第20話 一回目の失敗

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『確かにイノ殿たちに使命があるのはお聞きしていました。その使命とやらを果たさない限り故郷の地へ帰れないというのも……。し、しかし、これはいささか早計だったのでは……?』


『ジーニア。確かに力尽くってのは褒められたやり方じゃないが……それを言うなら、異能で他者の意思を歪め、意のままに操る今のノア様の方がよほど醜悪だろうよ。俺は今回のイノ殿を咎める気にならない。むしろ、女神狂いの連中を出し抜いたのは、正直、よくぞやってくれたと言いたいくらいだ』


 ジーニアさんとグレンさん。


 クエストをクリアするため、ノアさんのパーティメンバーである二人に協力を仰ぐのは当然のこと。既定路線。僕個人の心情としても、一回目を再現させたくはない。失意の中で死んで欲しくない。


 ……ということで、《女神の使命》スキルで意思を縛られてるだろうノアさんをサクっとぶちのめし、《纏い影》で簀巻き状態にした彼を抱えて逃げた。ザ・人さらい。


 僕がノアさんと面談していたのは、城砦に設けられた彼の執務室であり、内密の話ということで一応人払いをしてくれていた。ま、潜んでいた見張りはいたけど。ちなみに、その見張りもぶちのめしてお寝んねしてもらった。


 ただ、見張りを撃退したからといって大差はない。城砦内には《女神の使命》スキルの影響を受けた、ノアさんに恭順するカルト信者たちで溢れている状況だったわけで……どうせ追手が掛かるならとばかりに、執務室の窓を破って派手に逃げた。


 至極当然の結果として大騒ぎ。城砦内の信者たちが殺気立って追ってくる。


 でも、僕は追手を撒いた。信者たちの追走と捜索を躱した。とりあえずのところは逃げおおせたってわけ。


 城砦や街の構造(要するに逃走ルート)は事前に確認済みだし、指揮官不在のカルト信者の初動は遅く、それぞれの判断で即応できるほどの準備や〝プレイヤー本気の僕〟を抑えられるほどの突出した個の戦力もない。


 あと、僕らがいるのは元々はラー・グライン帝国が治めていた地。つまりは占領地だ。


 侵略者であるアークシュベルに反感を持つ人も街にはまだまだ多く、軍に追われていると訴えれば協力してくれたりもする。もちろん、それなりの対価を支払えばの話だけど。


 そんな諸々の事情を知っていたからこそ、僕はノアさんを拉致って逃げた。


 何だかんだと言いながら、一回目の僕は、アークシュベル王国の政治的・宗教的な対立に必要以上に関わらないようにと遠慮してたんだ。〝超越者プレイヤー〟の権能で、現地の政情にしゃしゃり出るのは流石に不味いんじゃないかってね。


 今思えば、傲慢な上にどっちつかずの中途半端な対応でしかない。とんだチキン野郎だ。


 目の前で、ノアさんという暫定〝超越者プレイヤー〟が、アークシュベルや帝国に影響を及ぼしまくってたというのに……一回目の僕は肝心なところで日和ひよってた。〝そうは言ってもノアさんは現地の人だし……〟とか内心で言い訳しながら。


 アークシュベル王国やラー・グライン帝国という〝大きな組織〟相手に、思い切った行動に出るのに二の足を踏んでただけだ。


「……ねぇイノ君。そろそろ詳しい話を教えて欲しい。ノアさんを力尽くで帝国へ連れて行くというのも……その……は失敗したんでしょう?」


「そ、そうだよ。イノは同じ失敗を繰り返さないために戻って来たって言ってなかった? このままジタバタするノアさんを連れて帝国へ……っていうのは流石に無茶じゃない?」


 メイちゃんとレオ。まだ二人にはざっくりとした話しか伝えていない。


〝幽霊みたいな状態でこの先の五百年くらいの経過をダイジェスト版で強制的に見せられた後、その記憶を持ったまま意識だけが戻って来たんだ〟


 うん。意味不明。普通の人相手にこんな話をすれば、頭が残念になる電波を拾ったと思われて終わりだろう。その程度の自覚はある。……はは。


 再挑戦リロードした僕は、まずはノアさんを力尽くで確保するのを優先した。メイちゃんたちに詳しく説明した上で、ノアさんをじっくりと説得して……という風に時間を掛けるつもりはなかった。


 女神勢力がの僕に対応する前に動く。


 相手側のボーナス(内容は明かされてない)とやらがカットされたとはいえ、数と組織力では未だに向こうが圧倒的に有利なのは変わらない。時間を掛ければ掛けるだけ、こっちがジリ貧になるのが目に見えてたから。


「もちろん二人にはちゃんと話をしますよ。僕だって、今のノアさんを連れて帝国まで無事に辿り着けるとは流石に思ってないんで……」


『んぐ……ッ! ……ふッ! ……うぅッ!!』


 びくともしないのに、未だにモガモガしながら《纏い影》の拘束を脱しようと諦めないノアさん。すでにこの状態で半日以上が経つけど……諦める素振りがまったくない。


 失神させてもすぐに目覚める。リカバリーが早い上に、そもそも痛みにもかなり鈍感になってるっぽい。


 なんというか……詳しくは知らないけど違法なおクスリでハイになってるような感じ。


 こんな状態の成人男性を、何日も掛けて運ぶなんて現実的じゃない。


 馬車や船なんかの移動手段を使うとしても、対象者を生かしたままとなれば、どうしても食事や排泄、睡眠などが必要になってくるし、運ぶ側にだって休息は必要になる。


 かといって、自分たちの労力を減らすために誰かに手伝ってもらおうとすれば、その人たちが《女神の使命》スキルの影響を受けて妨害してくる可能性がある。


 拘束についても、普通の縄や鎖、猿ぐつわとかだけじゃ心許ない。不眠不休で諦めない相手の拘束を保証できない。そりゃ《纏い影》の拘束ならノアさんが自力で逃げるのは無理そうだけど、普通に考えて、ずっと《纏い影》を展開してると僕が疲れる。気も抜けない。

 

 とまぁ、そんな諸々の事情もあったからこそ、一回目の僕らは決断できなかった。


 力尽くは最後の手段だとしても……そもそも、抵抗を続けるノアさんを帝国へ連れて行くのはかなり難しいよね? ……なんて感じで、一回目の僕らはノアさんへの実力行使をズルズルと先延ばしにしていた。計画はしたけどまともに実行に移せなかった。


 結局、肥大したカルト集団の結束により、ノアさんを力尽くで拉致するどころか、まともに近付くことすら困難になってしまったってわけ。


 流石に懲りたよ。


 カルト信者……《女神の使命》スキルの影響下にいる連中は、体力の限界はあるにしても、いざとなれば不眠不休で活動したりするし、普段の限界をあっさり超えてくるのも珍しくない。火事場の馬鹿力をナチュラルに備えてる。げに恐ろしや洗脳スキルってね。


 連中を相手にする際、中途半端な対応はかえって不味い。悪手だ。こっちも思い切った対応をしないとすぐに囲まれてしまう。


 中途半端にウジウジしてる間に後手後手になり、このままじゃマズいと気付いた時には……もうそこは袋小路。どうしようもなくなってる。


 そんな一回目の実体験に加え、その後のペナルティクエストの中で僕は見てきた。


 神敵や異端者、外敵に対してな女神信者たちがどんな風に動くのを。彼らの弾圧のやり口や内情なんかをじっくりとね。


 連中はねずみ算式に数を増やしていくのが前提だし、指導者の指示の下、対象となる敵やその関係者を集団で囲って圧を掛け、じりじりと追い詰めていくというのは得意中の得意。女神カルトのお家芸といってもいい。


 でも、連中にだって欠点も多い。


 まず、信者たちは想定外の出来事には弱い。


 普段は一糸乱れぬような連携と団結を誇ってるのに、イレギュラーな出来事に対しては途端に乱れる。綻びが出る。


 ま、どんな個人や集団だって、予想だにしない場面に遭遇すれば驚くだろうけど……信者たちは、その振り幅が大きい。


 それが《女神の使命》スキルの元々の仕様なのかは不明だけど、特にスキル使用者指導者に危害が加えられたりすると、途端に判断能力が低下する。冷静さを失う。


 そうなると、洗脳済みの連中は嘆き悲しんで狼狽したり、逆に怒りに我を忘れて後先考えずに過激な行動に走ったり……と、極端な反応を示すことが多い。問題解決に向けて冷静に考え、落ち着いて行動できるのは少数派。


 パニックを起こして統制が取れないカルト集団なんて暴徒と同義だし、状況としてはかなり危険ではあるんだけど……付け入る隙には違いない。


「今はまだそれほどでもないですけど、ノアさんの行方不明が続けば、カルト信者たちはいずれ暴徒化するでしょう。あと、これまでは意図的に信者数を抑制していたようですけど……ノアさんの自由を奪うことにより、スキル効果の制御も利かなくなり、新たなカルト信者が急速に増えていくのも予想されます」


 僕は連中のそんな〝生態〟を知っているし、何より《女神の使命》は使用者が制御しない限り、勝手に外へ外へと拡大していく性質を持っているのも見てきた。


 その上で行動を起こした。もちろん勝算あってのこと。


『……ふぅ……イノ殿よ、結局のところ、あの女神狂いどもをどうにかするには……を絶つしかない手はないんじゃないのか? もし、ここでノア様の命を絶つというなら……』


『グ、グレン殿、そ、そのようなことはッ!』


 物騒な選択肢を口にするグレンさん。そして、それを咎めるジーニアさん。


 ある意味では見慣れたやり取りではあるけど、流石に内容が内容だ。


『……なぁジーニア。本当はお前さんだって分かってるんだろ? あの頃の……お前が愛したノア様がもういないってことに。凶悪で卑劣な異能を操る今のノア様は、権力を笠に着て好き勝手に振る舞う、まさにノア様やジーニアが嫌悪していた腐った皇室連中と似たり寄ったりだろうが。……清廉で理知的なかつてのノア様が今の自分を見れば、〝これ以上道を外れる前にいっそ殺してくれ〟と懇願するかもしれん。……そして、その願いを叶えるのは俺の役目でもある』


 静かに、諭すように淡々と語ってるけど……グレンさんは本気も本気。知ってる。一回目で見たよ。


 普段から偽悪的な振る舞いをすることが多いグレンさんだけど、彼は変わり果ててしまったノアさんのことを本気で心配していたんだ。その性根の本質は、仲間を想う情に篤い人だ。


 でも、だからこそ……彼はノアさんを殺せずじまいに終わった。


 決定的なチャンスが訪れたにもかかわらず、最後の最後で躊躇した。変わってしまったとはいえ、一度はお互いの背を預け合った信頼すべき仲間を……その手に掛けることがどうしてもできなかった。


 決定的な場面で躊躇してしまったグレンさんは、ノアさんの反撃を受けて致命傷を負う羽目に。


 だけど、そんな状況になってもなお、彼はノアさんのことを想っていたんだ。


 愛する女性を喪い、心を砕かれ、カルトどもに祀り上げられ、女神の操り人形と化してしまったノアさんの先行きを……グレンさんは自身の命が燃え尽きるその最期の瞬間まで案じていたよ。


 ジーニアさんも同じだ。彼女もまた、ノアさん愛する人の為に命を投げ出せる人。


 でも、まだ彼女は、ノアさんを殺してでも止める……というほどの覚悟はないみたいだけど。


「グレンさん。ノアさんの命を絶つのは最後の手段です。女神の影響を排除できるかを試す為に少しだけ僕に時間をいただけますか? そして、もしノアさんが正気に戻ったなら……メイちゃんやレオはもちろんだけど、ジーニアさんやグレンさんにも諸々を聞いて欲しいんです」


 僕の荒唐無稽な話を聞いて、その情報たちをどう飲み込み、消化するのかはそれぞれにお任せ。投げっ放しにはなるけど。


 まさに信じるか信じないかはあなた次第。


 ま、その前にノアさんを正気に戻す為のセレモニー儀式が先だ。



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