第12話 VSプレイヤーの残照 1 【side B:川神陽子のクエスト】

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 導師イノーア。


 神聖オウラ法王国においては、女神エリノラから遣わされた精霊だということになってるけど、リュナさんやバズさんの一族にはそんな風に伝わっていない。


 その正体は、異界の門を潜りこの世界を訪れた〝来訪者〟であり、この地の人族とは似て非なる異界の人族だという。


 若き日の法王ノアと行動を共にしていたのは事実ながら、彼が没するまで、うら若き乙女の姿で傍らに在り続けたというのは脚色された伝承らしい。


 ゴブリンの剣士メイとハーフエルフの魔道士レオラにしても同じく。


 ちなみに、伝承と事実の相違については、神聖オウラ法王国でも一部の知識人には認識されているらしい。伝承は伝承、史実は史実として。


 で、史実としての認識では、導師イノーア一行はいつの間にか姿を消していたというのが定説。


 法王ノアと仲違いの末に謀殺されたとか、法王ノアの側近と恋仲になり駆け落ちしたとか……色々と説があるらしいけど、神聖オウラ法王国が建国された頃には、すでに法王ノアの下に一行がいなかったというのは共通してるみたい。


 リュナさんやバズさん一族には、異界の門を潜りこの地を去ったと伝わってる。


 そして、導師イノーアは姿を消す前に、リュナさんやバズさん一族の下を訪れ、いずれこの地を訪れる次なる〝来訪者〟を予言していた。つまり、私たちのことだ。


 その時の約束事が、いわゆる〝お役目〟として脈々と受け継がれているらしい。


『……しかしだ。いかに我らの一族にお役目として受け継がれているからといって、それらが事実であったとは限らない。あくまで、大昔の連中が語っていたことだ。途中で脚色され、歪曲されている可能性は大いにある。なんなら、駆け落ち説の方が史実であったかもしれない』


 ルガーリアに居を構えるバスさん。リュナさんに比べればかなり若い。失礼だけど、ゴブリンの年齢なんて分からない私たちでも、リュナさんは一目で〝お婆ちゃん〟というのが分かるくらいだから。


 そんな年若い? バズさんは、今代のお役目の継承者らしいんだけど、彼自身は一族のお役目についても割と冷ややかに見てる感じ。〝一族の皆が言うから付き合っている〟というのが本音らしい。


『ふふ。確かにバズ殿の仰りようも分からないではないですね。私もお役目の真実性自体については、ちょっとそれはどうなのかな? なんて風に思うところもありましたから……』


 リュナさんは微笑みながらそう語るけど、目の奥は笑ってない。……うん、怖い。


『……わ、我らの個々の考えはさておき、条件が揃った以上、後はお役目を果たすだけだな。まさか、自分の代でお役目を果たすことになるとは思いもしていなかったが……と、とにかくだ。〝来訪者〟の方々を〝伝道者〟の下へと案内する。こちらだ』


 流石にバズさんもリュナさんの静かな圧を察したのか、お役目の是非や真実の追及は放り投げたみたい。


 そんなバズさんに案内され、リュナさんを先頭にして私たちは向かうことになったんだ。


 導師イノーアの残した言葉を伝えるという〝伝道者〟の下へ。


 そこがお役目に伝えられる〝約束の場所〟であり、恐らくは〝プレイヤーの残照〟が待ち受ける場所。


 この分だと、その〝伝道者〟とやらが……。



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 長き時を揺蕩たゆたっていた。


 若様。ノア様。法王ノア。ノアさん。ノア・ラー・グライン=バルズ。最後の皇帝にして初代の法王。


 彼を看取った時にすべてが終わると信じていた。


 でも、終わらなかった。


 むしろ、法王ノアの死は長い長い時の牢獄の始まりに過ぎなかった。


 悲劇はずっと傍らにあった。


『ノ、ノア様……あんたは間違っている! こ、こんなの……は……ジ、ジーニアの……あいつの死を冒涜する行為だ……ッ! イ、イノ殿が認めるはずがない……ッ! め、目を覚ませ……ッ! 女神なんて……いない……ッ!』


 血溜まりに倒れ伏しながら、命が零れゆく中、声を振り絞るように彼が叫ぶ。


 彼? 名前が思い出せない。誰だったか? 確か……グ、グ……? あぁ、本当に擦り切れてしまっている。こんなにもボロボロだったのか……そんなことにも気付けなかった。


『……女神はいる。私に道を示して下さった。私は現世にて楽土を建設する。真なる平和の国を築く。……さらばだグレン。我が友よ……』


 ああ、そうだ。グレンだ。グレン殿、グレンさん。


 彼は……あの人こそは、真の意味でノアさんの理解者だった。なのに……若様はその理解者を切り捨ててしまった。最悪の形で。


 でも、だからといってどうすることもできなかった。


 見ているだけしかできなかった。


 法王ノアの……若様の言いなりの人形。


 いつまでこの地獄は続く?


 あぁ……早く来て欲しい。


 すべてを終わらせて。



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 猛烈に嫌な気配がする。これは私の〝プレイヤーモード〟からのアラートだ。


 当然ながら、野里教官たちとはこのヤバい予感も共有してる。私たち一行はすでに臨戦態勢を取っている。


 確実に戦闘になる。この先にいるのは間違いなく強敵だ。倒すべき〝敵〟。倒さなきゃいけない相手。


 でも、〝プレイヤーモード〟のアラートが私の中で鳴り響く中で、か細く〝留まれ〟というストップの声も聞こえる。


 二つの声。


『敵を討て。必ず殺せ。躊躇するな』

『留まれ。まともに戦うな。逃げろ』


 気持ち悪い。何故かのが分かる。


 それに、どちらを選んでも結局のところ戦いは避けられない。今から逃げに徹しても、もう遅いみたいだ。


「あの……バズさん、その〝伝道者〟という方は、リュナさんやバズさんのように代々お役目を受け継いでいる一族の方なんですか?」


 黙々と歩くのに耐えられず、思わず質問が口から漏れる。


 ルガーリアの都の中でも、私たちが向かうのは喧騒とは反対方向。


〝伝道者〟が待つのは、とうの昔に放棄された旧・市街地なんだとか。すでに建物の多くが取り壊され、風雨に曝されることでまるで遺跡群のようになっている一角が、私たちの目的地であり、お役目に示された〝約束の場所〟なんだそうだ。


『……正直なところ〝伝道者〟については我らも分からない。そもそも、我らが〝伝道者〟と呼んでいるのは特定の個人ではなく、建造物のことだ』

「建造物?」

『ああ。旧・市街地の地下には、導師イノーアの異能と宝具によって守られているという地下室があるのだ。そして、その地下室の最奥には一体の石像が安置されている。その石像を含めた地下室一帯のことを〝伝道者〟と呼び、我ら一族はまさしくその保全を導師イノーアから命じられたらしい。……真相はどうだか知らないがな』


 バズさん曰く、旧・市街地の地下には不思議な空間があるのだという。今では史料もなく、それこそ真偽不明ながらも、かつて武力を背景にリ=ズルガ王国を抑え込んでいた大国の拠点があった区域なんだとか。


 その地下室……というか、地下牢のような場所らしいんだけど、何故かその一画だけは時が止まったかのように朽ちないそうだ。


 お役目について懐疑的なバズさんだけど、〝伝道者〟……朽ちない地下室に、何らかの超常的な力が働いているというのは流石に認めているみたい。


 バズさん一族は、お役目として一年(こちらでは一周期と言うらしい)に一度、地下室に立ち入り中を確認しているらしいんだけど、これまた不思議なことに、最奥に安置されている石像の位置やポーズが微妙に変わっているんだとか。


 そんなアレコレが実際に目の前にあるからこそ、内心では馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、バズさんはお役目を完全に否定することもできないらしい。


『……お役目の言い伝えでは、石像は〝来訪者〟の訪れにて真なる姿を現わし、〝来訪者〟を次の異界へといざなうと伝えられている』

「次の異界へ誘う……ですか」


 もし、お役目の言い伝えが本当に正しいのであれば、言い伝えを残したのが導師イノーア……つまりイノなのだとしたら、次の異界への誘いというのは、それ即ちクエストのクリアのことだろう。私たちからすれば、次の異界というより、元の世界へ戻るという認識だけど。


「川神さん。この話の流れだと、その石像というのが……」

「〝プレイヤーの残照〟という敵だと思います。……私の〝プレイヤーモード〟もやかましいくらいに騒いでますし……」


 塩原教官の実体験とイノの推察によれば、〝プレイヤーの残照〟というのは、ダンジョンが仕掛けた悪趣味な〝命の再利用〟。


 つまり、敵は元・〝超越者プレイヤー〟。


 普通に同じ日本人……というか人族が相手だと嫌だなと思ったりもするけど、塩原教官と野里教官には、私が感じてるような類の躊躇はない。


 十五階層のボス部屋。黒い影を纏ったヒトガタの敵。かつて、探索者として別チームとの合同で挑んだ際、〝プレイヤーの残照〟に問答無用で襲撃を受け、野里教官は瀕死の重傷を負い、塩原教官は恋人を喪った。


〝プレイヤーの残照〟の姿が日本人であろうが、異世界人であろうが、二人は躊躇わない。確実に殺し切るまで戦いを止めない。そんな覚悟をひしひしと感じる。


「……川神。それに獅子堂に澤成。私は〝超越者プレイヤー〟の事情なぞ知らない。このクソッタレなダンジョンのルールも知ったことじゃない。敵として現れるのであれば、相手がどんな存在であろうが戦って殺すだけだ。……だが、今回の敵は、恐らく私たちと姿をしている。敵を殺すのは……私の役目だ」

「「「…………」」」


 今の野里教官には以前のようなダンジョンへの妄執はない。だけど、その代わりに復讐という名の別の狂気に身を焦がしている気もする。


 でも、それでも教官は、ただただ復讐に取り憑かれているわけでもない。何だかんだといっても、野里のざとすみという女性ひとは大人なんだと思う。私たち学生組にをさせないようにと気を遣ってくれている。


 個人的に好きにはなれない。でも、むず痒くなってしまうけれど、彼女の気遣いはありがたいと思う。


 だけど、駄目なんだ。野里教官。


 今回の〝敵〟と戦う時には、そんなに気を回すほどの余裕は、たぶん、私たちにはない。


 死力を尽くす戦いになる。



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「……ここが目的地ですか? お役目に伝えられる〝約束の場所〟?」

『そうだ。この扉の向こう側がこの地下空間の最奥。石像が安置されている部屋だ』


 バズさんの案内にて私たちは地下室へと足を踏み入れた。


 警戒をしたままではあったけど、やはり驚きの方が大きかった。


 地上部分はまさに廃墟……を通り越して、趣きのある遺跡のようになっていたんだけど、地下は違っていた。完全に建造物としての機能を有したまま。石造りの地下空間が広がっており、見たままの光景としては、ファンタジー漫画とかに出てくるようないかにもな地下牢という感じなのだけれど、空気が違う。


 何らかの魔法なりスキルなりが発動しているのか、地下には濃密なマナが満ちている。どこか昏くてドロドロとしたマナではあるけれど、どういうわけか、私は神殿とか聖域とか……そんな厳かな印象を持った。


 サワや獅子堂、野里教官に塩原教官なんかは、地下に降り立ってから緊張が一段と増したみたいだから、私とは少し違う印象だったのかもしれない。


 誰もが口を噤み、バズさんの先導に黙々と従い、私たちは地下空間の突き当りとなる扉の前まできた。


 相変わらず〝プレイヤーモード〟も騒いでいる。


『……この扉を開き、〝来訪者〟を石像の前に案内するというのが、我ら一族の最後のお役目になる。心の準備は良いか?』

『ふふ。お役目や伝承を信じていないという割には緊張されているみたいですね?』

『……リュナ殿。茶化さないでもらいたい。ここまで来て、何も感じないほど鈍くはない……』


 そう。リュナさんもバズさんも感じている。この扉の向こうに〝ナニか〟がいるのを。安置されてるだけの石像なんかじゃないのを。


 私たちも既に武器を構えた本気の臨戦態勢。強化バフ系の魔法やスキルも準備済み。


 それどころか、扉を開けた瞬間に野里教官が一気に仕掛ける段取りにもなってる。


 バズさんもリュナさんも、そんな私たちの目論みを止めようとはしない。異常な状況を察している。


「バズさん。私たちの準備はできています。……扉を開けてくれますか? スゥもいいわね?」

「当然だ」

『う……ッ……し、承知した……』


 薄く微笑みながらも、目が座っているという状況の塩原教官がバズさんを促す。〝さっさとしろよ〟と。 


 だけど、私たちはさっそくに肩透かしを食らう。自分たちのペースで事を進められなくなった。


 バズさんが扉を開けようと行動を起こす一瞬前。


『なッ!?』

「ッ!」

「!?」


 あっさりと扉が開く。


『さ、どうぞ中へ。私は〝来訪者〟一行をお待ちしていました』


 冬の朝の冷たさみたいに凛とした声。決して大きくはなかったけど、その場の全員にはっきりと聞こえた。女性の声。


 扉の大きさからは想像しにくかったけれど、かなり広めの部屋だった。学園にあった室内訓練用の体育館くらいはある。


 そんな部屋のほぼ中央に、一人の女性が佇んでいた。


 まるで海外の女優さんのように整った顔立ち。暗めの金髪に茶系の瞳を持ち、私たちでいうところの西洋的な騎士の鎧を身に着けている。すごく綺麗な若い女性だ。比べにくいけれど、野里教官や塩原教官よりも若干若いかもしれない。二十代前半くらい?


 とにかく、そんな女性がいた。


「ち……ッ……!」


 完全に虚を衝かれた形になってしまったけど、野里教官は当初の予定通りに駆け出す。仕掛ける。決戦用の強化ブーストスキルである《獣装じゅうそう》も発動した。マナで構成された不可視の獣で身を鎧う。


「ふッ!!」


 部屋が広いとはいっても、野里教官の本気の踏み込みならあっという間に踏み込める程度の距離。


 まさに問答無用。間合いへ入るや否や、担ぐように構えていた大剣を騎士装束の女性に振り下ろす。


『……えらくせっかちですね』

「くッ!?」


 唸りを上げる教官の大剣を女性は紙一重で躱す。当然、目標を捉えられなかった教官の大剣は、そのまま部屋に敷かれた石畳みに叩き付けられる結果になってしまう。轟音を響かせ、床材を撒き散らす。


 その結果を目視するかしないかのタイミングで、私も一気に踏み込む。スキル《紫電しでん》を使っての超加速での踏み込み。


「……しッ!」


 認識の外から踏み込み、マナを凝集した拳を振るう。シンプルな一撃必殺。


 この時、野里教官の気遣いなんて頭になかった。今の私の持てる最大の一撃を見舞うだけ。結果として、相手を殺すことになろうとも構わない。


『見事な技です』


 だけど、私の覚悟と殺気を乗せた拳は空を切る。いともあっけなく躱された。その上、女性には大きく後ろに退避されて距離を取られた。


 野里教官と私がそれぞれに全霊で仕掛けた初撃は躱され、あっさりと振り出しに戻る。ううん。振り出しより酷い状況か。手の内を見られた。しかも、初見で完全に見切られる形で。


 でも、だからといって止まる訳にはいかない。私の〝プレイヤーモード〟は動き続けろと警告してくる。騎士装束の女性はヤバい相手だ。明らかに格上の相手。野里教官だってそれを肌で感じたはずだ。


『〝来訪者〟であるあなた方が、私への危機感を募らせるのは当然のことだと理解しています。それに、そもそも私はあなた方に滅してもらうのが望み……』


 女性が何か言ってる。でも知らない。聞く気はない。この女性は〝プレイヤーの残照〟で間違いない。倒すべき敵だ。倒さないといけない相手だ。


「川神! 仕掛け続ける……ッ!」

「……はいッ!」


 こうして、川神パーティによる〝プレイヤーの残照〟との戦いの火蓋が切られたんだ。



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