第12話 煽る客人

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 ゴブリン・ロード。


 リ=ズルガの戦士氏族において、その存在は神格化されている。


 だからこそ、王都では迂闊に話題に出すなってバズさんから聞いてたんだけど……いやぁ~本当だったみたい。別に疑ってなかったけど。


『ロードと同じ……? イノ。その言葉の意味が分かった上での発言?』


 一瞬前まで穏やかだったのに、お姫様の瞳に剣呑な色が見える。流石にいきなり激昂して無礼討ちに処す的な感じはないけど……姫様だけじゃなく、周りの護衛のヒトたちからも怒気が漏れてるよ。


 おー怖い怖い。……って嘘だ。メイちゃんとレオは少し焦ってるけど、僕にはまだ余裕がある。


 僕のプレイヤーモードは、リュナ姫たちを脅威と見做していない。いざとなれば、この場を力尽くで切り抜けられると教えてくれている。なんなら、ルフさん単体の方がよほどに脅威だ。


 もちろん、強硬手段に訴えたくはないし、本当に殺っちゃうと詰む。王国の社会的に。


 でも、だからと言って向こうの世界……ある意味では平和なダンジョン学園の時みたいに、なぁなぁではいられない。クエストをクリアしないとこの異世界から戻れないんだ。どこぞのやれやれ系主人公みたいに目立ちたくないとか言ってられない。


 向こうの学園生活のように、社会が身分や安全を保障してくれるわけじゃない。ここじゃ僕らはただの異邦人。部外者であり闖入者。


 ハッタリでもなんでも、一定以上のナニかを示さなくちゃ相手にもしてくれないし、自分たちの身も守れない。ルフさんの首飾りだけじゃ全然足りない。


「ええ。ただ、当たり前ですが今の僕がロードと同等だなんて言いたいわけじゃありません。単に〝仕組み〟が同じなのだろうと言ってるだけです」

『……仕組み?』

「はい。僕が使命を授かったのは、この地ではなく、大陸に存在する別の異界の門からです。それ以来、僕は使命に従って各地を旅しているという訳です。そして、この地の異界の門を訪れ、かつてのゴブリン・ロードの伝承などを詳しく教えてもらい……恐らく、ロードも異界の門から使命を授かっていたのだろうと推察したまでです」


 テキトーな嘘に本当をブレンドして語る。


 聞けば、ロードは〝神威の宿る宝具〟を操り、天地を割るほどの魔法を使ったと言われているらしい。伝説や伝承なんて当然に誇張ありきだろうけど、実はその凄い宝具がストア製アイテムだったとすれば……ってね。


 ま、もしかすると、ロードはダンジョンや〝超越者プレイヤー〟には無関係な、本当に純粋な英雄だったのかも知れないけどね。まぁ興味はあるけど、今はどうでもいい。二の次三の次だ。


『……それで?』


 とりあえず、今はリュナ姫が僕のテキトーな話に食い付いただけで十分。


「実のところ、これ以上に話すことはほとんどありません。要するに、僕は異界の門からの使命により、アークシュベルに囚われたあのヒト族たちを救出し、故郷へと連れ帰るだけのこと。この使命にどのような意味があるのか、何故に僕が選ばれたのか……そういう一切はまったく分かりません。なので、当然にあのヒト族たちの素性も知りませんし、アークシュベルに特別な恨みつらみもありません。ただ、使命だから実行するというだけです」


 個人的には、でっち上げの話はこの辺で終わらせて、とっととの話に移りたいんだけどね。


『……ふっ。そのような与太話を信じろというのですか? しかも、言うに事欠いて、ロードも異界の門からの使命を受けていたと? 仮にその話を信じるにしても、貴殿らのようなとロードが同列の存在であるなどと……我らへの侮辱にあたるとは思わなかったの?』


 いや、だから別にロードと同列だと言ってるわけじゃないんだけどさ。人の話を聞かないお姫様だ。勝手に勘違いして、かなり怒ってる。僕への隔意を隠さなくなってる。はは。今さらだけど、僕とメイちゃんはラッキーだった。


 この世界に初めて足を踏み入れた時、ルフさんが異種族である僕らに対話を持ち掛けてくれたのは、本当に運が良かったとしか言えない。あの時、問答無用で襲撃されてたら詰んでた。あの時点での僕とメイちゃんの実力じゃ、ルフさんに手も足も出ずに殺されてたはず。


 僕ら自身も、安易にゴ氏族やルフさんに敵対行動を取らなかったのは正解だった。


 ま、プレイヤーモードも警鐘を鳴らしてたし、一連のすべてがダンジョンの導き通りなのかもしれないけどさ。


 もし、この世界で初めて会ったのがリュナ姫様やこの護衛の方々だったら……僕とメイちゃんはちょっとしてたはず。異世界ここをダンジョン階層の延長程度みたいにしか思わなかったかもね。


 だって、このヒトたちって……好戦的な割には中途半端にから。


「リュナ様。申し訳ないんですが……いくら脅しを掛けられても、僕は言葉を覆す気はありません。ロードを侮辱する意図はないし、別にこの話のすべてを信じてもらいたいわけでもありません。ただ、アークシュベルからヒト族たちを奪還し、出国するのを少しばかり協力してもらいたいだけなんです」

『意図がないから侮辱を受け流せと? しかも、我らにもその使命与太話に協力しろとは……ずいぶんと都合の良い話ですねッ!』


 リュナ姫の魔力マナが荒ぶってる。ついでに護衛の方々も。


 控えている護衛。その中でも僕と距離の近い前よりの二人が、重心を若干前のめりにした。隠しているつもりだろうけどバレバレだね。相手の力量も図れない未熟者なんだから大人しくしとけば良いのに。


 ……とは言っても、僕らは色々とズルをしてる上に、それら諸々を隠蔽もしてるから、相手が勘違いするのは無理ないんだけどね。


「では、お言葉ですがリュナ様。貴女はたった今、使命に協力できないと断るだけならともかく、僕の使命を与太話だと鼻で笑った。それは即ち、僕の信ずる使命への侮辱に他なりません。自分たちの誇りや神格化した英雄については敬意を求める癖に、異邦の者の流儀や信奉するモノには敬意を欠いても良いと? はは。?」


 ま、屁理屈的な煽りだ。そもそも、相手の反応を確認する為に、わざわざロードの話題を出したのはどっちだって話だ。リ=ズルガにおいて、ロードの話は取り扱い注意というのは、ルフさんたちにも散々聞いてたのにさ。


『私のことを礼儀知らずだと愚弄するつもりッ!?』

「え? いえ、礼儀知らずはお互い様だろうと言いたかっただけで……一方的に愚弄する気はありませんでしたよ?」


 ただ、思ってた以上に逆鱗に触れちゃったみたい。うーん……これは彼女たちが煽り耐性が低いのか、僕の煽りがリ=ズルガの社会では許されないものだったのか……判断に迷う。


『貴様ッ! 黙って聞いておればッ!』

『客人だと思って図に乗りおって!』

『ロードの名を軽々しく出すとはッ! 姫様の手前、堪えていたがもう勘弁ならぬぞッ!!』


 何にせよ、リュナ姫や護衛の方々がマジギレしちゃった。まったく。僕らのお客人設定はどこいったんだか。はは。


 リ氏族は王族に等しいとも聞いていたけど、その護衛のデキはあんまりよろしくないみたい。


 怒りを露わにするにしても、その前に護衛対象である姫様を僕から遠ざけるべき《《だった》》。


 お姫様や護衛たちが知る由もないだろうけど、今の僕は完全にプレイヤーモード。


 暴力での解決に躊躇はない。遠慮もしない。いちいち口上を述べたり、気合を入れて叫んだりもしない。


『な……ッ!?』


 ただ行動に移すだけ。


 護衛たちが僕等痴れ者を成敗しようと意識を切り替える刹那の瞬間。認識の隙間を縫って僕は踏み込む。


 機先を制する形で、インベントリから直接鉈丸を抜いて突き付ける。リュナ姫の眼前に。


 まともに反応できてない。姫様も護衛も。リ氏族っていうのは、ずいぶんとのんびり屋さんのようだ。


 遊び半分の模擬戦とはいえ、ルフさんはこのインベントリアタックの奇襲を鼻歌交じりで凌いで見せたよ。


 ゴブリン種族としては老齢ではあるものの、ルフさんの実力は僕の目算を優に超えて、ゴブリンジェネラルのかなり上をいってた。


 あと、ルフさんには及ばないにしても、バズさんも不完全ながら僕の奇襲に反応できていた。……まぁ、模擬戦の時はあくまで鉈丸じゃなかったんだけどね。うん。別に負け惜しみじゃないよ? いや、ホント(ちょっと悔しかった)。


「さて……煽ったのはこっちですけど、先に手を出そうとしたのはそっちですからね? あ、分かってるでしょうけど、僕が本気だったらもう死んでます。リュナ姫の頭をかち割った後、そのまま後ろの護衛の方々もなます斬りにできました」

『……く……ッ……!?』

『ひ、姫様……!』

『な、なんたること……』


 あっさりチェックメイト。一瞬で終わりだ。護衛の方々には悪いけど、出番はなかったね。


「……確かにイノ君に任せたのはこっちだけど……いきなり物騒に過ぎるよ」


 ぶーぶー言いつつも、メイちゃんだってしっかり刀を抜いてる。しかも、僕と違ってちゃんと峰打ちできるように刃を返した状態で。


 飛び込んで来る護衛たちを打ち据える心積もりだったみたい。ナチュラルに『威圧』を発動した上で、しっかりとレオを守る体勢にも入ってる。


「そうそう。〝リ=ズルガ側とは平和に交渉しよう〟……とか言ってた癖にさ」


 そして、レオはレオで既に発動待機の状態で周囲に魔法を展開してる。遊雷だ。


 二人とも流石。僕の動きに合わせてくれた。以心伝心的な感じ? うーん……ちょっと違うか。


「だって、ルフさんやバズさんも言ってたでしょ? 王都の戦士氏族は無駄にプライドが高いから、話をするなら初っ端に鼻っ柱を叩き折ってやれって……」

「……たぶん、ルフさんが言ってたのは、こんな感じじゃなかったように思うんだけど……うん、もういいよ。この場はイノ君に任せる……」


 メイちゃんに呆れられてしまった。何となくショックだ。脳筋具合はメイちゃんの方が上だと思ってたのに……解せぬ。


『く……ッ! な、何もない場から武器を!? そ、それに……この禍々しいマナは何なのッ!?』

「あー……リュナ様。これは僕が異界の門から授かった武具です。ま、使命を果たす為の対価とでも言いますか……とにかく、僕らはこのような不可思議な技や武具を用います。どうです? ゴブリン・ロードの伝説に登場する、〝神威の宿りし宝具〟と似てると思いませんか?」


 ようやくに反応を見せたお姫様に対して、僕はそう語りながらマナの出力を高める。


 籠められたマナを鉈丸が妖気のようなナニかに変換して、より一層周囲への圧を強めていく。禍々しいマナが周囲に纏わりつく。まるで質量をもつかのように、場が重苦しさを増していく。


『な……ッ!?』

『こ、これは……!』

『馬鹿な……ッ!』


 リ=ズルガの流儀の詳細なんか知らない。


 ただ、哀しいかな、時代が変わろうが、世界すら変わろうが……暴力がどこであっても通じる共通言語なのは確かだ。野蛮だなんだと言われようが、力を持つという示威はれっきとした交渉手段でもある。


 一応、ルフさんにも確認は取ったしね。


〝無論、殺したりすれば遺恨は残るが、力を示す為にぶん殴る程度は大丈夫だろう。その程度で恨みを残すのは、自ら未熟な戦士だと吹聴するようなものだからな〟

〝……ルフ様、もしかすると王都の戦士氏族も様変わりしているかも知れませんよ……?〟


 ま、バズさんはちょっぴり懐疑的だったけど。


「さて、この落とし前をどうします? リュナ様は言いましたよね? 僕のことをだと。その脆弱な異邦の者に手も足も出なかったご自身を振り返って、何かするべきことがあるのでは? リ=ズルガの戦士階級では、格下だと見做した相手に負けるのは……どういう扱いになるんでしたっけ?」

『ッ!? イ、イノ……! あ、貴方は我らの習わしを……!?』

「いえ、別に良いんですよ? 僕らはこの国の戦士じゃない。だから、戦士階級の習わしなど関係ないと……今回の件は知らんぷりしてもね。だって、この場の目撃者はお姫様と護衛の方々だけですし……」


 別に僕だって闇雲にイキったわけでもない。


 流石に、王族に等しいリ氏族のお姫様相手に仕掛けるとは思ってもみなかったけど……一応、今回の流れはルフさんやバズさんの忠告に則ってのことだし、メイちゃんやレオともそれなりに打ち合わせ済み。


 本来の用途としては、戦士階級に理不尽な難癖を付けられた場合の対処法だったんだけどね。


 戦士の習わしってやつ?


〝戦士たる者、力を示した者には敬意をもって膝を折らなければならない〟


 要は力を示すことができれば、格上の戦士は〝見くびっててゴメンナサイ〟と、きちんと詫びを入れろってことらしい。そして、戦士の詫びというのはただの謝罪じゃない。当然に何らかの対価を支払うって類のモノなんだとか。


 もし、戦士階級にウザ絡みされた場合、このリ=ズルガの戦士の習わしを利用すれば良いって……ルフさんからもそう聞いてた。


〝イノたちは素の状態では強さが分かりにくいからな。相手の戦士が高圧的に出て来るなら、奇襲一発で立場を覆せるだろうて。相手が余程に愚かな恥知らずでなければ、侘びとして頼み事くらいは聞いてくれるはずだ〟


 もう今さら引くに引けないし、このままやり通すけど……まさかお姫様相手にこのをお披露目するなんてね。少なくとも、お姫様と軍人エルフの揉め事イベントに遭遇するまでは想定してなかった。あのイベントを見てしまった後は、何となくの予感みたいなのはあったけど。


『く……ッ! わ、私がそのような恥知らずだと言いたいのッ!?』

『ひ、姫様! こ、このような怪しげな連中に屈するなど……!!』

『いや……現に彼らは力を示した。戦士の習わしを放棄する方が……』

『き、汚い騙し討ちだ! 力を示したとは言えん!』


 リュナ姫も護衛の方々もずいぶんと余裕がある。それぞれが好き勝手にさえずってる。そりゃ確かに〝別にいいんですけどね(チラッ)〟的に煽ったのはこっちだけど……僕のことをちょっと舐めすぎだ。


 プレイヤーモードな僕がイラついてる。


「じゃあ意見もまとまらないようなので、このままってことで良いですね?」


 ま、骨の一本や二本なら、ルフさんの言ってた〝ぶん殴る程度〟の範疇でしょ。


『ぐぁッ!?』

『なッ!?』

『うぉぐ……ッ!』


《纏い影》。


 派手に鉈丸に注目させた際に密かに仕込んでいた。それぞれの足元に潜ませていた影を一気に顕在化させ、護衛達六名全員をまとめて締め上げる。


 一応、リュナ姫は鉈丸での脅しだけだけど……マナによる圧は更に強める。


『な!? こ、これは……〝異能〟!? イ、イノ……貴方は……!?』

「…………」


 いちいち反応が遅い上に煩い。リ氏族はリ=ズルガの戦士たちの頂点に立つと聞いたけど……このリュナ姫自体は強い戦士というわけでもなく、リ氏族の既得権益、権力なり影響力で上に立ってる感じ。まさにお姫様だね。


 王制や貴族階級がある社会だし、お姫様の立場も当然のことなんだろうけど……戦士の氏族とか言っちゃってる割には、ちょっとヌルいような気もする。


『ぐぅぅぅッッ!?』

『こ、このぉぉぉッ!!』

『ぎゃぁぁッ!?』


 別に今はどうでもいいか。とりあえず、僕は舐められないように力を示さないとね。まだ〝見くびっててゴメンナサイ〟をされてないし。


 鈍いリュナ姫様がギブアップするまでに、護衛の方々が骨折くらいで済めば良いんだけど……。



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