第10話 リュナ一族のお役目 【side B:川神陽子のクエスト】

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 ダンジョンゲートを抜けたら異世界だった。暗がりは広がり、雄大な風景が飛び込んでくる。驚き、しばし静止する。皆の心が動き出す頃、ゴブリンが顔を出す。


 という感じかな?


 突発的に始まったクエスト。いきなり放り込まれた異世界。現れたのはクエストの道案内的なゴブリン。イノが口にしていた〝ダンジョンシステムにお膳立てされてる感〟というのを、今、私もひしひしと感じてる。


『まぁまぁ皆様、見ての通り粗末なところですが、どうぞ楽にして下さいな』

「お招きありがとうございます。リ=リュナさん」


 ダンジョンゲートの前であれやこれやと話し込んでた私たちの前に現れたゴブリン。リ=リュナさん。


 彼女の話では、こちらではダンジョンゲートは異界の門と呼ばれおり、彼女の一族は異界の門を見守るお役目を授かっているんだとか。


 で、そのお役目の中に〝異界の門から出づる者があれば歓待せよ。決して敵対するなかれ〟という言葉が伝えられていたそうだ。


 ……本当に良かった。このリュナさん。見た目はちょっと大きめな老齢のゴブリンだけど、たぶん恐ろしく強い。


 もし、問答無用で急襲されてたら、浮足立ってた私たちじゃ勝てなかったと思う。


 私の中の〝プレイヤーモード〟〝光〟も『敵対するな』と危機を伝えて来てるし……向こうが平和的に接触してくれたのは僥倖だった。これもイノが言う〝ダンジョンのお膳立て〟っぽい気はするけど。


『一応の確認にはなるのだけれど……あなたたちは異界の門を潜り、こことは違う地からの〝来訪者〟で間違いないかしら?』

「はい。ダンジョンゲート異界の門を潜ってこの地へ来たのは間違いありません。ただし、今回の件は私たちの意思ではなく、気付いたらここにいた……というところです」


 ちなみに、リュナさんとの話は塩原教官がメインで対応してもらっている。


 通じるかどうかは分からないけど、私たちの中で一番戦闘能力のない彼女が前に出ることで、敵意がないアピールをしている。あと、実務的な理由として、ゴブリン相手でも動じずに話をできる胆力と冷静さが塩原教官にはあったから。


 ……うん。リュナさんが理知的で穏やかなのは短いやりとりでも実感できたけど、正直、私はまだドキドキしてる。何というか、込み上げてくる違和感をまだ消化しきれてない。たぶん、サワや獅子堂、流石の野里教官もちょっと引いてる。


 緊張感はあったものの、リュナさん異世界ゴブリンとは平和的なファーストコンタクトができた。完全に向こうが気を遣ってくれた上での話だけど。


 その場での立ち話である程度のことを聞き、詳しい話をということでリュナさんの暮らす小屋に招かれたんだけど……そこはイノに連れられてここへ来た時に『ゴ=ルフさんというゴブリンの住む家』として紹介された場所だった。


 あの時は、家主が不在で中までは立ち入らなかったけど……イノから聞いた情報とは色々と違いがある。そもそもイノたち(と思われる人物)が〝導師〟なんて呼ばれて伝説みたいになってるし……場所は同じでも時代が違う?


『あなたたちが異界の門を潜った〝来訪者〟というのであれば、アタシは一族のお役目としてお伝えしないといけないことがあるのだけれど……その話をしても?』

「……はい。それは構いませんが、なにぶん、私たちはこの地の礼儀や常識などを知りません。お話の内容について、理解できない部分があるかもしれないのはご了承下さい」

『ふふふ。もちろん承知しています。でも良かったわ。〝来訪者〟があなたたちのように話が通じるヒトたちで。お役目の中に〝来訪者は再び必ずこの地を訪れる〟と伝えられてきたのだけど……〝来訪者〟がどのような者かは分からなかったから……』


 リュナさん曰く、異界の門関連のお役目は地元の民間伝承のような扱いであり、彼女の一族以外で広く信じられてるものでもないそうだ。


 最近では、一族の中にも懐疑的な声が聞かれるようになり、異界の門を見張る直接のお役目については、恐らくリュナさんで最後だろうと覚悟もしていたらしい。ちなみに、リュナさん自身も〝来訪者〟の再来などは特に信じてなかったそうだ。


『まず、アタシたちの異界の門を見張るというお役目は、神聖オウラ法王国の建国前夜、我ら一族が偉大なる導師イノーアから直々に授かったものだと伝えられています』

「導師イノーア……ですか」


 私たちが一番に聞きたい話はコレだ。導師イノーアに従士のメイとレオラ。イノたちのことを言っているとしか思えない伝承の話。


『見たところ、あなたたちは導師様の話に興味がおありなのでしょう?』

「そうですね。リュナさんのお役目の話が終わった後、是非に詳しくお聞きしたいと思っています」

『ふふ。お役目の話自体が、その導師様の話になりますよ。もちろん、あなた方の期待に沿える話かは分かりかねますけど……』


 そう言いながら、リュナさんのお役目の話は始まった。


 この地は大きな島であり、かつてはリ=ズルガというゴブリンの王国があったのだという。そこへ、武力を背景に従属を求める大国が押し寄せて来て……リ=ズルガは事実上の属国として膝を屈した。


 大国の理不尽に振り回されながら、リ=ズルガは緩やかに国として滅びの道を歩んでいた頃、リ=ズルガの禁足地に人族の少年が現れる。二人の供を連れて。


 少年は禁足地の閉ざされた集落でゴブリンたちと大いに語らう。


 集落の者たちが開いた歓迎の宴では、大いに笑い、語らい、異国の唄を歌い、踊り、酒を酌み交わし、時には集落の力自慢の戦士らと力比べや技比べなどもしたのだという。


 そして、少年はどこから持ち出してきたのか、歓待の返礼として集落丸ごとが一周期(一年)は飢えることのない山のような食糧と、いくつかの神気の宿る宝具を集落の者へと授けた。


『僕は使命を果たすためにこの地へ来ました。使命はこの国の都へと続いている。もし、僕が使命を終えてこの地へ戻ってきた際には、今日のように変わらずに迎えてくれますか?』


 少年は集落の者にそう語り、供を連れて都へと旅立って行った。


 それからしばらくの時が経ち、リ=ズルガ王国は完全に滅びることになる。


 しかし、それはあくまで国としてのリ=ズルガの終わりであり、新たなる芽吹き。新たなる時代の始まりだった。


 女神エリノラの加護を受けた一人の若者が、大陸で続いていた大国同士の戦を収めたのだ。


 若者は皆に語り、皆に宣言する。


『女神は真の調和を願っている。女神は私に告げたのだ。種族や生まれに左右されず、謂われなき差別が横行することのない、真に豊かで平和な国を現世にて築くのだと。皆よ、争いを止めよ。諍いの種を枯らせ。妄執を捨てるのだ。真なる調和のため、女神の教えの下に種族を超えて結束する時が来たのだ。私はラー・グライン帝国最後の皇帝としてここに宣言する。女神エリノラを至上とする、神聖オウラ法王国の建国を』


 争いに疲れていた民衆は若者を……神聖オウラ法王国の初代法王ノア・バルズを歓迎した。


 女神の奇跡を体現する法王ノア。そんな彼の傍らには、常に付き従う者がいたのだという。


 導師イノーア。その正体は、法王ノアを導くようにと女神エリノラから遣わされた精霊だといわれている。


 その姿は相対する者の心によって変幻するとも伝えられているが、普段は絶世の美貌を誇るうら若き人族の乙女の姿だったという。


 法王ノアをはじめ、周囲の者は敬意をもって彼女を導師と呼んだ。道に迷う若き日のノアを導いたのは、紛れもなくイノーア。


 そして、そんな導師イノーアと共に女神エリノラから遣わされたのが、従士にて守護者たる二人。


 屈強なゴブリンの剣士メイ。女神の武を体現した者。


 湾曲した片刃の剣を愛用し、天地を割るほどの剣技を誇った。まさに守護者であり、導師イノーアや法王ノアを狙う不信心な不埒者を近寄らせなかったという。


 神秘の扉を開くハーフエルフの魔道士レオラ。女神の慈愛を体現した者。


 天変地異にも等しい魔法を操りながらも、他者を傷付けることを決して善しとはせず、戦の折には、苛烈な決断を下す若き日のノアや導師イノーアすら諫めたのだという。


 女神エリノラから遣わされた導師に導かれ、若きノアは神聖オウラ法王国を建国することになる。


 ……というのが、神聖オウラ法王国の建国にまつわる伝説らしい。


 イノ美貌の乙女鷹尾先輩ゴブリン新鞍さんハーフエルフ


 う、うん……まぁ伝説とかって色々と美化されたり、時間の経過と共に事実があさっての方向に捻じ曲げたりもするだろうしね。


 ゴブリン剣士の鷹尾先輩はちょっとどうかと思うけどさ。何故か彼女だけ名前もそのままだし。


『ふふ。少し長くなってしまったけど、ここからがアタシたちのお役目の話になります』

「つまり、そのお役目というのは、ここまでの話を踏まえて……ということですか?」

『ええ、そうです。あくまで本題はここからになりますが、初代法王や神聖オウラ法王国建国についても関わりのあることです。集落を訪れた異邦の少年……後に導師イノーアと呼ばれる者は、再度我らの集落を訪れることになるのです。そこで一族が授かったお役目というのが……』


 そして、ここからがリュナさん一族が受け継いでいるというお役目の本題。



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「なぁ、獅子堂は理解できたか?」

「……澤成、俺に聞くな。今のところ、このクエストというのが異常事態であるとしか言えん」


 諸々の話が一通り終わり、リュナさんは私たちに気を遣って『とりあえず、皆で話し合いたいこともあるでしょう』と言い残し、集落の方へと帰って行った。なんでも、リュナさんは普段はこの異界の門を見張る小屋で過ごしているものの、集落の方にも自宅があり、いわば行ったり来たりの生活なんだとか。


 ただ、あくまでもリュナさんがそう言ってるだけだし、もし、私たちを害するために仲間を呼びに行ったとかなら……どうしようもない。そもそも、リュナさん一人でも、やりようによっては私たちを全滅させることくらいはできたはずだし、ここは彼女を信じるしかない。


 塩原教官と野里教官はその辺りも危惧してるみたいだけど、実のところ、私はリュナさんについて心配はしていない。彼女の語った言葉に嘘はない。少なくとも、意図的に私たちを嵌めようとする悪意はないと思う。私の中の〝プレイヤーモード〟がそう言ってる。


「……さてと。本当にどうしましょうか? リュナさんの語るお役目に付き合うというなら、私たちは彼女と共にルガーリアという都へ向かうことになるけど?」


 誰もが、どこかフワフワした現実感のなさを感じる中、塩原教官がそう問い掛けて来る。


 もちろん、塩原教官だって分かってる。そんな問いを投げ掛けても、誰も正解を選ぶことなんてできない。議論を促すための呼び水だ。


「ふん。マユミは、このくそったれなダンジョンシステムとやらが、お膳立ての上で私たちに暗にと迫ってるように感じてるんだろ? なら、私たちに選択の余地はないはずだ」

「まぁね。確かに私はそう考えてるけど……別に私の考えが正しいという保証はないわ」

「いやいや、〝くえすと〟経験者の塩原教官にそう言われると、俺たちなんてますます判断のしようがないですから」

「……だな」


 だけど、圧倒的に情報の足りない私たちじゃ、議論らしい議論にもならない。何を言っても疑問符が付く状況になってしまってる。手探り状態。


「……なら、〝超越者プレイヤー〟である川神はどう考える?」


 野里教官が私に話を振ってくる。余計なことを。話を振られても、私だって答えようなんてない……と言いたいのだけど、私の答えは決まってる。ふぅ。教官は私がのを察したのかも。まったく、獣じみた勘は健在みたい。


「私の中の〝光〟……イノ曰くの〝プレイヤーモード〟というのは、リュナさんが嘘を言ってないと判断してます。それに、今回のクエストにおいて、彼女は私たちの〝導き手〟……協力を仰ぐ相手だと示してる気もします」

「〝光〟……例のオカルトか。まさか〝超越者プレイヤー〟の権能だったとはな」


 野里教官はどこか嫌そうにそう言うけれど、実のところ確定情報じゃない。私の〝光〟がそうだとするなら、獅子堂の〝炎〟はどうなるんだか。


 その辺りはイノや新鞍にいくらさんでも判別できなかった。〝超越者プレイヤー〟は個々人によって〝仕様〟の違いがあまりに多いから。


「でも、さっきの塩原教官じゃないけど……私のこの判断だって、別に正しいという保証はありませんよ?」


 私としては確信がある。ここはリュナさんに従うに越したことはないと。彼女のお役目に付き合うのが吉だと。でも、私の確信なんてのは、野里教官が言うようにオカルトの類に過ぎない。私の判断基準となるこの〝プレイヤーモード〟〝光〟だって、ダンジョンシステム由来のモノであるかも判別できないまま。


「そうはいっても、やはりこのクエストは川神さんに発生したモノだしね。私は川神さんの直感に従うのに賛成だわ。もちろん、ダンジョンシステムに全幅の信頼を寄せるのは危険だと思うけどね」


 便利な部分はとことん利用するつもりみたいだけど、塩原教官はダンジョンシステムを信用していない。今回のクエストにしても、システムに頼らない解決方法がないか考えているはず。


「ま、勝手も分からないし、俺はヨウちゃんや塩原教官に従いますよ。今の状況で俺が何かを考えたところで、適切な答えに辿り着くとは思えない。それに、例の導師様……イノたちについても気にはなるしさ」

「俺も澤成に同じくだ。なにより、あのリュナというゴブリンに逆らうのは不味い気がする」

「……余計な口を挟みはしたが、私は基本的にマユミや川神の護衛として呼ばれただけだからな。方針の決定についてはお前らに任せる」


 今の私たちは、次の行動を決めるための明確な指針となるモノを持っていない。結局、ダンジョンシステムのお膳立てのようなナニかに従うしかない。


 ここはリュナさんのお役目に付き合うという選択をする。


 彼女のお役目というのは、異界の門を見張るだけでなく、もし〝来訪者〟がこの地を訪れたのなら、その者たちを歓待してルガーリアという都へ連れて行けと伝えられているらしい。


 ルガーリアにはリュナさん一族と同じく、脈々とお役目を受け継いできた別の一族がいる。


 その一族は、まさに例の導師様に縁のある一族なんだそうだ。


 明確なヒントはない。


 でも、イノたちだと思われる導師イノーアの足跡を追うのは……クエストが求める道筋だと思う


 そして、その道筋の果てに〝プレイヤーの残照〟が待っている。


 私の〝プレイヤーモード〟は、ルガーリアで待ち受ける敵の存在を警告しているから……。



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 翌日の朝、様子を見に来たリュナさんに私たちは伝えた。リュナさん一族のお役目に従い、ルガーリアという都で別の一族のヒトたちに会って話をすると。


『ふふ。ありがとうね。わざわざ見ず知らずの異郷の習わしなんかに付き合ってくれて。でも、本当に良かったわ』

「良かった……ですか?」

『ええ。もし、〝来訪者〟のあなたたちにルガーリア行きを断られたら……で、それこそ段取りをしないといけなかったの。流石にそれは骨が折れますからね。ふふふ』

「…………」


 穏やかな口調で物騒なことを言い出すリュナさん。しかも、その目は決して笑ってない。たぶん……いや、絶対に本気でを考えてただろうし、うっすらと今も考えてる気がする。


 昨日の話し合いでは、〝お役目の伝承なんて、今や本気で信じてる者はいないのよ〟なんてカラカラと笑ってたけど……今のリュナさんを見るに、このヒトは全身全霊でお役目をまっとうする気だ。


 ……うん。どうやら私の〝プレイヤーモード〟は正しい判断をしたみたい。彼女の話に乗って、安易にお役目を否定したりしなくて良かった。本当に。下手をすれば、簀巻きでルガーリアへ運搬されるところだった……。



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