第11話 約束の時 【side B:川上陽子のクエスト】

:-:-:-:-:-:-:-:



 私たちはダンジョンという、いわば〝異世界〟に平気で出入りしていたけど……基本的にダンジョンというのは、魔物が跋扈する資源採掘場的な認識だった。


 命の危険すらあるけど、その危険に見合うだけの利益を得られる場所……みたいな。


 ゴブリンやスライム、オークなどのダンジョン内の魔物にしても、人里へ下りてくる猪や熊のような……いわゆる排除する対象という感じ? ううん……少し違うか。ダンジョンの魔物はドロップアイテムやレベルアップという恩恵があるため、実力のある探索者からすれば見返りを得られる獲物扱いかな?


 また、ダンジョン内の魔物に対しては、熊の駆除報道なんかに『可哀そう!』と声を上げる市民や保護団体みたいなのはほぼない。


 一応、ダンジョンの環境保全や魔物の保護を訴えてる活動家や団体もいるらしいけど、特に広く支持されてるわけでもない。


 しかも、その活動資金は富裕層の節税対策的な寄付金に頼っており、その寄付の出処を調べると、ダンジョン関連で財を成した企業や個人だったりするとかしないとか。まぁ世の中イロイロと事情があるんだろう。


 とにかく、私たちはダンジョンに出入りはしていたけど、そこに〝異世界〟を感じる要素は少ない。少なかった。


 魔物を倒して次の階層を目指す。

 五階層ごとにいるボスを倒す。

 レベルアップのために魔物を探して踏破済みの階層を周回する。

 ダンジョンアイテムを集める。


 学園に在籍する私たちのダンジョンで活動というのは、ざっとこんな感じ。


 学園を卒業して探索者になったとしても、基本的な活動内容は変わらない。


 もちろん、ダンジョン内での動画配信、装備品の試作モニター、魔物の生態研究、ダンジョンのマップ作成、ダンジョン関連のニュース解説……などなどを手掛ける探索者もいるにはいるけど、基本の大枠は同じ。


 何が言いたいのかというと、探索者にとってダンジョンというのは、すでに日常の延長にある〝仕事場〟だってこと。


 だけど、私たちは今、〝仕事場〟じゃないダンジョンにいる。


 まさに正しい意味での〝異世界〟だ。


「……す、すごいね」

「……うん。正直なところ、〝くえすと〟だの〝超越者プレイヤー〟だのと言われてもさっぱり分からなかったけど、この光景を目にすると……改めてが普通のダンジョン階層じゃないのを実感するよ」


 思わず目の前の光景に圧倒されてしまう。マイペースなサワやクールを気取ってる獅子堂も口が若干半開きだ。……私もだけど。


 でも、野里教官は護衛としての立ち位置を崩さずに周囲に気を配ってるし、塩原教官はリュナさんにあれこれと質問してお役目のことを聞き出していたりする。


 ……こういう咄嗟の場面で思わず差を感じてしまう。一瞬、私たち学生組は旅行気分になってた。決して気を抜いてたわけじゃないけど……。


 私たちが今いるのは、大昔にはリ=ズルガ王国と呼ばれた、現・神聖オウラ法王国の領土であるズルガ島。その主要都市ルガーリア。


 翼を失った陸生の竜が引く馬車に似て非なる竜車という物に乗せられ、連れて来られたドナドナされてきた都。


 巨大な城壁に囲まれた港湾都市であり、近隣の島々や大陸とを繋ぐ交易の中継地点にもなっているそうだ。活気のある港町という感じ。


 どういう歴史を辿ってこうなってるのかはさっぱり分からないけれど、街の造りや建造物の様式なんかは、私たちの文明と似たりよったりでどこか馴染みすらある。でも、通りの風景を見ると、ここが〝異世界〟だと強く実感する。させられる。


 日本の雑踏に比べれば、大通りを行き交う人々の数こそ少ないものの、人波ひとなみの流れや喧噪の圧は強い。


 ゴブリン、オーク、コボルト、額に角の生えた一目の巨人、獣感のある上半身を持つ人狼ワーウルフみたいな獣人……などなど。


 ダンジョン階層では明らかに〝魔物〟と区別される種族が当たり前のように闊歩しているし、また、エルフやドワーフ、私たちと見た目的には同じような人族、猫耳やウサ耳を持つ人族よりの獣人系種族なんかもいる。


 街並みは私たちでいうところの中世や近世のヨーロッパや東アジアに似ているような気すらするけど、このルガーリアの雑踏を構成するのは、まさに異世界の住民たちだ。


 また、種族によって体のサイズ感も違うためか、まるで急流の川のように、通りを歩くヒトたちの速度や深さはあちこちでまるで違う。


 慣れない私たちなんかじゃ、通りに飛び込んで流れに乗るなんてできっこないほど。


 そもそも通りを行くのに慣れているだろう街のヒトたちでさえ『痛ぇなこの野郎!』『どこ見てやがる!』『ちょっと! ちゃんと前を見なさいよ!』……などの怒鳴り声もあちらこちらから聞こえてたりする。この大通りの混雑する流れに乗るのは大変そうだ。


「……賑やかなものですね。思わず圧倒されてしまいます。ところでリュナさん。オウラ法王国は多種族の調和を掲げているみたいですけど、ここは元々ゴブリンの王国だったのでしょう? やはりゴブリン種族が多数派なんですか? 例のお役目を受け継ぐ一族というのもゴブリン?」

『ええ。はそうなっているみたいです。ですが、実のところ私もルガーリアの一族とは特に接点がなくて……あくまで、お役目を果たすという繋がりだけなんですよ。マユミたちの件は先触れを出したので伝わっていると思うのだけれど……』


 塩原教官は異世界の街並みや人波に気を取られない。もちろん、気にしてないわけじゃないだろうけど……何よりも〝ダンジョンが仕掛けてくる次の展開〟を警戒してる。


 そして、次に展開が大きく動くのは、ルガーリアにいる〝導師に縁のある一族〟との面談であるのは明白。いっそわざとらしくて怪しいくらいだ。


 ルガーリアへの道中の時間を使って、野里教官の装備を整えるのをはじめ、それぞれがストア製武具の習熟や戦闘時の立ち位置や連携の訓練もした。あくまで付け焼刃的だけど、私と獅子堂、野里教官については、かつてチームを組んでいたのもあり、それなりの形にはなった。


 塩原教官はヒーラーでブランクもあるため、後衛として全体の把握や指揮を任せ、サワはそんな塩原教官の護衛的な盾役タンクという役割で落ち着いた。


 ……というか、いつの間にかサワはショートソードと盾というオーソドックスな戦士スタイルから、攻撃を捨てて盾のみという、防御一辺倒の盾役という極端なスタイルになってた。シールドバッシュ的な攻撃の手はあるものの、防ぎ、受け流すのが基本形。


 サワ曰く『ほら、イノにぶちのめされた後、堂上や佐久間さんの転科、ヨウちゃんも特殊実験室へ内定して、班が事実上の解散になった宙ぶらりんな時期があったろ? あの時、学園都市にある民営の道場で訓練しようと思い立ってさ。で、何気なく足を運んだのが盾術を得意とするところだったから……』だそうだ。それだけの理由。


 盾術を本格的に学び始めてそれほど間がない。なのに、サワはレベル差があるにもかかわらず、一対一なら私や獅子堂の攻撃を完封して見せるほどの技をすでに身につけてた。


 うん。意味が分からない。


〝光〟が視えるとか、他の子とは違うとか……特別だのなんだのと己惚れてたけど、実は私なんかよりもサワの方が天才肌だったのかも……? 少なくとも、盾術に関しては明らかに非凡な才があったみたい。


 まぁ何にせよ、急造ではあるけど私たちは戦う備えができていた。ストア製アイテムで武装もしてる。


 今ならリュナさん相手でも遅れは取らない。……もちろん、彼女と敵対したくはないけど。


「ええっと……つまり、リュナさんもルガーリアの一族の実情は知らない? その……お役目的には、どのように接触するかまで決まってるんですか?」

『ふふ。お役目にはそこまで具体的な指示はないけれど……それについては無用な心配みたいですよ? マユミ』

「はい?」

「……」


 リュナさんの注意が別のところへと向く。最初に反応したのはやっぱり野里教官。さり気なくだけど、にもそれとなく分かるような臨戦態勢へと移行。


 でも、今度は私たちもそこまで遅れを取らなかった。


「塩原教官。どうやら相手からわざわざお迎えに来てくれたようだぞ」

「……ッ!」


 位置的に、今回は獅子堂がそっと塩原教官と相手との間合いに割って入る。同時に、私とサワもそれぞれに位置取りを変える。学生組の異世界旅行気分は消え、塩原教官も遅ればせながら反応する。


『ふふ……どうやら先触れはきちんと届いていたようですね』

 

 異界の門を見張るというリュナさん一族とはまた別。違うお役目を授かったというルガーリアの一族。


『貴殿は異界の門を見張るリ氏族の末裔だな?』

『ええ。私は導師イノーアの友、いにしえのリ=リュナの名を継ぐ者です。ようやくに古いお役目が……導師イノーアとの約定が果たされる時が来ました。この者たちが異界の門を潜りし〝来訪者〟です』

『……我は古のジ=バズの名を継ぐ者。リ=リュナ殿。お役目、ご苦労』


 ジ=バズと名乗ったのはゴブリン。


 当然に私たちもお役目の一族はゴブリンだと思っていたし、実際にゴブリンなんだけど……リュナさんと比べると少し小柄? 肌の色もなんだか深めの緑色というか……ちょっと薄めの色合いのリュナさんとは肌の色艶も違う感じだ。私たちでいうところの東洋人と西洋人的な違い? ゴブリン種族といっても、この世界にも人種的な違いがある?


 ジ=バズさんとリュナさんのビジュアルの違いを見て、私は思わず〝今はそんなのどうでも良いだろ〟というようなことを考えていた。


 つまり、私の中の〝プレイヤーモード〟は、現れたバズさんへの必要以上の警戒を示さなかったということ。もちろん、気を抜いてたわけじゃない。


 だって、私の〝プレイヤーモード〟がハッキリと示していたから。


『ジ=バズの案内の先にが待ち受けている』……と。



:-:-:-:-:-:-:-:



 私はずっと待っていた。


 この時が来るのを。


 異界の門を潜りし〝来訪者〟が現れるのを。


 長い長い時の中で擦り切れてしまいそうになりながら……ずっと待っていた。


 いや、もしかしたら、もう私もとうの昔に擦り切れてしまっているのかもしれない。


 共に在れと誓い合った者たちは皆が先に逝ってしまった。


 それも仕方のないこと。分かっていたことだ。


 ただ、どうしようもない誤算もあった。


 あぁ……まさか、同じ存在である二人までもが、長い長い時の中で摩耗してしまうなんて。


 私を置いていくなんて。


 私……ワタシ……?


 あれ? わたしって……誰だっけ?


 確か……そうだ。あの人が言ったんだ。


『先に逝くな。私を置いて逝かないでくれ』って。


 ノア……様? いや、若様だった?


 違う、違う。


 そうだ。私は死んだんだ。


 若様を置いて先に冥府の道を渡ってしまった。


 だからこそ……そうだ。そうだった。


 頼まれたんだ。


 導師イノーア。イノ殿。法王ノア。若様。


 あぁ……そうか。まさか、こんなになってまで……律儀にを守ってたのか。


 まぁいいさ。


 これで終われるんだ。ようやく終われる。


 さぁ、早く来てくれよ。〝来訪者〟。


 


 


 全てを終わらせてくれよ。



:-:-:-:-:-:-:-:

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る