第16話 伝承の実態 2 選択
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裂帛の気合いと共に突き出された槍。躱す。紙一重とはいかず、肩口を掠めて多少の血飛沫が舞う。構わない。もはやそんな程度は気にならない。
むしろ好機だ。
そのまま踏み込んで鉈丸を振るう。相手が槍を突き出したことにより、ここはすでに僕の必殺の間合いだから。
『ぅぐ……ッ!!』
マナを凝集して防ごうとしたのはご立派。でも無駄。僕の鉈丸はその程度じゃ防げない。槍ごと右手の前腕部を斬り飛ばす……って、ホントは今ので仕留めたかったんだけどさ。凌がれた。
槍の使い手は思い切り踏み込んでたはずなのに……一撃を外して流れた体を、瞬間的に無理矢理停止させた。急制動で止まりきってみせた。くそ。本来であれば、僕の今の一撃は相手の胸の辺りを深々と斬り裂いてたはず。
『バルメッ! 下がれッ!』
想定通りに事が進まないからといって、いちいち修正してる暇もない。絶好の機に仕留められなかった相手を、追い縋って仕留めるなんて今は無理。次が来る。さっさと離脱しないとまた囲まれる。
金属同士が衝突する甲高い音が響く。鉈丸で敵の剣を弾いた。
『……くそッ!!』
槍使いと時間差で来るつもりだったのか……別の敵が死角から剣を突き出してきていた模様。
敵の剣を弾きはしたけど、こっちはそれを明確に狙ってたわけでもない。〝プレイヤーモード〟のアラート頼りに鉈丸をでたらめに振ったら当たっただけ。半分以上は偶然とか運だ。
追撃を警戒して《影渡り》のスキルを発動。即座に影空間へ一時避難。
すぐに影に触れられてスキルを解除されるんだけど……《影渡り》は咄嗟の一撃を躱すための緊急避難だと割り切ってる。問題ない。
案の定、僕が立ってた場所が何らかの魔法かスキルで吹き飛び、《影渡り》がキャンセルされる。
『おのれぇッ!! ちょこまかと小賢しいッ!!』
ローエルさん。【プレイヤーの残照】である転生者が吠える。
はは。ほんの少し前までは、歴戦の武将的な雰囲気だったのに……今は随分と口と機嫌が悪くなってるみたいだね。
まぁ僕のことは何とでも
『ローエル様! 私が仕掛けます! 援護を!』
長い耳をした細身に金髪という、いかにもエルフ族な女性が迫ってくる。勝手な印象ではあるけど、エルフには似付かわしくない
纏ってるオーラというか……強靭な身体強化のマナから察するに、どうもこのエルフはバリバリの近接戦闘屋みたい。当然のように、彼女の扱う斧槍もストア製の武具であり、ソレそのものが禍々しいマナを宿している。鉈丸と同系統の魔剣とか妖刀なんかの類だろう。
ストア製武具相手には、今のレベルの僕の《纏い影》では心許ないけど、全身に影を纏う。飛来する矢や短剣を防ぐには防げるけど、普通に痛い。時には《纏い影》を貫通してくるやつもあるほど。
まぁとにかく逃げの一手だ。ローエルパーティの囲いを脱するために駆ける。いちいち斧槍使いのエルフなんかとまともに打ち合うつもりはない。
『やつの足を止めろ! 逃がすな! ここで仕留めるのだッ!』
はは。ローエルさん。ここに至ってようやく焦りが出てきたみたいだね。どうやら、ダンジョンのバランス調整は思いの外に僕に有利だったみたい。
【プレイヤーの残照】であるローエルさんとそのパーティメンバー。この世界的には、いわゆる〝チート持ち〟である八名の手練れたち。
そんな連中に囲まれたところからスタートした決死の戦闘だったけど、僕はまだ生き延びてる。とはいえ、全身傷まみれだし出血も多い。左眼は潰され、左腕の感覚はもうない。ほとんど動かせない。
囲いを脱して逃げに徹してたというのもあるだろうけど……それでも、ローエルパーティは僕一人を未だに仕留め切れない。
逆にローエルパーティは残り四人。向かってきた相手を僕が逆撃で仕留める形で数を減らしてきた。
あ、さっき片腕を斬り飛ばした角の生えたよく分からない種族の槍使いも戦線離脱だろうから、残りは三人か。
ダンジョンのバランス調整が働いてるから、数と作戦で差をつけるとなんとか……自信満々に語ってた割には、僕とローエルさんの間にはそれなり以上の差があった模様。
強者風な雰囲気を醸し出してたけど、この分だとローエルさんと僕との一対一なら、普通に僕が彼を仕留めて終わってた。はは。余裕ぶっこいてたのにざまぁみろだ。……ま、そうは言っても、僕が削られながら追い詰められ、現に死にかけてるのには違いないけど。はいはい。負け惜しみだよ。
『はあぁぁッッ!!』
おっと。自分の中では全速力で駆けてるつもりだったけど、どうやら速度がかなり落ちてるようだ。戦闘当初は振り切れてたはずの斧槍使いにあっさり追い付かれてしまった。
振り下ろされる斧槍。とりあえず躱すけど……
「んな……ッ!?」
轟音と共に街道の石畳みを破砕するほどの威力。おまけにスキル効果なのか、直後に発生した衝撃波で吹き飛ばされる羽目に。
当然に追撃がある。吹き飛ばされるがままに転がるわけにもいかない。即座に《纏い影》を伸ばし、付近の木に絡めて姿勢を制御する。
『もらったァァッッ!!』
追撃はローエルさん。
僕が体勢を整える前に、彼が振るう剣が……鈍色の鉄塊が眼前に迫っていた。
……はは。漫画やゲームじゃないんだからさ。別にいちいち強撃の前に叫ばなくても良くない? まぁ敵を殺せるのが嬉しいのは何となく分かるけどさ。
ただ、僕としてはそういうのが詰めの甘さに繋がるんじゃないかと邪推してしまう。まぁこのヒトは【プレイヤーの残照】らしいし、ダンジョンシステムの介入によってそういう〝キャラ付け〟がなされているのかもしれないけどさ。
『なにッ!?』
まことに残念でした。ローエルさんの必殺の一撃は虚しく空を切る。
木に絡めていた《纏い影》をゴム紐のようにして僕は跳ぶ。スリングショットとか水平方向のバンジージャンプみたいな感じ。あくまで緊急離脱。無理矢理の動きだから体のあちこちが軋むし、ふっと意識を失いそうにもなる。
だけど、ローエルさんからすれば、目の前でいきなり僕が逆方向へと弾け飛んだように見えただろう。自然法則ではあり得ない挙動だ。
『え……!?』
そして、僕が跳んだ方向には、先ほどの斧槍エルフの女。スキルを使ったことによるクールタイムやリチャージ待ちなのか、未だに斧槍を振り下ろしたままで固まっていた。
隙だらけ。僕からすれば敵の数を減らす好機だ。
「ふッ!!」
『ぁが……ッ!』
跳んだ勢いそのままに、すれ違い様の一撃で斧槍エルフの首を刎ね飛ばす。最期の瞬間、相手の顔に浮かんでいたのは驚愕。スキルによる強撃で吹き飛ばしたはずの敵。そんな敵のリカバリーがここまで速いとは思ってなかったのかもね。
これで、残すところは二人。
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「それで? 結局のところ、お前はその【プレイヤーの残照】であるローエルというやつに負けたのか?」
野里教官がせっついてくる。勿体ぶらずにさっさと話せとばかりに。まったく、せっかちな人だ。
「まぁ……簡潔に言えばその通りですね。向こうはローエルさんに加え、彼のパーティメンバーである精鋭の計八人。まともにやり合っても不利でしたからね。必死に逃げる僕とそれを追うローエルパーティという図式でした。徐々に削られて追い詰められましたよ。もっとも、僕が瀕死となる頃には、向こうもローエルさんだけになってましたけどね」
一対一ならいざしらず、実戦の中で複数に追われるというのは厄介だったし、なんだかんだと言いながらも、ローエルさん一行が強敵だったのは間違いない。
当たり前に
「……ええと、その……つまり、イ、イノはやっぱり……その時に……し、死んじゃったの?」
ヨウちゃんが恐る恐るという感じで聞いてくる。恐る恐るというか、普通にドン引きしてる。ヨウちゃんだけじゃなく、サワくんも獅子堂くんも。まぁ……分からないではない。
僕の足元には、あきらかな致命傷を負い、
井ノ崎真が井ノ崎真を力尽くで踏みつけているという状況だ。うん。意味不明な状況だし、絵面的に引かれても流石に文句はない。
「一応、僕はヨウちゃんたちの知る井ノ崎真で間違いないよ。死にかけはしたけど、死ななかった。逃げながら戦って時間を稼いでいたら、ノアさんが差し向けてくれてた部隊に救出されたんだ。もっとも、ローエルさんは取り逃がしちゃったけどね。あそこでローエルさんを仕留め切れなかったことで……アークシュベル王国軍は真っ二つに割れる羽目になったんだ。ノアさん派とローエルさん派という具合に」
泥沼の闘争の始まり。アークシュベル軍同士での衝突。内乱だ。そこへ起死回生を懸けて、ラー・グライン帝国軍が反転攻勢を仕掛けてきて……と、戦が激化していった。
『そ、それは……伝承に語られる、オウラ法王国建国前の〝大聖戦〟のことだろうか?』
今やこの場では唯一の現地人となったジ=バズさんが疑問を口にする。残念ながらというのもどうかと思うけれど、名前を受け継いではいるけど、僕の知ってるジ=バズさんとは似てない。まぁ血縁もないから当然といえば当然なんだけどさ。今さらながら、ちょっと寂しいと思ってしまう。
「ええ、そうですよ。その大聖戦。ただし、伝承のようにはじめからノアさんたちが一方的に優勢だったわけでもないんです。混乱に乗じたラー・グライン帝国軍が、一時はノアさんを仕留める寸前までいったほどですから」
『ほ、法王ノアが追い詰められたのか?』
「ま、あくまでほんの一時的にですけどね。ノアさんを追い詰めたのはラー・グライン帝国軍の精鋭たちでしたけど……結局は、《女神の使命:教化》という《感化》の上位版みたいなスキルで、その場の帝国軍は丸ごとノアさんの尖兵に早変わりしちゃいました。で、勢いづいたノアさんたちは、アークシュベルの内乱を制するよりも先に、ラー・グライン帝国の首都へ攻め上がることを決断。そして、《女神の使命》スキルの感染力の高さなんかを駆使して、あっという間に帝国を平らげてしまった。ノアさんが首都に到達した頃には、すでに帝国の民衆は《教化》の支配下にあり、ノアさんを熱狂的に迎えたほどです。……まぁ、これがラー・グライン帝国に最後の皇帝が誕生した
僕にとっては苦い記憶だ。何もできなかった。ノアさんを中心としたカルト集団が肥大していくのを、指を咥えて見てるだけしかできなかった。
「……少しいいかしら井ノ崎君。そのノアさんという人がラー・グライン帝国の首都へ攻め上がったというなら、井ノ崎君はクエストのクリア条件を満たしていたんじゃないの? 確か、ノアさんの生存とラー・グライン帝国の首都への到着……だったでしょ?」
塩原教官は気付いたか。お目が高いね。見た目はゆるふわな雰囲気だけど、その芯はまさに〝探索者〟。未知への挑戦に相応しい胆力と冷静さがある。状況をいち早く分析して整理できるみたいだ。
あの野里教官が、彼女に対して頭が上がらないっぽいのも、何となしに納得だね。
「……実は、僕らはノアさんが帝国を飲み込む頃には、すでにクエストに失敗していたんですよ。ノアさんとはずいぶん前に袂を分かっていたというか……」
「どういうこと? 井ノ崎君たちがノアさんと別行動だったから、クエスト的にはクリア判定にならなかった?」
ふと、足元で死にかけている〝プレイヤーの残照〟をちらりと見やる。目が合った。その瞳は憎悪に彩られている。はは。さっきまでは『この地獄を終わらせてくれー』とかなんとか、中二病的なことをほざいてたってのにね。今は僕への殺意に満ち満ちている。すでに命が零れ落ちているっていうのに、このまま死んでたまるかという意志が宿ってる。
ま、長い時の中で色々と変質してしまい、記憶や認識がごちゃごちゃになってたのは本当っぽいけど……どうやらこの分だとこいつも思い出したんだろう。
「アークシュベル軍が分裂して、ラー・グライン帝国が決死の反撃に出て……という辺りで、僕らは状況に付き合いきれないと判断してノアさんの下を去りました。その時、諸々の事情があり、ノアさんと共にアークシュベルで捕虜として苦しい時期を過ごした、グレンさんとジーニアさんという二人も僕らと共に行くことになったんです」
悪化する状況の中で、消去法的に『まだマシだろう』という感じで選んだ道だったんだけど……結果から考えると、あの時の選択は決定的な間違いだった。
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