第21話 ショック療法
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『イノ殿。本当にこんなことで若様を元に戻せるのだろうか?』
ジーニアさんの声と表情には、僕への不信に満ち溢れている。
そりゃそうだ。
事情を知らなければ、僕だって同じように思う。人によっては不信を通り越して不快感や怒りを覚えたりするだろう。
「騙されたと思ってお願いします。ノアさんを元に戻すには、ジーニアさんに協力頂くしかありません」
『し、しかしだな……さ、流石に気恥ずかしいのだが……』
僕の〝お願い〟はジーニアさんに限らず、この世界のラー・グライン帝国の人たちからすれば文化や風習、常識的にも抵抗がある内容だ。
いや、別にラー・グライン帝国人じゃなくても、普通に一般的な日本人にだって抵抗はあると思う。頼んでおいてなんだけど、僕だって好き好んでやりたくはない。
あと、メイちゃんやレオの視線も厳しかったりもする。
〝正気を失った仲間を元に戻す為に〟
と、大真面目に言われても、内容が内容だけに馬鹿にしていると思われても仕方がない。
「ねぇ、別にイノのことを信じない訳じゃないんだけどさ。本当に大丈夫なの?」
「……イノ君。今はふざけてる場合じゃないと思うんだけど?」
おっと。どうやら〝厳しい〟を通り越して、二人からは軽蔑の眼差しを向けられてるようだ。うん。信じない訳じゃないとか言いながら、レオは僕のことを全然信じてないな。
メイちゃんも、割と自然な感じで腰の刀に手が伸びてるし……って若干メイさんが顔を覗かせてる。お、お願いだから早まらないで。
「ま、まぁ色々と言いたいことはあるだろうけど、とりあえずは成り行きを見守って欲しいかなぁ~?」
背中に嫌な汗を掻きながら、気休め程度にメイちゃんから距離を取りつつ話を振る。悪いけど、今はメイちゃんやレオの納得を引き出すよりノアさんを元に戻す方が先だ。彼……というより、スキル《女神の使命》に時間を与えると不味いのは間違いない。
『ジーニア。ノア様を助けたいなら、今はイノ殿の言われた通りにやるしかないだろう。ジーニアやイノ殿には悪いが、ノア様がそれでも元に戻らないとなれば……俺はもう覚悟を決める。後悔したくないなら、今の内にやれることはやっておくんだな』
仁王立ちで腕を組んだままのグレンさんが口を開く。
内容こそ僕を擁護する形だけど、だからと言って突拍子もない〝お願い〟で女性陣の不興を買ってしまった僕のことを全面的に信じてる訳じゃない。あくまで頭から否定しないだけって感じだ。
ま、彼としてはノアさんを殺すことも辞さないと覚悟を決め、改めてその決意を口にしただけなんだろう。
『グ、グレン殿……くッ!』
「ジーニアさん。色々と抵抗もあるでしょうけど、ほんの一時だけ僕に付き合ってくれませんか? お願いします」
とりあえず、ジーニアさんがグレンさんの覚悟に気圧されている間に、僕も重ねて〝お願い〟をしておく。きっちりと頭を下げる。
『イノ殿。改めて聞きますが、本当にこんなことで若様を正気に戻すことが?」
「はい。この
そう。僕は知っている。ずっと見て来たんだ。
だからこそ、今のノアさんにも通じると確信している。
女神システムの縛りは凶悪で強力だけど、対象者の心の全てを掌握できる訳じゃない。むしろ、完全な操り人形にしてくれないと言うべきか。
癪ではあるけど、女神システムの傀儡だった筈の〝
僕はクエストをクリアする。
でも、決してそれだけじゃない。僕はノアさんたちを助けたい。
あの一回目を繰り返させたくないんだ。
『ふぅ……分かりました。こんなことに何の意味があるかは疑問ですが、イノ殿がそうまで言うなら協力致しましょう。若様の為にも』
「ありがとうございます。ジーニアさん」
さてと。ジーニアさんの気持ちが変わらない間にとっとと終わらせるか。
うん。クズを見るような目をしたメイちゃんとレオは無視だ。気にしたら負け。
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「月の満ちる夜、山深き水辺で淑やかに蕾を開くという神秘の花ルビーリアラ。あなたこそは、かのルビーリアラの化身と呼ぶに相応しい人です。その美貌はもちろんのこと、大恩ある者を主とし、主を支える為に忠誠を尽くすその姿は、まさに月の満ちた夜にだけ人知れず咲くルビーリアラ。俗物の望む名誉や栄光、他者からの賛辞の為ではなく、あなたはあなたが主と仰ぐ者の為に、己の魂が望むままに振る舞う。その生き様こそが気高く美しい」
『……』
僕は今、ジーニアさんの前に片膝をついて
男性が女性の前で跪く。そして、相手の女性を花にたとえながら、いかにあなたは美しいか、いかに素晴らしいかを大仰に称えるというのがラー・グライン帝国の作法だ。
何の作法かって?
求婚だよ求婚。プロポーズってやつさ。
何故かラー・グライン帝国でも、僕らの世界では中世ヨーロッパが発祥とされている、この跪いてのプロポーズスタイルが採用されてる。ちなみに、元々は騎士が主に忠誠を誓う作法から来ているそうだ。
今さらだけど、この〝分かり易い異世界の世界観〟も謎と言えば謎だ。まぁ〝ダンジョン〟が敢えてそう仕組んでるんだろうけどさ。
『むぅッ! ふぐぅッ!』
僕がジーニアさんに求婚してる様子は、《纏い影》で縛ったノアさんも認識している。
まぁ彼に見せつけるのが目的だから当然と言えば当然だ。
更に、いざという時の為にメイちゃんやレオ、グレンさんも臨戦態勢で場に臨んでいる。
仲間内とはいえ、公開プロポーズという感じだね。はは。
若干メイちゃんの圧が強い気がするけど、気のせい気のせい。
そりゃ僕だって
「ルビーリアラの化身たるジーニアさん。どうか僕の愛の囁きを受け入れてくれませんか? 僕は……あなたと共に歩む人生が欲しい」
『……』
ジーニアさんの右手を、両手でそっと包むようにして触れる。
もし、この時点で女性側が求婚を拒むのであれば、握られた手を振り解く。受け入れるのであれば、空いた左手を添えるというのがラー・グライン帝国のプロポーズ時のお約束らしい。
『うぐぅぅッッ!? ぐぅぅぅッッッ!!』
表面上とは言え、それなりに真剣なやり取りを見てノアさんが暴れてる。今までの洗脳状態は違い、その瞳にはノアさん自身の意思が宿っている。戻ってきている。
何しろ僕が述べたプロポーズの文言というのは、他でもないノアさんが、ジーニアさんの為に用意していたものだ。
何度も聞いた。一回目の世界で。ジーニアさんの死後に。
彼女の姿を模した〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟に向けて、ノアさんは後悔と共に苦し気にプロポーズの言葉を吐き出していたよ。
そして、決まってその後に口にしていた。
『私は愚かだった。ジーニアが傍にいることを当たり前だと思っていたのだ。……ふっ。女神の使命を果たしたところで、彼女のいない人生に何の意味があるというのだろうか?』
彼は〝女神システム〟に取り込まれながらも、虚しいプロポーズ前後の極々短い間だけは正気を取り戻していた。女神の使命を確かに否定していたんだ。
ただ、それでも〝女神システム〟の呪縛が完全に解けることはなかった。そこまでには至らなかった。
結局は洗脳状態へと戻ってしまい、女神の信徒としてシステムの望むままの人生を歩み……最期は孤独の中でその生涯を終えた。
ノアさんの死後、結果としてこの世界の管理権を勝ち取った〝女神システム〟が、この世界を好き放題にしていく。その片棒を担がされた〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟も、長い長い時の牢獄の中で摩耗して壊れていったというわけ。
『イノ殿。あなたの愛の囁きは確かに私の心を動かしました。できるなら、私はあなたの愛を受け入れ、共にこれからの人生を歩んで行きたいと思います』
『うぐぅッ!? ジ、ジ……ッ……ニァァッ!!』
おっと。思ったよりも大根役者な棒読みのジーニアさんだったけど、今のノアさんにはそれでも刺激が強かったようだ。
実のところ、このプロポーズがノアさんの洗脳を解くきっかけになるという確信は確かにあったんだけど……ここまで効果覿面だとはね。
「ジーニアさん。僕とあなたのこれからの歩みに異議を唱える者がいるようですが……彼の話を聞きますか?」
『……今さらではありますが、一度は主として仰いだ御方でもありますので……ノア様の言葉を聞いておきたいです』
『ジーニアッ!? うぐゥッッ! イッ……ノ殿ッ! 一体何がッ!?』
ノアさんの口を覆ってた《纏い影》の拘束を緩めて、少し喋り易いようにする。その分、首から下の拘束はむしろ強めておいた。今、ノアさんが下手な動きを見せるとグレンさんが衝動的に動きかねないしね。
『な、何故だッ!? ど、どうしてイノ殿がジーニアに愛を囁いているのだッ!?』
どうやら今のノアさんとはまともに会話できるようだ。混乱してるようだけど。
「ノアさん。あなたが女神の使命とやらにかまけている間に、僕はジーニアさんを愛してしまいました。だから、こうして彼女に愛を捧げているんです。むしろ僕は逆に聞きたいですね。あなたは女神の使命とやらが何よりも大事なんでしょう? それこそジーニアさんよりも。どうして僕の求婚を邪魔するような真似を?」
『なッ!? あ、当たり前だろうッ!? ジ、ジーニアは私の……ッ!!』
「私の何です? 彼女はただの従者でしょう? あぁ、別に僕はジーニアさんの過去がどうであろうと……それこそ、ノアさんが主従としての立場を利用して、彼女を妾として扱っていたとしても気にしませんよ」
『ッ!?』
あぁ……どうやらここは僕の勝ちのようだ。
ここから〝女神システム〟を叩く為に動く。本格的にクエストをクリアする。
ま、ジーニアさんを侮辱してしまった以上、ノアさんにぶん殴られるのは覚悟の上さ。
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うん。僕の想定と覚悟は甘かった。甘々もいいところだ。
ぶん殴られるどころで済まなかった。ボッコボコにされた。
覚悟を決めたはずのグレンさんがまったく動けず、トリガーとなったジーニアさんすらドン引きする程の惨劇。
僕の分かり易い煽りで案の定ブチキレたノアさん。
ガチガチに縛っていた《纏い影》を、ああもあっさり引き千切るとは思っても見なかった。流石に想定外だったよ。
「あ、これ普通に死ぬわ」
って感じで、殴られながら、走馬灯がコンニチハして逆に冷静になるくらいにはヤバかった。
まさか全身全霊のメイさんが、背後から不意の一撃を食らわせないと止まらないとはね。
ちなみに、レオはノアさんのマナに当てられて一歩も動けなかった。ま、事後に治癒系の魔法を使ってくれたから良しとするけどさ。
『イノ殿。未熟が故に《女神の使命》に取り込まれてしまったことについては伏して謝罪する。我が命で償えと言われれば粛々と従いもしよう。……しかし、私の
今は改めて《纏い影》で縛っているけど、ノアさんはもう大丈夫そう。僕への怒りは残ってるけど意思疎通に問題はない。その瞳には女神への狂信ではなく、彼自身の理性が戻ってきている。
「必要なことだったとは言え、僕がジーニアさんやノアさんを侮辱したのは事実です。その件については、むしろ謝罪するのは僕の方でしょう」
ただ、僕だってノアさんに言いたいことはある。今のノアさんに言っても仕方ない話まで含めたら、それこそ十や二十で済まない。
「ま、とは言っても、僕も謝罪するのはジーニアさんにだけで、ノアさんに対して謝る気はさらさらありませんけどね。そもそも、女神に取り込まれたノアさんの所為でどれほどの被害が出たことか。借り物の力でイキり散らかして、民の為だの国の為だの女神の教えを広める為だのと……よくもまぁそんな大言壮語を吐けましたよね?」
『ぅぐ……!?』
どうやら洗脳状態の際の行動について自覚もある様子。
「それに、僕が言うのも何ですけどね。侮辱されてあれほどの怒りを現すくせに、今までジーニアさんに甘えてなぁなぁで過ごしてきたヘタレは誰だって話ですよ。どうせ〝心は通じ合っている〟なんて風に思ってたんでしょうけど……《女神の使命》に取り込まれた後については、ジーニアさんだけじゃなく、グレンさんからも普通に愛想を尽かされてましたからね? しかも、いざジーニアさんが他の男に求愛されてる姿を目の当たりにすると、女神の洗脳を振り払って即座に正気に戻るという有様。結局のところノアさんの語ってた大言壮語なんて、酔っ払いが酒場でくだをまくのと大差なかったってことですよ。ほら、良かったですね? 自分の本当に大切なものにようやく気付けたみたいで」
『……』
はは。自覚がある分、流石にぐうの音も出ないらしい。
『イ、イノ殿。流石にそれは……若様も洗脳されていたようですし……』
ま、ジーニアさんに免じてこれ以上は言わないけどさ。
結局のところ、一回目の僕らも、ノアさんにしてもジーニアさんにしても、ラー・グライン帝国やアークシュベル王国の諸々にしても……大袈裟に考え過ぎてた。
〝女神システム〟への対抗手段なんて、こんな単純なことだったわけだ。
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お久しぶりです。
長らく間が空いてしまいましたが、書籍2巻が発売となり、ぼちぼちとweb版も更新していきます。
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