第21話 セーブ&ロード

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「ま、今回については流石にやり過ぎだとは言わないけどさ……ちょっと思うところはあるかなぁ……大叔母さんは親戚だし、何だかんだと言っても可愛がってもらってたしさ」


 そうぼやくのはレオ。……別に罵倒してくれてもいいんだけどね。そのくらいのことをやった自覚はあるし。


「……でも、学園を卒業して、大人になるまで待つというのはもう無理そうだったし、手段はともかくとして、私はイノ君の考え自体には賛成」


 とは言いながらも、メイちゃんが僕のやり方に全面的に賛同していないのは分かってる。たぶん、このままだと、そう遠くない内に僕がやらかして、なし崩し的にダンジョン学園と決定的に対立することを懸念してるんだと思う。今の内に行動を起こす方が、まだマシだろうという見込みでの賛成という感じ。


「とにかく、こうやって行動を起こした以上、さっそくに落とし前を付けてもらいましょうか。皇さんみたいに、全てを投げ捨ててダンジョンに姿を消すっていうのは、僕としては本当に本当の最後の手段にしたい……かな?」

「……私は、イノ君がその最後の手段を採用しない道を選びたい。勝手なことを言ってる自覚はあるけど……」


 皇さんの真似事は、メイちゃんにとっての〝一線を越えさせたくない〟っていうのに引っ掛かるみたいだね。


「ま、私なんかはこっちの世界で暮らすことが前提だから、ダンジョンに姿を消すなんてのは有り得ないけど……イノはそうじゃないっていうのは分かってるつもり。……大叔母さんたちを含め、学園側には改めてイノのそういう気質を伝えるよ」


 同じ前世持ちではあるけど、レオの人生はこのダンジョンが存在する狂った世界にある。そもそも、僕なんかとはダンジョンに対する〝仕様〟が違う。何ならレオは、この世界の探索者と比べても、深層へ向かうという欲求が薄い。あくまで、この世界で社会的に成功するためにダンジョンを利用したいというスタンス。


 何だかんだと言いながら、僕らも三者三様ってわけだね。


「……というわけで市川先生。波賀村理事にとりなしをお願いできます?」


 今、僕らはパーティメンバーでのんびりと話をしているけど、その周りは違う。


 周囲の床には呻きながら動けなくなってる人が多数。西園寺理事や長谷川教官を含む、ダンジョン学園の関係者たちだ。


 西園寺理事がいた執務室はそこそこの広さだったけど、今はかなり手狭になってる。倒れてる人たちだけじゃく、学園の警備部門の人たちも踏み込んできたからね。


「井ノ崎君。波賀村理事にはすでに連絡済みです。……しかし、なぜこのような暴挙に出たのです? 自分の行動の結果が分からないほど、君は愚かな子供ではないでしょうに……」


 ただ、警備部門の人たちは誰も僕らに近付けない。遠巻きに周囲を囲むだけ。それは僕らと面識のある市川先生も同じ。


 メイちゃんのでの本気仕様の《甲冑》と威圧によって、近付くことができない。誰も一歩を踏み出せない。すでに警備部門の人たちはメイちゃんの間合いの中だから。


「ええ。正直なところ、簡易版とはいえというのは、とんでもない〝機能〟ですからね。これまでの僕なら、学園側には秘密にして、いざという時の切り札みたいにしようと考えたでしょう」

「……なら、どうしてですか? いかに〝外〟で特異領域ダンジョン内と同じ能力が使えるといえど、個人の力だけで、社会的には……組織が相手ではどうにもならないというのは君も分かっているはずです」


 そりゃそうだ。どこぞの世紀末覇者がいるような世界線ならともかく、ダンジョン由来の暴力オンリーでどうにかできるなんて思ってない。目指すのは、あくまで交渉なり取引による落としどころだ。


 西園寺理事や長谷川教官をぶちのめしたのは、交渉材料を示すためのプレゼンみたいなもの。いや、メイちゃんに洗脳を仕掛けてきたのは普通にムカついてたけどさ。


「市川先生。波賀村理事には前にお話ししたことなんですけど、学園が僕……〝超越者プレイヤー〟という特異なサンプルを前にして強硬手段に出るなら、その時はその時だと諦めています。でも、一度なってしまえば……かつての皇さんのように、何となくのなんてモノは僕の中では有り得ません。今回の西園寺理事のを、僕は敵対行動、強硬手段だと判断しました。だから、もう学園側からの思わせぶりな態度や言葉だけのゴメンナサイなんて受け付けません。なぁなぁでは済ましません。この先にあるのは、条件によって応じる僕のだけです。さぁ、学園は僕に対して何を差し出しますか?」


 舐められたら負け。どこぞのヤンキーみたいな論理だけど、そろそろ学園からの『別に良いんだよ? でも、逆らえば分かってるよなぁ? ん?』的な暗黙の脅しにうんざりしてたところだ。こっちが反撃しないと思って、際限なく調子に乗るなよ? ……ってね。 


 今回の『帝国へ続く道クエスト』クリアの報酬である〝新機能の開放〟。


〝テレパス〟はクエストクリアの報酬じゃなくて、あくまでも進捗状況に応じて開放される機能だったらしい。


 で、改めてクリア報酬で開放されたのは、そのままズバリな〝ダンジョンゲート(簡易版)〟。


 ステータスウインドウから選択することで、ダンジョンゲートをその場で即時展開するというモノ。


 使用には一定の条件があるんだけど、使い方次第で、ダンジョンの中と同じスキルや魔法を〝外〟でも使える。使えるようになってしまうという……トンデモ機能だ。


『呪物』騒動の際に聞いた。


 九條くじょう理事の理想。


『ダンジョンの外で魔法やスキルを使用することができたなら……そのようなヒーラーが救急車に乗り込むだけで、一体どれほどの命が助かるか』


 主に救急医療の場面を想定し、ダンジョンシステムによる魔法やスキルの活用を訴えていたらしい。それが九條理事の研究のスタートだったそうだ。


 だからこそ、マイナススキルではあるものの、現に〝外〟でスキルを垂れ流していたダンジョン症候群に目を付けた。


 あと、〝外〟で魔法やスキルが発動するメカニズムの解明と並行して、『そもそもの話、ダンジョンゲートを持ち運ぶことができないだろうか?』みたいな研究にも力を入れていたらしい。


 結局、九條理事派の研究は目に見える成果を上げることはできなかったんだけど……そんな彼らのゴールは〝超越者プレイヤー〟が持っていたらしい。


 一定の条件下でなら、僕はゲートを任意で出し入れできるようになった。つまり、ダンジョンの外で十全にスキルや魔法を使える。


 九條理事が目指したように、今の僕が事故現場や急病患者のいる場所へ急行すれば、《白魔法》によって多くの人の救命措置ができると思う。


 同時に、数の暴力や社会的な立場を度外視すれば、単純な個人の暴力で今の僕を止めるのも困難だろう。


 ……まぁ、マシンガンとかで間断なく雨あられと銃弾を浴びせられたら、現実的に対処し切れないだろうけど。


 全力の《纏い影》やメイちゃんの《甲冑》なら、もしかすると銃弾の雨すら防げるかもしれないけど、個人的には絶対に試したくない。


「……波賀村理事が懸念していたことが、とうとう現実になってしまいましたか。西園寺理事は、井ノ崎君の気質を完全に見誤っていたようですね……」


 どこか諦めたように嘆息する市川先生。波賀村理事たちとは、何だかんだと付き合いもそれなりに長い。僕を追い詰め過ぎると、形振なりふり構わずやり返すだろうっていうのは、何となしに理解してくれていたと思う。


 場面によっては、波賀村理事だって平気で僕に脅しや圧力を掛けてきたけど、その場合は必ず、僕にとっての何らかの利益なりメリットを提示してくれてもいた。


 だけど、今回の西園寺理事は違う。一方的に仕掛けてきた。


 事前に相談を受けていたら、また少し話は違っていたのかもしれないけど……西園寺理事にとって、僕個人の感情や利益なんてのはアウトオブ眼中(死語)だったらしい。


 ま、結果論ではあるけど、西園寺理事の余計なちょっかいにより、今回のクエストに強制参加させられ、そのクリア報酬によって、僕は堂々とやり返すだけの力を……学園との交渉材料を得た。


 ばんさいおうが馬ってね。


「すみません。市川先生。長谷川教官が言ってくれたように、本当は波賀村理事を間に挟む方が良かったとは思います。でも、そうなれば、この先も今回のような事が起きたはずです。付き合いのない理事なり権力者なりが、僕を一方的に利用しようとする……みたいなことが。悪いんですけど、西園寺理事はいわば見せしめです。それに、交渉が決裂するのなら、僕はダンジョン症候群の罹患者を再発させて回ります。当然その後の治療なんてしない。やるだけやって、僕はダンジョンに姿を消します。今や自前のゲートを持ってますからね。ゲートを閉じてしまえば、誰も僕を追えない」

「覚悟の上での行動ということですか……」

「ええ。当然に僕は覚悟してます。むしろ、覚悟を決めるのは学園の方では? 〝学園の生徒〟として、いつまでも僕を便利使いできると思うなよ……ってところですね」


 正直なところ、ダンジョン学園はまだまだ利用価値の方が高い。学園の庇護下にいるというのは、僕的にはデメリットを上回るメリットがある。それは間違いない。


 だけど、このまま学園に使い潰されるくらいなら、いっそご破算にしてもいい。


 罹患者の近くでゲートを開き、ダンジョン症候群を再発させて回るのもハッタリじゃない。こっちは完全に本気だ。やってやれないこともない。


 そうなれば、学園の中枢は間違いなく混乱する。その混乱に乗じて、実現可能な嫌がらせも雪だるま式に増えていくはず。


「……井ノ崎君。まずは余計な邪魔が入らない状況で、君たちが波賀村理事と話をする場を設けます。申し訳ないのですが、今ここで私が約束できるのはそれだけです」

「まぁ妥当な線でしょうね。市川先生、ありがとうございます。はその言葉を信じますよ」


 さて、波賀村理事を足掛かりとして、早急に学園とは話を付けたいね。


 そこまで急ぐ必要はないけど、時間制限もある。


 あんまりでのんびりもしてられない。


続・帝国へ続く道クエスト』が待ってるんだ。



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「……ふっ。遂にやってくれたな」


 波賀村理事。なんだか少しお疲れ気味な様子だ。どうしたんだろう? 僕らがクエストに励んでいる間に、何かあったんだろうか?(すっとぼけ)


 ちなみに、ダンジョン世界に閉じ込められ、『続・王国へ続く道』と『帝国へ続く道』のクエストに挑んでいる間、僕らは体感的に向こうの世界で一ヶ月近くを過ごしていたんだけど、こっちに戻って来たら……なんということでしょう! 二日と数時間しか経過していないではありませんか!(ナレーション風)


 かつて皇さん(模擬人格)から聞いてた、ダンジョンの中と外での時間経過の違いというのを身をもって体験することになったというわけ。


 ただし、皇さん(模擬人格)が語っていたのは、あくまでも三十五階層を超えた先の話だった気もするけど……異世界探訪系のクエストは別枠なのかもね。知らんけど。


「僕としては、今の内に〝問題提起〟をする方が良いかと思いましてね。僕のやらかし具合や大事なところでの迂闊さ加減を考えると……この先、更にとんでもなく抜き差しならぬ状況で、学園と決定的な決裂を迎えていたかもしれませんので」

「……なるほどな。井ノ崎君には井ノ崎君なりの考えがあってのことか。しかし、今も大概に酷い状況だと思うがね。学園の理事を白昼堂々と襲撃し、学園に脅迫を仕掛けている」


 よく言うよ。先に手を出したのはどっちだって話だ。それに、波賀村理事危機感が足りないご様子。


 僕の〝真剣さ〟がいまいち学園やその理事には伝わってないみたいだね。


 邪魔者なしの会談のはずなのに、外でウロチョロと警備の人たちが動いてもいるみたいだし。


「波賀村理事。貴方を含めて、学園は僕のことをまだ舐めているようなので……キチンと状況を把握した上で話し合いができるよう、僕は一度ダンジョンに姿を消すことにします」

「……どういうことかね? 学園は井ノ崎君のことを舐めてなどいない。お互いに落しどころを見つけられるように話し合いたいと願っている」


 ま、しばらくは苦労してくれ。せっかくダンジョン症候群が寛解となったというのに……どうにも人という生き物は、今の状況に慣れてしまうと過去を思い出せない仕様みたいだ。


 感謝の気持ちもすぐに忘れるんだね。奇跡にも慣れてしまうんだね。


「とりあえず、次にへ戻ってくるがいつになるかは分かりませんが……その間に出た損害は、僕を舐めていた学園のツケってことでよろしく」

「何を言っている? いや……井ノ崎君、君が何をするつもりなのかは知らないが、ここは『呪物』を保管できるように用意された特殊な部屋であり、ダンジョンの干渉自体を阻害する造りになっている。何が起こるか分からないため、できれば〝超越者プレイヤー〟の権能は使わないで欲しいのだが……」


 知ってるよ。この部屋がダンジョンテクノロジー由来の代物だっていうのは。でも、まったくもって不細工で不完全だ。


 この部屋はどう見繕っても、ノアさんたちがされていたアークシュベル王国謹製のマナ封じの枷……アレの超絶的な劣化版に過ぎない。


 どうやら魔法技術においては、アークシュベルの方がこの世界のかなり上を行ってるみたいだね。


 学園側は、このお粗末な部屋で僕の〝機能〟を封じられると思ったようだけど……全然無理だから。数枚の紙で猪の突進を止めるようなものだ。うん、どうにもたとえが下手だな。よく分からない。とりあえず、無理なものは無理ということで。


「いやぁ……どうやら〝サンプル〟が西園寺理事だけじゃ足りないみたいなので……波賀村理事にも、再び《テラー》を撒き散らしてもらいましょうか」

「……止めるんだ、井ノ崎君。君はそこまで幼稚な子じゃなかったはずだ。かつての〝超越者プレイヤー〟皇恭一郎が、ナニをされたのか……想像できない君ではないだろう?」


 皇さんはイロイロと人体実験をされたんでしょうよ。でも、悪いけど僕は、今回については確実に逃げる手段を持った状態でこの交渉に臨んでるんだ。その程度の備えはしてるわけ。


 僕が無為無策でこんな騒動を起こしたと思われてるのは心外だ。波賀村理事、そういうところが、僕を舐めている何よりの証拠なんだよ。……確かにリ=ズルガではレオ共々に色々とポカはしたけどさ……それはそれってことで。


 ま、元々あんまり期待はしてなかったけど……残念だ。


 今回は学園とは交渉にすら至らなかった。


 続きは『続・帝国へ続く道』のクリア後になるかな?



『ダンジョンゲート(簡易版)を使用し、へ戻りますか?』



 ここは『はい』一択。


「じゃあ、波賀村理事。しばらくはお辛いでしょうけど、精々お元気で」

「な……ッ!?」


 いともあっさりと起動したダンジョンゲートを潜り、僕らはノアさんたちの待つ


 波賀村理事たちがどうなるのかなんて、もう知ったこっちゃない。いざとなればヨウちゃんに助けを求めればいいだろうさ。


 続きはウェブで! みたいなノリで、諸々はクエスト後で! ってことにしておこう。


 ダンジョンゲート(簡易版)。


 これはクエストの進捗状況……世界の時間経過を停止させ、〝プレイヤー〟が一旦元の世界へ戻れるというぶっ飛んだ機能だった。


 いわゆるセーブ&ロード。それが新たに開放された機能の本質。


 連鎖クエストの途中に設けられた、システムが用意した一息入れる的な期間なのか? まぁ今の段階で考察したところで、システムの真意はさっぱり分からない。


 とにかく、システムメッセージに応じてクエストを再開ロードしない限り、その間はダンジョンゲート(簡易版)を自由に出し入れできるってわけ。


 ただし、クエスト世界の時間を丸ごと停止させるというのは、ダンジョンシステムというオーバーテクノロジーにおいても無茶なのか、〝プレイヤー〟にも時間制限がある。


 元の世界へ戻るのはいいけど、クエストごとに定められた期間内(今回は五日以内)に再開ロードしなければ、その時点でクエストは強制終了。二度とそのクエストが発生した地点へ戻ることができなくなる。


 つまり、リ=ズルガ王国やアークシュベル王国、ラー・グライン帝国の物語クエスト終了ゲームオーバー


 強制終了となった場合についても、システムのヘルプ欄に説明があったけど……


『世界の行方を知る者はいない……』


 ……というメッセージが表示され、クエスト世界には一切干渉ができなくなるらしい。


 プレイヤーがログインしなくなったゲーム世界。


 想像すると、何気にうすら寒い気がする。


 ま、そんなこんなで、ダンジョン学園のアレコレは後回し。


 今日も今日とてダンジョンへ。


続・帝国へ続く道クエスト』の再開ロード



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