が思ってた以上にザ・脳筋だった。
〝プレイヤー〟とはいえ、レオは生まれた時からこの世界の価値観に触れて育ったってことか。
ここにきて異世界カルチャーシャックを受けるとはね。ははは……ってんなわけあるか。
現地人であるサワくんも獅子堂くんも普通にドン引きしてるし。
レオとメイちゃんが特殊過ぎる。なんで肉体言語で語り合うんだよ。
「男連中は情けないわねぇ。新鞍さんも鷹尾さんも、譲れない想いをぶつけ合ってるだけでしょ? ある意味では相手に想いがあるが故のじゃれ合いだし、これぞ青い春って感じじゃない」
あなたの横にいる
どこがじゃれ合いで、なにが青春だ。
当然に加減はしてるだろうけど、ダンジョンパワーで殴る蹴るの応酬だぞ?
すでにお互いの顔面はボコボコで鼻血ダラダラですけど?
そりゃもちろん塩原教官の言わんとしてることも分からないではないけどさ。
それにしたって、メイちゃん(脳筋)だけならまだしもレオまで……子を守る母親的な怖さってこんなんだっけか? 誰が言ったんだよ? 僕だよ。
「〝
さっきのお返しとばかりに、今度はメイちゃんの蹴り。
「ぉぶゥ!」
今回は堪え切れなかったのか、呻き声と共にレオが後ろに吹っ飛ぶ。
たたらを踏んで倒れまいとするけど……堪え切れず、そのまま大の字で倒れた。
お、これで決着かな?
「メ、メイ様がそう思っていたところでッ! 私たち〝
と思ってたら、ばね仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がったレオが、そのままの勢いでメイちゃんにドロップキックをお見舞いした。
「がッ!?」
今度はメイちゃんが吹っ飛ぶ。
何らかのスキル効果なのかってくらい。近接戦闘クラス顔負けのレオの挙動。
「……イノ。本当に気の済むまでやらせるの? っていうか、新鞍さんと鷹尾先輩ってこんなキャラだったの?」
「と、止めたいのはやまやまなんだけど……僕としては、メイちゃんとレオの言い分や気持ちはどっちもよく分かるからさ。いっそのこと、とことんまでぶつかるのも良いのかな……ってね」
「いや、前にやらかしちゃった私が言うのもなんだけど……別に暴力でぶつかり合う必要はなくない?」
ですよね。
割と脳筋タイプなヨウちゃんにすらドン引きされちゃってるよ。
「……わ、私はレオやイノ君が! この世界にとっての害悪だろうが構わない! 後悔なんてしないよッ!」
「メイ様! それは子供の理屈だよッ! 私やイノは! このままダンジョン探索を続けてるといずれ皆の前から消える羽目になるッ! そうなった時、残されたメイ様はどうするのッ!?」
あくまで相手のことを想いながら、自身の思いの丈をぶつけ合う乙女たち。
本来は感動的なシーンなんだろうけど……
顔面の腫れ上がった血塗れのJKがガチめのケンカファイトしてるとどうしてもね……。
あ、またレオがぶっ倒れた。と思ったら即座に立ち上がる。
いつの間にか彼女はワイルドとタフをゲットしてたのか。挫けない。優しさに甘えない。
「そ、そもそも! ダンジョン探索をこのまま続けると、私とイノはクエストを通じてどこかで対立しちゃうんだよ!? その時、メイ様は私かイノかを選択しないといけないかも知れないッ!」
がつりという鈍い音と共に、レオの拳がメイちゃんの頬にめり込む。
「ぐぅッ! そ、そんなの! もしそうなったら私はレオを選ぶよッ! イノ君なんか放っておいてもいいッ!!」
叫びながらのメイちゃんの返礼。鈍器が衝突したような音が響く。
身長差を活かした、振り下ろし気味の頭突きが炸裂した。
「んごォッ!?」
今度こそ耐え切れなかったのか、乙女が発するには少々不味い音を吐き出しながら、レオはその場に膝から崩れ落ちた。
これまでのような即座のリカバリーはなし。
勝敗や当人たちの心情はさておき、この決闘的なやり取りも一先ず終わりかな?
っていうかメイちゃん。今、僕に対して何気に酷いこと言わなかった?
普通に傷付くんだけど?
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