第9話 異世界探訪(強制) 【side B:川神陽子のクエスト】

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 イノのクエストにより、私は〝超越者プレイヤー〟として覚醒するに至ったんだけど……だからといって、その後の私に〝超越者プレイヤー〟としての自覚なんてなかった。


 だって、呪物騒動で問題を起こした私たちは、もうダンジョンに関わることなんてないと思ってたから。


 だけど、結局は学園の〝超越者プレイヤー〟研究に協力する(強制)という名目で、私たちの表向きの処分は保留となった。


 ただし、そもそもの話、呪物騒動自体が表に出せない事件だったから、表向きの処分も何もあったものじゃない。ま、学園の一部の生徒たちにはある程度の説明はされたらしいけど。


 そして、イノの協力の下〝超越者プレイヤー〟の機能を試してる時も〝へぇ、こんな事ができるんだ〟と、いっそ他人事みたいに感じてた。どちらにせよ、私が主体的にダンジョンに関わることはないっていうのは同じだったから。


 精々、学園や探索者協会にアレしろコレしろと言われて、指示通りに動くだけだと思ってた。


 もちろん、自分の知らない間に色んな〝機能〟が実装されてるのは、正直なところ気持ち悪いし、得体の知れない気味の悪さだってある。


 でも、どこかで納得もしてたんだ。


 今思えば、所詮はただの自惚れでしかなかったけど……幼い頃から〝私は他の子と違う〟という感覚をずっと持ってたから。


 それに、呪物騒動を通じて、このダンジョンという存在が想像してた以上に超常的なモノだと痛感したから。


『学園は僕らを〝サンプル〟なんて呼んでるけど、言い得て妙なのかもね。〝超越者プレイヤー〟っていうのは、それこそダンジョンが仕掛けた、システム上の何らかの〝実験体〟なのかもしれない』


 イノはそんな風に言ってた。ついでに、ダンジョンを作っただろう存在についても。


『ダンジョンはあきらかに誰か……あるいはナニかの意思によって作り上げられてるでしょ? この意味不明なシステムの作成者……ダンジョンマスター的な存在というのは、今の人類からすれば紛れもなく〝神〟に等しい存在だと思うよ。根幹をなすのが科学力なのか、魔法やスキルというトンデモパワーなのかは知らないけど、ダンジョンを作った存在は、まさに人智の及ばぬ本物の〝超越者ちょうえつしゃ〟ってやつだね。ま、こんなことを言い出すと、宗教関係者からお叱りを受けるだろうけど……とにかく、僕やヨウちゃんというのは、何らかの意図によって〝プレイヤー〟という役割を与えられてるんだと思う。だからこそ、僕らはダンジョンに関わる以上、ダンジョンからの干渉は避けられないんじゃないかな?』


 確かにその通りだと思う。


 地球の支配者づらしてる人類だけど、この狂ったシステムダンジョンを作れるほどの存在からすれば、私たちの個々の能力や科学技術なんて眼中にないはず。


 もしかするとダンジョンの作成者というのは、私たちが昆虫観察をするようなノリで、ダンジョンで右往左往する人類を観察してるのかもね。


 で、観察対象の環境に変化を付けさせるために、特殊な個体として現地環境に投入されたのが〝超越者プレイヤー〟だったりして? まさに実験体。観察対象のサンプル。


 荒唐無稽な話ではあるけど、イノはそんな風に考えてたみたい。そして、今は私もイノと同じように思ってる。


 このダンジョンは何でもありだ。何が起きても不思議じゃない。


 学園や協会の思惑なんか問題にならないくらい、ダンジョンには超テクノロジーや強制力がある。


 私が〝超越者プレイヤー〟の自覚や覚悟を持ってるか持ってないかなんてお構いなし。


 そういう意味では、塩原教官の言い分は正しかった。


『クエスト条件を満たしました。井ノ崎パーティと連動中の〝王国へ続く道〟のシリーズクエストが開始されます。それではよいダイブを!』


 ……うん。もう好きにして。



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 陽の光が降り注ぐ小高い丘のような場所。


 遠くに見える山々の連なりは、まさに霊峰と呼ぶにふさわしい威容があり、少し視線を落とせば、風が吹き抜けていく平原が続き、ゆったりとした大河がその平原を割るように流れている。


 普通に街中で生活していると、映像でしか見る機会がないような雄大な大自然。


「……なぁヨウちゃん。俺たちって、普通にのゲートを潜ったよな? ここは……どこなんだ? あと、〝くえすと〟がどうのこうのってなんなんだ? これが例のシステムからの通知ってやつ?」


 目の前に広がる光景に皆が唖然とする中、一番初めに再起動した我に返ったのはサワだった。


 事の経緯としては、結局のところ、不本意ながらも塩原教官や学園の思惑によって私は野里教官をパーティ登録することになったんだ。それはまぁ仕方ない。人としての好き嫌いを無視すれば、彼女の戦闘能力や探索者としての地力が私や獅子堂よりも上なのは認める。ダンジョンで不測の事態が起きた際に、いないよりもいてくれてた方が助かる人材なのは間違いない。


 というわけで、野里教官をパーティ登録した。一応はダンジョンの外で。


 私としては、パーティ登録によって例のエラーコードスキルが無効化されるのは事前に知ってた。システムがそう囁いていたから。当人である野里教官も、パーティ登録によって、燻るように残っていた《バーサーカー》のスキルが自分の中から消えたことを感じたらしい。


 ただ、やはり私や野里教官の感覚的なもので済むわけもなく、念のために一度ダンジョンゲート付近や実際のダンジョンの中で《バーサーカー》が再発しないかを確認する流れになった。


 実際に確認したんだ。


 結果として、私のパーティメンバーとなった野里教官は、ダンジョンゲート付近でも、ダンジョンの中でも《バーサーカー》を再発させることはなかった。


 よかったよかった。めでたしめでたし。


 そして、じゃあ今日のところは一度戻りましょうかとなり、ダンジョンゲートを潜った瞬間。


 私のクエストが発生したという流れ。


 ※連動型クエスト

 クエスト :真・王国へ続く道

 発生条件 :「ゴブリンの誇り」所持

      :連動パーティのクエスト進捗

 内容   :過去の幻影を追い、未来へと至る

 クリア条件:〝プレイヤーの残照〟の撃破

 クリア報酬:新機能の開放


 以前イノに連れられてへ……ダンジョン内にある異世界へ来た時に発生したのは、〝王国へ続く道〟というクエストで、確かあれはだったはず。


 今は微妙に変わってる。タイトルもだけど……システムもイノたちと連動中だとはっきり言ってた。


 つまり、イノたちがダンジョン内で何らかの条件を満たし、なおかつ私の方でもクエスト発生の条件を満たしたという状況なんだと思う。


「……塩原教官。実は、教官があれやこれやと段取りしてくれてたのを、どこかで〝ちょっと気にし過ぎじゃないか〟なんて風に思っていました。ごめんなさい。謝ります。これが……が、教官の言われていたことだったんですね?」

「……ええ。流石に唐突過ぎて私の方も驚きのが大きいけど……ダンジョンはこっちの都合なんてお構いなしに仕掛けてくるのよ。状況を見るに、一緒にゲートを潜ったはずの長谷川教官はここへ飛ばされていない。つまり、今回のクエストは〝超越者プレイヤー〟とパーティメンバーだけが対象みたいね。私や仁がかつて受けたクエストとは毛色が違うわ」


 とりあえず、サワや獅子堂、野里教官とも状況を共有しつつ、塩原教官の話を聞く。


超越者プレイヤー〟である坂城さんと一緒に、かつての塩原教官はいくつかのクエストを経験したらしい。でも、そのクエストは別に他のチームメンバーがいる状況でも発生したんだとか。そして、その最たるモノが……坂城さんが命を落としたという〝プレイヤーの残照〟。


「マユミ、当時のあの黒いヒトガタの魔物をお前は〝プレイヤーの残照〟と呼んでいたな? つまり、今回のクエストとやらにも……が出てくるのか?」


 野里教官の目の色が変わる。実のところ今の教官には、以前のようなダンジョンへの熱狂的な執着はない。私とのパーティ登録についても、本当にあっさりとしたものだった。


「……ふん。別に好きにすればいい。今や私も学園に首輪を付けられている状態だからな。学園側が許可したことなら、私個人がどうこう言う資格はない。ダンジョンで川神たちの護衛お守りをしろというなら従うまでだ」


 それだけ。パーティ登録によって、再びダンジョンダイブが可能になることについても、野里教官は特別な熱意らしきものを見せることはなかった。


 でも、今は違う。


〝プレイヤーの残照〟


 そのワードを聞いた瞬間。彼女の瞳にかつての……ううん。かつて以上の狂気が宿るのを見た。


 あり触れた話だし、その行動自体は陳腐と言っても差支えのないものだけど、決して他人が踏み込んではいけないモノ。


 復讐。仲間を殺した相手への。


「……スゥ。あなたにとっては残念だけど、恐らくじゃないわ。あの黒いヒトガタも確かに〝プレイヤーの残照〟で間違いないけど、別に特別な一体というわけじゃない。あくまで井ノ崎君の推測に過ぎないんだけど……ダンジョン内で命を落とした〝超越者プレイヤー〟は、その姿と能力を複製され、ダンジョンにされるという話よ。あなたには詳しい話をしてなかったけど……実は、井ノ崎君のクエストに仁が出てきたらしいわ。〝プレイヤーの残照〟という魔物として……」

「なんだと……ッ!?」


 悪趣味な話だ。私はイノや塩原教官から〝超越者プレイヤー〟としてダンジョンに関わる際のデメリットとして、諸々の話を聞かされていた。


 その話を聞かされて、真っ先に思ったのは……ダンジョンテクノロジーやシステムの異常さ。


 どこまで正確かは分からないけど、このダンジョンという狂ったシステムは、命を再利用できる。人格や記憶、思考パターンや運動機能なんかを〝再現〟できる。


 私たちからすればの沙汰だけど、ダンジョンからすれば、一人のニンゲンを〝再現〟する程度は造作もないんだろう。


 イノが言ってたように、このダンジョンシステムを作った存在は、まさに正しい意味で〝超越者〟だ。


「まぁ胸糞悪い話だけど、一旦そのプレイヤーの残照とやらの話はさておいて……現状、俺たちは何をどうすれば? その……〝くえすと〟ってのをクリアしない限り帰れないんでしょ? そうだろ? 獅子堂」

「……ああ。案の定、帰還石は反応しないし、ゲートも閉ざされたみたいだな。井ノ崎たちと挑んだ、呪物騒動の救出作戦と同じ状況だ」


 状況に困惑しながらも、サワと獅子堂は帰還石やゲートの確認をしていたらしい。帰還不可という状況が確認できただけになったけど、すでに彼らは行動してた。探索者としての気構えは、私よりもしっかりしてる。


「……二人とも、早速の確認をありがとう。そうね。いつまでも惚けてられないわね。クエストのクリア条件が〝プレイヤーの残照の撃破〟となっている以上、私たちには明確な敵が存在しているのは間違いない。ここはダンジョン階層よりも広大なフィールドみたいだから、接敵までに時間があるだろうけど油断はできないわ。まずはスゥの装備を整えて……あッ!?」


 咄嗟に動く。最初に反応したのは野里教官。塩原教官を引き寄せて自分の背に庇いながらの臨戦態勢。……悔しいけど、その動きは私たちなんかよりも速かった。ブランクがあるとはいえ、私は一対一でこの人に敵うビジョンが未だに視えない。


 塩原教官の守りを確認した上で、サワ、獅子堂、私で前に出る。それぞれが位置をずらし、一度でやられないような配置で。


 の出方を窺う。むしろ、私たちにはそれくらいしかできなかった。


『……ふふふ。これはこれは見事な動きですね。異界の門からの来訪者というのは、皆が精強なつわものであるという伝承は本当だったようですね』


 私たちの前に現れたのは一体のゴブリン。しかも、言葉による意思疎通ができるゴブリンだ。


 ううん。この時は言葉なんてどうでもよかった。誰も気にもしてなかった。


 だって、は、たった一体でも私たち全員よりゴブリンだったから。



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