第19話 出会う

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『一体何が起きているのか……』


 ノア、ジーニア、グレン。


 虜囚の身となっていたラー・グライン帝国の面々からすれば、何が何やらさっぱり分からない。


 怒号や轟音、兵たちがバタバタと走り回る音だけが遠くから聞こえてくるのみ。何やら建物内で騒ぎが起きたというのは知れたが、当然のことながら、囚われの身である彼らに何らかの説明があるはずもない。いや、それどころか、見張りの兵たちも困惑している有様。


 建物内が騒然となっていたのは、振り返ればそれほど長い時間でもなかったが、何も知らされず、ただ牢の中で放置されるだけの彼らにとっては、どれほど長い時間だったか。


 そして、一転の静寂。


 何事もなかったかのように静けさを取り戻す館内。


 見張りの兵たちの困惑や動揺は残ったままだが、表立っては元の状態に戻った……かと思えば、いきなり兵たちがなだれ込んできて、牢から出ろという仕草をされる。


 困惑しつつも、ノアたちは従うしかないまま。

 

『若様。無駄かもしれませんが、私が盾として前に出ます。……もし、私が討たれた際には、ビルト家のマーズに……母に、〝ジーニアはあなたを愛していた〟とお伝え頂けるでしょうか?』

『……あぁ。私が生き延びられたなら必ず伝えると約束しよう。……だが、現実問題として、ジーニアが落命するのであれば私もすぐさま後を追うことになるだろうがな』


 マナ封じの枷こそ外されることはなかったが、現在、ノアたちは特に拘束されることなく歩かされている。また、虜囚の身である彼らが話をすることについても、周囲の兵は咎めたりもしない。


 ただただ、捕縛した〝海賊〟たちを黙々とどこかへ誘導していくのみ。


 そこに暴力的な意図は感じない。しかし、だからといって、ノアたちにとっての安心材料にはなるはずもない。


 言葉が通じない上に、兵たちは今は一言も発しない。表情も変えない。何が起きているのか、ノアたちにはまったく想像が付かない。兵たちに誘導された先が、自分たちの処刑台であっても不思議ではないような状況なのだから。


『……盾となって死ぬのであれば、まずは俺からだろう。ノア様よ、俺が前を歩こう。ジーニアは少し下がれ』

『グレン殿?』

『ふっ……希望に縋るのにも疲れた。どうせ死ぬなら、一番は俺でいい』


 ほぼ横並びだった状態から、くたびれた雰囲気を纏う壮年の男……グレンが少し前に出る。周囲の兵も当然にその動きを確認するが、ちらりと見やるだけで、特に咎める様子はない。


『……グレンは何か遺す言葉はあるか? 伝えて欲しい人はいるか?』

『はは。ノア様よ。俺は孤児院育ちでね。本国に帰りを待つ者などいない。家族と呼べるのは、苦楽を共にしたライノール砦の仲間たちだったんだが……砦が陥落した際にみな死んだよ』

『……そうか』


 グレンに他意はない。そこまでの他者への関心はもう失せた。単に聞かれたから応じたに過ぎない。しかし、ライノール砦の指揮官であったノアからすれば、改めて自身の至らなさ、無力さを突き付けられた形だ。


『おっと……悪いなノア様。別に今さらあんたを責める気はなかった。悔しいが、アークシュベルは強かった。ライノール砦なんぞ、連中からすれば吹けば飛ぶような規模だったんだ。その上であの化け物どもの奇襲……誰が指揮を執ろうとも結果は同じだったろうさ』

『……アークシュベルが強大だったとしても……それでも、敗戦の責は私にある。責任者というのは、責任を取るのが唯一の仕事だからな。なのに、まさかこのような形で生き恥を晒し、リ=ズルガにまで連れて来られるとは思ってもみなかったが……』


 ラー・グライン帝国軍にあって、ノアたちの任地はいわゆる辺境だった。各地でアークシュベルとの戦闘が勃発している中で、彼らは要衝などではない……ようは何の変哲もない片田舎の砦に詰めていたのだが……ある日、いきなり現れた手練れ数人の急襲を受け砦は混乱に陥る。その混乱を立て直すこともできないまま、軍勢に攻められ、ノアたちのいたライノール砦はあっさりと陥落した。


 そして、あれよあれよという間に、捕虜としてあちこちへ連れ回され……流れ着いたのが、言葉も通じない野蛮なゴブリンどもが支配する、蛮族の国リ=ズルガ。


『ま、本国との交渉材料にもならない非正規の捕虜となった今、責任者だのなんだのと言っても格好すらつかんでしょうよ。どうせ俺たちの命運は尽きてる。ゴブリンどもに生きながら食われるとかじゃないなら……もうどうでもいいさ。残ってるのは、せめてひと思いにやって欲しいという願望だけだ……』


 諦めが多分に含まれた発言。まだ希望を胸に抱いているノアやジーニアではあったが、もはやグレンを諌める気にもなれない。流されるしかないという状況で、諦念が心身を蝕んでいる。


 ただ、ノアたちがアークシュベル兵に連れられた先は屋外。


 正面玄関から、堂々と外へ出される。


 そこには彼らの想定を裏切る事態が待ち受けていた。


プレイヤー女神の遣い〟との邂逅。



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 お。ようやくお出ましみたいだ。狂ったお使いクエストがご所望のラー・グライン帝国兵の人族たち。


 淡い金髪に青い目という、いわゆる金髪碧眼な貴公子然とした若い男性がリーダー格。個々のパーツは全然違うんだけど、どことなくサワくんを思い起こさせる風貌。


 思えば遠くに来たもんだ。サワくんは元気にしてるだろうか?


 他には貴公子と同年代の女性。こちらは暗めの金髪に茶系の瞳。何となくのイメージだけど、アクション多めの作品に出てくるハリウッド女優みたいな感じ。戦時の捕虜なわけだし普通に戦えるだろうから、アクション俳優的な扱いは失礼かもね。知らんけど。


 あと、そんな二人を守るように前に出ているのが……どこかくたびれたおっちゃん。とは言っても、僕の感覚からすればこの人も十分に整った顔立ちだし、ワイルド系の俳優みたいに思える。


 比較対象が少なすぎてアレだけど、この世界の人族は美形が多いのかな? それとも、ラー・グライン帝国の人種的な特徴だったり?


『さて、要望通りに連れて来たぞ。我々が引き受けたのはこの三名だけだ。丁重な扱いでなかったのは認めるが、ことさらに痛めつけていたわけでもない。五体満足で命に別状はない。これで確認は取れただろう?』

「ええ。一先ずは彼らの無事は確認できました。ありがとうございます、ハルべリアさん」

『……ふん。どうせならこのような形となる前に、貴殿らとは平穏に話し合いがしたかったものだ』


 結局、ハルべリアさんは僕らの提示した〝賠償〟に乗った。つまり〝交渉〟は成立したってわけ。


 僕らのやらかしについては、リュナ姫が金銭的な賠償を行う。……主に怪我をした兵の治療や壊された物品の補償。


 領事館を覆っていた結界魔法をぶった斬っちゃった件については、同等の結界魔法を提供することで落ち着いた。


【白魔道士Ⅱ】のクラスLv.maxで会得した、そのままズバリな《結界》という魔法。


 これをストア製アイテムの魔石に注入し、マナを籠めれば誰でも使用できるマジックアイテム化することで何とか勘弁してもらった。


 事前に設定した魔法を、マナの注入と術者の認識だけで使用することができるようになる魔石。


 消耗品というわけでもなく、壊されない限り、マナを注入すれば繰り返し使用が可能な代物なんだけど、例の『呪物』と違ってパーティメンバー以外でもペナルティなし。……ダンジョンシステムの線引きがいまいち分らない。『呪物』よりは効果が限定的だからか? 謎。


 なにはともあれ、ダンジョン謹製の魔法は術者がイジれる仕様のものも多く、この《結界》もある程度は使用者のカスタマイズが可能。〝悪意のある者を阻む〟……とかね。


 悪意の判定が一体どうなっているのかについては不明だけど、少なくとも、アークシュベルの結界魔法と似た感じで機能していた。むしろ、単純な強度は増していると思う。メイちゃんが『……前の時よりも気合いを入れないと斬れない』と呟いてた。……つまり、ぶった斬る事自体は可能らしい。


 ちなみに、燃費については悪化した。


 アークシュベルへの賠償となる《結界》は、魔石にマナを注入して発動することになるんだけど、流石に領事館を覆うほどの規模だと一個では足りない(結局六個使った)上に、効果を維持するためには定期的にマナを注入し直す必要もある。


 一方でアークシュベルの結界魔法は、魔法陣や儀式なんかを用いて、周囲のマナを半自動的に吸収して効果を維持していたらしい。発動するまでは確かに面倒だけど、発動後のメンテナンス頻度は少ないという仕様。


 そんな感じの差異はあるけど、アークシュベル側は魔石による《結界》を賠償として認めてくれた。……ま、《結界》の魔法というより、むしろストア製アイテムである魔石の方に興味津々なご様子で、追加でブランクの魔石を渡す羽目にもなったけど。


 アークシュベル側との性能比較なんかを含め、僕らのできることについては色々と開示した。


 アークシュベルの魔法技術とは体系そのものが違う魔法を扱えることや、複数の〝異能スキル〟、魔石のような不思議アイテムの存在も一部を明かし、その実演もしてみせた。


 ハルべリアさん的には、結界の修復そのものよりも、どちらかと言えばここで開示した僕らの情報の方が本命だった模様。


 明らかに目の色が変わってたからね。僕らに対しての態度も軟化した。もちろん、思惑ありきなんだろうけど、表向きは平和的なやり取りができるようになった。


「……次の機会があるかは分かりませんが、まずは相手にちゃんと聞くということからはじめますよ」

『……是非にそうしてくれ。勝手な思い込みで都度都度に襲撃されては堪らん』


 いや、ホントにね。事を進める場合は、ちゃんと調べて、現地のヒトに相談&提案するようにします。マジで。思い込みのまま、強硬手段に訴えるような真似は控えますでございまする。はい。


「えぇと……じゃあ彼らと直接話をしても? 流石に状況が分かってないみたいですし……」

『ああ。一応、連中は表向きは刑罰奴隷だ。我らが貴殿に財物として売るという形になる。後はどのように扱おうが貴殿らの自由だ。……おい! 彼らをこちらへ!』


 奴隷制度が馴染んでる世界か。そりゃ僕らの世界にだって、かつては堂々と奴隷制度は存在してたし、現代にだって奴隷のような扱いを受けてる人たちだっている。……何なら、僕だってダンジョンシステムや学園(権力者たち)の奴隷みたいなもんだ。


 ここでアレコレと綺麗事を言ったところで仕方ないんだけど……自分が〝奴隷のあるじ〟になるっていうのは、どうにも座りが悪いね。


 っと……そんなことを考えてる間に、例の三人がこちらへ近付いてくる。言葉も通じないし、状況も分からないままだと聞いてたけど……まさに混乱の極みだね。くたびれたおっちゃんを先頭に、周囲を警戒したまま。


 そりゃそうだ。兵士に囲まれて牢から出されたと思ったら、いきなり屋敷の外に出されたんだ。警戒しないはずもない。


「どうも。僕の名はイノ。言葉は分かりますか?」


 一先ず、貴公子を庇うように立っているくたびれたおっちゃんに声を掛ける。もちろん、後ろの二人にも聞こえてはいるだろう。


『……あぁ、理解できる。あんたは広場で声を掛けてきた者か?』

「ええ。とりあえず、アークシュベル側とは交渉が成立しました。貴方たちは刑罰奴隷という扱いだったらしいので、僕が貴方たちの身柄を買い取ったという形になります。もちろん、僕は貴方たちを奴隷として遇するつもりはありません」

『……何故だ? 身なりを見る限り、あんたはラー・グライン帝国の関係者ではないだろう? それとも、どこからか密命でも受けているのか?』


 ん? ステータスウインドウが勝手に起動した? あれ?


「あ、えぇと……今は色々と事情があるとだけ言っておきます。ただ、僕らは貴方たちを故郷へ連れ帰るつもりです。少なくとも、このリ=ズルガ王国を出国する手筈は済んでいます」

『……』


 まぁ何にせよ、今回のクエスト『帝国へ続く道』のクリア条件は『???一行のリ=ズルガ王国脱出』だ。恐らく、その時点で『続・帝国へ続く道』とかの連鎖クエストが発生するんだろう。クリア報酬がそのままズバリ『クエストの連鎖』だったわけだし。


『……グレン。すまない、ここからは私が話をしよう』


 おっと。後ろに控えていた貴公子が前に出て来た。恐らく、二人はこの人の護衛だとか部下なんだろう。


 それに……みたいだけど、このダンジョンシステムのが彼なのは間違いないはず。



『ラー・グライン帝国所属、ノア・ラー・グライン=バルズの所有権を確認しました。パーティ登録を行いますか?』




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