第11話 リ=ズルガの客人

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『今のは……ッ!?』

『帝国語ッ!? 一体誰が!?』


 お。明らかに僕の言葉に反応した。多少距離があって聞こえにくいけど、檻の中のヒト族の言葉は僕にも理解できるみたいだ。ま、これで〝ヒト族の欺瞞〟が〝ゴブリンの誇り〟に並ぶ翻訳アイテムだったのが確定したわけだね。


 ただ、今さっき僕が叫んだ言葉は、周囲のゴブリンたちには通じてないっぽい。〝突然どうした?〟的な目で見られた。


 うーん。僕としては喋る言葉を変えたわけでもないのに、どうしてこうもピンポイントで通じるのと通じないのに分かれるんだか……僕の認識や思考で切り替わってるのか? 相変わらずダンジョンアイテムには謎が多いな。オーバーテクノロジー過ぎる。


『く……ッ! き、聞こえたぞ! わ、我らは貴殿の言葉が分かる! 当然に故郷への帰還を望んでいる!』

『わ、若様!? 迂闊に返答するべきでは……ッ!』


 うん。ちゃんと問い掛けへのリアクションもしてくれた。ま、逃げ出したいっていうのは僕らの感覚では当然だけど、もしかしたら、戦士の恥とか、沽券にかかわるとかで、外部に助けを求めない文化があるかも知れないから聞いただけなんだけど……別に気にしなくても良かったわけね。


『誰が新帝国語をッ!?』

『あの黒い奴だ!』

『何故リ=ズルガこんな所に新帝国語が分かる奴がいるッ!?』


 おっと。当然に軍人たちも反応した。咄嗟の事とはいえ、流石に徹底してるね。今声を上げた連中は全員が〝ヒト族の言葉〟で喋ってるみたいだ。はは。僕も何となく分かって来た。二つの言語の違い。自動的にチャンネルが切り替わる感じ。チャンネル1はゴブリン語、チャンネル2がヒト族語……的な?


 にわかに檻の周辺が騒がしくなる。軍人たちは《纏い影》を着込んで黒ずくめな僕を認識した。


『……おい。あの者を捕らえろ』

『はッ!』


 当然に彼らを従えてるあの指揮官っぽいエルフも。


 さて、ここからどうするか……。雑踏に紛れて逃げても、土地勘が無い以上はすぐに手詰まりになるだろうし……ま、ここはゴブリンのお姫様にお願いするのが吉かもね。敵の敵は味方的な? あと、使えそうなモノは使うに限る。


「リ氏族の姫よッ! 僕はゴブリン語旧帝国語ヒト族語新帝国語が分かる! あの檻の中にいる者たちは海賊なんかじゃないッ!」

『な……ッ!?』

『その黒いチビを早く黙らせろ!』


 そうこうしてる間にも、檻の周囲を警戒していた軍人が僕に向かってくる。はは。暴力に訴えるなら、僕だって容赦はしないんだけど?


『あ……! ハ、ハルべリア殿! 王都ルガーリアにおいて、軍による武力行使は許しません! 兵を引きなさいッ!』

『……何を仰る? あの者は〝薄汚い海賊の仲間〟の疑いがあります。我らは治安維持として動いているだけですよ?』


 統制が取れてるね。あの高慢ちきなエルフが言葉を発した瞬間、向かってきてた軍人たちは動きを止めた。僕を睨みつけ、いつでも動けるように警戒を維持したままに。


 イレギュラーがあっても、あくまでもリ=ズルガには付け入る隙を与えないようにしてるのか。


 ただ、距離はまだ十メートルほどあるけど、前かがみなリザードマンっぽい強面、狼男ならぬ狼女的な獣人、いわゆるコボルト的な小柄な軍人……彼らからは危機的な圧が感じられない。この軍人たちは、ルフさんはおろかバズさんにも及ばない。


 多分このまま正面から当たっても凌げるし、鉈丸を抜けば……先にぶつかる三名はほぼ同時にれる。


 ……うん。危ない。僕もプレイヤーモードだ。思考が物騒な方に偏ってる。


 ダンジョンの階層で出てくる魔物とは違い、この世界の異種族は意思や知性があり普通に生活してる。いわば僕らと変わらないヒトたち。彼らを殺したりするのは、僕らの世界での殺人と変わらない。殺したくはない。


「もちろん、僕は海賊なんかじゃない! かつて異界の門の守り手だった、ゴ氏族のルフ殿と友誼を結んだ者だ!」


 そう叫びつつ、僕はルフさんから授けられた首飾りを掲げる。


 聞くところによると、生え変わった自分の牙を装飾品として加工した物で、リ=ズルガの戦士階級なら、習わしとして誰もが持っている物らしい。


 戦士階級じゃないルフさんが何でそんな首飾りを持っていたのかは知らない。謎多き氏族で、謎多きヒトだ。


〝ほほ。イノよ。ゴ氏族は長らく棄民ではあったが、その分、王国の中では名前だけは知られておる。ゴ氏族のルフと友諠を結んだと言えば、それなりに耳を傾けてくれる者も居るやも知れん。むろん、どこまで通じるかは分からんがな。まぁ気休め程度ではあるが、儂の首飾りを持っていくが良い〟


 なんて風に軽く渡された首飾りだったんだけど……色々と違ったみたい……。


『ル、ルフ殿の……ッ!?』

『ゴ、ゴ氏族の首飾りだとッ!?』

『ゴ=ルフ殿との友諠……ッ!?』

『御老体は未だに健在であられるのかッ!!』


 ゴブリンのお姫様どころか、周囲のゴブリンたちが一気に騒めく。


 ほんのついさっきまでは、アークシュベルに目を付けられた僕から距離を置こうとしていたゴブリンたちが、何故か僕の前に何人か出て来た……というか、何だか殺気立った連中に周りを囲まれちゃったんだけど……?


 その殺気は僕に対してじゃない。僕に迫ろうとしたアークシュベルの軍人たちに対してだ。


「ええと……これは……?」


 思わず、付近のゴブリンたちに声を掛ける。


『……貴殿はリ=ズルガの客人だ。客人に対して不埒な真似をさせる訳にいかん』

『その通り。我らは客人への礼儀を貫いているだけだ。お前さんが気にすることはない』

「は、はぁ……?」


 何となく、格好つける為に出しただけだったんだけど……ルフさんとの友諠なり首飾りなりは、思っていたよりもずっと重い意味を持ってたみたい。


 それにしても、〝リ=ズルガの客人〟か。はは。まさか偶然という訳じゃないよね。


『……リ=リュナ姫よ。これはどういうことか? 貴女方は我々と……アークシュベルと敵対するおつもりか?』


 高慢ちきなエルフ軍人も状況の意味が良く理解できていないみたい。はは。実は僕もだ。なんなんだろうね、この状況は?


『……ハルべリア殿。これはアークシュベルへの敵対ではない。我々の習わしだ。戦士の首飾りを持つ者はリ=ズルガの客人……勇名を持つ戦士の首飾りともなれば、いわば国の賓客だ。その賓客を……其方そなたは何と言った? 我らの賓客を〝薄汚い海賊の仲間〟呼ばわりをすれば……こうなるのは至極当然のこと! これは我らの当たり前の風習であり文化だ。すなわち約定に反しない! 我らの賓客を侮辱した其方にこそ非がある場面だッ!』

『…………』


 うーん。よく分からない論理だけど、まぁリ=ズルガの風習とか言われると、そもそもさっぱり分からないわけだしね。


 でも、何となくではあるんだけど……お姫様には、僕の周りを固めてくれてるゴブリンたちのような〝純粋な善意〟みたいなのは薄い気がする。


 これ幸いにと、軍人エルフへの反撃に利用された気がしないでもない。


 まぁ良いか。とりあえず、リ=ズルガ側は僕に味方してくれるみたいだし。


 ついでに、囚われのヒト族たちの身柄をアークシュベルから奪い取って欲しいくらいなんだけど……それは流石に無理かな?



:-:-:-:-:-:-:-:



『改めて……私はリ=リュナ。主にアークシュベル側との折衝役兼王都の治安維持の任を受けている者だ』


 僕らはアークシュベルの領事館エリアからほど近い、リ=ズルガ側の建物……治安維持の兵士の詰め所……要は警察署みたいな所に案内されることに。群衆に紛れていたメイちゃんとレオも合流した上でね。


「改めまして……ええと、僕はイノです。こちらの二人はメイとレオ。あちこちを旅して暮らしている身です。この度、異界の門を見学に行った際、ゴ=ルフさんと知り合って首飾りを授けられました」


 結局、あの場はアークシュベル側が引く形でお開きとなった。囚われのヒト族……ラー・グライン帝国という国の三人は、当然のように領事館の敷地内へ連れて行かれちゃったけどね。


 で、残された僕らはというと……流石に賓客とまではいかないまでも、リ=ズルガ側からそれなり以上の〝お客様扱い〟を受け、リュナというお姫様の執務室的な所で改めて挨拶を交わすに至るってわけ。もちろん、お姫様の周りにはしっかり護衛の方々も配置されている。


『イノ、メイにレオか。大陸の者であろうに、どこか我らの名と似ている。いや、すまない。どうでも良い事ですね。何にせよゴ=ルフ殿が首飾りを渡した以上、貴殿らを我らの客人として歓迎しましょう』


 今のお姫様は、先ほど大通りでエルフ相手に険しく喚いていたのとは打って変わって、その表情は穏やかで落ち着いてる。こっちが素だとしたら、あの軍人エルフとのやり取りは、実はかなり気を張ってたのかも知れない。


「ありがとうございます。……ただ、大通りでは大見得おおみえを切りましたけど、実は僕らは王国においてのゴ氏族やルフさんの事を知らないままでして……首飾りにしても、ルフさんからは〝気休め程度にはなるだろう〟としか聞いてなかったんですが……?」

『……はは。控えめなゴ氏族の御方らしい。イノ。我らの国において、戦士十氏族が大陸で言うところの〝貴族〟のような立場にあたるというのは知ってるかしら?』

「はい。そのことはお聞きしています。……既に二氏族が族滅し、ジとミの氏族が追放という形でゴ氏族のもとに身を寄せているということも……」

『なら話が早い。要はゴ氏族の御方たちは、我ら王国の監視役であり、十一番目の戦士氏族という位置付けなの』


 お姫様曰く、ゴ氏族が王国においての棄民であるのは間違いないのだけど、その意味は僕らが知る物とは少し違っていた。


 棄民……それは王国から棄てられたわけじゃなく、自らの意思で王国の立場を棄てた者。その上で王国の行く末を見守る者たちのことを指すんだとか。


 ルフさんは意図的に自分たちを下げて話をしてたけど、王国の中では十氏族と並ぶ戦士階級の氏族であり、王国のしがらみに必要以上に縛られない一族だそうだ。


 その上、王国の状況いかんによっては、王族とも言えるリ氏族が頭を垂れることもおかしくないとか。王国を見守る氏族。十一番目というより、中二病的にはむしろゼロ番の氏族って感じ。ルフさんって、王国にとってもめちゃくちゃ重要人物だったわけだ。


 この異世界での連鎖クエスト。もしかすると、ルフさんこそが僕の案内役だったのかも……。まぁ知らんけど。


「……な、なるほど……皆さんの行動の意味が何となくですけど分かりました。ルフさん……というかゴ氏族は、王国にとって重要な役所やくどころを担ってたんですね」

『その通り。つまり、そのゴ氏族の首飾りを持つイノたちは、我らにとっても特別な客人であるということ。……それよりも聞かせて欲しい。客人の素性を探るようで礼儀を欠くのは重々承知しているけれど……イノたちは、あのアークシュベルに囚われていた者と何らかの係わりが……?』


 色々と気を遣ってくれていたのは確かだけど、リュナ姫にとって一番に知りたいのはコレだろうね。アークシュベルの連中に一矢報いるナニかを探してるっぽい。


 さて、どうするか。チラリとメイちゃんとレオを見るけど〝後は任せた〟とばかりに軽く頷かれただけ。いや、分かってたけどさ。


 うーん。ここはクエストを混ぜたそれっぽい嘘設定でゴリ押しするか? あの囚われのヒト族たちを救出するには、どうしてもお姫様の助けが必要になるだろうし……。


「……ええと。実のところ、囚われている帝国人と直接の面識などはありません。ただ、僕らには、あの者たちをアークシュベルの縛から解放し、故郷の地へ連れて帰るという使命があります」

『使命?』

「はい。そもそも、僕らがこの地へ訪れたのは……異界の門を経て、こうして王都に立ち寄ったのも……すべてはその使命の導きによるものです」


 さぁ。それっぽい設定を全力で考えないとね。ま、このお姫様なら、割と荒唐無稽な話であってもそれほど気にしない気もする。彼女にとって重要なのは、いかにしてアークシュベル側に一泡吹かせるか……ってところだろうし。


『……つまり、イノたちは大陸の……ラー・グライン帝国から密命を受けた使者ということ?』

「いえ。僕らは姫様が思うような使者とはまた違います。国家や組織の紐付きではなく、僕らがさすらいの身なのは間違いありません。ただ、矮小なる身としては、どうしても逆らい難い使命を与えられているのです」

『……話が見えない。イノたちは組織に属する者じゃない? なのに、強制力のある使命を帯びている?』


 うーん……いきなり無礼討ちとかされないことを祈ろう。


「はい。リュナ様。こんなことを初対面の者から言われても信じられないでしょうが、僕らは……いえ、僕は……使を受けているのです。そう……かつての……」



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