第18話 二つの王国の実情
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僕、レオ、メイちゃん。
この異世界(暫定)でのクエストクリアに向けての行動については、もちろん三人で話し合って決めた。そもそも、ヒントとなるのはダンジョンシステムが用意したと思われるクエスト……と、そのオーダーにある
圧倒的に情報が足りない上に、短文であるが故に様々な解釈が有り得る。
今回の『帝国へ続く道』については、クリア目標こそ『???一行のリ=ズルガ王国脱出』と明示されているけど、その手段についてはさっぱり分からない。内容的に、〝???一行〟はアークシュベルの捕虜となった例の人族たちなのは流石に間違いないだろうけど、その名前すら不明という具合。
だからこそ、三人でよく話し合ったわけなんだけど……この世界の常識や風習、社会情勢なんかを詳しく知らない、いわゆるポッと出の異世界人な僕らが、いくら知恵を合わせたところで大した意味はなかったってことだ。はは。
思い込みって怖い。
ダンジョンが提示する
リ=ズルガとアークシュベルの立場あるヒト同士が言い争ってる現場に出くわした。捕虜となった人族もいる。そんな状況でクエストが発生し、僕らにはこの世界の人族との翻訳アイテムがある。これはもう〝導入イベント〟だ。
リ=ズルガのお姫様と面識を持てた。直接的に実力を見せて交渉しないと。
アークシュベルの領事館で囚われている、クエストのお目当てであるラー・グライン帝国の兵たちを救出するために、直接領事館へと潜入しないと。
いつの間にか、そんな風に思い込んでた。そんな思い込みがあったってことに、今さらながらに気付いた。
でも、言い訳させてもらえるなら、ダンジョンの中の異世界だとか、異世界での二つの王国の対立だとか、クエストだとか……そんな風に条件を出されちゃうと、そりゃ自分で動いて何とかしようって気にもなるよね? だって、僕とレオは〝プレイヤー〟なわけなんだし。
その上、僕らはクエストをクリアしないと元の世界に戻れない。
もしこれがゲームなんだとしたら、〝プレイヤー〟はいわば主人公なんだから、そりゃ自分たちで何とかしなきゃ……ってなるが普通でしょ?
まぁ今となっては、正真正銘、純度百パーセントな自己弁護の言い訳でしかないんだけどさ。
このクエストだのプレイヤーだのという、ダンジョンシステムの諸々が壮大な仕掛けのゲームなんだとしても、僕らの知るゲームセオリーに当て嵌まる保証なんてまったくないんだってのを改めて思い知らされた。
『……それで? 今さらながらに我らと〝交渉〟がしたいと?』
今、僕ら(メイちゃん、レオ、リュナ姫含む)は、完全武装なアークシュベルの兵たちに囲まれた状態で軍人エルフと相対してる。仕出かした僕が言う事じゃないけど……当然に軍人エルフや周りの兵はメチャクチャ殺気立ってる。まさに一触即発状態。
向こうが辛うじて理性を保ってるのは、ご自慢の結界を斬り裂いたメイちゃんの本気の武力(暴力)と、その結界の復元や諸々の賠償(利益)の提案を、リュナ姫様(賓客)に仲介してもらっているという……ギリギリのバランスでのことだ。
い、いやぁ……高慢ちきな軍人エルフ改め、ハルべリアさんが忍耐強い理性の持ち主で良かった。マジで。思わずぶん殴っちゃったことは、事が上手く運んだなら後できちんと謝ろう。
『ハルべリア殿。イノ殿たちがやった事についての賠償は、私、リ=リュナが、氏族の名に誓って可能な限り補償すると約束しましょう。その上で、捕虜……そちら曰くの〝海賊〟たちの身柄を買い取りたいと所望するわ』
『……リュナ姫よ。このような騒ぎを起こしておきながら、今さら単なる賠償で済ませられると本気でお思いか? そもそも、こいつらを手引きしたのはリュナ姫であろうに……ッ!』
ま、まぁ当たり前にそうなるよね。一方的に殴り込みを受けたアークシュベルは完全な被害者なわけだし。
『イノ殿を護衛として領事館へ連れて来たのは、彼への〝戦士の償い〟としてよ。イノ殿が何を考えていたのかなど、私が知る由もないわ。詫びをする側が聞けるはずもないのだから』
ただ、リュナ姫は堂々たるもの。街の広場で言い争っていた時とはまるでヒトが違う。ある程度以上に僕らの事情を知っていながら、いけしゃあしゃあと言ってのける。
〝知らなかった。だから、私に言われても困る〟……と。
僕の常識からすれば、不穏分子を敷地内に引き込んでおきながら、堂々とこんな物言いをされた日にはブチギレ必至だ。今、この瞬間にも、アークシュベル側が実力行使に出ても無理はないと思ってしまうけど……リ=ズルガにおいての〝戦士の流儀〟というやつは、どうもこんな感じらしい。
〝戦士の流儀に則った故のこと。だから流せ〟
そういうのが堂々とまかり通るんだとか。リュナ姫……に限らず、リ=ズルガの戦士は、流儀や誇りが絡むと途端に強気になるというか、決して折れないらしい。うーん、男前過ぎて理不尽極まりないね。
『……つまり、不審者を敷地内へ引き込んだのは、リュナ姫の戦士の流儀によるものだと? こいつらの思惑は知らなかったと?』
『ええ。もし仮にイノ殿たちに〝どうすれば良いか?〟と問われていれば、私は今回のような真似を善しとはしなかったわ。リ氏族である私を仲介として、ハルべリア殿への面会を申し出ていたでしょうね』
勝手ながら僕も思ってしまった。捕虜の解放について段取りを知っていたのなら、事前に教えてくれても良かったのに……ってね。
でも、それ自体がダメなんだとさ。僕はリュナ姫に、戦士の詫びとして『アークシュベルの領事館への潜入』と『リ=ズルガからの出国について協力』を申し出た。要望を先に伝えてしまった。
つまり、いかに疑問があろうとも、リュナ姫は僕の申し出をそのまま受け入れるしかなかった。見くびってた相手への詫びとして、戦士の流儀としてソレは当然のこと。
もし、あの時、僕が『捕虜の解放についてどうすれば良いか教えて欲しい』と尋ねていたら、リュナ姫はその場で模範解答をくれてたってこと。異(世界)文化め……ッ!
『くッ! ここで戦士の流儀を出してくるとは……ッ!』
『……誤解なきよう改めてお伝えするけれど、私は戦士の流儀を交渉の搦め手として使ったりはしないわ』
『ふんッ! 忌々しい事この上ないが、リ=ズルガが自らの誇りに真摯なのはこちらとて百も承知している……ッ!』
あと、僕は普通に勘違いしてた。リ=ズルガはアークシュベルの属領と化しているのは確かだけど、実のところ、パワーバランス的にはアークシュベルが一方的に優位というわけでもないみたい。
むしろアークシュベルは、リ=ズルガの〝戦士の流儀〟についてかなり譲歩している。というか、ほぼほぼリ=ズルガの言い分を受け入れているらしい。たとえソレが理不尽なものであっても。
法制度や事前の取り決めの隙間を縫うように、細かい嫌がらせをしたりはするけど、アークシュベルは〝戦士の流儀〟を意図的に蔑ろにするような真似は絶対にしないんだとか。そして、それはリ=ズルガも同じく。リュナ姫が言ったように、謀略や搦め手として戦士の流儀を利用するような真似は決してしない。
これについては、リ=ズルガ側は自分たちの流儀なり誇りに恥じぬようにという理由があるけど、アークシュベル側については、別に他国の文化や風習を殊更に尊重しているとかでもない。
単にリ=ズルガがヤバいから気を遣っているだけ。
戦士の流儀、戦士の誇り、戦士道……呼び方は時々で色々あるらしいけど、それらを蔑ろにされると、リ=ズルガはブチギレる。戦士氏族だけじゃなく一般の民衆もだ。そうなれば止められない。損得度外視。あっさりと自身の命すらも放り出し、流儀なり誇りなりを守るために死力を尽くすんだとか。
三十年……こっちで言うところの三十周期ほど前、大々的な交易解放という名目でアークシュベルの侵攻が開始された際……その高圧的な交渉に対して、誇りを傷付けられたと判断した氏族がそうなった。まさにブチギレだ。
結果として、リ=ズルガの戦士十氏族の内、ヨとキの二氏族は戦士に限らず、一般人までもが、最後の最期まで戦い抜いたらしい。完全に氏族そのものが滅びるという凄絶な結末を迎えた。
ヨとキの氏族への恩義などから戦に参陣していたジとミの氏族ですら、当時の戦士階級は全員戦死という、これまた凄まじい結末へと至ってしまった。
ルフさんからこの話を聞いた時、当時の戦いについてはアークシュベルの圧勝のような感じだったんだけど……実際はまるで違う。
当時、リ=ズルガ王国へ肝入りで派遣されていたアークシュベル軍の戦力は、なんとその約四割が損耗した。物量において圧倒的優位な状況にあって。
島国でのほほんと過ごしているゴブリンどもを相手に、大陸で戦争に明け暮れている精鋭たるアークシュベル軍がズタボロにされたという形だ。
結果として、アークシュベルは流石に折れた。
本来なら交易の開始と共に難癖を付けたり、不平等な交易条件などを利用し、リ=ズルガを意図的に激発させ、武力介入の口実にするつもりだったみたいだけど……アークシュベルは方針を変えざるを得なくなった。リ=ズルガを〝捨て身〟にさせないようにと。
なので、アークシュベル側は基本的に弱腰。民衆の不満を煽ったりはするけど、あくまでもソレらは真っ当な法制度を盾にした上でだ。〝戦士の流儀〟に反するような煽り方はしない。少なくとも、当事者としてリ=ズルガを巻き込むような煽り方は絶対にしない。ハルべリアさんたちも本国から厳命を受けているだとか。
うーん……これも思い込みだった。
大陸の覇権主義的な多種族国家であるアークシュベル王国から、侵略的外交を受けて事実上の属領となってしまった島国。ゴブリン単一種族国家であるリ=ズルガ王国。
そもそも、僕らがこの世界で初めて接触したのがルフさんだ。リ=ズルガ王国側。そりゃ一方的にリ=ズルガ王国がやり込められているように感じて、アークシュベルに対して悪感情を持ったさ。
でも、実際にはリ=ズルガの方が優位に立つ場面も少なくないときた。
だからこそ、不法侵入の上で大立ち回りをした僕らにも、まだ交渉の余地が残されているってわけ。リ=ズルガというヤバい
『……ふん。元々〝海賊〟どもについては、リ=ズルガへの嫌がらせ用の見世物程度の役割しかなかった。リュナ姫が仲介に立つ以上、刑罰奴隷として買い取りたいというのであれば、対価によっては取引に応じないでもない。……しかしッ! この領事館を覆っていた結界魔法については話が別だ! アレは対価を設定できぬほどの代物なのだぞッ!?』
冷静沈着で慇懃無礼な印象だったハルべリアさんが、青筋を立てて怒鳴る。いや、まぁ……気持ちは分かるよ。僕が逆の立場ならそりゃキレるわ。むしろ、こうやって対話に応じてくれているだけでありがたいレベル。
『……イノ殿。結界については? 実際のところ、復旧したりはできるのかしら?』
「ええと……実のところ、同じ魔法構成で復旧するというのは難しいです」
『当然だッ! アークシュベルの魔法技術の粋を集めたものなんだぞ! そう易々と復旧などできるはずもない!』
うーん……どうやらアークシュベル側としては、不法侵入や領事館内での大立ち回りなんかよりも、結界魔法を叩き斬った方がマズかったみたいだね。ま、これもアークシュベル側に死者が出てないからこそだろうけど。
相手側に死傷者が多数いた場合は、戦士の流儀を出しての交渉は流石にできないとリュナ姫からも言われていた。
もし、アークシュベル側から死者の仇討ちという話が出た場合、リュナ姫は戦士の流儀に則って見届け人をしなければならなかったらしい。そういう決まりが戦士の流儀にあるんだとか。
「……イノ君、レオも。ごめん、私のせいだ。私が安易にアークシュベルの結界を斬ってしまったから……」
周囲の兵への威圧は維持したまま、メイちゃんがしゅんとなる。
「い、いやぁ……アレは色々とやらかした僕のせいでもあるから。それに、メイちゃんの〝正面突破〟は、リ=ズルガ的には正解だったみたいだし……」
「そ、そうそう! アレはやらかしたイノが悪いんだよ! メイ様が気に病むところじゃないから!」
待て待て。メイちゃんに言われるならともかく、レオは違うだろ。なにシレっと僕にだけ押し付けてるんだよ。メイちゃんのブチギレトリガーはむしろレオの方だろうが(擦り付け合い)。
『さぁどうするのだリュナ姫よ! 戦士の流儀を持ち出すなら交渉はしよう! しかし、交渉が不調に終わろうとも致し方なし! それについては流儀と別問題だろう!』
『えぇ。承知しています。確かにハルべリア殿の言う通りだわ。……イノ殿、申し訳ないけど、このまま交渉が決裂するなら……』
戦闘の再開も止むなしってわけか。となれば、とことんまで相争うしかなくなる。
ただ、ここまでお膳立てされて、単にアークシュベル側を皆殺しにして
ちなみに、僕の〝プレイヤーモード〟はスイッチがオンのままなんだけど、今回はどうもいつもとは違う。
今もなお、僕の中で〝早く早く〟と囃し立てられている気がするんだけど、周りの兵士たちをぶっ殺せ! ……という感じでもない。
たぶん、別の解決策を早く出せって囃し立ててるんだろう。
「ハルべリアさん。確かに、僕らにはこの領事館の結界を元に戻すことはできません」
「だろうな! ならば、これで貴様らとの交渉は終わりだ!!」
そう怒鳴りながら、軽く片手を上げて周囲の兵へ命令を下そうとする。まったく、せっかちなヒトだね。というか、そういう〝フリ〟なんだろうけどさ。
「……ですが、以前の結界と同等以上のものを、新たに展開し直すという程度ならできます」
片手を軽く上げたまま、ハルべリアさんがピクリと反応した。
やっぱりね。彼はしたたかだ。
リュナ姫に戦士の流儀を出されてしまったため、ハルべリアさんも方針を急転換したんだろう。
彼は、自身が管轄する領事館の結界を奇妙な異邦人たちに壊された。ならばこそ、自分たちにはない、その異邦人たちが持つ魔法技術なりを確認しようと目論んでいる。
転んでもただでは起きないってやつかな。
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