第15話 伝承の実態 1 【プレイヤーの残照】

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『君は間違ってるッ! ノアやつの異能はこの世界には過ぎたものだ! あの狂信者を野放しにするのは危険過ぎる!』


 そんなことを言われても困る。僕らとしては、クエストをクリアしないと元の世界へ戻れないわけだし。


『あの《女神の使命凶悪なスキル》を操るノアが征くのは、独り善がりな独裁者の道だ! 皆が進んでやつの理想を受け入れるほど、この世は単純じゃない!』


 それは確かにその通りだと思う。どんなに素晴らしい教えや生き方であろうとも、それを自分が実践するというのは別問題だ。


 清廉潔白だけが全てじゃない。正しさだけで生きられる人ばかりじゃない。時にヒトは、間違いや愚かさを好んでしまう……というのは、こっちの世界でも似たようなものだろうしね。


『君はなにも感じないのか? 君にとってこの世界はクエストの舞台装置でしかないのかもしれない。しかし、知っているはずだ。この世界に生きる人々にとって、この世界は紛れもない現実だということをッ!』


 それも分かってる。


 僕らからすれば、ここは〝ダンジョンの中にある異世界〟〝ダンジョンの特殊な階層〟……みたいな認識はあるけど、この世界に生きるヒトたちが、ダンジョンの魔物やNPCなんかじゃないのは理解してるよ。


「黙って聞いてれば好き勝手なことを……そりゃ言い分自体はごもっともですけど、ノアさんや僕と同じようなに言われたくないですね」


 僕らは今、ノアさんの命を狙ってきた襲撃者と相対してる。


 アークシュベル王国軍に属する歴戦の猛者であり、この世界においては、まさにチート能力を保持する僕らの同類にして、ダンジョンの悪趣味な仕込みである存在。


〝プレイヤーの残照〟。


 ただし、今回襲撃者として現れたのは、僕が遭遇した坂城さかきじんさんという実例とは少し違う。


 彼はクエストに連動して、この世界にいきなり現れたわけじゃない。


 僕らの世界とも、この世界とも違う、また別の世界の住民だそうだ。


 その世界にもダンジョンがあり、そこで〝超越者プレイヤー〟をやっていたらしい。……翻訳の関係で同じ言葉になってるけど、多分、元の世界では違う呼び名だったと思うけど。


 まぁ一種のパラレルワールド的な異世界が存在しても、今さら不思議には思わない。


 ダンジョンは何でもありだし、そもそも、僕やレオには前世が……ダンジョンのない世界の記憶すらある。


 ゲーム的な原作のある井ノ崎真の生きる世界が、唯一のオリジナルだなんて思っちゃいない。


 ま、それはそれとして、襲撃者である〝プレイヤーの残照〟についてだ。


 彼は僕らとは別の世界でダンジョンに挑んでたらしいけど、その途上で命を落とし……気が付いたら、アークシュベル王国の平民家庭の赤子として〝転生〟していたらしい。ある意味、ベタベタな異世界転生だ。


 ダンジョン内での死亡からの〝再利用〟というのは坂城さんと同じだけど、その扱いというか待遇は別物。


 前世の記憶にステータスやレベル、魔法やスキルなんかも引き継いだ状態での、いわゆる〝強くてニューゲーム〟仕様。


 ただし、前世の記憶は虫食い状態で、固有名詞なんかは覚えてないらしい。……うん。ここだけどこかで聞いたような設定だけどスルーだ。


 この世界に転生してからは、レベルが上がることはなく、新たな魔法やスキルの習得も不可。クラスも【】で固定されてチェンジ不可だそうだけど……ストアを利用したり、パーティメンバーを増やしたりはできたらしい。


 坂城さんのように、存在自体が〝プレイヤーの残照〟というクエストモンスターに変質したわけじゃない? ……謎。


 なにはともあれ、彼は〝超越者プレイヤー〟の機能を概ね保持したまま、すくすくと育ち、アークシュベル軍でメキメキと頭角を現して……今に至る。


 彼は、ノアさんが操る強力で異質な《女神の使命異能》を〝超越者プレイヤー〟由来のスキルだと疑い、アークシュベル王国軍と行動を共にするようになったノアさん一行(つまり僕ら)をいち早く危険視した。あれこれと王国軍内でノアさんを排除するための意見具申を行ったらしいけど、どうにも埒が明かず、強硬手段に出たんだそうだ。


 するとすると、ヤバいスキルを操る怪しい人物の他に『別世界の〝超越者プレイヤー〟までいるじゃないか!』……となり、密かに僕に接触してきたというわけ。


『……確かに、この世界にとって私や仲間たちも異物であることに違いはないだろう。しかし、それでも、我々はこの世界で生きている。クエストで立ち寄っただけの〝来訪者〟である君にとやかく言われたくはない。君からすれば、クエストをクリアさえできれば後は知ったことじゃないのかもしれないが、あの狂信者のノアや我々は、君が去った後もこの世界で生き続ける。私は【プレイヤーの残照】としてではなく、この世界に生きるただの個人としてノアを討つ。……邪魔立てするなら容赦はしない』


 赤みがかった茶系の髪と瞳を持つ人族の男。異世界転生によって【プレイヤーの残照】となった彼はローエルと名乗った。


 見た目こそ三十代後半から四十代というところだけど、この世界の人族は長命で、実際には七十周期を超えているらしい。異世界の人種&文化的ギャップってやつだね。


 で、そんなローエルさんは、どうあってもノアさんを誅するつもりらしい。


「先に言っておきますが、今回の僕のクエスト達成条件は〝ラー・グライン帝国首都への到着〟と〝ノアさんの生存〟です」

『……ふっ。どうしても相容れぬというわけか? だが、今一度考えてはくれないだろうか? これまではどうだか知らないが、強力なスキルや〝超越者プレイヤー〟の権能に溺れている今のノアが、〝善き指導者〟になると思うか? やつがとなった暁には、この世界に生きる人々への悪影響がいかほどになるか……想像してみてはくれないか?』


 考え直せという割には、このローエルさんと仲間たち(恐らくパーティメンバー)は臨戦態勢を解くことはない。というより、むしろ前のめりだ。僕がどう答えようが彼らの答えは決まっているみたい。


「そこまで言うなら、僕のクエストが終わった後で、それこそこの世界のヒトたちだけで決着をつけてくださいよ。ダンジョンにどういう意図があるのかは知りませんけど、クエストのクリアだけを目指すなら、今からノアさんを縛り付けた上で袋詰めにでもして、僕らはラー・グライン帝国の首都を目指してもいいんですけど?」


 口にしながら、現実的に実行不可能な案だというのは分かっている。これがもう少し前ならともかく、今ではもう手遅れだ。


 正直なところ、僕は間違えた。その自覚はある。様子見で迷っている間に手出しできなくなってしまった。選択肢が消えてしまった。


 わずか二ヶ月程度なのに、すでにノアさんのシンパは半端じゃないほどに数を増してる。ラー・グライン帝国方面に展開しているアークシュベル王国軍の中でも、ノアさんの《女神の使命:感化》の支配下にあるヒトたちが多数派に迫る勢いだ。


 ほんの僅かな間で、彼は数の暴力を手に入れてしまった。


 たぶん、このローエルさんたちが危機感を抱いたのも同じ理由だ。狂信者の増殖が止まらない。その速度も尋常じゃない。動かなければ、あっという間に飲み込まれるという危機的状況が今。いや、むしろ遅いくらいか。強硬手段に打って出なくちゃならないほどには。


『……悪いが、今のノアにこれ以上時間を与えることはできん。ふっ。ともすれば、この状況こそが、【プレイヤーの残照】として私を動かす、ダンジョンの壮大な仕込みなのかもしれんな』

「…………」


 はは。笑えないね。十二分にあり得ることだから特に。


 このローエルさんは今やこの世界の住民だ。


超越者プレイヤー〟である僕を前にしても自我がハッキリしてるし、自由意志だってある。この世界での地位や名誉も。


 ローエルさんは転生者で【プレイヤーの残照】ではあるけど、この世界で生まれ育ち、所帯を持ち、アークシュベルの軍人として戦場で活躍し、今ではアークシュベル軍最強の一人だと称賛されているらしい。まさに成り上がり系の英雄だ。


 僕が知る坂城仁さん〝プレイヤーの残照〟とはかなり状況が違う。


 だけど……一部に制限があるとはいえ、かつての〝超越者プレイヤー〟の権能システムを有したままである以上、彼もまた、ダンジョンの支配下にあるといっても過言じゃないだろう。


 自由意志ではあるにせよ、現に僕のクエストに関わってきてるわけだし。


「そう勿体ぶらなくていいですよ。それっぽいことを語ってますけど、要するに僕を足止めする時間稼ぎでしょう? すでにノアさんへの刺客を差し向けてるくせに……」


 そう。このローエルさんはアレコレと僕に語っちゃいるけど、結論は変わらない。変える気もない。このヒトはノアさんを殺すために行動してる。別世界の〝超越者プレイヤー〟が居ても居なくても関係ない。


 言ってしまえば、まんまと釣り出された僕が間抜けだっただけのことだ。メイちゃんやレオは敵の罠を心配してくれてたんだけどな……やっぱり、僕はどうしようもないところでポカをするみたいだ。はぁ……。


『ふっ。見た目ほどに青二才というわけでもないようだな』


 ほっとけ。誰が序盤で退場しそうな小者キャラ的な見た目だよ。……まぁそこまで言ってないか。


 この分だと、どうやらメイちゃんとの約束は守れそうにないね。


 僕はこのヒトたちをぶっ殺して場を切り抜ける。で、ノアさんを守るために戻る。いや、ノアさんじゃないな。メイちゃんとレオを守るためにだ。


 クエストのクリアは確かに優先度は高い。でも、それ以上に優先すべきはメイちゃんとレオの身の安全。それは僕の中での譲れない一線。


「……イノ君。どうしても……駄目?」

「ええ。恐らく、このローエルさんは今の僕よりもレベルが上です。それに、レベル固定とはいえ、この世界で七十年以上研鑽を積んで来たヒトですからね。不殺ころさずで戦うなんて無理な注文です」

「……そう。分かった。私の我が侭でイノ君を危険にさらすのは本末転倒だから……」


〝テレパス〟でのやり取り。気を晒さないようにしてるけど、恐らく目の前のローエルさんには、僕が何らかのスキルを使用しているのはバレてる。


『マナの流動がないな。〝超越者プレイヤー〟のシステム経由の権能か? さて、君はこの状況を引っ繰り返せるだけの異能を持ち合わせているのかな?』

「……ずいぶんと余裕ですね。僕に負けるはずがないと?」

『ふっ。システムに踊らされているようで業腹ではあるが……私は君のクエストに配置された、いわゆる〝敵キャラ〟というやつだろうさ。それ故に、私と君との間に大幅な戦力差はない。ダンジョンのバランス調整が働いているだろうからな。ならば、私と君以外の戦力で差を付ければいいだけのこと。相手よりもより強く、より多く、より有利な状況を選ぶ……というのは兵法の基本だろう?』

「……」


 嫌な相手だ。自分自身が、ダンジョンシステムでどういう扱いなのかを想定した上で、ローエルさんは今の状況に持ち込んだということか。


「メイちゃん、レオも。敵の刺客がそっちにも行くだろうけど、できるだけノアさんを前に出して凌いで欲しい。今のノアさんはまさにチートキャラだし、彼のために命を投げ出す連中も多い。二人は自分の身を守ることに専念しておいて」

「……分かった。私は、私とレオの身を守り抜くと約束する。だから、イノ君もどうか無事で……」

「できるだけメイ様の足を引っ張らないようにするよ。あと、ノアさんにも状況を伝えて何とかしてもらうから」


 メイちゃんとレオの身の安全が最優先事項なのは間違いないけど、実のところ、今回についてはそこまで心配してない。


 それほどまでに、ノアさんがチートキャラ化しているというわけなんだけど……。


 今や《女神の使命:感化》だけじゃなく、《教化》に《煽動》、《懲罰》という、女神の使命シリーズで次々にヤバいスキルを習得するに至ってる。しかも、まだまだこのシリーズスキルは増えていく感じがする。


 単純な個人としての戦闘能力はそこまで高くないけど……総合的な危険度を考えれば、ノアさんはすでに個人で敵対できる相手じゃない。


 彼に危害を加えようとすれば、カルト集団がもれなく立ち塞がる。もはやノアさん自身が、個人ではなく群体や組織といっても過言じゃない。


 元〝超越者プレイヤー〟にして、現【プレイヤーの残照】。そして、アークシュベル王国軍の中でも最強の誉れ高い英雄であるローエルさんであっても、今のノアさんを討ち取るのは至難の業だ。


 そもそも、女神の使命の凶悪スキルシリーズを、【プレイヤーの残照】となった今のローエルさんが無効化できるかも微妙。軽々しく試すこともできない。


 だからこそ、当人は僕の足止めに専念して、パーティメンバーを刺客として差し向けたんだろう。


 刺客は当然にストア製の武具を用いるだろうし、レベルシステムやクラス、魔法にスキルなんかも充実しているかもしれない。


 それでも、周囲を固める狂信者たちを無傷で抜けられるとは思えないし、たとえノアさんに肉薄しても、彼のスキルで洗脳される可能性がある。今回の襲撃は、ローエルさん的にはあわよくばというモノなんじゃないかと思う。いわば様子見。


 現状、チートキャラ化したノアさんの影に紛れていれば、メイちゃんやレオが身を守ること自体は何とかなるだろう。


 パーティ登録の末に〝超越者プレイヤー〟化したノアさん。


 そんなノアさんが、ヤバいスキル(と女神への信仰)に目覚め、洗脳によって周囲をカルト集団へと変貌させながら突き進む。


 何もできず、何も選ばず、状況に流された結果がこれか。


 どうにも悪い流れのような気がする。クエスト的にも〝上手くいってる感〟がない。


 なにはともあれ、こうして〝超越者プレイヤー〟である僕と【プレイヤーの残照】である転生者ローエルたちとの戦いが始まったわけ。



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