第6話 不穏
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「……ねぇ。そりゃ私たちはこの世界においては部外者だし、クエストのクリア以外のことをごちゃごちゃと考えるのは止めようって話もしてたけどさ……イノやメイ様はこのままで良いと思ってる?」
割と真剣なトーンでレオが投げ掛けてくる。痛いところを突いてくる。レオの言わんとしてることが、至極真っ当なのは僕だってよく分かってる。たぶん、メイちゃんも。
中途半端にブレない。
確かに、そんな風に僕らは話し合った。少なくとも、この異世界を脱するまで、クエストを完全にクリアするまでは、余計なことに気を取られないようにしようってね。
ただ、今回の件については、〝中途半端〟でも〝余計なこと〟でもない気がする……だけど……。
「……イノ君。私は〝今のノアさん〟はあきらかに危険だと思う。でも、クエストは……ダンジョンシステムは〝今のノアさん〟を肯定してるんでしょう?」
〝今のノアさん〟。
『女神ガー!』『神の愛ガー!』とテンションのおかしい高笑いをするキャラだったのが懐かしい。あれも確かにヤバかったけど、今のノアさんは別の意味で色々とヤバい。いや、ノアさんというより、彼の扱うスキル《女神の使命:○○》シリーズがヤバいというべきか。
「……ええ。少なくとも、《女神の使命》というスキルに対して、僕の中の〝プレイヤーモード〟は危機を感じてませんし、クエスト内容にも変化はありません。〝ラー・グライン帝国首都への到着〟と〝ノアの生存〟というクリア条件だって同じです。つまり、あのヤバいスキルを操る〝今のノアさん〟は、ダンジョンシステムやクエスト的には織り込み済みなんだと思います」
厄介なのは、ダンジョンシステムは現状に介入してこないってこと。今の状況をシステムなりクエストは問題視してない。なんなら、予定通りのイベント進行という具合なのかもね。
『……イノ殿。若様は女神を熱心に信奉するような方ではありませんでした。むしろ、〝神〟という存在やその教えには懐疑的であり、批判すらしていました。また、帝国の今の在り様にも常々疑問を抱いており、〝私が帝都で力を持っていたなら……〟と仰ることも……』
今、僕らはアークシュベル軍の船の中。船室の一つにいる。ジーニアさんとグレンさんもだ。ぶっちゃけると軟禁状態にある。
で、ノアさんはここにいない。
彼は目覚めた。
パーティメンバーとか〝
うん。嘘だ。ナニかなんてのは誤魔化しに過ぎない。僕は知ってる。前世の記憶にいくつかの事例がある。
神の子。
預言者。
救世主。
強権を振るう独裁者。
カルト教団の教祖。
そんなナニか。
『……チッ。まさかノア様にあんな大それた考えがあったなんてな。しがない平民でしかない俺にはさっぱり分からん世界だぜ……』
『グレン殿。……ですが、私には少し若様のお気持ちが分かる気がします。もちろん、今の若様のやり方を全面的に認めるわけではありませんが……』
独白のようにジーニアさんが語る。
彼女は代々皇室警護として仕える由緒正しい貴族階級の出身で、帝都で生まれ育ったそうだ。彼女も家業として、いずれは軍属として皇室警護の道へ進むはずだったんだけど……呆気なくジーニアさんの将来は閉ざされた。
ジーニアさんが、とある皇族の者に見初められてしまったことが不幸の始まり。
その皇族の者から〝是非とも我が
ただ、当時の彼女はまだ十四才になったばかりの身。
流石に彼女の父や祖父はどうかご勘弁をと慈悲を願ったらしいけど、その皇族の不興を買い、ジーニアさんの父と祖父は様々な汚職の罪をでっち上げられて投獄、ろくな裁判もなく処刑というあまりな結果に。
積み重ねて来た家の歴史もあっさりと潰えた。
残された母や祖母、兄弟姉妹を守るために、ジーニアさんは件の皇族に身を捧げることを決意したそうだけど、その時、あまりにも無法であり横暴だと、真っ向からその皇族に意見をぶつけて、問題を明るみに出したのが若き日のノアさんだったらしい。
だけど、ノアさんの奮闘も虚しく、結局ジーニアさんの家は取り潰しとなり、名誉の回復もできなかったらしい。ただし、彼女の母や祖母、兄弟姉妹の身分の保証は守れたんだとか。当然ながらというのもあれだけど、ジーニアさん含む兄弟姉妹は皇室警護の任に就けるはずもなく、母と祖母を帝都に残して、皆は各地に散り散りになったそうだ。
結果として、ノアさんも……同じ皇族でありながらも皇族に歯向かった……ようは身内を斬り付けるような真似をしたとして疎んじられ、辺境への放逐のような形でライノール砦を任されることになったらしい。帝都で居場所を失ったジーニアさんも、ノアさんの辺境行きに付き従うことに。
『若様は〝一部の特権階級者が好き放題に振る舞う現状を何とかしなければ、帝国の滅びも近い〟と、常日頃から仰っていました。〝無力な自分が恨めしい〟……とも。女神や神の教えについては〝もし女神とやらが実在するのなら、苦しみ悶える帝国の民を何故に救ってくれないのか。腐りきった皇室や議会に神罰を与えないのは何故だ〟……などとも口にされていました』
そんな悶々とした日々を過ごす中で、アークシュベル王国の侵攻が目前に迫り……ライノール砦は陥落。
で、彼らはアークシュベルに囚われの身となったらしい。
ちなみに、ノアさんたち一行が非正規の捕虜として各地を連れ回されたのは知っていたけど、その期間は一年近くにも及んでいたらしい。……よく無事だったものだ。
「……ノアさんが前々から帝国の在り方に疑問を持っていたのは分かりました。本来の彼が敬虔な女神信者じゃなかったのも。それで? ジーニアさんとグレンさんはどうしますか? このまま〝今のノアさん〟に付き従い、アークシュベルと共にラー・グライン帝国を攻めますか?」
ノアさんは《女神の使命:感化》を用いて、自らの思いや考えなどを、ラジュアさんをはじめとしたアークシュベル兵たちに振り撒いた。
おかげで、僕らは船で安全に陸地まで運んでもらえることになったよ。でも、同時に《女神の使命》系のスキルのヤバさが浮き彫りにもなったわけ。
当初はアークシュベル軍人として毅然とした態度を貫いていたラジュアさんだったけど、今ではすっかりノアさんの
当初は、強制力はあるけど洗脳や傀儡化というほどに強力じゃないかも? なんて考えてたけど甘かった。
《女神の使命:感化》は普通に洗脳だ。
使われた相手は、自ら望んでスキル使用者の意に沿うようになる。
予想通り、〝
他のヒトたちよりはまだスキルへの抵抗値が高い設定みたいで、一時的に身体の自由を制限されるけど、思考や思想まではあまり影響を受けない感じ。だけど、《女神の使命:感化》がメイちゃんたちに効果を及ぼすことに違いはない。
しかも、それらはあくまでノアさんの協力の下でのお試しの結果に過ぎないから、彼が敢えて効果を弱めて〝フリ〟をしてる可能性すら考慮しないと危険だ。
『……私は若様に従います。若様が授かった女神の使命とやらに興味はありませんし、私ごときに正邪の判断はつきません。しかし、どんな時であろうと若様に付き従うのが、従者兼護衛の私の役目です。そこは変わりません』
心の内に迷いはあるようだけど、ジーニアさんはそう語る。
『……ふん。俺も別に女神の使命とやらはどうでもいいが……ここまで来たんだ。ノア様と共に行くしかねぇとは思ってる。だが、ノア様が自らの意思でイノ殿たちと対立するというのなら……悪いが俺は付き合い切れねえ。抜けさせてもらう』
『グレン殿……?』
お? 仲間を思う熱いハートを持っているグレンさんは、何だかんだと言いながらも、最後までノアさん側だと思ったんだけど?
『何を驚く? 別にジーニアが〝今のノア様〟のお伴をするのは勝手だが、俺にも考えくらいはある。薄気味悪いガキではあるが、イノ殿が俺たちの命の恩人なのに違いはない。正気を失ってわけも分からずに……というならまだしも、命の恩人を〝邪魔だから排除する〟ような忘恩の輩には付き合い切れん。状況が許すなら、イノ殿に手を出す前に、俺がノア様を害することになるかもな』
いや、グレンさんが筋を通そうとするのは分かったけど、わざわざこの場面で僕のことを薄気味悪いガキとかいう必要なかったでしょ? 普通に傷付くからな?
「ま、まぁ……ざっくりとですが、ジーニアさんとグレンさんの考えは分かりました。どちらにせよ、しばらくはノアさんに付き従うという形になるのも。ちなみに、僕は自分の
問題はここ。〝今のノアさん〟がこのまま女神の使命とやらを果たすために行動するなら、ゆくゆくは帝都に辿り着くとは思う。でも、それはアークシュベル軍と共にって感じになる。ようするに戦争の結果としてだ。
メイちゃんやレオの一線を越える云々の心配も分かるけど……僕としては、すごく時間が掛かりそうっていうのも気になるところだ。
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『……イノ殿。どうだろう? 考えてくれただろうか?』
船室……といっても、今まで僕らが放り込まれていた場所とは違って、かなりゆったりとしたスペースがある。調度品とかも何となく質が良さそうだし。いわゆる船長室的な場所。
本来はこの船の長であるアークシュベル軍のラジュアさんが座るはずの椅子に、ごく自然に上位者として座っているのはノアさん。
そして、まるで彼の副官の如く、斜め後ろに直立不動で控えているのは、この船室の本来の主だったはずのラジュアさん。
状況は大きく変わってしまった。まだノアさんが僕らを〝女神の使徒〟として接してくれているのが救いだね。
「考えはしましたが、やはり僕には判断できません。そもそも、僕らは異邦人ですからね。ラー・グライン帝国やアークシュベル王国の在り様に物申す資格などありませんし、ノアさんの思想や行動にしても、肯定も否定もできません」
『そうか。イノ殿は思慮深いな。安易に流されず、状況を俯瞰して見ている。それは得難い資質だと思う。使徒として選ばれるだけのことはある』
僕が思慮深いだって? はは。メイちゃんやレオが聞いたら失笑モノだろうね。そりゃ僕だって色々と考えはするけど、振り返ると決して〝深く〟はない。失敗や勘違いだらけだ。……くそ。自分で言ってて悲しくなるな。
あ、ちなみにノアさんと相対しているのは僕だけ。他のメンバーは元の船室で軟禁状態のまま。人質的な意味もあるんだろうね。船の上でどうせ逃げられないのに、念入りなことだ。
高笑いしながら女神の愛を語っていたノアさんには話が通じなかった。いちいち話しかける間もないほど、訳の分からないことを捲し立ててたっけ。
理知的な雰囲気を纏って落ち着いて見えるけど、実のところ、今のノアさんにも微妙に話が通じなかったりする。
以前が〝動〟とか〝陽〟だとしたら、今は〝静〟とか〝陰〟な感じ。
どちらにせよ、ノアさんの内側に渦巻くのが、女神への狂おしいまでの愛だとか信仰であるのは変わらない。僕からすればどちらも〝オカシイ〟ってカテゴリーだ。
「僕が女神の使徒だのというのは面倒なのでスルーしますけど……ノアさんの方こそ、考えは変わらないんですか? このままアークシュベル軍に合流し、祖国であるラー・グライン帝国を攻めるつもりですか? ジーニアさんのお母様やノアさんのご両親だって、帝都で暮らしているとお聞きしましたけど?」
《女神の使命:感化》のスキルに目覚めたノアさんは語っていた。
今のラー・グライン帝国を終わらせると。それこそが女神が私に望むことだと。そのために、私はアークシュベルと手を組むんだと。
捕虜として各地を連れまわされた時はそんな余裕もなかったが……よくよく考えてみれば、アークシュベルは多種多様な種族が共存している。
もちろん、綻びや淀みも多いだろうが……それでも、今の人族至上主義に凝り固まり、腐敗臭を垂れ流すラー・グライン帝国よりは、アークシュベルのやり方の方が遥かに上等ではないかと疑問を持った……とか何とかかんとか、云々かんぬん……だってさ。
うーん……そりゃ僕らの社会だって〝多様性を受け入れましょう!〟〝お互いがお互いの個性や人格を尊重し合いましょう!〟なんて言ってはいるけど、あくまで人族限定……ニンゲン同士の話だ。
僕らの住む日常の風景にゴブリンが普通に実在してたら、〝これも多様性なのだから受け入れましょう!〟……とはならないでしょ。
もちろん、ルフさんのような理性的なゴブリンたちが、長い年月を掛けて融和を求めた結果ならいざ知らず、ファーストコンタクトからお互いを認め合えるとは思えない。
人種の違いはあるけど、あくまで生物としてホモサピエンス同士に違いはないからこその〝多様性を認めましょう〟ってやつでしょ。
まぁ〝家畜やペットに福祉や権利を!〟なんて活動もあるけど、流石に〝ペットにも人と同じ権利を認めろ!〟というのが主流ではないはず。一部にはそういう人たちもいるのかもしれないけど、ここでは割愛だ。
どちらかと言えば、僕の知ってる社会はラー・グライン帝国に近いのかもしれないけど、別にアークシュベル王国だって、多様な種族を内包するからといって、種族や生まれによる差別や格差がないわけでもない。
アークシュベルという国は、純血種からハブられたハーフエルフたちが建国したらしく、異種族の混血が持ち上げられ、純血種族の者が疎まれているとも聞いた。
普通に生まれで差別されてる。
そもそも〝王国〟なんだし、王侯貴族なんかの身分による格差も当たり前にあるだろうしね。
アークシュベルが、ノアさんなり女神とやらの望む理想郷なわけもない。
正直なところ、僕としてはラー・グラインもアークシュベルもどっちもどっちって気がしてる。
双方に利点や美点もあるし、欠点や汚点もある。
国や文化の形式が違うからといって、一方の側はすべてが上手くいってる……なんてのは有り得ない。
『イノ殿よ。私の考えは変わらない。このままアークシュベルの者と合流し、私はラー・グラインを攻める側に立つ。女神は今の私を祝福してくれている。女神は種族を超えた真の調和を望んでいる。できれば被害を抑えたいとは思うが……ここで流れる血は理想郷への礎。これはすでに聖戦なのだ。……それにイノ殿。私は仮に女神の使命がなくとも、今の帝国の在り様を是とはしていなかった。強き者はどこまで強く、弱き者はとことん弱い。強き者は何をしても許される。弱き者は何もできない。法制度や神の教えすらも、強き者が自身に都合が良いように捻じ曲げる有様。そのような国が健全であるはずもない』
「……そうですか」
危ういね。
強き者の専横が許されないと語りながら、自分はヒトの意思を捻じ曲げる凶悪なスキルを用いてる。
そんな今のノアさんは、紛れもなく彼の語る悪い意味での〝強き者〟でしょ? って話だ。
今のノアさんはそんなことにも気付かない。いや、気付いていてもスルーしてる。〝自分は違う〟ってな感じで。はは。ある意味では滑稽だね。
善良な者が、ある日、特別な力を得ることになりました。
その力を使い、善良な者はかねてから考えていた自らの理想を叶えるために邁進するようになったのです。
そして、その理想を追い求める中で、いつの間にか善良な者は、皆に恐怖を振り撒く悪辣な支配者となり果てていたのです。
ってか?
陳腐だけど、古今東西どこにでもありそうな物語だ。
悪いけど、今のノアさんからは、どうあってもハッピーエンドの気配がしない。それどころか、陳腐な物語と同じ結末を辿りそうな予感がプンプンしてる。
「ま、確かに約束はしましたしね。〝お互いがお互いの使命を果たすために共闘する〟って。前にも言いましたけど、僕のこの度の使命はノアさんを生かした状態で帝都へ辿り着くことです。その条件がクリアできるなら……ノアさんの使命を否定はしませんよ」
『……そうか。つまり、イノ殿は我が使命を否定はしないが、積極的に賛同もできないと?』
「まぁ……そういうことになりますね。もちろん、ノアさんの命を守るための行動は積極的に取りますが……」
本当に危ういね。
あくまで僕は否定も肯定もしないというスタンスなのに、僕の回答を聞いて、傍らに控えているラジュアさんの瞳が剣呑な光を帯びてるよ。押さえてはいるけど、普通に敵意に近いモノをぶつけてくる。
何が〝感化〟だよ。これじゃまるでカルトだ。しかも、感染力まであるときた。
直接ノアさんがスキルを行使しなくても、その効力は拡散されていった。
女神の使命を帯びた、いわば神の代行者であるノアさん。そんなノアさんを熱狂的に信奉するカルト集団。
すでにこのアークシュベルの軍船……だけじゃなく、交易船のヒトたちもそうなってる。
僕らは身の安全は表向き確保されてる感じだけど……今のノアさんに対して否定的な態度を取ると、カルト信者にあっさり始末されそうな危うさが漂ってる。
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