第20話 クエストのクリアと……

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 所有権て……現状、この人たちが刑罰奴隷という扱いだから?


 というか、ダンジョンシステムは、この世界における所有権なんてものをリアルタイムで把握してる?


 このノアさんだけが特別なのか? 


 あるいは、ダンジョンシステムの示す〝所有権〟は何か別の意味があるとか?


 まったく……相変わらず、考え出すと疑問が尽きないね。このダンジョンってやつは。


『私の名はノア。元々はライノール砦という場所で指揮を任せられていた者だ。こっちの男がグレン、後ろの女はジーニアという名であり、私の元・部下たちだ』


 家名は名乗らないみたい。そりゃ迂闊に名乗れる名でもないだろうけど。


 クエストの絡みもあることだし、そりゃ僕としてはこの人たちが重要人物だと認識してたけど……まさか皇子様とはね。クエスト関係なしに重要人物じゃん。


 ラー・グライン帝国の仕組みや風習的に、皇帝の血縁というブランドにどれほどの価値や影響力があるのかは知らないけど、流石に一般人と同じ扱いなわけはないでしょ。


 何でまた、皇子様ともあろう御方がこんな状況になってるんだか。


「ご丁寧にどうも。さっきも言いましたが、僕らは今、貴方たちを故郷へと連れて行く段取りで動いています。どうでしょう? 貴方たちは故郷への帰還を望みますか?」


 一応聞いておく。クエストに関しては、あくまで僕らが勝手にやってることだしね。本人たちが〝絶対に故郷へは帰らない!〟となるのであれば……別の手を考えるまでだ(本人の望みを叶えるとは言ってない)。


『……当然に故郷への帰還を望む。しかし、私たちには対価として差し出せるものがない。もちろん、故郷への帰還を果たした折には相応の謝礼をすると誓うが……それでも、貴殿の望みに沿えるかは分からない。そもそもの話、貴殿の望みは何なのだ? 何故に我らを助けようとする?』 


 救いのない捕虜生活から解放してやる。


 急にそんなことを言われても、信じられないのも無理はない。しかも、自分たちを助けようとしている者が、明らかに人種や国が違う人物ならなおさらだ。少なくとも、僕がノアさんの立場なら疑うよ。その善意の裏にあるナニかを。


「僕らが貴方たちを助けようとする理由は、今ここでお話ししても到底信じられないでしょう。なので、今は貴方たちを故郷へ連れて行くこと自体に、僕らにとっての利益があると考えて下さい。ノアさんたちからの謝礼が目的でないのは確かです。決して無私の奉仕などではなく、僕らは僕らでしっかりと利益を受け取ります。むしろ、このままノアさんたちを捕虜として放置する方が不味い。利益どころか、決定的な不利益を被る羽目になるのです」


 我ながら苦しいな。胡散臭すぎる。疑わしい事この上ない。こんな話聞かされて、即座に〝なるほど! それは助かる!〟……って、なるわけないだろって話だ。


『……正直なところ、私には貴殿の目論見が分からない。しかし、もう我らには選べるような選択肢がないのは重々承知している。とにかく、故郷へ連れ帰ってくれるというのであれば……お願いしたい』

「ええ。こちらこそよろしくお願いします」


 ただ、このノアさんたちは自力で何とかできる状況じゃない。胡散臭いと思いながらも、僕らの差し出す手を掴むしか道はない。くくく。おとなしく、僕らのクエストクリアの贄となるのだ。ふはははッ!


 ……うーん。冷静になって考えると、彼らからすれば、僕らは天の助けというより、後々に後悔するのが目に見えている悪魔の契約みたいだ。


 ま、まぁ、今は深く考えるまい。


 色々と騒動はあったものの、こうして僕らは〝ノア・ラー・グライン=バルズ一行〟の身柄をゲットしたってわけ。



:-:-:-:-:-:-:-:



『それではイノ殿、メイ殿にレオ殿も。短い間ではあったけれど、異邦の者たちと交流できたことは私にとって得難い経験となった。感謝するわ。貴方たちに英霊たる戦士の加護があらんことを』


 リュナ姫が、僕の両手首をがっしりと握ってくる。正直、めちゃくちゃ痛い。でも、これが戦士の見送りの礼節なんだそうだ。……いや、マジでめっちゃ握り込んでくるんだけど? 本当に礼節なのか? 実は諸々の仕返しとかだったりしないよね?


 思わずしかめっ面になる僕を察してか、そっと力を緩めるリュナ姫。ほら、いかにも怪しいんだけど?


『ははは! 悪かったわねイノ殿。ついつい同族いつもと同じようにしてしまったわ。この挨拶、他種族からは〝痛てぇ!〟と怒鳴られたりして不評なのよね!』


 ちなみにメイちゃんとレオも、護衛のヒトたちに同じ挨拶をされて渋面になってた。レオなんかは薄ら涙が零れてら。うーん。微妙に判定が難しい。本当にリ=ズルガの挨拶なのか……?


「……ま、まぁ、異文化交流は大事ですからね。受け入れますよ。つい最近、こっちの勝手な勘違いから、とことんまでの殺し合いに発展しそうな一件がありましたしね。あ、ちなみに僕らの一般的な別れの挨拶は……握手とかになるのかな?」

『アクシュ?』


 言葉は通じてるけど、どうやらその意味は通じてない。リ=ズルガには、僕らの思う握手の習慣はないらしい。


「同じ側の手と手で握り合うだけです。こうやって……」


 一瞬、思いっきり力を込めて握り込んでやろうかと考えたけど、流石に自重した。リュナ姫の右手を優しく握り込む。


『あぁ、〝睦手むつむて〟が別れの挨拶なのね』

「ムツムテ?」

『ええ。我らリ=ズルガでは、武器を手放した利き手で握り合うことを〝睦手〟と呼び、戦や決闘の後の和解の所作として扱われているわ』

「へぇ、同じ動作でも意味が違うんですね。あ、でもこの握手というのは、別れの際だけじゃなく、出会いの挨拶だったり、友好を示したりする場合にも使うから……ムツムテと似たニュアンスも含まれてますよ」

『なるほど……国や文化、種族なんかが違っても、似たような風習が生まれることもあるのね』


 ちなみに、アークシュベルでは握手やハグのように、身体的に接触する挨拶は一般的じゃないんだとか。胸の辺りで手の甲を相手に向けるのが、アークシュベル流の簡易な挨拶だった。僕らからすると、手の平を軽く相手に向ける……的な感じに近そう。


 そんな風に、異(世界)文化交流でほんのり良い雰囲気になってる僕らだけど、今いるのは港だ。


 出港前の送別。見送りの場面だね。


 リュナ姫に段取りしてもらい、僕たちは大陸行きの交易船に乗せてもらえることになった。今回僕らを乗せてくれる船は、ヒトを運搬する客船的なものじゃないため、色々と無理を聞いてもらった上でのことみたい。すまぬ。


 ただし、アークシュベルとラー・グラインは戦争の真っただ中なので、流石に船で直接ラー・グライン帝国領土までは行けない。まずはアークシュベルの支配地域の港で降ろしてもらい、そこからは陸路で帝国領を目指すことになる。


 戦争の真っただ中とは言うけど、実のところ、戦争そのものについてはすでに大勢は決しており、アークシュベルの勝利は揺るがないような状況らしい。激戦地と呼べる戦場もごく限られてるそうだ。


 かつては広大な版図を誇ったというラー・グライン帝国も、その支配力は低下の一途を辿り、帝国が統治していた地域は次々に親アークシュベル、反ラー・グラインを表明する始末。ようは戦わずに、帝国は連鎖的に弱体化しているってこと。


 アークシュベル軍の本隊が、ラー・グライン帝国の首都近郊に迫るのも時間の問題なんだとか。


 そんな情勢の中、僕らはノアさんたち〝ラー・グライン帝国人〟を連れて、本格的にクエストクリア……と、次のクエストに向けての始動って感じになってる。


『さて、イノ殿。送別の挨拶はここで一旦終わりにして……本題よ』


 でも、このまますんなり行くとはとても思えない。


「……お聞きしましょう」


 ほんの一瞬前までの良い感じの雰囲気をぶち壊すのはリュナ姫。


 快活なゴブリン戦士なお姫様から、冷たさを纏う統治者側の顔へと変わる。


 彼女からの〝本題〟。


 それは……



:-:-:-:-:-:-:-:



「……それで? 井ノ崎君たちはそのままクエストをクリアして……開放された〝超越者プレイヤー〟としての〝新機能〟とやらで戻ってきたというわけかしら?」

「ええ。で、へ戻ってきたその足で、そのままこちらへお邪魔したというわけですよ。西園寺さいおんじ理事」


 僕らは『帝国へ続く道クエスト』をクリアした。


 リュナ姫の見送りで、交易船に乗船して出発。晴れて洋上の人となった。


 意味がどこまで通じるかはさておき、船の中でノアさんたちに〝僕らの事情〟を説明していたら……突然にシステムからメッセージを受け取ったというわけ。


『ノア・ラー・グライン=バルズ一行を連れ、無事にリ=ズルガ王国の国境線を越えたことを確認しました。おめでとうございます。これにて〝帝国へ続く道〟はクリアとなりますが、引き続き連鎖クエスト〝続・帝国へ続く道〟が発生します』



※条件型クエスト(連鎖クエスト)

クエスト :続・帝国へ続く道

発生条件 :〝帝国へ続く道〟クリア済

内容   :故郷を目指す、その先にはッ!?

クリア条件:ラー・グライン帝国首都への到着

     :ノアの生存

クリア報酬:???



 思った通り、次のクエストは『続・帝国へ続く道』だった。


 ただ、あくまでもクリア条件は『リ=ズルガ王国脱出』というだけで、思わせ振りに起動したシステムメッセージである〝ノアさんのパーティ登録〟はクエストクリアに必須というわけじゃなかった模様。


 いくら他に選択肢がないのだとしても、やはり本人も納得の上でと思い、パーティ登録に向けて、僕らの事情を含めた諸々をノアさんたちに説明していたんだけど……その説明の最中に、洋上でリ=ズルガの国境を越えたのか、いきなりクエストクリアと相成った。特別なボス戦とか、大仰なイベントはなし。呆気ないものだね。


 というか、交易船の船員たちですら曖昧だった〝リ=ズルガ王国の国境線〟という概念を、ダンジョンシステムは明確に設定していたみたい。こちらも微妙に謎だ。


 ノアさんの所有権の事と言い、もしかすると、現地のヒトたちが認識しているモノとダンジョンシステムの線引きには少し違いがあるのかもしれない。


 ま、何はともあれ、僕らは無事にクエストをクリアして……ダンジョン学園のある日本へ戻って来たってわけ。


「いやぁ、まさか異世界を冒険するという得難い経験ができるとは思っていませんでした。そんな冒険のきっかけをくれた西園寺理事には、是非ともお礼がしたいと思いましてね。色々とお忙しい立場でしょうけど……少し、僕のお礼にお付き合いしてくれますか?」

「……ふ、ふふ。別にお礼なんていらないのよ? 子供がそんな風に気を遣うものじゃないわ」


 はは。流石に年季の入った黒い大人だね。この期に及んで、まだ余裕のある態度を取ろうと心掛けてる。ま、キーキーと喚いて取り乱されるよりはマシだけど。


「く……ッ! い、井ノ崎! お、お前は……ッ! こんな真似をしてただで済むと思っているのか!? さ、西園寺理事のやり方が酷かったのは分かるが……波賀村理事を間に挟むなり、他にやりようはあっただろう!? それが分からないお前ではないはずだッ!」


 長谷川教官が叫ぶ。


 そんな教官は、今や床に倒れた状態で起き上がれない。他にも何人かが倒れている。全員、から西園寺理事を守ろうとした人たちだ。


 ま、長谷川教官には素直にありがとうございますと言いたい。


 教官は僕の身を案じてくれている。クール系で割と僕に対して当たりは強かったけど、彼はどちらかと言えば〝真っ当な大人〟だ。学園の生徒たちを、諸々の理不尽から守るという気概なり美学を持った人だ。


 少なくとも、学園の理事たちなんかよりは、僕らのことを個人として気に掛けてくれている。


 でも……今回は長谷川教官の話を聞くことはできない。何故なら、先に手を出したのは西園寺理事だ。それに、僕も学んだしね。リ=ズルガ王国の戦士式であり、メイちゃんの開き直りの精神だ。


 


「さて、西園寺理事。とりあえず、僕は貴女のダンジョン症候群である《ヴァンピール》を治療しますよ」

「……ふふふ。べ、別にそんな必要はないわ。今のところ、私はこの《ヴァンピール》と上手くやっていけているの。研究の役にも立っているから、治療の必要はないわ」

「あ、そうですか。ならば《ヴァンピール》を精々上手く制御して下さい」


 悪いけど、余裕のある大人ごっこは終わりだよ。


 僕は起動する。簡易版となる


「ッ!! うぐぅぅッ! こ、これは……ゲ、ゲートッ!? なぜ!? い、いきなり現れた!?」


超越者プレイヤー〟がダンジョンシステムによって生み出したストア製アイテム。『呪物』。いわゆる呪いのアイテム。


 システムに望まれない者がその呪いのアイテムを使用し続けることで、特異領域ダンジョンの外でまで、はた迷惑なマイナス効果のあるパッシブ《スキル》を垂れ流してしまうという代償ペナルティを負う。


 それがダンジョン症候群。


 僕が知るのは……


 波賀村理事の《恐怖テラー》。

 野里教官の《狂戦士バーサーカー》。

 浪速くんの《忘却オブリビオン》。


 そして、この西園寺理事の《吸血鬼ヴァンピール》。


 ダンジョンの中では、それこそ近寄ることもできないほどに強力な《スキル》だけど、ダンジョンの外では、当事者を隔離することで制御できる程度になっていたそうだ。


 波賀村理事たちなんかは、僕自身が《ディスペル》の魔法を使用して寛解状態にしてもいたしね。


 でも、僕の魔法による治療はあくまで寛解。完治ではない。完全にダンジョン症候群の影響を消し去ることはできなかった。


 ダンジョンの中……あるいは影響が出るほどにダンジョンゲートに近付けば、寛解して〝外〟では小康状態を保てていたダンジョン症候群も……再度活性化してしまう。再発。ぶり返す。


 自力で症状を抑え込んでいたという西園寺理事も、恐らく原理は同じだろう。


 ってことで、この黒い大人には、まずはダンジョン症候群を再発してもらう。話はそれからだ。


「ぐ……!? あぁあああああァァァァッッッ!? ヴァ、《ヴァンピール》の制御がぁぁッ!?」

「がぁぁッ!」

「す、吸われるッ!?」

「い、井ノ崎ィィッ!」


 効果覿面だね。


 西園寺理事の《ヴァンピール》が活性化……いや、暴走してる。


 は、《バーサーカー》や《オブリビオン》のスキル特性かと思っていたけど、どうやら違うみたいだね。ダンジョン症候群のマイナススキルというのは、それぞれのスキル特性に関係なく、理性や自我を蝕むみたいだ。


 西園寺理事の意思に関係なく、スキル効果が周囲に波及している。で、当人は急速に自身の意識についても制御が効かなくなる……と。


《ヴァンピール》。


 聞けば、周囲にいる対象者のマナを吸収することができ、一定以上のマナを吸収した相手であれば、ある程度は操ることも可能なんだってさ。


 ま、今の西園寺理事に、スキルを利用して相手を制御下に置くとかは無理そう。そんな余裕もないみたい。


『《ヴァンピール》を無効化しました』


 あと、何故か〝超越者プレイヤー〟である僕には、この凶悪なマイナススキルは通じない。


 ま、張本人である西園寺理事はいっそどうでも良いんだけど、あんまりやり過ぎると、長谷川教官をはじめとした周りの人たちの命にかかわる。僕はそっと起動していたダンジョンゲートを閉じる。


 時間にすれば、ほんの十秒程度のことだ。


「かは……ッ……!?」


 オンとオフが突然過ぎたのか、ゲートが閉じられた瞬間、西園寺理事は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。


 見た目的には品の良い老齢のご婦人が、突然絶叫して、これまた突然に涙や鼻水を垂らしながら倒れ込む図っていうのは……流石に胸が痛むね。まぁ嘘だけど。


 僕からすれば、無様な姿を晒す西園寺理事を見ても、特にざまぁみろとさえ思わない。ちょっと痛い目を見たくらいで何なんだって話だ。今まで〝ダンジョンの研究〟という大義名分の下に、この人が……この人たちがやってきたことを思えば、こんなのは報いの〝む〟の字にすら届かないはず。


「さて。いちいち大袈裟に苦しんでいるところを悪いんですけど、西園寺理事。もう一度言います。僕は貴女の《ヴァンピール》を治療します。よろしいですか?」

「が、はぁ……はぁ、はぁ……い、井ノ崎君……あ、あなたは……い、一体……ッ!?」

「いや、質問をしてるのは僕でしょ? さっさと答えろよ。ちゃんと答えないなら、答えをもらえるまでまでだよ」


 うーん。どうにもこの西園寺理事は、リ=ズルガの〝全力で命を懸ける〟的な交渉は馴染まないみたいだ。


 なら、馴染んでもらうまでやるだけだね。


 再度、僕はダンジョンゲートを起動する。


「がぁぁぁアアァァッッ!?」



:-:-:-:-:-:-:-:

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