第14話 正体 【side B:川上陽子のクエスト】
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「川神! 足を止めるなッ! いちいち敵の
野里教官が叫ぶ。
戯言。
確かにもっともな話だ。相手がどんな姿で、どんな声で、どんな内容を語ろうとも……関係ないといえば関係ない。
どちらにせよ、今の私たちじゃ勝ち筋の見えない相手なんだ。できるのはとっとと逃げることだけ。
そんなことは分かってる。言われなくても分かってるよ。
でも、どうしても目を逸らせないんだ。イノの姿から。耳を塞げないんだ。イノの声から。
「ははははッ! 野里教官! 甘っちょろい仔猫ちゃんのくせには真っ当なことをほざくじゃないか! 確かにその通りだよ! いちいち〝敵〟の言葉に踊らされるのも間抜けな話だ! ……あああッ! クソッタレェェッッ! だからこそ、わざわざジーニアさんの姿で! アンタらが戦い易いようにと配慮したってのにさァァッ! なんでやる気のない〝自動反応〟オンリーの僕すら仕留められないんだよッ!? おかしいだろ!? たとえヒトの姿をしていても、〝プレイヤーの残照〟は魔物なんだから殺す気で来いよォォッッ!!」
イノが……イノの姿と声で〝プレイヤーの残照〟が叫ぶ。あきらかにタガが外れてる。ナニかが壊れてる。少なくも、私の知ってる
イノ……一体何があったの?
「ヨ、ヨウちゃん! あ、あれはイノなのかッ!? どうなってるんだ!?」
後ろからサワが叫ぶ。知らないよ。私にも何が何やらさっぱり分からない。イノの姿をした〝プレイヤーの残照〟が、私たちの目の前にいる意味が分からない。……分かりたくない。
「スゥッ! 川神さんも獅子堂君も! とりあえずこっちへ! バラけたまま足を止めないでッ!!」
「チッ! 馬鹿野郎がッ!」
不意に首元に衝撃。次に浮遊感……からの軽い痛み。視界がぐるぐる回る。
思考に混乱が生じたけど、回る視界のままの中で即座に状況を理解した。どうやら、私は首根っこを掴まれ、そのまま後方に放り投げられたらしい。野里教官に。
教官組の二人は、こんな訳の分からない状況にもかかわらず、今できることやっている。目の前の出来事に驚きがあろうとも、思考や動きを止めない。思わず止まってしまった私とは大違いだ。
何が天才だ。イノにぶちのめされてから、散々に思い知ったはずだったけど……まだどこかで私は自分が特別だと己惚れてた。事実として、分かり易く〝
でも、不測の事態を前にして痛感する。私は自分で思うほどに特別じゃない。普通に凡人だったみたい。
後方へ放り投げられ、塩原教官とサワの足元へと転がりながら、私はそんなことを考えてた。
「ヨウちゃん。大丈夫?」
「……うん。身体の方は別に何ともない」
ばね仕掛けの人形のように、ぴょんと飛び上がってサワの至近に着地。体勢を整えながらのやり取り。当然ながら、サワは私の身体を本気で心配してるわけじゃない。彼が問うのは今の状況について。全然大丈夫じゃないよ。
混乱しかない。
「……川神、澤成。アレは……何なんだ?」
私と違い、しっかり自分の足で後方へ退いた獅子堂も気になってる。当たり前だ。気にならないわけがない。もっとも、聞かれても私にも分からないままだけど。
無様を晒しながらだけど、私たちは例の〝プレイヤーの残照〟から距離を取った。いつでも部屋を出れる位置に。
だけど、今の状況は見逃されたと言っても良い。
イノの姿をした〝敵〟は、相変わらずアレコレと喚いているけど、逃げる私たちへの追撃の素振りはない。今も部屋の中央付近に位置したまま。あきらかに情緒が不安定ではあるけど……。
「あははは! さぁさぁ! 逃げたければ逃げれば良いさ! でも、次こそはちゃんと僕を殺してくれッ! この地獄から解放してくれよッ!」
虚ろな瞳に歪んだ顔。私たちを嘲笑っているようで、どこか泣き笑いのようにも、苦しみもがいているようにも見える
私が見たことのない、イノの顔。
「やれやれ……情緒は不安定ながらも、どうやら私たちへの攻撃の意思はないみたいね。それにしても、何がどうなってるのやら……このダンジョンというのは悪趣味な趣向がお好きなようね。それとも、そもそもダンジョンはこういうのを何とも思わない感性で運用されてるのかしら?」
「……知るか。だが、私たちにいちいち説明する気がないのは確かなようだ」
教官組の二人だって混乱はあるはず。敢えて確認しようのないことを口に出して、心を落ち着けようとしてるみたい。
「きょ、教官……〝プレイヤーの残照〟としてイノがここにいるってことは……」
「止めなさい川神さん。アレが井ノ崎君の姿をしているからといって、井ノ崎君の安否の判断はできないわ。そもそも、〝プレイヤーの残照〟という存在についても、私たちは実例に乏しい中で推測した情報しか持ってない。別にダンジョンから解答をもらったわけでもないのよ? 相変わらずダンジョンシステムは謎だらけのままなんだから……」
塩原教官は冷静だ。内心はどうだか知らないけど、口に出す言葉には落ち着きがある。淡々と感情を交えないまま、足りない情報で早急に判断するなと注意を促す。
「スゥ。ちなみにあなたはアレをどう見る? 私には井ノ崎君をコピーしたように見えるけど?」
「……確かに姿と声はな。あと、振り返れば戦闘時の動きもソレっぽかった。だが、精神的に不安定過ぎる。少なくとも、私が知ってる井ノ崎は、あんな風に激情を撒き散らすやつじゃなかった。川神や澤成から見てもそうじゃないのか?」
「え、えぇ。そうですね。お、俺はあんなイノの姿を見たことないです……というか、アレはあくまでイノ本人じゃないんですよね……?」
「さてな。それも定かじゃない。もしかすると井ノ崎本人の可能性もある……が、今は何らかの魔法やスキルで姿を変えられる相手というだけだな」
たぶん、私たちへの配慮もあるんだろう。野里教官も淡々と今の状況を述べるだけ。
教官はアレがイノ本人であることすら考慮してるのかもしれないけど、流石にそうじゃないとは思う。
もはやどこまで信用できるかは分からないけど、私の〝プレイヤーモード〟はそう言ってる。
『アレは〝プレイヤーの残照〟という魔物』だと。
「ま、どこまで本当かの判別はできないけれど……逃げる段取りもできたわけだし、当人に聞いてみるのが手っ取り早いでしょ。……というわけで、ちょっと聞いてもいいかしら?」
塩原教官が、イノの姿をした〝プレイヤーの残照〟に声を掛ける。いともあっさりと行動に出る。……ああ。まだまだ短い付き合いでしかないけど、教官のこういうところは本当にすごいな。混乱して、確認したくないと思ってしまう私にはできないことだ。
「ははは! 聞きたいことがあるならどうぞ! もうこうなったら、開き直って真正面から殺してもらうしか僕には道が残されてないからさぁッ!」
壊れたように嗤うイノ。……ううん。実際にナニかが壊れてるんだろう。
「…………それに、〝次〟に会った時、ワタシが僕として話ができる状態かは分からないしね……はは。今だって、僕は自分がまともじゃないことくらいは理解している……記憶や認識もごちゃごちゃ……ずっと〝ジーニアさん〟でいた影響なのか、どこまでが自分なのかの境界もあやふやなんだ……」
叫ぶように嗤っていたかと思うと、イノは突然スイッチが切り替わったみたいに静かに語り出す。
激情を乗せて歪んでいた顔が、いきなり能面みたいになる。感情が抜け落ちる。
「……そう。ならば聞きたいことだけさっさと聞くとするわ。改めてもう一度よ。あなたは〝プレイヤーの残照〟で間違いない? あなたは井ノ崎真?」
まさに単刀直入。塩原教官は相手の不安定な情緒すら無視して、聞きたいことをただ聞く感じ。
その上で、さり気なく自分の身をリュナさんの斜め後ろに置いた。相手が激発して攻勢に転じることも考慮してる。もちろん、リュナさんも塩原教官の意図には気付いてるけど、苦笑いしながらも受け入れてくれたみたい。
敢えて数歩前に出てくれたリュナさんを先頭にして、私たちは〝プレイヤーの残照〟と向き合う形になった。
こういうちょっとした立ち回りを目の当たりにすると、ブランクがあるとはいえ、やはり塩原教官もダンジョンという未知の領域を征く探索者なんだと思い知らされる。自分の未熟さが浮き彫りになる。
「…………ええ、その通りですよ。ワタシは……いや、ボクは〝プレイヤーの残照〟……井ノ崎真をベースとしたダンジョンの魔物……クエストモンスター……?」
塩原教官の質問に答えてはいるけど、その虚ろな瞳は私たちを写してない。言葉で意思疎通ができてるように見えるけど、どうにも怪しい。私たちと話すというより、ただ反応してるだけのようにも感じる。
「そう。なら、〝プレイヤーの残照〟とは一体何なの? 本物の井ノ崎君はどうなったの?」
「…………僕には分からない。気付いたら、僕は井ノ崎真の記憶と能力を持つ〝プレイヤーの残照〟となってた……いや、違う? オリジナルの……井ノ崎真と会った? 戦った? えぇと……アレは別の〝
いきなりの不調。噛み合わない。元々といえばその通りだけど、質問に答えてるようで答えてない。
「それで? あなたは結局どうしたいの? 〝この地獄から開放してくれ〟……みたいに言ってたけれど、要は殺して欲しいの? 自害することはできない? 死にたいならどうして攻撃を避けるの?」
塩原教官は取り合わない。相手の意味不明な言動はスルーして、ぽんぽんと質問を投げる。
「…………ボクはクエストモンスターだから……システムに縛られてる。あと、ノアさんの《
余計な情報がついてくるけど、とにかく、このイノは死ぬことを望んでるのは確かっぽい。だけど、ダンジョンの縛りみたいなもので自分から進んで死ぬのはできないらしい。
「ジーニア……確か、さっきまでの女性の姿でそう名乗ったわね? ジーニアさんというのは〝
「……ジーニアさん……凛々しくて……優しい
今回は質問自体をスルー。ぶつぶつと独り言のように呟いていたイノだけど、ふと、リュナさんの姿を見て反応した?
虚ろな瞳の焦点が、若干定まった気がする。
『……お久しぶりですね。イノ殿。確かに、この姿はリ=リュナで間違いありません。かつてのリ=ズルガ王国のお姫様の姿』
「ああ……ッ! リュナ姫! 懐かしい! お元気にされてたんですか!? ……あれ? でも……リュナ姫はもうずっと前に……? 確か……リ=ズルガ併合の調印後に処刑されたはずじゃ……?」
『ふふ。確かにこの世界の設定ではそうなってるみたいですね』
あれ? ……っと私が違和感を覚えたのと同時くらいに、野里教官が獅子堂を引っ張って下がる。塩原教官もサワを突き飛ばすようにして距離を取る。取らせる。
リュナさんから。
後ろ姿で気付きにくかったけど、いつの間にか若返ってる……ッ!?
『……不測の事態にありながら良い反応ですね。野里教官はともかくとして、まさか塩原教官がここまで真っ当な〝探索者〟だったのは驚きましたよ。ダンジョンが望む人材なのも納得です。……だけど、その分残念だ。もう少しレベルが高ければ……戦闘力を備えていれば……この拗らせきってる〝プレイヤーの残照〟も、塩原教官なら初見で始末できたかもしれない』
今度はいきなり若返ったリュナさんに対して、私の中の違和感が猛烈に仕事をし始めてる。だけど、〝プレイヤーモード〟のアラートはない。いや、あるにはあるけど……さっきまでのとは意味が違う。
『他のプレイヤーの介入が認められました。残念ながら〝真・王国へ続く道〟はクエスト失敗となり、ペナルティクエストが発生します。それでは良いダイブを!』
クエストの失敗? 他のプレイヤーの介入? ペナルティクエスト?
頭が追いつかない。だけど、状況は止まらない。動き続ける。
「…………リュナ姫……? ……い、いや……お、おかしい? ……待て待て! な、なんであなたがこの時代にいる!? あ、あれから既に五百年は経過してるはずだ!」
イノの瞳の焦点が完全に合う。だけど、次はその虚ろだった瞳に混乱が宿ってる。混乱してるのは私たちもだけど。
野里教官と塩原教官はリュナさんに対しても臨戦態勢だ。
『残念。正確には四百八十二
リュナさんが語りながら、部屋の中央へとゆっくりと歩を進める。
〝プレイヤーの残照〟へと向かうリュナさんの……ゴブリンの姿がブレる。
ぐにゃぐにゃしてる。
黒い影がうねってる。
コレ、さっきの〝プレイヤーの残照〟と同じスキル……ッ!?
『……これは僕のペナルティクエストでもあったから手出ししたくはなかったんだけど……分が悪い。本当なら、ヨウちゃんにクエストを完遂してもらいたかったんだけど……』
「お、お前は……ッ!?」
ぐにゃぐにゃした影が形を変えていく。その姿が定まっていく。
「……数百年もの間、意思を捻じ曲げられて死ぬこともできない状況を強いられたっていうのは流石に同情するけどさ。百年単位でこの世界に閉じ込められたのは僕だって同じだし、お前らに殺され掛けたのと、クエストを失敗させられた恨みもある。そもそも、ノアさんが狂ったきっかけとなったジーニアさんの死亡も、結局のところお前らのせいだしさ」
「な、何の話だッ!? い、いや! そ、そもそもなぜお前がここに……ッ!? 死んだはずじゃ!?」
リュナさんの……リュナさんだった人物の口から出るのは日本語。
何もない空中から……インベントリから引き抜いたのは鉈。
禍々しいマナを纏う妖しい業物。確か〝鉈丸〟というダサい名前。
「はは。別にダンジョンの中で、戦闘の結果として死ぬのは仕方ないとも思ってたんだけどさ。メイちゃんとレオを人質に取られてる今、僕はおとなしく死んでる場合じゃないんだ。望みを叶えてやるのは癪だけど……とりあえず、あの時代へ戻るためにお前をぶっ殺す」
〝プレイヤーの残照〟が実はイノで。
導き手だったゴブリンのリュナさんもイノ。
部屋の中央付近で、二人の
もう何が何やら……訳が分からない。
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