第17話 伝承の実態 3 ペナルティクエスト

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「……ねぇイノ。もうノアさんの生存については私たちが心配するまでもないみたいだしさ。このまま帝国の首都を目指して、前に言ってたクエストのクリアを試すんでしょ?」


 レオがぽつりと溢す。その内容は、彼女の個人的な思いというわけでもなく、これまで皆でずっと考えていたことだ。


 急速に肥大していくカルト集団。

 戦争。

 大国を割る内乱。


 こんな情勢である以上、もちろんノアさんが突発的に死亡するリスクというのはある。でも、それは僕らが傍に居ても居なくてもほぼ変わらない。病気とか事故とか天災に遭うようなもの。


 それほどまでに、今のノアさんの周囲はガチガチに警護されてる。しかも、周りを固めている連中がノアさんを裏切る可能性は極めて低い。《教化》済みの狂信者たち。


 暗殺されるとかの心配はほぼなくなったと言っても過言じゃない。


 の〝超越者プレイヤー〟と【プレイヤーの残照】が相争う状況。


 今の情勢を考えれば、あのローエルさんという【プレイヤーの残照】は、僕のクエストにおける敵キャラというよりも、ノアさんのクエストに配置された存在だったんだろうと思う。


 ダンジョン探索型ローグライクな僕らとは、そもそも土台となるシナリオなりシステムが違う気がする。ノアさんやローエルさんは国盗り合戦的な戦略SLGモノっぽい。


 クエストの絡みはあるものの、もはや僕らにできることはほぼない。ノアさんとローエルさん、両陣営の争いの行方を見守るだけしかできなくなってしまった。


 色々と間違えた気はするけど、具体的にナニをどうすれば良かったのか……今回のクエスト、僕らは一体ナニを求められていたのか? はは……もうさっぱりだ。


 ただ、状況に流されるしかない中で、メイちゃんやレオと話し合い、クエストのクリア条件について疑問を抱いた。



※条件型クエスト(連鎖クエスト)

クエスト :続・帝国へ続く道

発生条件 :〝帝国へ続く道〟クリア済

内容   :故郷を目指す、その先にはッ!?

クリア条件:ラー・グライン帝国首都への到着

     :ノアの生存

クリア報酬:???



 このクエストのクリア条件は、〝ラー・グライン帝国首都への到着〟と〝ノアの生存〟だった。


 僕らは『ノアさんを連れて帝国の首都へ辿り着けば良い』と解釈してたけど、このクリア条件であれば、別に僕らがノアさんと行動を共にする必要はないんじゃ? ……なんて風に考えた。


 僕らが帝国の首都へ到着した時点でノアさんが生存しているなら、この二つのクリア条件を満たしていることになるだろうと。


 ノアさんが凶悪なスキル女神の使命に目覚めてから、比較的早い段階でそういう話が出た。もし、この先ノアさんと行動を共にすることができなくなったなら、ノアさんが生きている間にさっさと帝国の首都へ向かおうと、メイちゃんとレオとも決めていた。


《感化》に《教化》という強力過ぎるスキルの支配下にあるカルト構成員たちは、次第にノアさんに近しい僕らのことを目の敵にするようになり、不穏な空気をひしひしと感じていたから。


『……イノ殿よ。ノア様やその信者どもについて、貴殿らに迷惑を掛ける結果となったことについてはすまないと思う。ま、俺が詫びる筋合いでもないんだが……』


 共にノアさん陣営から出奔することになったグレンさんが、僕らの間に漂う重苦しい微妙な空気を察して、そんな殊勝なことを口にする。


 今のグレンさんは、初対面の……アークシュベルの捕虜として過ごしていたあの時に比べても、どうにも疲弊した印象を受ける。どことなく影が薄くなってる。


『グレン殿。ご自分で仰る通りです。我々が詫びる必要などありません。若様の変容は……あの方の弱さ故だったのでしょう。帝国の悪政を憂い、自らの手の届く範囲でもがいてた、私が敬愛していた若様は……過去の幻影となってしまいました……あのおぞましい女神の奇跡に安易に頼り、他者を意のままに操るなど……ッ!』


 ジーニアさん。ノアさんの護衛兼従士として一番近しかった女性ひと。恐らく、ノアさんとは主従を超えて、お互いに憎からず想い合っていた。


 だけど、今や彼女も自らの意思でノアさんの下を離れることに。先の展望もないけど、僕ら共に帝国の首都へ向かう道を選んだ。


 ジーニアさんとしては、ノアさんが《教化》で帝国民を洗脳してしまう前に、もう一度首都にいる母に会いたいというのもあるらしい。


『ふっ。確かにそりゃその通りなんだがよ。それでも、ノア様との約束を放り出してしまった俺は詫びる必要がある。……イノ殿やジーニアにではなく、他でもないノア様本人にな……』

『……グレン殿は、あの時の口約束をまだ気にされているのですか?』


 二人の約束というのは前に聞かせてもらっていた。


 僕がパーティ登録した結果、ノアさんがノアさんじゃなくなってしまったら……グレンさんは彼を殺してでも止めると約束したんだとか。


 そして、ノアさんは彼らの知るノアさんではなくなってしまった。


 だけど、二人は今さら言わない。僕が眷属化パーティ登録した所為だとは。


 色々と葛藤はあったみたいだけど……結局のところ、降って湧いた奇跡の力に溺れてしまったのは、ノアさん自身の弱さだったんだと飲み込んでいる模様。


「……ジーニアさん、グレンさん。僕らはこのまま帝国の首都へと向かいますが、もしかすると、そこで僕らはクエスト使命を果たしたことになり、いきなり姿を消す可能性すらあります。そうなった時、お二人は……?」


 帰るべき場所のある僕らと違い、ジーニアさんとグレンさんは、この先もこの世界でやっていくしかない。【プレイヤーの残照】であるローエルさんが語った通りだ。なら、僕ら〝チート持ち〟が去った後、この二人はどうなるのか。


 クエストクリアを優先し、他の事は気にし過ぎないようにしてたけど……流石にね。


 ノアさんもだけど、ジーニアさんとグレンさんは、僕らのクエストでその運命を捻じ曲げられたのは間違いないしさ。


『ふっ。別にイノ殿たちに心配されるほどでもない。俺たちはどうとでもやっていくさ』

『ええ。このままだと、近く帝国やアークシュベルは若様の支配下となるでしょうが……もはやあの方が私たちに固執するとも思えません。私は母と共に都を離れ、細々と暮らしていこうかと思います』

「…………」


 そうは言うけど、二人の表情は曇ってる。力なく笑う姿が痛々しい。でも、だからといって、僕に何ができるわけでもない……。


 決定的にナニかを間違えたまま。


 それぞれが、どうしようもない無力感を覚えながら、僕らはラー・グライン帝国の首都を目指す。





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「結局のところ、ノアさんの下を離れた頃には、すでに僕らのクエストは詰んでたんですよ」


 そう。あの時の僕らは、バッドエンドへまっしぐら……というより、すでにバッドルートのエンディング中だったともいえる。


「く、くそ……ッ! な、なんでベースのお前がに……ッ!?」


 ズタボロの〝プレイヤーの残照〟が僕の足元で喚く。あきらかに致死量を超える出血なのに、未だに存在を維持してる。いくら僕をベースにしているといっても、そこはやっぱりシステムに創り出された似て非なる存在モノなんだろう。とにかく頑丈だ。


「色々と聞きたいことはあるんだけど……とりあえず、この井ノ崎君の姿を模した〝プレイヤーの残照〟は何なの? 【プレイヤーの残照】という【クラス】を持つローエルというヒトとも違うんでしょう?」


 とうとう塩原教官が〝プレイヤーの残照〟について触れた。ま、僕も別に勿体ぶってたわけでもない。色々と前段階を説明してからの方が分かり易いかと思って、敢えて後回しにしてただけ。……うん。嘘だ。この〝プレイヤーの残照〟については、自分の間抜けさや恨み辛みもあって、一呼吸入れないと感情的になってしまうからスルーしてました。


「コイツは僕のクエスト失敗の象徴なんです。僕らがノアさんの下を離れ、僕らだけでラー・グライン帝国の都へ到着した時……コイツが生まれたんですよ」

「あぁ……ッ! お、お前が余計な真似をしたからッ! ぼ、僕はこんなのを望んでたわけじゃない! くそ! 自分の存在を……過去をはっきりと思い出したくなかったッ!」


 あーはいはい。それはそれは悪いことをしましたね。っていうか、文句ならダンジョンシステムに言えよ。いや、正確にはか?


 すでにあの時の僕らに選択肢なんてなかったし、ペナルティなんて知らなかった。こっちだってお前なんかを喚び出したくなんてなかったよ。


 その後にしたって、自分の状況がそこまで嫌なら、システムの縛りを断ち切って自分で終わらせれば良かったんだ。それができなかった癖にわーわー喚くな。ヨウちゃんに終わらせてもらうのを望むしかできなかった分際で。


 ……うーん。ダメだな。一呼吸おいても、コイツの声を聞くだけでどうにもイライラする。同族嫌悪の強化版みたいな感じなのか? 元々は同じ井ノ崎真なわけだし。


「イ、イノはさっきも言ってたね。その……クエストの失敗って何なの? 私もさっきクエストを失敗したみたいなんだけど? 他のプレイヤーの介入がどうたらで、ペナルティクエストが発生するとか何とか……?」


 ああ、そうか。ヨウちゃんにもペナルティが発生するのか。それはちょっと悪いことをしたような気もするけど……でも、僕が介入しなくても、〝プレイヤーの残照〟を初見で撃破できず、この部屋から撤退した時点でクエストは失敗になってたはずだ。


 それに、即座にペナルティ関連に移行しないみたいだし、僕のクエスト失敗の時に比べればまだマシな気がする。


「正直なところ、ヨウちゃんに発生するペナルティクエストがどんなモノになるかは分からない。ま、それも含めて話の続きなんだけど……ダンジョンが仕組んだイベントなんかもなく、僕らはラー・グライン帝国の都に足を踏み入れたんだ。で、その瞬間にダンジョンシステムから通知がきたわけ」

「……通知?」


 僕はまったく準備ができてなかった。ノアさんが生存した状態なら、僕らが帝国の首都へ到着すればクエストクリアになる……って割りと本気で考えていたから。


 甘かった。引っ掛けみたいなの用意してくる印象のダンジョンだけど、今回は違った。クエストクリアの条件はそのままの意味だった。僕らが勝手に深読みして引っ掛かったというべきなのか……。


 つまり、やっぱりノアさんを連れた状態で帝国の首都を訪れなければ、クリア条件を満たさなかったわけだ。


『井ノ崎パーティは〝続・帝国へ続く道〟のクリア条件を満たしていません。クリア条件の未達成が意図的に行われたため、ペナルティクエストが発生します。それでは良いダイブを!』


 そんなシステムメッセージを受け取った瞬間。


 僕とメイちゃん、レオの三人は世界から切り離された。飛ばされた。


 気付けば、僕らは荘厳な造りの祭壇のような場所にいた。まるでダンジョン階層のボス部屋みたいな感じのね。


 そこに現れたのが、〝プレイヤーの残照〟


 長い長いペナルティクエストの始まり。


「当初は僕だけじゃなく、メイちゃんやレオの〝プレイヤーの残照〟もいたんだ。もっとも、〝超越者プレイヤー〟じゃないメイちゃんに対しては〝二重存在ドッペルゲンガー〟というそのまんまな名称だったけど。で、僕らはいきなり自分たちと戦う羽目になったわけ」

「そ、それがペナルティクエスト?」

「厳密には違う……のかな? あのいきなりの戦闘は、いわばダンジョンの救済措置だったようにも思う。当時はまったく救済とは思えなかったけど……」


 覚悟も準備もないままに始まった戦闘。しかも相手はフルスペック本気モードの自分たち。


 ダンジョンからは何の説明もない。混乱して、僕らは当然のように押される。防戦一辺倒になってしまった。


 特にコイツ。敵として相対して、僕の〝プレイヤーモード〟がいかに嫌らしいやつなのかを痛感する羽目になった。接近戦が苦手なレオばっかり狙いやがって! ……まぁ敵側の弱みを突くのは当たり前なんだけどさ。


「よく分からんな。自分自身と強制的に戦わされるのが救済措置だと?」

「まぁ野里教官をはじめ、皆さんには馴染みがないかもしれませんけど……ボスキャラ〝プレイヤーの残照〟を制限時間内に撃退できたらリロードできる勘弁してやる……という仕組みだったみたいですね。で、僕らは防戦一方でタイムオーバー。ペナルティが確定してしまったというわけです」


 不意に始まったタイムアタックなイベント戦闘。まったく、初見殺しのクソ仕様だ。結局、クエストは失敗。それに続いて、ペナルティクエストが発生したというわけ。



※ペナルティクエスト

クエスト :見届ける者(強制)

発生条件 :〝続・帝国への道〟失敗

内容   :その結果を目に焼き付けるがいい

クリア条件:川神陽子の介入

     :〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟撃破

※『川神陽子の介入まで〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟への挑戦不可』

クリア報酬:鷹尾たかお芽郁めい新鞍にいくら玲央れおの解放

     :再挑戦リロード(可能性)

※『川神パーティが初挑戦かつ独力で〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟を撃破』でクリア報酬にボーナスあり。ボーナス⇒『任意の時期でリロード可能』



 ペナルティクエストの方が、通常クエストよりも詳しく説明されてるのが微妙にムカつく。


「しかも、タイムオーバーの直前、僕はレオを庇ってかなりの深手を負いましたから。〝プレイヤーの残照コイツ〟が僕を仕留めたと勘違いするほどにはね。結局、その傷もタイムオーバーでチャラにはなりましたけど……下手すりゃあそこで死んでましたよ」


 かつて、坂城さかきじんさんと塩原教官に発生したという十五階層での突発的なクエスト。塩原教官は当時を振り返り、『混乱して何もできなかった』『冷静に立ち回れば何とかできたはず』と語っていたけど……僕も同じだ。


〝プレイヤーモード〟だなんだとイキってた割には、僕も何もできなかった。メイちゃんやレオを守るだけで手一杯。むしろ、時間制限のおかげで助かったほどだ。あのまま戦っていたら、間違いなくジリ貧で全滅してた。


「結局のところ、そのペナルティクエストというのは井ノ崎君だけが? 具体的な内容は何なの?」

「内容はまさに〝見届ける者(強制)〟でしたよ。あと、メイちゃんとレオは、僕がクエストをクリアするまで別の場所で〝一時停止〟させられてるみたいです。分かり易い人質でしょう」


 そうして僕は見届ける羽目になった。


 クエスト失敗の結果を。

 この世界のその後を。

 ノアさんの行動を。

 ジーニアさんやグレンさんの最期を。

 女神の使命とやらを。


「ペナルティクエスト発生と共に、僕らはこの世界から一旦退場し、替わりにが世界に介入しました。要は入れ替わりです。導師イノーア伝承の大半は、ノアさんの手先となったコイツらの行動が後世に伝えられた結果です。……僕は何もできず、ただ延々と見せられ続けてました。ま、流石にリアルタイムじゃなくて、飛び飛びのダイジェスト版でしたけどね。それでも、約五百年に及ぶ世界の推移を……ですからね。はは……」


 まるで幽霊になった気分だった。


 飲まず食わず眠らず。排泄もない。


 僕の姿は世界の誰にも見えないし、声も聞こえない。それは入れ替わった〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟たちにもだ。


 そんな状態でこの世界の情勢の推移を見続けてた。普通の感覚なら精神的に壊れてしまいそうだけど、何故か僕は平静なまま。恐らく、ダンジョンシステムに色々と弄られていたんだと思う。


 一応、リタイヤも可能だったけど……リタイヤ=死だ。僕だけならまだしも、メイちゃんやレオも。当然にリタイヤを選ぶことなんてできない。


 この罰ゲームに何の意味があるのか? 


 当初は謎だったけど、今となっては何となく理解している。


 それは〝プレイヤーの残照コイツ〟も同じだろう。


 で、諸々のダイジェストの終盤、ヨウちゃんにクエストが発生する半年ほど前……僕は突然この世界への介入を許された。何で半年も時間差があるのかは謎だったけど……まぁ集落の方々に根回しする期間だったんだと、無理矢理飲み込んだけどさ。


「理解が全然追いついてないんだけれど……とにかく、この井ノ崎君モドキを倒すことで、井ノ崎君のペナルティクエストはクリアになるのね?」

「ええ、一応は。本当は、ヨウちゃんたちが初見でコイツを倒すのが一番の正解だったみたいですけど……ま、仕方ないでしょ。あの時、塩原教官たちは完全に撤退するつもりだったみたいですし……」


 これでメイちゃんやレオを解放できる。その上でリロードやり直す。……一体、どこからのやり直しリロードなのかは分からないけど。


「く……ッ! い、井ノ崎いのさきまことッ! お、お前が再び世界に介入するというなら! ジ、ジーニアさんを救ってみせろ! ノアさんの暴走を止めるんだッ! め、〝女神システム〟の好きにさせるな……ッ!!」


 僕の足元で血を吐くように……というか、実際に血を吐きながら〝モドキ〟が叫ぶ。


 後ろ盾となるシステムだとか、与えられた役割や立場、時の流れすら違っている。


 確かに元々のベースは同じで、未だに同族嫌悪的な気持ち悪さもあるけど……もはや僕とコイツはまったくの別人物だ。


 いきなり襲撃してきたことも許しちゃいない。普通に死にかけたしさ。


 でも、それでも……僕はコイツの歩んできた道を知ってる。〝女神システム〟が望んだ、ノアさんが支配する世界を目の当たりにした。


〝女神システム〟の……ノアさんの手先として活動しながら、コイツなりに苦悩する姿も見てきたさ。ノアさんが死んだ後もシステムとスキルに縛られたまま、時の大河の中でどうしようもなく壊れていくコイツの様子も僕は知っている。知らないでか。


「さてね。正直なところ、どうなるかは分からない。でも、僕はお前が歩んできたこの世界を繰り返させる気はないよ。当然、このクソッタレな〝女神システム〟をぶち壊すつもりでやる。〝ダンジョンシステム〟もそれを望んでるわけだしね」


 別にコイツの無念を晴らすためじゃない。でも、ほんのちょっとくらいは、僕だってコイツに対して思うところもある。


「はは……! な、なら、せ、精々気を付けるんだな……! め、〝女神システム〟だって全力で反撃してくるはず……あ、あと……お前も気付いているかもしれないが……ぼ、には前世なんて……」

「ああ、いちいち言わなくてもいい。それについては、お前が気付いたように僕だって当然気付いてる」

「……そうか…………なら、ぼ、僕は……もう……いい……お、お先に退場……させてもらう……よ……」


〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟の体が透けていく。


 ゆっくりと淡い光の粒へ……同じ姿の違う僕が、静かにマナへと還って逝く。


 ダンジョンの魔物と同じ仕様。かつての〝プレイヤーの残照(坂城さん)〟と同じ。


「……ま、お疲れ様くらいは言っておくよ」


 さよならだ。


 井ノ崎真の一つの可能性。


 ナニかがほんの少しズレていたら……僕がコイツになってたかもしれない。


 コイツが消滅する時、自分が死ぬみたいな感じで嫌な気分になるかと思ってたけど……それほどでもない。むしろ、僕は思っていたよりもコイツに感情移入してたみたいだ。約五百年に渡る縛りからようやく解放されたんだと、どこかほっとしてる。


 見送りくらいはしてやっても良いかな? って心境だ。


「あ……!?」

「やはり、ダンジョンの魔物と同じ……なのか?」

「……あまり気分のいい光景じゃないわね」


〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟が消え逝く姿を見て、ヨウちゃんたちもそれぞれに思うところがある様子。


 当然といえば当然か。ダンジョンの魔物で見慣れているとはいえ、意思疎通のできた相手が……それも僕と同じ姿をした存在が消える様を目の当たりにするわけだしね。


 ま、まぁ……喜色満面の上、拍手喝采で『やった! ざまぁみろ!』とかヨウちゃんたちに言われちゃうと、何気に僕もショックだけど。



:-:-:-:-:-:-:-:

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