第22話 川神陽子の後始末(する側) 1
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学生証の特別仕様のアラートが鳴る。目に眩しい赤色灯的な光込みで。
設定的に他の生徒たちには、この特別仕様のアラートは聞こえないし、警告灯も見えない。だけど、そのお陰で、いきなりの事で思わず声を上げてしまい、周囲からは授業中に突然奇声を発するヤバい奴扱いされてしまった。先生と教官に事情を説明して、一応、他の生徒にも分かってもらえた……はず。
とにかく、滅多に使われないと聞いていた機能だけど、私と
当然、今の私たちには招集を無視するなんて選択肢はない。学生証の示す地点……学園の本棟へと即座に向かう。
「どうだ?
途中で合流した
ダンジョンが……〝
彼が聞きたいのは、その具体的な内容についてだ。
「悪いけど、私にも分からない。ダンジョン絡みなのは間違いないとは思うけど……呼び出しの理由やその事情はさっぱり分からない。一体何があったんだろ?」
「わざわざ俺たちを緊急で呼びつける以上、あまり愉快な話じゃなさそうだな」
獅子堂の見立ては正しいと思う。
私たちは現状学園側の監視付きなわけだし、身勝手な行動が許されていない。
そんな私たちをこんな風に、他の生徒たちにお構いなしなやり方で呼び付けるなんて……嫌な予感しかしない。これは学園側にとっても不測の事態のはず。
〝実はただの訓練でした〟なんて言われると、一時的にクラスメイトにヤバい奴扱いされただけなんたけど……それはそれでちょっとね。
もちろん、そういうのを含めて、馬鹿を仕出かした私たちへのペナルティだと言われると受け入れるしかないんだけど……地味に嫌だ。
「とにかく、本棟の正門まで来いって指示みたいだね」
「……らしいな」
実のところ、この時はあまり深く考えてなかった。呼び出されたから指示に従っただけ。
まさか
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指定された本棟の正門に到着したところ、そこには市川先生と長谷川教官が私たちを待っていた。ううん。それだけじゃない。教官たちだけじゃなく、その場には殺気立った学園の警備部門の人たちや、少し離れた場所には現役の探索者と思われる人たちもいる。
まさに現在進行形で、緊急事態が発生しているのが見て取れた。
「……来たか。とりあえず、今から事情を説明するが、質問は後だ。一通り説明が終わるまでは口を挟まず黙って聞け。いいな?」
「は、はい、分かりました……?」
「……分かった」
くたびれた雰囲気を纏う、見るからに消耗している長谷川教官。少なくとも本調子にはほど遠い様子。そんな彼が、億劫そうに口を開く。私たちに事情を聞かせてくる。
「……まず、本棟は元々関係者や特段の用事がある者以外は立入禁止となっていたが、現在は緊急事態として第一級の立入禁止措置となった。これは、簡単に言えば誰も立ち入るなという措置だ」
「「……」」
もうこの時点で嫌な話だ。それに、長谷川教官が話をしている最中だけど、どうしてもその後ろにある本棟が目に入る。入ってしまう。
どういうわけか、私の中の〝光〟が……イノ曰くの〝ダンジョンシステム〟が反応する。
『エラーコードを確認しました。エラーコードの無効化プログラムをインストールします』
そんなメッセージが頭の中で響き、同時にナニかが私の中に流れ込んでくる。私の中でそのナニかが急速に組み立てられていく。
インストール。
これは、イノから色々とダンジョンシステムについて……〝
ステータスシステム。
クラスチェンジプログラム。
パーティ登録コード。
そんな諸々が、イノから説明を受ける度に私の中に流れ込んで来た。あの時と同じだ。
私という〝
「現在の本棟では、《テラー》と《ヴァンピール》が徘徊している。スキルの効力が強力な状態でだ」
初っ端から、教官の語る内容の意味が分からない。思わず質問が口から出そうになるけど、教官の鋭い視線に制されて口を
「これまで、ダンジョン症候群によるマイナススキルについては、発生源である当人をダンジョンゲートから遠ざけた上で、マナ封じの処置を施した本棟に隔離するという方法で抑え込んできたのだが……今回の《テラー》と《ヴァンピール》は、ダンジョンの中と同等と思われるほど強力な症状が出ている。つまり、ダンジョンの恩恵がない我々では、まともに近付くことすらできないという状況だ」
ダンジョンの中と同じ……ということは、『呪物』騒動の際の
なるほどね。エラーコードの無効化……つまりはそういうことか。
「……もうここまで言えば分かるだろうが、川神と獅子堂を呼んだのは、ダンジョン症候群のマイナススキルが効かない可能性があるからだ。井ノ崎や
気怠げに語る長谷川教官。この様子だと、すでに教官は接触したんだろう。で、為す術もなく撤退した……と。たぶん、ここに集まってる他の人たちも同じ。
「……教官、質問してもいいだろうか?」
話が一段落したと見て、獅子堂が軽く手を上げて聞く。長谷川教官は頷いて促す。……本当に辛そう。機嫌が悪いとかじゃなく、教官はかなりダメージがあるみたい。
「ダンジョン症候群については、川神と俺では無効化できなかった。井ノ崎や新鞍とは違う〝仕様〟だと確認されていたはずだ」
そう。私の〝
イノや新鞍さんができたという、『ダンジョン症候群のスキル無効化』は私にはできなかった。
ダンジョン症候群の人たちと面会させられたけど、スキルの影響をモロに受けてしまった。今回、騒動となってる西園寺理事の《ヴァンピール》も、以前に試した時は防いだり無効化したりはできなかった。
あくまでも以前は……だけどね。たぶん、もう今は違う。
それぞれで少しずつ〝仕様〟が違う〝
だけど、ダンジョンの中での実用的な機能は概ね同じ……というのが、現時点でのイノの見立て。
当然にそれらの検証内容や推論も学園には報告済み。
「……ああ。もちろん知っている。だが、今の我々には手立てがなくてな。ものは試しというやつだ。西園寺理事の研究データに直接アクセスできれば、他の手が見つかるかもしれんが……あの人は研究については秘密主義者だったからな。いざという時、研究データへのアクセス権限を持つ人間が誰なのかすらも分からないという有様だ。一応、学園側も調べてはいるが……何しろ、西園寺理事の側近たちは、軒並みお寝んねしている状況だからな……」
自嘲気味にそう語る長谷川教官。教官も西園寺理事の側近的な扱いだったと思うけど、研究データに関しては触れられない立場だったみたい。
まぁ……西園寺理事は、どちらかと言えばマッドサイエンティストな感じだったし、あんまり他人に研究をバトンタッチするなんて考えてなかったとか?
学園の設備や予算を使って研究してるくせに、その成果を自分だけで抱え込むというのは……それはそれでどうなんだろう? ま、別に今考えることじゃないけど。
「つまり、私に《テラー》や《ヴァンピール》の効果範囲に踏み込めということですね? やれと言われたなら私はやります。それに、確かに私はイノや新鞍さんと違い、ダンジョン症候群のスキルを無効化できませんでしたけど……たぶん、今は問題ないかと……」
「川神?」
ようは〝ダンジョン症候群のスキル〟こそが、システムが伝えてきた〝エラーコード〟というやつなんだろう。
で、そのことについて獅子堂は気付いていない。システムからのメッセージを受け取っていない。ということは、ダンジョンシステムによってバージョンアップがなされたのは、〝
確か……イノのパーティメンバーである
この〝エラーコード〟に対しては、私たちはそういう〝仕様〟なのかもしれない。
あくまでも、対処できるのは〝
「……ついさっき、本棟に視線を向けた際にダンジョンシステムのバージョンアップみたいなのがありました。〝エラーコードの無効化プログラム〟……というのが、私に実装されたようです」
「エラーコード……? まぁ……何にせよ、今は川神にチャレンジしてもらうしかない。あぁ……ただし、別に川神が命を懸けてまで試す必要もないからな? 理事たちのスキル効果範囲に足を踏み入れて、無理なら即座に引き返すだけだ。そのための人員も用意はしている」
あれ? 何だろう……どうにも以前の、
「……長谷川教官。私が無理だったなら、その……波賀村理事と西園寺理事は?」
「……ふっ。お前たちにはハッキリ言っておこうか。学園はすでに銃器の使用を検討している段階だ。つまり、川神や他の方法を試して無理そうならば、波賀村理事と西園寺理事を銃撃によって制圧する。現状の二人は、あくまでダンジョン症候群のスキルを撒き散らしているだけだからな。別にダンジョン内と同じような超人的な挙動ができるわけでもないし、他のスキルや魔法を使うわけでもない。マイナススキルの効果範囲外から狙撃すれば……それだけで事足りる」
「……」
遠距離からの狙撃。銃撃。
あっさりと長谷川教官は言ってのける。横で聞いている市川先生からも、これといって特別なリアクションもない。つまり、このダンジョン学園というのは、いざとなれば銃の使用すら検討できる組織なんだ……。
「あぁ……お前たちにはショックかもしれんが、別に以前の時も学園側としての解決方法はいくらでもあった。一番簡単なのは、ダンジョンゲートを封鎖して野里教官と浪速の二人が死ぬのをただ待てばいいだけ。しかし、流石に学園の生徒であり、実験の被害者でもある浪速を見殺しにできなかったという……前の時はいわば情状的な理由に過ぎない。それに、あの時は井ノ崎という
気怠い感じのまま、長谷川教官が説明してくれた。
うん。正直、当時の私や獅子堂にだってそれくらいのことは考えてた。見殺しにすれば……そもそも救出を諦めてしまえば、それ以上に被害は大きくならないって。
でも、改めて学園関係者からハッキリと言われると……ちょっとキツい。私は、まだそんな風に割り切れない。割り切りたくない。
「教官。つまり、今回の件については、波賀村理事と西園寺理事の救助に割く労力は少ないということなのか?」
獅子堂が問う。たぶん、私よりも彼の方が、こういう事については割り切れない
「その通りだ。だが、それはこのダンジョン学園の教職にある者については今さらのことだ。別にこれを機に二人の理事を始末したい……という陰謀的なモノもない。単にダンジョン絡みの災害については、個人の命よりも災害を抑える方が優先されるだけだ。当事者が学園関係者や探索者ならなおさらな。以前の時も、ダンジョン症候群を発症したのが野里教官だけで、彼女一人がダンジョンに取り残されていたなら……そのまま放置で終わりだった。あくまでも、あの時の救出作戦は浪速が……学園の生徒が巻き込まれていたからこそだ」
教官の……ダンジョン学園の言い分も分かる。何かの拍子にイノも言ってた。
『ダンジョン内の緊急事態って、基本的には自分でどうにかするしかないよね。救出に向かった人たちが全滅する可能性だってあるんだし。う~ん……山岳事故なんかと似た感じなのかな? ほら、エベレストとかの標高が高い山だと、遺体の回収すらままならなくて放置せざるを得ない……とかって聞いたことない?』
聞いたことはあった。それどころか、たとえまだ生きていても、自力で動けなくなってしまった以上、その仲間を置いて先へ進まないと自分たちの命も危ない。そんな過酷な状況もザラにある……なんて話すら聞いたことがあった。
でも、『へぇ……登山って命懸けなんだ』……ってくらいなだけで、当時は、ダンジョンダイブをする自分たちに置き換えて、真剣に考えられてなかった気もする。
今はそういう諸々も分かってはいるつもりだけど……やはり、見知った人なら助けたいとは思う。
別に正義の心に目覚めたとかでもないけど……罪滅ぼし的なことはどうしても考えてしまう。
どうしようもない〝やらかし〟をしてしまった私たちにチャンスをくれた二人の理事は、一応は恩人でもあるわけだし。もっとも、理事たちにとっては、私たちを飼い殺しにするための方策だったんだろうけど……それでもだ。
「……長谷川教官。市川先生。とにかく、私は二人の理事のスキルを無効化できるかどうかを試します。それで……もし、スキルを無効化できたなら、そのまま二人を取り押さえれば良いんですか?」
助けられるなら助ける。私にその力があるなら。よく分からない借り物の
「それは私の方からお伝えしましょう。川神さん、獅子堂君。長谷川教官はダンジョン学園の黒いやり方について、これを機に君たちに注意喚起を行うため、敢えてショッキングな伝え方をしていましたが……実のところ、二人の理事を救出する段取り自体は整っています。もちろん、銃器の使用も並行して話を進めてはいますがね」
横に控えていた市川先生が静かにそう語る。ただ、長谷川教官はどこかバツが悪そうというか、『余計なことを言うな』と言いたげだけど……。
それにしても、救出の段取りは済んでるんだ?
「これは井ノ崎君にもお伝えしていませんでしたが……ダンジョン症候群のスキルを無効化できる人材というのは、別に〝
「?」
イノにも伝えていない? ……もしかして、〝
あ!? 何でここにッ!?
「市川先生。連れてきましたよ。ふふ。本人はブーブー文句を垂れていましたけど……」
「ありがとうございます。
新たな登場人物。塩原教官と呼ばれた女性が連れて来た。
私が知ってるのはロングだったけど、今は燃えるような赤毛をバッサリとショートにしてる。
諸々があって憑き物が落ちたように……とはならなくて、今でも、どこか
獣染みた鋭さで、相変わらず目つきも悪い。
「……ふん。実際はそうでもないが……ずいぶんと久しぶりな気がするな。川神に獅子堂。どうにも、二人ともイイ子ちゃんになってしまったみたいだなぁ? ん?」
「……そういう教官は相変わらずですね。イノにぶちのめされて、ちょっとはおとなしくなったかと思ってました。イノにぶちのめされて、地べたを舐めさせられて……」
「く……ッ! いちいち繰り返すなッ!」
うん。やっぱり私、この
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