第5話 特殊スキル
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高慢ちきで高圧的な軍人エルフ。
そんな印象だった、アークシュベルのハルベリアさん。
個人的には、アークシュベル側のヒトでまともに話をしたのは彼だけだったんだけど……。
『こいつらか?』
『は、はい。ハルベリア様から引き渡しのご指示を頂いていた者たちでございます』
交易船に接近して横付けとなった船。甲板に板を渡して乗り込んできたアークシュベル軍人と思われる一団だけど、パッと見る限りは、獣人族的なヒトたちが多数を占めており、エルフや純粋な人族っぽいのが少し紛れてる感じ。オークやゴブリンのような魔物的な種族のヒトはいない模様。
アークシュベルの領事館では、まさに多種族の混成軍! って感じだったんだけど、今回はある程度同じ種族で固まってるみたいだ。
何と言うか……
この場の上位者(たぶん指揮官)と思われる狼顔の軍人は、見るからに高圧的な印象で、言動についてはハルベリアさんと似たり寄ったり。
サンプルが少ないけど、アークシュベルの高官というのはこんな感じなのかもね。
『ふん! 情けない! 隠蔽しているとはいえ、貴様らも栄えあるアークシュベルの軍属船に乗る身であろうが! 貧弱な人族ごときの威圧なんぞに臆しおってからに!』
『も、申し訳ございません! し、しかし、我々はこの者たちを船に留め置くのを優先した次第で……』
『貴様ッ! 口答えする気かッ!?』
『め、めめ、滅相もありませんッ! どうかお許しをッ!』
ただ、どうにもこの狼顔の軍人は微妙だな。ハルベリアさんみたいに、まともに話が通じる気がしない。ま、あの時もあくまでリュナ姫の後ろ盾ありきだった気もするけど。
米つきバッタのようにペコペコする船長の背中が哀愁を誘うね。ま、船長も加害者側だし、僕らを嵌めたことは許さないけど。
それに貧弱な人族って……あんたらの中にも人族紛れてるでしょうに。あと、メイちゃんの威圧が貧弱か? 危機を感じないほどに鈍感なのか? あるいは、僕らを意に介さないほどの強者なのか……。
『おいッ! こいつらをとっとと捕らえろッ!』
『ハッ!』
『承知しましたッ!』
狼顔の軍人の指示で、同じく狼顔な獣人たちがぞろぞろと僕らに近付いてくる。メイちゃんの間合いに、有り得ないほど無造作に踏み込んでくる。
「……イノ君。どうしよう?」
「そうですね……陸地に到着するまではおとなしく捕まるフリでも……と思いましたけど、初っ端から暴力に訴えてくる相手だとなぁ……フリとはいえ、わざわざ一方的に殴られたりするのも癪ですし……話し合いができる程度にはもっていきたいですね」
「……分かった。イノ君とレオ……あと、ノアさんたちは絶対に手出しはしないで」
どうやら暫定〝
ここはおとなしくしておきます。メイさんにお任せしますです。はい。
「……我が名はタカオ・メイッ! こちらには話し合う準備がある! 一方的に武力を用いるのであれば、それ相応の覚悟を以て来られよッ!」
お。メイちゃんの《威圧》込みの口上で、軍人たちが一瞬止まった。
『はぁ? 話し合う準備だぁ? 何言ってんだこの人族は?』
『くくく。まぁそう言ってやるな。必死に強がってるだけなんだからよ』
『くだらんことに耳を貸すな! さっさと捕らえろ! こんな余計な任務はとっとと終わらせるのだ! 我々には本来の任務があるのだからなッ!』
あれま。この連中にはメイちゃんの《威圧》が通じてない? 僕らのダンジョンシステム的な魔法やスキルだとこの世界じゃ効果が薄いのか? いやいや、普通にリュナ姫やハルベリアさんたちには通じてたし……?
「……違うよイノ君。今回は近くに船員さんたちがいるから抑え目にしたの。ただ、ちょっと加減を間違えた。この軍人さんたちには手加減し過ぎたみたい……」
僕の疑問を察したのか、メイちゃんからの解説。
「え? ……あぁなるほど」
メイちゃんはかなりの指向性をもって《威圧》を制御することができる。だからこそ、僕ら側には彼女の《威圧》はまったく効果が出ていないんだけど……今回は敵に対しても弱過ぎたわけね。
ノアさんたちを震え上がらせた、メイさん仕様の本気の《威圧》(殺気込み)は、そりゃ確かにこの世界の一般人枠である船員さんたちにはキツいか。レオでさえ卒倒したくらいだし……。
何だかんだといって、メイちゃんは周りに気を遣ってるね。いや、僕やレオが気を遣わなさ過ぎたってのもあるんだろうけど。
そんな感じで、軍人たちはメイちゃんの《威圧》はへっちゃらだった模様。僕らを捕らえようと再起動。
「……警告はした! 寄らば斬る……ッ!」
ちょっとした失敗はあったけど、やることは同じ。
どこぞの田舎のヤンキースタイルだ。
舐められたら負けってね。
ま、実際にやるのはメイちゃんだけど。
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「……えぇっとラジュアさんでしたっけ? とりあえず、僕らを港まで送って欲しいんですけど?」
『く……ッ! て、敵の脅しに屈するなど……ッ!!』
結局、人狼な感じの兵士たちはあっさりメイちゃん……メイさんに
寄らば〝斬る〟……と言ってた割には
ちなみに、その様子を見ていた船長と何人かの船員がちびった上に失神した。船長たちも、メイちゃんの温情込みの《威圧》で、僕らをちょっと甘く見てたみたいだね。
相手が軍人ということもあり、メイちゃんは手加減を再調整したみたいだけど……今度は強過ぎた模様。
意気揚々とメイちゃんを捕まえようとした先頭の兵士は、殴られて船の外まで吹っ飛んだ。ようするに海に落ちた。ま、まぁ……救助されてたし、辛うじて生きていたから善しとしよう。
僕やレオに一線を越えさせないと意気込んでたメイちゃん。
でも、彼女の方がサクッと一線を越えそうになってたんだけど……ここは見なかったことにしておく。本人もその事実に凹んでるみたいだし。
あと、気を取り直したメイちゃんが敵兵たちを凹って回る間、何故かノアさんたちは直立不動でその様子を見ていた。……メイさん仕様の本気の《威圧》が変なトラウマになってない? と、とりあえずスルーしておく。気にしたら負けだ。
で、一通り先発隊をブチのめした後、僕らは指揮官と思われる人狼なラジュアさんと話し合いの場を持ったというわけ。
一応、このラジュアさんの名誉のために言っておくけど、偉そうにしてただけあってか、他の兵士よりは粘りを見せたよ。
他のヒトたちが一発で沈んだり、のたうち回ったり、あっけなく戦意喪失する中にあって、メイさんの手加減パンチや微調整キックを四、五発耐えた。
単体の強さ的には、ラジュアさんも他の兵と横並びだったから、たぶん、指揮官という立場的な意地で耐えたんだろう。そこは素直に称賛したい。
「あー……なら、僕らを捕らえて護送するという、本来の任務通りで構いませんよ? 護送先では、ラジュアさんたちの失点にならないようにしばらくはおとなしくしておきますけど?」
『そ、そのような恥知らずな真似ッ! アークシュベル軍人としてできるはずもない……ッ! くそッ! い、いっそ殺すがいいッ!!』
あからさまに僕らを舐めてかかるという……初動こそ致命的にミスったけど、ラジュアさんは気骨のある軍人さんのようだ。
うーん……こういうヒトをあんまり追い詰め過ぎると、自分たちごと船を沈めたりする〝死なば
どうしたものかな?
ここが海の上じゃなければ、ブチのめして終わりでも良いんだけど……陸地に辿り着くまではそういうわけにもいかない。
脅しを掛けるにしても、航海の間ずっと船員たちを見張っておくなんて現実的じゃないし、僕らじゃ普通に数が足りない。
あれ? 実は今ってかなりのピンチなんじゃ? おとなしく捕まったフリしてた方が良かった?
んー……僕だけならともかく、メイちゃんやレオが無抵抗で酷い扱いを受けるのは……流石に看過できないかな。あと、ついでではあるけど、捕虜生活を終えたばかりのノアさんたちへの配慮も必要だろうし。
そう考えると、ラジュアさんたちに命懸けで抵抗されると……。
『……イノ殿。少しよろしいか?』
「え? あ、はい。どうしました?」
現実のヤバさを実感しつつあった僕の思考を中断するのはノアさん。
『このラジュアという者は気概のある兵と見た。そもそも、アークシュベルの兵はよく鍛えられている。一時的ならいざ知らず、武力による脅しだけで心底から我々に屈することはないだろう。隙を見せればいずれはやり返される。しかし、ここは海の上。この者たちを皆殺しにして終わりというわけにもいくまい』
「え、ええ。その通りですね。僕らだけで船を動かすことができない以上、操船のための人員を迂闊に殺したりはできないし……かといって、このままだと、どうしても航海中に反乱の恐れが残るでしょうね」
よく考えれば当たり前の話だ。
ダンジョンシステムの恩恵もあり、今の僕らならば、アークシュベルの平均的な兵士に〝オレtueee〟できるのは分かったけど……逆に言えば、それくらいしかできない。
ダンジョン学園の時と同じ。
組織的な物量で圧倒されると逃げるしかないし、社会的な資源や地位を封鎖されると詰む。
まぁここは異世界なんだし、社会的な地位の保証なんかはある程度無視しても良い上、ダンジョンシステムの〝ストア〟を使えば衣食は賄えるから、学園の時よりも多少の無茶はできそうだけど……海の上という今の状況が、物理的に不味いのに変わりはない。
〝オレtueee〟ができても船は動かない。脅しに屈しないヒトたちを従えさせる手立てがない。
『……イノ殿。私は今、これまでの苦難はすべて女神の思し召しだと感じているのだ。今の状況こそがそうなのだと。私は女神の使命として、我がラー・グライン帝国を終わらせる。しかし、どうやって? 私はそのことをずっと考えていた……』
「はい?」
あれ? ノアさん、ここに来てまたおかしくなっちゃったのか? 急に怪電波を発し出したんだけど?
『ラー・グラインは沈みつつある。まさに斜陽の国だ。腐敗した政治、地に堕ちた皇帝の威光、皇室を操る元老院や議会、私腹を肥やすだけの貴族議員、天災に人災、度重なる増税に反発するように民衆の蜂起も各地で起こっている。いや、民衆だけでは済まず、貴族やその代行官が任された領地ごと帝国から離反する事例も増えている。そんな状況で、精強なアークシュベルとの戦争だ。もはやラー・グライン帝国に輝かしい未来などない……』
「ええと……? ノアさん?」
『若様! またですかッ!?』
『おいおい……勘弁してくれよ……』
マジかよ……もうトリップはいいから。ラジュアさんもポカンとしちゃってるじゃん。
ん? ポカンとしてる?
あれ? ラジュアさんにもノアさんの言葉が通じてる?
あ、そうか。僕のパーティメンバーになったから、ノアさんたちにも翻訳アイテムの効果が出たのか。
『アークシュベルの……ラジュア殿と言ったな? 私の言葉は通じているはずだ。聞いてくれ、私は人族を中心としたラー・グライン帝国の者だ。私は非正規の捕虜として、見世物のように檻に入れられた状態でアークシュベルの各地を巡らされた』
『……?』
ラジュアさんが〝こいつ、何言ってんだ?〟みたいになってる。そりゃそうだ。僕らだってそうだよ。
『そこで私は見た。アークシュベルには、多種多様な種族が共存する社会がある。文化がある。我らが薄汚い魔物だと断じた種族たちが、種を超えて友愛の情を示し合い、同族で子を育み、喜び、悲しむ姿があった』
おかしい。あきらかに異常なマナの昂りをノアさんから感じる。
これは……何らかの魔法かスキルを発動しようとしてる?
だけど、僕の〝プレイヤーモード〟は危機を感知してない? こんなにも異常なのに?
「……レオ、私の傍に来て。イノ君、ノアさんから離れて。さっきのテンションがおかしいだけの時とは違う……! 今のノアさんはあきらかに異常……ッ!」
「メイ様? わ、分かった!」
『わ、若様!?』
メイちゃんはノアさんに何らかの危機を感知してる。当たり前だ、こんなの普通じゃない。だけど、僕の〝プレイヤーモード〟は今のノアさんを肯定してる?
『ノア様よッ! 訳の分からないことをほざいてないで正気に戻りやがれッ!』
グレンさんが力尽くでノアさんを制しようとするけど……。
『ぅがッ!?』
ノアさんはグレンさんに軽く手を上げて視線を向けただけ。
『グレン。私は今、ラジュア殿と話をしているのだ。すまないが邪魔をしないでくれ』
『な、なんだ……ッ!? あ、足が動かねぇ!?』
それだけで、グレンさんが縫い付けられたように動けなくなる。やはり、何らかの魔法かスキルだ……!
『ラジュア殿よ。貴殿は多様な種族が共存する、今のアークシュベルの在り様に疑問を持ったことはあるか?』
『……な、何を言ってる……?』
『言葉の意味は分かるはずだ。答えてくれ』
『ッ!?』
ラジュアさんの肩に軽く触れる。ノアさんがナニかを仕掛けた。グレンさんの動きを封じたモノと同じなのか?
『ぐ……!? わ、わわ、私は、い、今のアークシュベルに疑問など……ない。多様な種族の共存? 私にとっては、生まれた時からそのような環境だったのだ。今さら疑問など……あるはずもない! むしろ、貴様らのように意味もなく血縁や同種族だけで群れる方に違和感がある……ッ!』
ラジュアさんはノアさんに逆らえない。質問に答える。間違いなく、ノアさんは強制力を伴うナニかを操っている。だけど、洗脳とか傀儡化というほどでもない? ラジュアさんは自身を保ったまま?
『だが、貴殿らの部隊は、見たところ同じような種族で固められているようだが?』
『我らの部隊は人狼族が主だが、それは、閉鎖された船内で長い時を過ごすための配慮として、同種族や生活習慣の似た連中で固められているだけだ……!』
『なるほど。多様な種族の共存を当たり前としながら、利便性や目的に応じて合理的に対応する。アークシュベルの在り様……やはり、我らラー・グライン帝国は……オウラ教会は、女神の教えを歪んで理解していたのか……』
何なんだ? ノアさんは僕のパーティメンバーに……〝
「ノ、ノアさん……? 一体何の話をしてるんです? ついさっきのメイちゃんじゃないんですけど、僕らにも分かり易く、端的に説明してもらえますか?」
声掛けに反応して、ノアさんが僕に視線を向けた瞬間。
ステータスウインドウが強制的に起動する。
『スキル《女神の使命:感化》を無効化しました』
無機質な音声付きのシステムメッセージ。
『くッ!? す、すまない、イノ殿! まだ女神の恩寵を制御しきれていない! 私は貴殿に害意を向けたわけではないのだッ!』
焦ったように、勢いよく僕から視線を逸らすノアさん。
……はは。やっぱりスキルが発動していたのか。
《女神の使命:感化》……ね。
女神の使命とやらは意味不明だし、そこからは効果のほどが推察しにくいけど、後ろに〝感化〟って付く以上、相手を自分に同調させる……みたいな感じ? ヘルプ欄に追加されてないかな。落ち着いたら確認しないと。
「……いえ、大丈夫ですよ。どうやら僕にはそのスキルは通用しないようですしね。それよりも、説明してくれますか?」
努めて冷静に振る舞うけど……内心では少し焦る。流石にこのスキルは不味いんじゃ?
ラジュアさんはともかく、彼のスキルはグレンさんにも通じた。つまり、パーティメンバーにも効果を及ぼすことが可能ってわけだ。
僕がスキルを無効化できたように、〝
僕の中でノアさんへの警戒が三段階くらい引き上げられるけど……相変わらず僕の中の〝プレイヤーモード〟は沈黙してる。
何なんだよ、コレ?
どんなイベントが進行してるんだ?
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