第13話 VSプレイヤーの残照 2 【side B:川神陽子のクエスト】

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 空を切る。私の拳が。蹴りが。野里教官の大剣が。獅子堂の槍が。


 三者三様の連撃の嵐を、騎士っぽい女性は何食わぬ顔で躱す。捌く。いなす。


 もちろん、連携にまだまだ甘いところがあるのは否めない。


 でも、私たち三人が攻撃に全振りして、こうも相手にならないなんて!


『……ふぅ。ようやく〝お役目〟から解放されると思っていたのに……まさか、〝来訪者〟がこんな有様だとは……』


 そう。私たちは全力で攻撃を続けている。相手に誘われるままに


 騎士っぽい女性……〝プレイヤーの残照〟はただただ防ぐのみ。現状、向こうからは一切攻撃がない。その気配すらないまま。


 時折、私たちへの失望や呆れみたいなものを出してくるだけ。


「がァァッ!」


 野里教官の《獣装》が切れかけてる。リミッターを外し、かつての《バーサーカー》のような状態で攻勢に出るけど……届かない。


 敵はどこ吹く風。微塵もマナが揺れない。平静なまま。


 ギアを上げても上げても通じない。


 単純な力や速さは野里教官の方が上回っているし、速さだけなら私だってだ。なのに、届かない。当たらない。


 相手はまるでこっちの動きを事前に知っているかのように、迷いなく、寸分の狂いもなく、最少の動きで対処してる。最適解を選び続けてる。


「……スゥの《獣装》もそろそろ店じまいね。さて……どうするか。ここから攻撃魔法でも撃ってみようかしら?」

「やめて下さい塩原教官。あの女性ひと、ヨウちゃんたちの波状攻撃を躱しながら、俺たちの動きも認識してますよ。……ま、俺たちというより、この場で一番の強者であるリュナさんを警戒して……という感じでしょうけど」


 後方ではサワと塩原教官がなにやらごちゃごちゃ言ってるみたいだけど、確かにサワの言い分は正しい。


 この騎士装束の〝プレイヤーの残照〟は、私たちの連撃を捌きながら、後衛の動きも確認してる。


 リュナさんに対して、決して隙を見せないようにと立ち回ってるのが分かる。徐々に分かってきた。正直なところ、私たちは舐められてる。悔しい……ッ!


『この老いぼれなんかを警戒しても意味などないでしょうに……ふふ。それにしても、お役目の果てにこんな状況が待っているなんてね。あの女性、一体どういう素性の御方なのかしら? バズ殿はご存知ですか?』

『……リュナ殿。あくまで我らのお役目で伝えられているのは、安置されていた石像についてだが……あの石像は、法王ノアが若き日に喪った想い人をモデルに作らせたものらしい。むろん、真偽は不明だがな』


 リュナさんとバズさんはともかく、塩原教官とサワにしても、もはや焦りもない。相手に殺気がないのもそうだけど、すでに力尽くというのを半ば諦めてる。情けない話だけど、私たち前衛三人掛かりで勝てない相手だ。力尽く以外の手を考えるしかない。


「クソッタレがァァッ!!」


 轟音と共に教官の大剣が叩きつけられる。当然のように相手には当たらない。派手に床を砕いただけ。


 それと同時に、とうとう《獣装》のスキル効果が切れた。


 本来ならば、野里教官のインターバルのために私と獅子堂は間を置かずに攻め続けないといけない場面なんだけど……足が出ない。止まってしまう。無理だ。もう攻め手がない。何をやったらいいのかが分からない。あれほど鬱陶しいと思っていた〝プレイヤーモード〝光〟〟も沈黙してしまった。


 私たちの手と足が止まってしまっても、騎士装束の女性が攻撃に転じる様子はない。


 ただ、その綺麗な顔は、いっそ涼やかなままだけれど……


『……どうやら見込み違いだったようですね。〝来訪者〟……〝超越者プレイヤー〟こそが、この地獄を終わらせてくれると信じていたのに……それだけを望んでいたのに……』


 発する声にはありありとした失望がある。


 その失望は明らかに私たちに向けてのもの。詳しい事情なんてまったく分からないけれど、私たちの実力は彼女にとって〝期待外れ〟だったというのは嫌でも分かる。


「くそ! 訳の分からないことを……ッ!」


 私と獅子堂の心が折れても、野里教官はまだ折れてない。《獣装》が切れても、なお攻勢に出ようとする。勝てないにしても、負けてなるものかという気概がある。諦めていない。


「待ちなさいスゥ!」

「ッ!?」


 だけど、仕掛けようとした野里澄を止めたのは塩原教官だった。


「……いきなり仕掛けておいて今さらなんだけど……少し良いかしら?」


 後方に位置していた塩原教官が、声を張り気味に騎士装束の女性に話し掛ける。もちろん、サワの護衛範囲を外れるような迂闊な真似はしない。内心はどうであれ、表面上は冷静さを保ったまま。


 プランBだ。


 もし、〝プレイヤーの残照〟と対話することができたなら、このダンジョンシステムについての話を聞き出すというやつ。……ただし、あくまでも相手を無力化してから……という想定だったけど。


『ええ。どうぞ。こちらは別に対話を拒みはしません』


 特に嫌な顔をするわけでもなく、騎士装束の〝プレイヤーの残照〟が応じる。


 恐らく、塩原教官が期待するのは時間稼ぎか逃げるための一手だ。まともに新たな情報を得られるとは考えてない。特に、今は相手に圧倒的に有利な状況なんだし、こんな状況で得られる情報なんてアテになんかならない。力尽くが叶わなかった今、この場を無事に切り抜けることだけを考えているはず。


「ありがとう。一応の確認を込めてなんだけれど……まず、あなたは〝プレイヤーの残照〟で間違いない?」


 塩原教官が対話を試みるのを見て、野里教官は体力の回復に専念する。明確に〝次〟を考えてる。


 場の推移を見守るしかできない私や獅子堂とは違う。たぶん、こういうところが、私たち学生組と探索者との決定的な差なんだ。いや、でもサワはたぶん違うか。今のサワはどこか教官たちと似たような雰囲気がある。場を打開するための手を考え続けてる気がする。


『ええ。私は〝プレイヤーの残照〟で間違いありません。ダンジョンシステムこの狂ったシステムによって生み出されたいびつな存在です。……もっとも、今は長い時を経たことによってか、ダンジョンが想定した〝プレイヤーの残照〟からも少し外れた存在となっているのかもしれません。少なくとも、〝超越者プレイヤー〟を前にしても自我を保っていられるほどには……』


 騎士風の若い女性は、改めて自身が〝プレイヤーの残照〟であると宣言する。


 分かっていたことだけど、この女性もかつては私と同じ〝超越者プレイヤー〟だったのかと思うと、どこか物悲しくて……気持ち悪い。ダンジョンシステムの異様さをまざまざと突き付けられてる感じがする。


「……つまり、あなたも元々は〝超越者プレイヤー〟だったということで間違いない?」


 教官が確認のための……時間稼ぎのための質問を重ねる。


 他愛のない話を起点に、なんらかの取っ掛かりを探りたいという思惑だったんだろうけど……揺さぶられたのはこっちだった。


『その通りですよ。。まさか、あなたがのパーティメンバーとしてへ来るとは思っていませんでした』


 女性の表情が初めて動いた。冷たい微笑み。


 彼女は私たちを〝超越者プレイヤー〟としてだけじゃなく、個人として知っている? それともブラフ? でも、戦力的に優位な状況でいちいちブラフを仕掛ける?


「……どうやら、あなたは私たちのことを知っているみたいね?」

『ええ。よく存じ上げていますよ。ノザト・キョウカン、シシドウ・タケル……それにサワナリ・イツキ』


 指で示しながら、女性が一人ずつ名を言い当てる。


 当然だけど、私たちにはこの女性との面識なんてない。これもダンジョンシステムの仕様? 〝プレイヤーの残照〟は敵対する〝超越者プレイヤー〟の情報を与えられている?


「……こちらから名乗る必要はないみたいね。申し訳ないんだけど、あなたの名前はなんていうのかしら? こっちはダンジョンから何も聞かされてなくてね」


 表面上は余裕を保ちつつ塩原教官が名を問う。これも時間稼ぎに過ぎない。内心を落ち着けるための。名乗られたところで、私たちにはあまり意味がない。


『私のなまえ……ナマエ? ええと……そうですね……もはや虫食い状態でボロボロの記憶ですが……姿は、確か……ジーニア……という名でした。そちらのゴブリンの方々には伝承として伝わっているかもしれませんが……かつて法王ノアの従士兼護衛を務めており、今でいう導師イノーアの〝うら若き美貌の乙女〟の元となった人物です』


 え? 導師イノーアのモデル? 導師イノーアってイノのことじゃ? ……いや、そもそも伝えられてる姿がイノと別人なんだから、モデルとなった人がいても全然不思議じゃないか。


「ジーニアさんね。……ちなみに、リュナさんやバズさんはその名に聞き覚えは?」

『お役目の中にはそのような名はありませんでしたね。ただ、私個人としては……いえ、今は止めておきましょう。なんでもありません』

『石像の人物が法王ノアの想い人だったという伝承はあるが、名までは伝えられていない。ましてや、導師イノーアの元になったなどと……』


 ジーニア。〝プレイヤーの残照〟の名前。


 なんだろう、その名に聞き覚えもないのに……胸の中で、急に嫌なモヤモヤが膨れ上がってくる感じがする。どうしちゃったんだ? 〝プレイヤーモード〟とは別物?


『導師イノーア……か。ゴブリン剣士のメイにハーフエルフのレオラ。法王ノアに従士のグレン。ああ、どうして皆は先に逝ってしまったんだろう? 私を置いて。なぜ、ワタシだけがこんな目に遭わないといけないんだろう? 〝プレイヤーの残照〟がダンジョンの生み出したクエスト用の魔物なら、どうしてわざわざ自我を残したままなのか? 何も考えず、何も感じないただの魔物であったならどれほど良かっただろう……ッ!』

「……ジーニアさん?」


 何かのスイッチが入ったのか、ジーニア……〝プレイヤーの残照〟が虚ろな瞳になり、ぶつぶつと何かを言い出した。私たちに向けての言葉じゃない。嫌なモヤモヤと共に、〝プレイヤーモード〟のアラートが再度鳴り始めた。


『……どうして、なんで? なぜ一人だけで……ッ! あぁ! くそッ! ようやく現れた〝超越者プレイヤー〟がなんでこんなに弱っちいんだ……ッ! 単純な力量だけならワタシを殺せるだろうに! どうして殺す気で仕掛けて来ないんだ! ああ! 普段は強気なことを言ってたくせにッ!』

「川神、獅子堂! 二人とも〝敵〟から距離を取れ! ここは退くぞッ!」

「あ、は、はいッ!」

「承知だ……ッ!」


 たぶん、彼女は壊れてる。いきなり訳の分からないことを言い出したけど、それだけじゃない。その姿もどこか揺らいでる。これは……何らかの魔法かスキル? その効力が不安定になってる?


 とにかく、今のジーニアは隙だらけだ。私たちのことは、いきなり認識から外れたみたい。


 ただ、だからといってこちらから仕掛ける気にもならない。何を仕出かすか分からない不気味さがある。野里教官も流石にナニかを察してる。


「……結果オーライかな? 何が起きてるかは分からないけど、ジーニアさんが壊れてる間にさっさと退きましょう」

「え、ええ。このまま留まると不味そうですしね」


 塩原教官とサワも撤収に掛かる。でも、私の中の嫌なモヤモヤは収まらない。膨れ続けている。


『ああ! ああ! 逃げればいいさ! どうせ〝プレイヤーの残照〟を殺さない限りクエストは終わらないんだからなぁッ! いっそのこと、お前たちも時の牢獄を味わえばいいんだッ! くそ! どうして!? どうしてなんだよッ!? なんで殺してくれないんだッ!?』


 叫んでいる。それは怨嗟えんさの声だ。私たちには彼女の事情は分からない。けど、ジーニアは死ぬことを……〝超越者プレイヤー〟に倒されるのを望んでる。


『あはははッ! どうせダンジョンからは逃げられないッ! 何をやっても無駄なんだよッ! ああ! クソッタレがッ!! やっと終わると思ったのによォッ!! 期待だけさせやがってッ! いっそのこと、こっちからぶッ殺してやろうかッ!? ああん!?』


 あきらかに不安定だ。その情緒だけじゃなく、その姿も。周囲の空間ごと何だかウニョウニョしてる。黒い黒い影のようなモノを纏ってる?


 あれ? なんだろう? モヤモヤが止まらない。動悸がする。変な汗が出てくる。


 黒い影? スキル?


「なにが《狂戦士バーサーカー》だよ! とんだ仔猫ちゃんじゃねぇかッ!! ダンジョン症候群を発症してた時は、もっと殺す気で来てただろうがッ! 日和ひよってんじゃねぇよッ!」

「「ッ!?」」


 あ、不味い。本当に駄目だ。〝コレ〟。


「い、今のはッ!?」


 あぁ、駄目だよ塩原教官。気付かないで。気付きたくないんだ。


「なぁ! さっさと殺してくれよォッ!! 主人公なんだろうッ!? 〝光〟が視える天才様なんだろッ!?」


 モニョモニョしてる影が……形を変えていく。段々と別の姿へと定まっていく。


 嫌だ。見たくない。




「なぁ! ッ!!」




 あぁ……なんで?


 なんで、ここにいるの?


〝プレイヤーの残照〟。


超越者プレイヤー〟の命の再利用。悪趣味な奇跡。


 神の如きダンジョンシステム。


 ここに……〝プレイヤーの残照〟としてがいるってことは……ッ!!



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