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第1話 交渉

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 僕の名前は井ノ崎いのさきまこと


 ある日、ある時、気付いたら井ノ崎真になってた。


 超絶的にデタラメな〝ダンジョン〟という不思議存在と、そのダンジョンを探索する為なのか、やたらとゲーム的なシステムのある世界(日本)に迷いん込んでいた。


 ダンジョンなんてない普通の日本で暮らしていた、ごく普通の一般人としての生涯の……前世の記憶を持った状態で。


 意味が分からない? 


 うん。そりゃそうだろうね。僕だって未だによく分かってない。


 ファンタジーな魔物が跋扈するダンジョン。


【クラス】や《スキル》、マナなんていう不思議パワーによって、ダンジョン限定でフィクション的な超人と化す探索者。


 そんな探索者を養成するという国家主導のダンジョン学園養成所

 

 更に探索者の中にはイレギュラーな連中もいる。


超越者プレイヤー〟なんて呼ばれるともがらたち。


 僕を含めて〝超越者プレイヤー〟には、ゲームシステム的なステータスやクエスト、アイテムショップみたいなモノまで実装されてる上に、まだまだ開放条件付きの隠し機能もあるっぽい。


 あと、ダンジョンの中にはこことはまた別の〝異世界〟まで存在してるときた。


 僕が実際に足を踏み入れた異世界はまだ一つ(厳密には二つ?)しかないけど、他にも多種多様な異世界があるのは確実というデタラメ具合。


 とにもかくにも、馴染みがあるようでなく、見知ったようで目新しいという、ダンジョンにまつわる色々とぶっ飛んだ設定があるこの世界(日本)で、僕は暮らしていくことになったわけさ。


〝井ノ崎真〟として。


 探索者の卵として。


超越者プレイヤー〟として。


 で、そんな僕にはダンジョンに呼ばれている感覚があったわけ。


 あくまで何となくという程度だけどさ。


 必然なのか偶然の産物なのか、学園で非公式な育成実験のサンプルに選ばれたり、サムライガールと行動を共にしたり、井ノ崎真の幼馴染をぶちのめしたりしてたら……同じように前世の記憶を持つ同類に出会った。


 新鞍にいくら玲央れお。レオだ。


 ただ、確かに彼女は同類だったけど、微妙にが違う。


 細かい違いはかなり多いけど、一番の違いは、彼女にはダンジョンからの呼び声が、まさに〝声〟として聞こえているらしい。


『色々と謎の多い設定だことで。ま、今は考えても仕方ないか。はいはいスルースルー』


 なんて風に、答えの出ない謎については敢えて深く考えないようにと過ごしてたんだけど……。


 とあるクエストに失敗して、僕はの〝設定〟や〝事情〟なんかを知る羽目になってしまった。


 ま、だからといって僕のやること自体に変わりはないんだけどね。


 判明した事情なんかについても、所詮は〝考えても仕方ない系の話〟でしかない。


 思い悩んだところでどうしようもない。


 今の僕が何かをしてどうなるというモノでもない話だ。


 そう。あくまでの日常は変わらない。


 ダンジョンの深層を目指す。


 なんかより、単に僕自身の好奇心として。


 そのために、必要な段取りなり根回しなりをするだけ。


 さて、今日も今日とてもダンジョン(根回し交渉)だ。



:-:-:-:-:-:-:-:



「……というわけで、西園寺さいおんじ理事に波賀村はがむら理事。レオや他の〝超越者プレイヤー〟についての話よりも、まずは具体的なを示してもらえますか? 学園としての話し合いは当然ありましたよね?」


〝続・帝国への道〟をクリアし、ノアさんたちと今後のお互いの健闘を祈り合って別れた後、僕らはようやく帰還した。異世界ダンジョンから。


 当然と言えば当然だけど、帰還後の僕らは、すぐさま学園の警備・保安部門の人たちに囲まれることになった。


 ちなみに、ヨウちゃん一行は僕らよりも先に戻って来ていたようだけど、同じように警備・保安部門に囲まられたんだとか。


 あっちには塩原教官もいたし、そもそもヨウちゃん(と獅子堂くん)は学園の首輪付きだから、特に揉めたりはしなかったらしい。


 僕らと違って。


 とはいえ、学園側も僕ら……僕への警戒は強いものの、流石にいきなり銃器をぶっ放すとかの強行手段に出たりはしなかった。


 まぁそうなれば決定的に決裂するだけっていうのは、ようやく学園も理解してくれたんだろう。知らんけど。


「……ふっ。井ノ崎君。君は少し見ない間にすっかり変わってしまったようだな」


 くたびれた雰囲気を纏う波賀村理事が、未練がましい感じで何か言ってる。


「そう仰る波賀村理事も、以前とはずいぶんと雰囲気が変わりましたね。西園寺理事もですけど……僕がダンジョンに潜ってる間にどうかされたんですか?」


「「……」」


 黒い大人たちは、もう僕の前で余裕ぶった態度を取るつもりはないらしい。


 苦虫を噛み潰したような顔で普通に睨んでくる。


 まったく、大人気おとなげないなぁ。先に話を振ったのはそっちでしょうに。


「波賀村さん、無駄な前置きは省きましょう。井ノ崎君もそれで良いですね?」


 自制心を取り戻した西園寺理事が仕切り直す。


「もちろんです」


 僕は今、ダンジョン学園の本棟の地下に設置された特別な場所に招かれている。


 学園曰く〝ダンジョン技術を利用したマナ封じの部屋〟だそうで、《テラー》と《ヴァンピール》を強制的に発症(再発)させられた、とある理事たちがしばらく幽閉されていた場所なんだとか。


 強制的な発症(再発)だなんて……一体誰がそんな酷いことをッ!? 僕だよ。反省はしてない。


 幽閉といっても、ここは家族向けの分譲マンションみたいな間取りで居住を前提とした作りだから、波賀村理事たちもそんなに不自由はなかった……と、思いたい。はは。


 その辺りの事情は置いといて。


 ここはダンジョン症候群の研究の賜物らしいけど……実のところ大した代物じゃない。今の僕なら、普通にこの部屋の中でも《スキル》を使える。


 この世界の技術力は、ダンジョンテクノロジーを〝外〟で十全に活用するには至っていない。


 というか、まだそこまでダンジョンに侵蝕されていない……というべきなのかな?


「井ノ崎君。まず、我々は〝超越者プレイヤー〟としての君の能力についての情報と、今後のダンジョン探索への協力を求めています」


「……」


 いや、まずはメイちゃんに洗脳スキルを仕掛けて、僕らにクエストを強制させたのを謝れよ。下手したてに出てる風だけど、上から目線は変わらないみたいだ。


 そりゃ長年に亘って築いてきた立場やプライドなんかで、僕みたいな得体の知れないガキにやり込められたってのを認めたくないのも分からないではないけどさ。


 ま、そっちがその気なら別に構わない。いちいち口には出さないけど、こっちからの評価だってグングン下がってるからな?


 レオには悪いけど、西園寺理事の評価は底を突いてる。


 年配者としても。

 探索者の先達としても。

 ダンジョンの研究者としても。


「ダンジョン学園や探索者協会からすれば、当然と言えば当然の要求でしょうね。僕はレオとヨウちゃん以外の現役の〝超越者プレイヤー〟を知りませんけど……僕が持つ情報と能力は、彼女たちより少し先を行っている自覚はあります」


「ええ。我々は井ノ崎君ほどに〝超越者プレイヤー〟としての権能を〝外〟で扱える者を知らないわ」


 はは。さっそく僕のに乗っかってきたか。


 いけしゃあしゃあとよく言う。


 僕が特別なわけがない。僕程度の〝プレイヤー〟は絶対に他にもいるはずだ。


 学園卒業後、一部の仲間を引き連れて、わざわざ馴染みのダンジョンから別のダンジョンへと活動の場を移した琴海きんかい淳也じゅんやさん。


 彼なんかは、ダンジョンや〝プレイヤー〟の事情をと知ってたんじゃないかと疑ってる。


 あまり前例がないにもかかわらず、迷いのなさそうな進路決定がすごく怪しい。


 学園や探索者協会という国絡みの組織が、そういう〝怪しい探索者〟をノーマークで放置してるはずもない。流石にそこまで無能だとは思えない。……うん。そこまで無能じゃないよね?


 結局のところ、僕は他の〝プレイヤー〟よりも隠すのが下手だったってことなんだろう。


 だからこそ得られたというモノも多いし、別に後悔はないけどさ。


「誤解のないようにお伝えしておきますけど……僕は別に、学園に協力すること自体を拒んだりはしてません。一方的に不利益を被るのが嫌だと言ってるんです。あと、大人たちが裏でコソコソするのも気にしてません。それぞれの立場的な事情もあるでしょうしね。ただ、僕はそのコソコソの過程で危害を加えられたら忘れないし、機会が巡ってくれば必ずやり返します。その上で、なんとなくでの和解なんてないと言ってるだけです。少なくとも、波賀村理事には以前からお伝えしていましたよね?」


「……ああ。確かに聞いていた。〝利益を提示するなら行儀よく従う〟という風なことを言っていたな。まさか、激発した君があんな無茶をしでかすとは思っていなかったがね」


 くたびれた波賀村理事が僕の言葉を肯定する。でも、やっぱりこの人もまだ侮ってくれちゃってる。僕が激発しキレて二人を襲撃したと思ってるようじゃね。


「今回、西園寺理事が僕に……僕らに危害を加えた。だからやり返しました。《テラー》と《ヴァンピール》の再発で学園側にも被害があったんでしょうけど、それらは西園寺理事の不始末の結果です。当然、僕は学園側と痛み分け的な和解なんかしません。まずは何らかの目に見える形で誠意を見せてもらわないと」


「私の行動が不用意だったのは認めます。ですが、別に井ノ崎君たちに危害を加える意図は……」


「あ、もういいです。西園寺理事との関係は今この瞬間に終わりました。今後の窓口は波賀村理事でお願いします」


 終わった。くだらない言い訳をこの場で吐くとはね。もうこの人にチャンスは与えない。


 実質的にこの第二ダンジョン学園を取り仕切るのが彼女だとしても、直接的なやり取りはもうしない。これ以上は〝プレイヤーモード〟になってしまう。


「は? 何を言っているの? 私は事実上、この第二ダンジョン学園のトップなのよ? 関係が終わったなどと……」


「さようなら西園寺理事。退室をお願いします。それとも、再び《ヴァンピール》を味わいますか? この距離だと、とばっちりで波賀村理事も苦しむことになるでしょうけど……」


 ごく自然にマナを練る。凝集したマナを見せつける。


 簡易的な《威圧》と同時に、以前は〝外〟で扱えなかった具現化系のスキルで……《纏い影》で身をよろう。


 わざとらしくスキルを見せつける。


「「ぅッ!?」」


 実はクエスト途中のセーブポイントがない現在、ダンジョンゲート(簡易版)は発動できない。つまり、ダンジョン症候群の強制的な再発は不可。あくまでブラフ。


 だけど、短時間であればはマナやスキルを〝外〟でも扱える。ダンジョン内と同等程度に。ハッタリの装飾としては十分だろう。


 システムのタガの外し方を知った。


 僕は〝プレイヤー〟であると同時に、この世界に対する〝侵略者インベーダー〟であることを自覚したから。


「……西園寺理事。貴女は対応を間違えた。井ノ崎君の気質を今に至っても理解しようとしていない。すぐにここから退室を。後の交渉は私がする」


「な!? わ、私が責任者なんですよッ!?」


 波賀村理事はある程度は僕を理解してくれている。いざとなれば、脅しだけに留まらず行動に移す奴だってことを。


 駄々を捏ねる西園寺理事のことにしても、単に口で説得するだけじゃなく、外で待機していた警備・保安部門の人たちをさっさと呼んでくれた。


 波賀村理事は実務派。碌な選択肢がなかったとしても、状況に応じてまだマシな結果を求めるタイプ。臨機応変に状況を受け入れる気概を持ってる。


 なんだかんだと言っても、僕はこの人が嫌いじゃない。色々とこき使われたりもしたけど、それ以上に便宜も図ってくれたしね。


 それに、こんな得体の知れないガキ相手でも一先ずはちゃんと話を聞いてくれる。こちらの言い分を理解しようという姿勢を見せてくれる。


 研究者のくせに、真っ先に体面を気にする西園寺理事よりはよっぽどデキる大人だと思う。


 まぁ二人ともすでに七十代という大人も大人ジジ・ババだし、僕なんかにこんな評価されても困るだろうけど。



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