第23話 もう一つのリロード
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という訳で、僕らは正気を取り戻したノアさんを連れてラー・グライン帝国の首都を目指す。
スキル《女神の使命》についてはノアさんが制御し、これまでのスキル効果を打ち消すように操作しているけど……今のところ弱体化しただけで、その効力自体は完全に消えたわけじゃない。影響は残ったまま。
つまり、女神の敬虔な信者たちは健在であり、女神陣営の尖兵としてまだまだ元気に張り切って活動してる。
この〝ダンジョンシステム〟の設定として、洗脳系のスキル解除には時間差が生じる性質があるのか、それとも今回は女神陣営の抵抗の結果なのか。
僕もメイちゃんもレオも、そもそもが洗脳系のスキルを扱うタイプじゃないから比較しての判断はできない。だけど、おそらく今回については後者だと思う。
そりゃ女神陣営だって自分たちの〝クエスト〟をクリアする為に必死だろう。敵からの妨害に対して、指をくわえてぼんやり見てるだけのはずがない。
何しろ、女神陣営はどうあってもこの異世界でやっていくしか道がないんだから。
『これが……アークシュベル王国軍の行いなのか……』
『若様……』
首都を目指す道中で見る光景は、正気を取り戻したノアさんにとってはショッキングなものだったようだ。
いや、メイちゃんにレオ、ジーニアさんやグレンさんにとってもか。
もしこの光景を目にして何も感じないような人だったら……僕はノアさんを軽蔑してただろうね。
僕らの目に映るのは、アークシュベル王国に占領された地で暮らす人々の厳しい現実。敗戦国となった国の一つの姿。
元々ラー・グライン帝国とアークシュベル王国は戦争状態にあり、僕らがこの世界に介入した頃にはすでに大勢は決していたらしい。
もはや帝国は風前の灯火。王国に飲み込まれるのも時間の問題というところまで来ていたとか。
その上で帝国の瓦解を加速させる存在が突如として王国に現れた。
《女神の使命》によって、故国ラー・グラインへ反旗を翻した皇族の一人。僕らが選択したクエストにおける〝鍵なるモノ〟。ノア・ラー・グライン=バルズ。
厳密には、ラー・グライン帝国は抗戦を続けており、アークシュベル側からの降伏勧告を未だに拒絶している。
しかしながら、実情として王国の侵攻に対して白旗を上げる帝国側の地域は増えており、帝国の上層部がいかに抗戦を訴えたところで前線は崩壊しつつある。
その為に躍動したのがまさにノアさんであり、《女神の使命》という凶悪なスキルだ。
「ノアさん。戦争なんだと言ってしまえばそれまでですけど、これが女神陣営のやり方です。女神の名の下に種を超えた結束を……なんて風に綺麗事を吐いたところで、結局はこの世界の管理権とやらを奪取し、それを維持したいだけ。ま、世界の管理権というのは、自分たちに恭順しない連中を根絶やしにしてでも得たいと思うほどの魅力があるんでしょう。あるいは女神陣営の中枢からすれば、現地の者がどれだけ死のうが興味はないのかもしれません」
ほんの触り程度に過ぎないけど、実のところ僕は女神陣営の事情を知っている。でも、この場でメイちゃんやノアさんたちにそれを明かす気はない。
どんな事情があろうが、結局はお互いに相容れないという結論にしかならないから。うん。嘘だよ。
〝プレイヤー〟であるレオはともかくとして、僕はその辺の事情を現地人であるメイちゃんやノアさんたちに聞かせたくない。
〝同志〟であるメイちゃんに隠し事はしたくない。後で知れば烈火の如く怒るだろうし、今度こそ僕に愛想を尽かすかもしれない。
それでも、諸々のダンジョン事情を不用意に彼女に聞かせるわけにはいかない。これは単に僕個人のエゴや老婆心という問題じゃなくなってしまった。少なくとも、レオや西園寺理事と擦り合わせの必要がある。
『我らの命など
僕が平然と皆を誤魔化している最中、ノアさんが苦し気に言葉を吐き出す。傲慢な神々の尖兵として、自らが担ってしまった役割に苦悩しているようだ。
『ふん。ノア様よ。俺にはイノ殿の語る小難しい話や神々がどうたらという大仰な話は分からん。だが、一つはっきりと言えることがある』
『グレン?』
眉間に皺を寄せたグレンさんが口を開く。
『別に人智を超えた神々だけが傲慢という訳じゃない。帝国のお偉方にしろ、王国の上層部にしろ……現世を生きるちっぽけな俺たちだって、自分より弱い奴に対してはとことん増長して傲慢になれる。冷酷にも残虐にもなれる。その点については神々が特別というわけじゃない』
酸いも甘いも嚙み分けた上での発言なんだろう。
グレンさん自身はおそらく嫌うだろうけど、彼のような人が采配を振るう集団の方が、王国や帝国なんかよりよほど健全な気がする。
今の僕らがいるのは、人の気配が消えた打ち捨てられた集落。
集落を囲むようにして広がる田畑は、遠目から見ても荒らされているのが分かる。
集落内の井戸も潰されている。井戸の水や周囲の土は変色しており、何らかの薬品なり毒物なりが使用された形跡がある。
それなりに大きな農村だったようだけど、原型を留めている家屋の方が少ない。ほとんどが焼け落ちている。
人の姿どころか、飼育していただろう家畜の姿も見当たらない。毒などの影響なのか、野生の獣なんかも近付いてこない様子。まさにゴーストタウン(村だけど)って感じ。
流石に遺体が放置されているというわけじゃないけど、多量の血痕、壊れた農具や武器なんかが散乱している場所もある。生々しい争いの痕跡が残ったまま。
この村に住んでいた人たちがどうなったのかは……想像に難くない。
『そうだな。確かにグレンの言う通りだ。全てを神々の特異性として思考を放棄すべきではない。この惨状は……私が安易な奇跡に頼った結果に他ならない』
『その通りだ。この集落が焼かれたのは、ノア様が信徒どもに命じた〝帝国への侵攻〟によるものだ』
『グ、グレン殿ッ!』
『よいのだジーニア。グレンは事実を語っているだけだ』
愛しき主であるノアさんの心情を慮るジーニアさんだけど、もちろん彼女にだって分かってる。
洗脳状態にあったとはいえ、ノアさんの行動には取り返しの付かないものが多々あることを。
厳しいことを口にするグレンさんだけど、彼自身がノアさんを止められなかった己の無力さを悔いていることを。
そして、この狂った運命を手繰り寄せるきっかけが僕だったということも。
皆が理解している。
「ノアさん。あなたを
「……役割を壊す? そんな話は聞いてなかったけど? イノ君は……ペナルティクエストで一体ナニを知ったの? 他にも色々と隠しているの?」
おっと。思いがけずメイちゃんからのツッコミが来た。僕が隠し事をしている……全ての情報を開示していないのには当然気付いてるか。
「メイ様、駄目だよ。今はここでイノを追及するよりもクエストのクリアが先。諸々の追及は戻ってから……そうでしょ? イノ」
メイちゃんを宥めてはいるけど、レオの目にも僕への不審と疑念がある。でも、やはり彼女も〝プレイヤー〟なんだろう。〝今の状況が不味い〟というのは直感的に理解しているようだ。
「うん。今はまだ話せない。まずは安全圏である元の世界に戻るのが先決。……どうやらこのクエストにはボス戦も用意されてるみたいだし?」
「……ッ!」
『ちッ!』
『若様ッ! お下がりをッ!!』
メイちゃんが即座に《甲冑》を展開しながらレオを背に庇う。前に出る。それとほぼ同時に、グレンさんとジーニアさんも即応した。超反応と言っていい。
実は一回目やペナルティクエストを通じても、グレンさんとジーニアさんが真正面から本気で戦う姿というのは見たことがない。だけど、二人は今のダンジョン階層基準でかなりの実力者なのは間違いない。恐らく《獣装》を全開にした野里教官でも勝てないレベル。野里教官だって一方的には負けないだろうけど。
ま、今はそんなのどうでもいいか。
女神陣営による妨害はあるだろうと思ってたけど、まさかこんなにもあからさまだとはね。あるいは、僕らに対抗できる手札がそれほど残ってないのか。
「はは。よくもまぁのこのこと姿を出せたもんだ。この短い間で
「……なんとでも言えよ。僕だって出てきたくはなかった。ようやく永劫の眠りにつけたと思ったのに……まったくもって迷惑な話さ」
前触れも気配もなく、突如として現れた黒いローブを羽織った人物。
僕と同じ顔に僕と同じ声。
僕モドキ。原型を同じくしながらも、今や遠く離れてしまった者。
似て非なる存在。
〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟。
あと、チラホラと見たことのある顔も引き連れてる。
あれは【
僕モドキと違い、ローエルさんたちは感情の抜け落ちた幽鬼のような佇まい。
もしかしたら今のローエルさんたちは、ダンジョンの魔物と同じような存在なのかもね。どう見ても自由意思があるようには感じられない。姿形や能力を
「ま、お前自身が望んで出てきたんじゃないってことくらいは分かるよ。それで? このままボス戦をするのか?」
「〝
うん。完全に話が通じてるな。このモドキは一回目の記憶を持ったままだ。今は時を遡っての二回目のはずなのに……意味不明。なんでこいつまでリロードしてるんだ?
〝プレイヤー〟絡みの事情を多少知ったところで、このダンジョンの仕組みや設定が謎だらけなのは相変わらずってことか。
「……あれはイノ君が言っていた、一回目の私たちの前に現れたという〝プレイヤーの残照〟? イノ君モドキが女神陣営の切り札?」
「ええ。そうみたいですね。とは言え、別にまともに戦う必要もなさそうですけど」
動揺はあるようだけど、メイちゃんはきっちり臨戦態勢。人に似た存在を殺す覚悟がどうのは一旦置いておくとしても、レオを守るという点においては全身全霊、本気の本気だ。僕モドキたちの一挙手一投足を注視している。
ただ、今の僕モドキはまともだ。悠久の時の牢獄で擦り切れて壊れてしまった……ヨウちゃんパーティと戦った際のような不安定さはない。
僕らに対しての敵意もない。女神陣営の命令をナチュラルに無視してる感じ。
そもそも、本気で
「メイちゃん、レオ。ノアさんにグレンさん。そして…………ジーニアさん。ダンジョンは酷く悪趣味だけど、その趣味の悪さのおかげで再び会えた。皆がやり直す姿を見届けられる……それは、僕にとってはこの上ない慰め。このクソッタレなダンジョンに感謝しても良いと思えるほどに……」
前言撤回。不安定なのは不安定だ。
まるで舞台上の独白のように語る僕モドキ。
皆の名を口にはしているけど、穏やかなマナを宿した瞳は、ただただジーニアさんにだけ向けられている。
一回目の
結果として、グレンさんとも決定的に決裂し、ノアさんは失意の内に〝女神システム〟の侵食に飲み込まれてしまった。
女神陣営からすれば、世界の管理権を得る為の第一関門たるクエストをクリアした形。めでたしめでたしだ。
まぁ諸々を見てきた僕からすれば、僕モドキが感傷に浸ってトリップする気持ちも分からないではない。でも、それにこっちが付き合うかはまた別問題だ。
「悪いけど、僕らはお前のポエムに付き合うほど暇じゃない。
「……ふん。少しくらい浸らせてくれても良いだろうに。本当に嫌な奴だな、
やはり元が同じ所為なのか、どうにもコイツに対しては同族嫌悪の上位版みたいなのが出てしまう。同じように相手も僕のことを毛嫌いしているというのも、無性に腹立たしい。
「それこそなんとでも言えよ。で? どうなんだ? 一体お前は何の為に出て来た? すでに〝女神システム〟の縛りは受けていないようだけど?」
早く本題に行け。僕が思わせ振りな態度を取る奴が嫌いなのは、お前だって百も承知しているだろうに。
「無駄な嫌がらせをしてやりたい気もするけど……まぁいいさ。お望み通り結論からだ」
そうそう。さっさとしろ。
「良かったな
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