第19話 二回目

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『ぐぶぅ……ッ……!』


 貫く。ローエルさんの胸を。この戦いにおける最低限度の目標はいの一番に果たしておく。イノだけに……ってやかましいわ。


 不意の踏み込みからの鉈丸による初撃は剣で防がれ、その上、続く連撃にも反応されて凌がれてしまう。


 お互いにストア製の武具なためか、鉈丸(二段階強化済み)の連撃でもローエルさんの剣を折ったり砕いたりはできなかったけど……鍔迫り合いに持ち込んだ時点で終わり。僕の勝ちだ。


 本格的に他のメンバーの助太刀が届く前に、ローエルさんの剣に鉈丸をぶつけて縫い止めることができた。互いの動きが静止した瞬間にインベントリアタックが決まる。嵌まる。


 元・〝超越者プレイヤー〟として、ローエルさんもインベントリからの直接攻撃を警戒してる素振りはあったし、目の前に出現した槍(インベントリアタック用に調整した得物)を咄嗟に躱そうとしたのは流石だけど……対処しきれなかった。直撃を免れなかった模様。


 胸を貫かれたローエルさんは、そのまま衝撃で後ろに吹っ飛び倒れ込む。


【プレイヤーの残照】の詳細な能力や実態は知らないけど、流石にこれは致命傷だろう。


『ローエル様ッ!!』

『こ、この小僧ォォッ! 許さんぞォッ!!』

『治癒を急げッ!!』


 僕への攻撃とローエルさんの治癒という二手に分かれ、パーティメンバーが怒り心頭で迫ってくる。


 まぁ気持ちは分かるよ。仲間がやられて怒りを覚えないわけがない。でも、こっちにだって事情はあるんだ。止まってられない。


 お互いに譲れないモノがあり、対話ではなく暴力での解決を求めた以上、結果については受け入れてもらう。


 もっとも、僕の方は二回目というインチキ込みだから、彼らにとっては不公平極まりない話だけど。


 ま、そうは言っても、はソッチが有利な条件だったんだし、いわば先攻と後攻みたいなものだろう。そういう仕組みになってるのも、別に僕の所為でもないし、文句を言われてもどうしようもない。色々と振り回されてるという点については、こっちだって同じなわけだしね。


 ということで、短剣の投擲。仰向けに倒れたままのローエルさん目掛けて。


『ぁが……ッ!』


 狙いは雑だったけど、直撃。倒れたままのローエルさんの顎付近に短剣が深々と突き刺さる。ダメ押し。止め。


『貴様ァァッッ!!』

『ロ、ローエル様ッ!?』


 パーティメンバーに大きな動揺が走る。


 流石にそれぞれが明らかな隙を見せたりはしなかったけど……連携に綻びができたのは間違いない。


『くッ!?』

『な……ッ!』

『くそ! 小細工を!』


 狙いはでたらめ。《纏い影》を使って周囲に短剣や鉄球をばら撒く。


 二人に掠った程度でダメージは極小。直撃ははじめから期待してない。連携の綻びを広げるための小賢しい一手だ。そして、その効果は覿面。


 今度こそ何人かの足が止まった。


 もちろん僕は止まらない。誘いを兼ねて逃げる。食い付けば殺る。食い付いて来ないならそのまま逃げてもいい。


 とはいっても、やはりそう簡単には逃がしてはくれないか。


 他のメンバーと距離ができるのもお構いなしに、ガタイの良い毛むくじゃらな獣人の大男が追い縋って来た。餌に食い付いてきた。


 十分に引き付けて……からの急制動。


 振り向きざま、逆にこっちから一気に間合いを潰して鉈丸を振るう。


『舐めるな小僧ッ!!』

「ぐッ!!」


 鈍い衝突音。腕全体に電流が流れたかのような手応え。そうそう上手くはいかないか。


 獣人の大男はバランスを崩しながらも手甲で鉈丸を弾いて見せた。当然ながら、パーティメンバーもストア製の強化武具。その性能は拮抗してる。鉈丸tueeeは無理。こっちの手が痺れた。


 ローエルさんをここで仕留めるのはあくまで前提。彼のパーティメンバーである〝チート持ち〟の数は減らしておきたいけど……最低限の目標が達せられた以上、無理はしない。ここは逃げに徹する。


 と、これまでの僕ならそう判断しただろうね。


『ぐッ!?』


 足元からの《纏い影》。獣人の大男の足を捕らえて動きを封じる。


『死ねぇぇッッ!!』


 一人を封じても、他のメンバーがすぐさま迫ってくる。囲もうとしてくる。でも、に比べれば連携が乱れてる。全体的に動きが遅い。


 その隙を利用して、すかさずに《シャドウコピー》を発動。


 変幻。現れるのはローエルさんの姿。


『なッ!?』


 インパクト重視の嫌がらせ。〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟がよく使ってた手だ。真似してるみたいで気分は悪いけど、使えるものは何でも使えってね。


 ちなみにこのスキルには、〝コピー対象者に一定時間以上の接触〟という発動条件があるけど……どうやら累積でいいらしく、その上武器同士の衝突も接触としてカウントされる模様。さらに、と今回のを足してオッケーという割とガバガバ判定。


『がァ……ッ!』


 ローエルさんの姿にギョッとした瞬間、僕に迫っていた額に短めの角を持つ魔物感のある男(オス?)の死角から鉄球。


 こめかみ付近に直撃。湿った木を裂くような、生身の体から出ちゃいけないエグい音。命に届く音だ。


 メイちゃんには悪いけど、もはや僕には不殺ころさずを考慮する余裕はない。〝女神システム勢力〟の尖兵になり得る連中を生かしておくわけにはいかない。


 この狂ったシステムに身を委ねている以上、クエストの障害は排除するのみ。


 なにしろ僕は、彼らとは陣営を別とする〝プレイヤー〟だから。



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「……というわけで、ノアさん。アークシュベルの国盗りは一旦切り上げて、僕らと一緒にラー・グラインへ里帰りしましょう」


【プレイヤーの残照】であるローエルさんとその仲間たち。本来はノアさんが競い合い、倒すべきだった……いわゆるクエストキャラ。ま、本当の実情は知らないけど。


 この世界の現実としては、アークシュベル王国が誇る歴戦の猛者たち。


 そんなローエルさん一行をきっちりと全滅させた上で、僕は今、ノアさんの前に立つ。色々とすっ飛ばして、ノアさんにこちらの要望を伝えたというわけだ。


『……イノ殿よ。何が〝というわけ〟なのかは置いておくにしても……ラー・グラインへの里帰りなどと……そのような戯言ざれごとが貴殿の言う〝女神に関する極めて重要な話〟なのか? どうしてもというから、わざわざ時間を作ったのだが?』


 ま、当然のリアクションだね。


「ええ。ノアさんが戯言と断じる話こそが僕の本題です。わざわざ時間を割いてもらったのはありがたいんですけど……そもそも、その時間が取れるようになったのは僕のおかげでは?」


 この時点では、まだアークシュベルにもノアさんたちへの反対派も多かった。その急先鋒が、女神スキルを知覚し、その危険性に脅威を覚えたローエルさんたちというわけだ。


 で、その反ノア派であるローエルさんが、これ以上連中が勢力を拡大する前に……と、ノアさんを亡き者にしようと実力行使に出たのが一連の流れ。


『……確かにな。まさか、ローエル殿がここまで直接的に動いてくるとは想定していなかった。襲撃を防いだ上、彼らを返り討ちにしたイノ殿の功績は我らにとっては値千金だ。もっとも、アークシュベル王国としては、歴戦の勇士であるローエル殿の暴挙とその訃報に衝撃も大きいようだが……』


 についても、僕は命からがらローエルさんを凌ぎ、メイちゃんやレオも無事。その上でノアさんの暗殺も成功しなかった。


 ただし、僕がローエルさんを取り逃がしたことにより、ノアさん一派はますます過激化の一途を辿り、反ノア派は反発を強めて急速に結束を固めていく。


 そして、間を置かずにノア派とローエル派という形でアークシュベルは分裂するという流れだった。


 今回は違う。反ノア派のまとめ役であるローエルさんたちを、この時点で僕が始末した。


 もちろん、のアレコレを今のノアさんに説明しても無駄なのは分かってる。


 でも、ローエルさんがノアさんを危険視していたように、ノアさんだって、この時にはすでに彼らを潜在的な敵と認識していた。つまり、僕はカルト集団ノアさん一派の敵を討ったという扱いだ。


「今さらですけど、ローエルさんも女神由来の力を持っていました。今のノアさんと……とでも言いましょうか。そして、ノアさんたちはお互いに相争うという〝使命〟を背負わされていた。他ならぬ女神によってね。ご立派な女神様は、それぞれに力を与え、お互いを争わせることによって自身の影響力を強めるという意図があったようです。……言ってしまえば、自作自演の分かり易い茶番だ」

『……イノ殿。いかに使徒と言えど、女神様への批判的な言動は慎んでいただきたい。女神様の啓示は、時として蒙昧もうまいな我らには推し量れぬ事もあるのだ』


 はは。僕らが蒙昧……というか、吹けば飛ぶようなちっぽけな存在で、の意図を汲み取るのが難しいのは間違いない。でも、ノアさんのように妄信するのもどうかと思うね。


 僕は知っている。ずっと見てた。


 ノアさんは、彼が女神の啓示と信ずるモノに唯々諾々と従い、愛する女性を喪った。


 その心を砕かれた。


 ジーニアさんを喪い、耐え難き哀しみと嘆きに侵され、徐々に壊れていく様を僕は知ってるんだよ。


 女神が投げて寄越したプレイヤーの残照魔物に、愛する女性の姿を再現させ、それを眺めて砕かれた心を慰めるだけの日々。


 ついには真の理解者だった友を手ずからに殺す羽目にもなってしまった。


 あぁ……くそ。


 のノアさんの報われない人生が、女神の生み出したカルトが、神聖オウラ法王国の行く道が、〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟の願いが……アレコレとチラつく。


 僕にとっては、自分のクエストをクリアするのが最優先なのは揺らがない。でも、ノアさんたちをのままにしておきたくない、女神システムの呪縛を断ち切りたい。そんな思いだってあるんだ。


「……ノアさん。はじめは僕も勘違いしてましたし、深く考えてませんでした。それに、まだ今のあなたには響かないのかもしれない。……でも、改めてお伝えしますよ。僕は、。むしろ、だ。もっと言ってしまえば、女神とは緩やかに敵対している側の手先なんだ」

『………………』


 そう。僕は深く考えてなかった。この狂ったダンジョンというシステムに〝揺れ〟があるのを認識していたにもかかわらず。〝超越者プレイヤー〟の個体差が大きい事も疑問視していたのにだ! くそ。


『……イノ殿。貴殿は女神様に仇為す者ということか? 私の敵だと?』


 若干剣呑な雰囲気を纏うノアさん。はは。気になるのはそっちか。分かってたことだけど、すでに随分と侵食されてるみたいだね。


 僕はノアさんの変容についても深く考えてなかった。


 女神の声が聴こえるだのなんだのという話も、パーティ登録なりの影響でテンションがおかしくなったとしか思ってなかったし、女神の声=システムからの通知だと安易に考えていた。


 凶悪な《女神の使命》スキルを使ってカルト集団をまとめ上げていったのも、身に宿った〝力〟を振るう内に、その〝力〟に溺れてしまったのだと思ってた。


 ジーニアさんやグレンさんの言葉に耳を貸さなくなったのも、増長した心の在り様故だと捉えていた。


 もちろん、それらも要因の一つだったとは思う。でも、別の要因もあった。一回目の僕らが気付けなかったモノ。むしろ、ノアさんの変容の原因はソレ。


「ノアさん。あなたの中で女神という存在がどういう扱いなのか、本当のところは僕には分かりません。でも、思い出して下さい。女神の声が聴こえるようになったきっかけを」

『……きっかけだと?』

「そもそも、あなたはですか?」

『ぅッ! そ、それは……ッ……』


 ノアさんは僕の眷属。僕のパーティメンバー。そんな当たり前にすら気が向いていない。認識が逸らされている。


『わ、わわ、私は……イ、イノ殿の眷属……? い、いや! わ、私は女神様に選ばれたのだ! だ、誰の眷属でも……ない? し、強いて言うならば……わわ、私こそ……が、め、女神……様の……し、使徒なのだッ! 私は! イノ殿の眷属などではないッ!』


 まるで、ノアさんが扱う《女神の使命》スキルの影響下にあるような反応。思考が是正され、誘導された先へと無理矢理に着地するような感じだ。


 散々見てきた。彼がアークシュベルの将校や兵を感化、教化していくのを。今回の一件で、奇しくもノアさん自身ですら、《女神の使命》スキルの影響下にあるらしいというのが発覚したわけだ。


 どうやらこの時点で、ノアさんは女神側にかなり持って行かれていたみたいだね。


『規定の要件を満たしました。クエスト〝ノア・バルズ争奪戦〟が正式に発生し、敵陣営のボーナスが強制終了となります。それでは、良いダイブを!』



※条件型クエスト(裏)

クエスト :ノア・バルズ争奪戦

発生条件 :プレイヤーの認識により

内容   :さて、どちらが彼を手に入れる?

クリア条件:自陣営のクエスト達成

クリア報酬:なし



 さてと。とうとう出たか。〝裏〟クエスト。本命。


 何のルール説明もなしに、実は密かに別のクエストが同時進行していた。


 その上、隠されたそのクエストを認識しない限り、〝敵〟に優遇措置ボーナスが働き、こっちは一方的にボコられ放題というクソッタレ仕様。


 そりゃの僕らが、為す術もなくクエストに失敗したのも無理はない(言い訳)。



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