第23話 川神陽子の後始末(する側) 2

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 ダンジョン症候群によるマイナススキル。何故かダンジョンの〝外〟で効果を発揮するという厄介な症状ではあるけど、それは同時に天恵。


 ダンジョンの中やゲートの至近以外でも、魔法やスキルが使えるという可能性を示唆しているから。実際に〝外〟でスキルが発動しているから。


 その原理はよく分からない。でも私に囁きかける〝ダンジョンシステム〟は、そんなダンジョン症候群によるスキルをエラーコードだと断じてる。


 で、そのエラーコードを無効化するプログラムを授けてくれたみたいなんだけど……どうせなら、エラーそのものをパッチなりで修正すれば良いのに……と思ったりもする。


 もちろん、私が勝手にそう思ったところで、システムが応えてくれるはずもない。


 でも、逆に言えばエラーだからこそ、ダンジョン症候群のスキルへの対抗策や抜け道みたいなのが色々と見つかったのかもしれない。


 その一つが野里教官なんだとか。……本当は元・教官なんだけど、別に今さらだから、そのまま教官呼びで通してる。


「……ダンジョン症候群のスキルは、同じダンジョン症候群の罹患者には通じない?」

「はい。ダンジョン症候群の罹患者同士であれば、お互いのスキルの影響を受けません。……ただし、これはあくまでもダンジョンの〝外〟での臨床データによって導き出されたことであり、ダンジョンの〝中〟ではその関係性や影響力については不明なままです」


 確かに、ダンジョンの中では……野里教官の《バーサーカー》と浪速の《オブリビオン》は、お互いの影響を打ち消し合っていた気もするけど……《オブビリオン》が《バーサーカー》を抑えていたようにも見えた。


「……まぁ何だ。私はダンジョン症候群の罹患者であり、井ノ崎の治療を受けたが未だに影響は残っている。寛解という扱いだが、以降の私は波賀村理事の《テラー》の影響を受けなくなったのは確かだ。波賀村理事のスキルも治療によってかなり弱体化していたがな」

「もちろん、野里教官の事例だけではありません。これまで、学園は膨大な臨床データを積み重ねてきましたから。この本棟こそがその実験場でもあったわけですね」


 ダンジョン症候群を発症した人たちは、基本的に学園の本棟で隔離されるという扱いらしい。


 ただ、イノの《ディスペル》によって治療が可能となり、野里教官を含めて多くの罹患者が治療を受けたんだとか。


 寛解となった人たちは、今では本棟以外で普通に暮らしているらしい。流石に学園側の監視……健康状態のモニタリング込みではあるようだけど。


「……今のダンジョン症候群罹患者は、高齢であったり、研究分野の者が多数を占めている。ようは素の状態で者が少ない。そこで、まだまだ活きの良い野里澄元教官にご登場願ったというわけだ。元探索者とはいえ、理事二人は七十代だからな。軟禁生活で鈍った野里でも制圧くらいはできるだろうさ」


 なんだかギスギスしてるなぁ。


 たぶん、これは派閥争いの影響とかじゃなく、長谷川教官は個人的に野里教官が嫌いなんだと思う。


「ふん。確かに鈍っているが……それでも、井ノ崎一人に引っ掻き回された無能どもの尻拭いくらいはやってやるさ」


 うん。野里教官も相変わらずみたい。


「あのねぇスゥ。もうガキじゃないんだから、いちいち突っ掛かりなさんな。ハセ……長谷川教官もよ。スゥに八つ当たりしても仕方ないでしょうに……まったく、二人とも悪い意味で変わらないわね」


 呆れながら、塩原教官が間に入ってくれた。


 どうにも微妙なパワーバランスがあるようで……野里教官も長谷川教官も塩原教官には強く出られないみたい。彼女に注意されて、なんだか二人とも急にモゴモゴしてる。


 なんでも、彼女は野里教官の元チームメンバーであり、長谷川教官とも同期……学園生の頃からの付き合いなんだとか。


 ダンジョン絡みとなれば、学園卒業後も周りのメンツは似たり寄ったりになるらしいけど……身近なところで実例を目の当たりにした感じ。


 ……ってそんなことより、イノに引っ掻き回された?


「……市川先生。イノに引っ掻き回されたっていうのは?」

「ふぅ。今回の騒動は、井ノ崎君と学園との交渉が決裂した結果です。いえ、元を辿れば、西園寺理事が独断で井ノ崎君にちょっかいを掛けたのが発端ですが……」


 はい? イノ……一体何をやってるんだか。



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「ふん。私の《バーサーカー》は自身にのみ効果を発揮するタイプだからな。範囲内に被害を撒き散らす《テラー》や《ヴァンピール》よりも、いざという時に処理し易いと判断したんだろう」


 雑談代わりに、野里教官が選ばれた理由を聞いてみたら、そんな答えが帰ってきた。


「……ようするに捨て石ってことですか。なら、たぶん私も似たような理由なんでしょうね」

「当然だな。恐らく、学園はお前や井ノ崎以外にも〝超越者プレイヤー〟を飼っている。だからこそ、井ノ崎にもくだらないちょっかいを出したんだろうさ」


 とりあえず、私と野里教官が前に出ながら本棟に踏み込むことになり、今は広い本棟内を彷徨う《テラー》を探索中。とはいえ、大体の居場所は把握しているらしいけど。


 一応、塩原教官と市川先生が付き添いで少し後ろに控えてる。獅子堂は今回は留守番になった。パーティメンバーというだけでは、ダンジョン症候群のスキルを無効化できないという実例があるから。


 基本的に私の役割は、今現在の強力なダンジョン症候群のスキルを本当に無効化できるのかを試すだけ。エラーコードの無効化プログラムとやらの確認。むしろ、それ以外のことはするなと言い付けられた。


 もし私が、相手のスキル効果で身動きが取れなくなれば、野里教官が私を連れて逃げるという段取り。つまり、まだ《ヴァンピール》より《テラー》の方が与し易いとなったわけ。


 で、雑談の続き。


「でも、まさかイノがここまで直接的な行動を起こすなんて……」

「はッ! アイツは〝やる〟奴だ。そんなことは分かってただろ?」


 そりゃ確かに〝ダンジョンのイノ〟はね。でも、〝普段のイノ〟は慎重派だった。


『国家ぐるみの秘密結社的な組織のダンジョン学園相手に、個人が大っぴらに逆らえるわけないでしょ?』


 なんて風に日頃から言ってたし、表向きはいっそ小者的な動きをしてたくらい。


 なのに、聞けば今回は西園寺理事をいきなり襲撃したんだとか。それも、魔法やスキルを〝外〟で平然と使って見せた。これまでみたいな、絞り出すような劣化版じゃなく、ダンジョン内と同等のフルパワーバージョンのスキルや魔法をだ。


 最初に手を出したのは西園寺理事らしいから、イノ視点では仕返しという感じなんだろうけど……ちょっと直接的に過ぎる。今までのイノらしくない。


 ううん。もしかすると、我慢しなくても良くなった?


 ダンジョンゲートを任意で出現させるというのは、確かにそれだけの価値はあるかも。あるいは、良くも悪くも吹っ切れたとか?


 イノたちは〝例の異世界〟へ行ってるって聞いてたし、そこでナニかがあったのは間違いないはず。……ま、私がアレコレ心配しても仕方がないし、そもそも、私にはイノを心配する資格もないけど。


「……ふぅ。何にせよ、イノと学園の交渉は決裂して、腹いせとばかりに波賀村理事と西園寺理事のダンジョン症候群を再発させて、イノはダンジョンに姿を消しましたとさ……ということですか」

「ふん。井ノ崎め……今になってからこんな楽しそうな事を仕出すとはな。ダンジョンダイブができないこの身が恨めしい……」

「はぁ……野里教官は懲りませんね」


 でも知ってる。ほんの短い間の再会だけど分かったよ。


 口では何だかんだとダンジョンへの執着を語ってるけど、この人にはもうダンジョンへの強い想いなんてない。表向きの言動はともかく、そういう意味では、野里教官は憑き物が落ちたんだと思う。……イノにぶちのめされて。


「ま、イノのことは一旦置いといて、今は《テラー》への対応ですね。ちなみに、皆当たり前みたいにしてますけど、実際のところはどうなんです? 今の……フルパワーバージョンの《テラー》を、寛解状態の《バーサーカー》で本当にスルーできるんですか? 試したことはないんでしょう?」

「ん? あぁ……それは問題ない。既にだ。もちろん、私ではなく別の奴が試したらしい。というか、試さざるを得なかったというべきか」


 野里教官が言うには、イノが波賀村理事をさせた後、波賀村理事の《テラー》は、ほんの一瞬ではあるけど、広大な敷地を誇る本棟の端に届くほどの範囲に……爆発的にスキル効果を波及させたらしい。


 その際、本棟に残っていたダンジョン症候群の罹患者たちは、誰も《テラー》の影響を受けなかったとのこと。でも、当然というか何というか……それ以外の職員たちは、全力全開の《テラー》を受けて恐慌状態となり、爆発的なスキル波及が引いた後も、しばらく混乱が収まらなかったんだとか。


 ちなみに、今の波賀村理事と西園寺理事に明確な意思はないらしく、ただただ、スキルを垂れ流しながら本棟内をウロウロしているだけみたい。


「ふぅん。なら、残ってる課題は〝超越者プレイヤー〟である私がダンジョン症候群に対応できるかどうかのお試しだけってことですね」

「その通りだ。スキルの影響さえなければ、波賀村理事と西園寺理事を無力化する程度は私一人で十分だ。今回の私の役割は川神お前の護衛に過ぎない。……ふん。井ノ崎はどう思うか知らんが、奴の嫌がらせも、学園からすれば大した影響はなかったかもな」


 本当にそうかな?


 野里教官はイノや私という実例に触れてるから、ちょっと感覚が麻痺してるのかもね。


 ダンジョン内と同等のスキルや魔法を〝外〟で扱えるというのは、普通に考えて脅威だと思う。単純な暴力だけじゃなくて、治癒魔法一つにしてもそうだし、呪術や条件発動のスキルとか……搦め手として使える手段も多い。


 なんなら、生活魔法とかだけでも日常生活においては超便利だし、欲しがる人は多いはず。つまり、協力者も得やすい。


 それに、以前のイノが言っていたように組織が相手だと、長期的には個人じゃ勝負にならないかもしれないけど……ダンジョンパワーを形振り構わずで行使されると、〝外〟の一般社会じゃ即座に対応なんてできない。


超越者プレイヤー〟というに、一時的とはいえ蹂躙されるがままを許してしまうと思う。


 だって、専門機関であるこのダンジョン学園ですらこの体たらく。イノの突発的な襲撃を防ぐこともままならず、後手後手の対応。彼の一手で右往左往してる有様なんだから。


 慎重派のイノだ。当然に逃げ道も用意していたんだろう。現に、学園はイノにいい様にあしらわれて逃げられた。


 そして、後を追うこともできない。


 こうなった以上、学園はもう彼を邪険にできない。あるいは、もっと強硬な手段に打って出る……とか?


 何となく〝らしく〟ないとは思ったけど……そうか。今回の件でイノは『〝超越者プレイヤー〟をキレさせたらどうなるか分かってるのか?』という警告を学園に突き付けた形? むしろ、イノの本命はだったりするのかも? 


 うん。そこまで行くと、むしろ慎重派のイノらしいとも言えるかもね。


「……おい。いたぞ。《テラー》……波賀村理事だ」

「ッ!」


 おっと。色々と考え事をしてたら、いつの間にか目標へ接近してた。とはいっても、まだスキル効果範囲じゃない。あくまで目視で対象を確認しただけ。


 野里教官がわざとらしく指をさす。長く広い廊下の先。


 ぼんやりと、どこか所在なさげに突っ立ってる波賀村理事がいた。



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 結論から言うなら……。


 私は〝超越者プレイヤー〟として、ダンジョン症候群のスキル改め、〝エラーコードスキル(私命名)〟を無効化することができた。


 でも、野里教官はクソだった。思わず口が悪くなってしまうけど……本当に碌でもない人だ。うん。やっぱり私は、どうしてもこの人を好きになれない。


「……い、いや……すまない……こ、今回については、本当に言葉も……ない……」


 あぁ、いつもは太々ふてぶてしいワイルド系を気取ってるどこぞの元教官が、今は床に正座した上で、チワワみたいに小さくなって震えてる。


 私、野里教官、市川先生、塩原教官の四人は《テラー》に遭遇した。それはいい。むしろ予定通りなんだから。


 それに、あの時に限っては、野里教官が大口を叩いているとは思ってなかったのも事実だ。


 正直なところ、《テラー》を無効化さえできれば、特別な問題はないって私も思ってた。たぶん、市川先生も塩原教官も同じだったと思う。


 だって、波賀村理事は七十代という年齢であり、つい最近まで現役探索者だった二十代の野里教官と比べて身体機能が劣るのは、客観的に考えて当然のことだったから。


 それに、ダンジョンの恩恵がない素の状態でも、野里教官はアスリート並みの身体能力を誇るというのも知ってたから。


『うぐゥゥ……がァァ!』


 だから、波賀村理事が事前に聞いていた以外の挙動をとっても、そこまで深く考えてなかった。


「お? どうやら波賀村理事もこっちに気付いたか。いや……妙だな。今は明確な意思がないと聞いていたんだが……?」

「……普通にこっちへ歩いてきますね。とりあえず、《テラー》を無効化できるか試します」


 間違いだった。


 今はめっきり視えにくくなったけど……かつての〝光〟の導きがあれば、普通に撤退してたと思う。


『エラーコード:《テラー》を無効化しました』


 ダンジョンシステムからの通知を聞いた……つまりは、《テラー》の効果範囲に入った瞬間のことだ。


「あ、どうやら〝超越者プレイヤー〟の機能で私も《テラー》を無効化……」

『ぐガァァアッッ!!』

「なッ!?」


 波賀村理事……というより、《テラー》の方で何らかのスイッチが入ったのか、いきなりのトップスピードでせまってくる。


 流石にダンジョンの中と同じというほどじゃないけど……速かった。少なくとも、後ろに控えていた市川先生や塩原教官までがギョッとするほどには。


「くッ! 川神は下がれッ!」

「ッ!?(ま、間に合わないッ!?)」


 野里教官が私を庇うように前に出るけど……波賀村理事は速くて強かった。


『がゥアァッ!!』

「おぶッ!?」


 そりゃ油断してたのは私も同じなんだけどさ。あれだけ余裕綽々だった野里教官は、なんと一撃でノックアウト。戦線離脱。腹部に強烈な一発を食らい、その場に崩れ落ちて悶絶という結果。


 で、何故か《テラー》は私だけを狙ってたみたいで……そこからは、本棟を舞台に恐怖の鬼ごっこの開演。


 市川先生と塩原教官はあっさり《テラー》の影響で恐慌状態になるし、私は私で、《テラー》を無効化はしたけど、波賀村理事の驚異の身体能力で追い掛け回される羽目に。


 あげく、途中から《ヴァンピール》の西園寺理事まで合流する始末。都市伝説のターボばあちゃんかというくらい、こっちも凄い身体能力だった。


 二人に追い掛け回される前は、『流石に祖父母世代の人を力尽くで制圧なんて……』と、どこかで躊躇してたんだけど、そんな迷いは一瞬で消えた。


 追い付かれそうになるたびに、普通に殴ったり蹴ったりした。もちろん全力で。あと、備品として飾ってあった壺とかも投げた。普通なら〝あ、死んだかも!?〟というような痛撃にも、二人は平然としてたけど。


 結局のところ、波賀村理事と西園寺理事の電池切れ……スタミナ切れによる昏倒? によって事なきを得たんだけど……私はその直前に西園寺理事に捕まり、マウント取られてボコボコにされた。正直、死ぬかと思った……まだ痛いし。


 二人が意識を失った後も、エラーコードスキルは効果を発揮してたんだけど、襲いかかって来ないなら問題ないとばかりに、ようやくに復帰した野里教官(役立たず)が、二人を本棟地下にある隔離部屋に放り込むことに成功。


 今後については、私がダンジョンで【白魔道士】のクラスLv.を稼ぎ、《ディスペル》を会得して治療に当たることに。


 その間の二人の食事や排泄の世話については、あっさりぶちのめされた野里教官が全面的に対応することになったらしい。


「……そういえば、〝スキルの影響さえなければ、波賀村理事と西園寺理事を無力化する程度は私一人で十分だ〟……なんてことを言ってた人がいたそうですね?」

「……め、面目ない……」


 痣だらけ。血の跡も残ったままの状態で、私は野里教官に問い掛ける。問い詰める。


「か、川神。ま、まぁ……その、なんだ。別に野里教官もわざとだったわけじゃないんだし……その……」

「は?」

「……い、いや、何でもないデス……」


 獅子堂が間に入ろうとするけど……引っ込んでてよ。これは私と野里教官の問題だし。


「……ほ、本当にすまない……」


 ああ! 縮こまってる野里教官にも腹が立つ! 肝心なところで役に立たないなんて!


 もちろん、責任転嫁の八つ当たりなのは分かってるけどさあッ!



『野里澄、川神陽子、双方の好感度が一定値を超えました。パーティ登録をしますか?』

『野里澄、川神陽子、双方の好感度が一定値を超えました。パーティ登録をしますか?』

『野里澄、川神陽子、双方の好感度が一定値を超えました。パーティ登録をしますか?』


 

 しかも、なんなのよコレはッ!? さっきからずっとシステムから催促されてるし! あー! 鬱陶しいッ!!



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 第4章終了





●2023.12.1

『プレイした覚えもないゲーム的な世界に迷い込んだら』(イラスト:pupps先生)の第一巻が、Kラノベブックスより発売となります。

※書籍化に伴い、実はWeb版も地味にタイトルを変えていたりします(誰も気付いていないでしょうけど……)


●2023.11.16~

 ヤンマガWebにて、木曜日更新でコミカライズ配信中(構成:ほりかわけぇすけ先生 作画:小葉かんば先生)です。


 よろしくお願いいたします。

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