第10話 その者、後に……
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さて。そんなこんなでクエストだ。
「アークシュベル側からあのヒト達の身柄を奪い、故郷である帝国を目指してリ=ズルガを脱出する……か」
未だにワーワーと揉めてるゴブリン姫と軍人エルフ、あるいは周囲の喧騒は一旦置いといて、僕らは次の行動を話し合う。
そもそも、この度の
ま、どういう風に実行するのかが問題なだけ。……はは。
「どうする? この騒ぎに乗じていきなり仕掛けてみる? ルフさんやバズさんにも太鼓判もらったし……ストア製アイテム有りなら、今の私たちでもイケるんじゃないの?」
レオが物騒なことを言う。やたらと好戦的だな。プレイヤーモードか? ま、いざとなればそれもアリだろうけど……。
ちなみに、この世界には魔法や
僕らが普通に使用するスキルについても、似たような
戦闘面での実力は、レベル【十七】の僕がストア製アイテムでブーストすれば、戦士であるルフさんとバズさんを同時に相手にしても、《纏い影》無しで凌げるくらいだった。
もちろん殺す気でやれば、ルフさんたちも違う手を使ってくるだろうから、あくまで参考程度でしかないけどね。
ただ、聞くところによると、ルフさんは若かりし頃は戦士十氏族の長にも引けを取らない実力者だったらしい。ゴ氏族の王国での立ち位置や扱いについて謎が深まるばかりだ。
年老いた現在でも、若い戦士のバズさんが敵わないほどには強い。そんなルフさんと渡り合えるということは、僕らも王国ではかなり強い戦士の部類という評価だった。
あ、僕らは普通にステータスもレベルもスキルもそのまま。ダンジョン仕様のまま。
この世界においては、インベントリやストア製アイテムを含めると、まさに正しくチート性能だったりする。
「……色々と言いたいことはあるけど……そもそも、今回のクエストは私たちだけが大丈夫でも意味は無いんじゃないの? 囚われてるあのヒトたちを連れて行かないといけないし……土地勘のないままに逃走や潜伏先を確保するのは難しい。それに、港を封鎖されたら当たり前に出国もできないと思う」
「そりゃメイ様の言いたいことも分かるけど……でも、出国の手筈や潜伏先を整えてから……って言うのは、あまりにも悠長過ぎる気がするけど。既にクエストが始まっちゃってる以上、ここから何とかする道が用意されてるって風にも思えるし……今、この場にはリ=ズルガとアークシュベルの双方ともに、それなり以上に立場のあるヒトたちが揃ってるんだから、何か行動を起こすなら良い機会だと思うんけどなぁ……」
ダンジョンシステムからのお題が出された以上、現時点で何らかの正解ルートが用意されてる筈だという……いわば逆説的な思考で、今すぐ動く方が良いとレオは判断したみたい。確かに一理あるかも知れない。ただ、いきなり暴力に訴えるのは微妙かも。僕が言えた義理じゃないけど。
「うーん……いきなり力ずくで仕掛けるのは流石にちょっとアレだし……とりあえず、〝ヒト族の欺瞞〟の効果を試すってことでどうかな? これで言葉が通じなかったら笑いごとじゃ済まないし……」
「あ、それもそうか」
「……流石にそんなことはないと思うけど……試しておくのは賛成」
ということで、まずはお試しとして囚われのヒト族と接触することに。……まぁ接触と言っても、アークシュベル側の軍人たちが見張りに付いてるから、そこそこに近づいて大声で話し掛けるだけなんだけど。
結果がどうであれ、良くも悪くもゴブリン姫や軍人エルフたちの注意を引くだろうから、まずは僕だけが先行する。
メイちゃんとレオは人混みに紛れて、いざという時の為にすぐに逃げられる配置へ。余裕があれば援護してもらう感じだけど、二人には安全確保を優先してもらう。
「(〝新帝国〟とかいう、別の国に属する囚われたヒト族の処遇を巡って、リ=ズルガのお姫様とアークシュベルの高官が言い争う場面。はは。まさに本格的な異世界での
この時、僕は自分の異常さを自覚してた。
ダンジョンでの魔物との交戦経験があるとは言え、普通に考えて、異種族が闊歩するファンタジーな異世界に放り込まれて、さぁクエストをこなさないと……なんて風に思える時点でオカシイ。
もちろん、クエストをクリアしないと出られないんだから、クエストに取り組むのは当たり前ではあるんだけど……僕を突き動かすのはそういう不安や心配なんかじゃない。
〝今度は何が起こる?〟
〝何を見せてくれる?〟
〝どうすれば先に進める?
〝何をすれば良い?〟
〝さぁ次は?〟
そう。僕は今の状況を楽しんでる。ダンジョンのお題をクリアすることや未知との遭遇なんかが好奇心を掻き立てる。
こういうのが、プレイヤーとしての僕の異常性……仕様なんだろう。
まぁ、もういちいち自分の異常さを気に病んだりはしない。別に他にやることもないし、どうせやらなきゃダメというなら、このクソッたれなダンジョンシステムに積極的に付き合ってやるさ。はは。
「おっと……すみません。ちょっと通ります」
『……あん? お、なんだヒト族かよ。同族を見たいのか?』
「ええ。この国じゃ割と珍しいですから。もしかすると、知ってる顔かも知れないと思いまして……」
『はは。その心配はねぇぜ。悔しいが、アークシュベルのクソどもは嫌らしいほど抜かりはねぇからな。移送の際、わざわざ捕虜の知り合いがいるような場所を経由したりしねぇさ。どうせ本国へ移送するついでとばかりに、リ=ズルガへ嫌がらせする為に連れて来たんだろうぜ』
なるべく、アークシュベルに反感を持ってそうなゴブリンのヒト混みを選びつつ、野次馬たちからもそれとなく話を聞いておく。ま、気休め程度だけどね。
ただ、そんな情報収集はともかく、魔物感溢れる異種族のヒト混みをかき分けるのは思った以上にハードだった。
ほとんどはゴブリンだけど、基本的に皆して服の上からでも分かるほどに体がゴツゴツしてるし、中には牙や角のある種族だっていたしね。
すれ違うだけで身の危険さえ感じる場面もあり、思わず《纏い影》を全身に薄く展開する羽目になった。見た目的には、フード付きの黒いローブをすっぽりと羽織ってる感じ。
うーん。客観的に見るといかにも怪しいよな……。黒魔道士とか、どこぞの暗殺者のコスプレみたいだ。異世界のヒト混みの中じゃまだマシだけど、周囲に誰も居なかったら不審人物確定だ。
「(お、そろそろ先頭か。……リ=ズルガは民衆レベルでアークシュベルを毛嫌いしてるみたいだけど、群衆はちゃんと軍人達から距離を置いて警戒してる。罵声を浴びせたりはするけど、石を投げたりという直接的な行動は起こしてない。割と冷静に状況の推移を見守ってる。たとえあのお姫様が煽ったところで、野次馬が激発することはなさそうだね。ある意味では民度が高いとも言えるけど……もしかすると、アークシュベルに反抗しても……という諦めが、リ=ズルガの民衆にまで蔓延してる?)」
二つの王国の関係性やら王都の社会情勢なんかをテキトーに想像しながら、ヒト混みを掻き分けてしばらくすると、ようやくに野次馬連中の先頭が見えた。
軍人たちの無言の圧によって、見えないバリケードが張られてるみたいに、囚われのヒト族の檻を中心に空白の円が形成されている。
それはまるで、ゴブリン姫とエルフ軍人の為の舞台みたいだ。二人は未だに何かしらを言い合ってるけど、明らかに形勢はゴブリンのお姫様に不利。すでにぐぬぬ……ってなってるし、エルフ軍人は
そんな主人公たちの舞台劇はそこそこに、僕は軽くメイちゃんとレオの気配を探る。でも、もうすでに追えない。見知った
僕はこの時点で、二人がいざとなれば行動に移せる配置に付いていると見做す。
さ、〝確認作業〟だ。
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『……若様、あのゴブリンは何と言ってるのか分かりませんか? 我々はアークシュベル本国ではなく、この下賤なケダモノ達の国で八つ裂きにされる運命なのでしょうか……?』
女が独白のようにぽつりと溢す。
アークシュベルとの戦場で追い詰められ、敗戦の末に虜囚の身となりはしたが、彼女は警戒を怠ってはいない。まだ諦めていない。命の終わりの瞬間まで、護衛として、帝国の兵士として、その本分を全うする所存だった。
だが、同じように虜囚となった、苦楽を共にした部隊の者達とは引き離され、捕虜としての処遇を受けることもなく、痛めつけられ、物のように檻に入れられて移送されるという屈辱を受ける羽目になった。
その上、アークシュベルの兵達は、徹底して
部隊には旧帝国語に造詣が深い者も居たが、その者は別の檻に入れられ連れて行かれてしまった。自分たちがどのような扱いとなるのか、まったく分からないまま、気付けば魔物の巣窟に連れて来られたという次第。
『……我々にではなく、アークシュベルの者に対して憤っているように聞こえるが……すまない。断片的に簡単な単語が少し分かるだけで、どのような文脈で話をしているかはまったく分からない』
『……いえ。申し訳ございません。若様にご負担をお掛けするような真似を……』
辛うじて旧帝国語に触れた経験があるのは、女の護衛対象であり、まさに主である男。
名をノア。彼はラー・グライン帝国……通称〝新帝国〟の皇族に連なる者。
いわゆる皇子様ではあるのだが、皇位継承権のない遠い傍系でしかなく、力のある大貴族よりも扱いは軽い。もちろん、平民の一兵卒に比べれば立場ある身だが、戦地での身分も辺境地の数ある砦の一責任者でしかなかった。
『ふん……何が運命だ、くだらない。ジーニア、今さらそんな心配をしてどうする? 俺たちはもう終わりだ。アークシュベルで首を刎ねられるか、ここでゴブリンどものオモチャにされるか……どちらにせよ、どうせ後は死ぬだけだ。ノア様も、いちいちジーニアの相手なんぞする必要はありませんぜ』
『グレン殿……ッ! 貴方が諦めるのはもう止めはしません! しかし、いざという時に足を引っ張るような真似はしないでもらいたい! 私は諦めていません! せめて、若様を正規の捕虜として扱ってもらえるように足掻きます!』
『くくく。おめでたいお嬢ちゃんだ。俺たちは当然として、既にノア様だって本国には〝戦死〟したと報告されてるさ。つまり、俺らは死人だ。わざわざアークシュベルが死人を捕虜扱いするわけねぇだろ? ……連中の常套手段じゃねぇか。お前だって知らないはずもないだろうによ……』
瞳に抵抗の灯を宿すジーニアと呼ばれた若い女。
諦念に取り憑かれ、いっそ自暴自棄な壮年の男グレン。
檻の中、囚われのヒト族。帝国の兵たち。
『よせ、二人とも。我らが言い争って何になる? グレンの言い分もよく分かっているし、ジーニアもいちいち突っ掛かるんじゃない。無駄に消耗するのは愚の骨頂だ。ここは落ち着ついて機を待つべきだろう?』
『……はは。ノア様よ。現状のどこに〝機〟があると? いっそ女神様に祈って、穢らわしい魔物どもに神罰でも下してもらいましょうか? ……ふん。何が機を待つだ。女神様の奇跡を望む方がまだ現実的だぜ……ッ!』
『グレン殿! 私はともかく、若様への無礼は許さないぞッ!』
周囲は魔物だらけ。ヒト族に劣らぬ知性があり、国があり文化もある。しかし、言葉が通じない、意思疎通ができないノアたちからすれば、王都ルガーリアは異国を通り越して、凶悪な魔物の巣窟でしかない。
そんな状況にありながら、ノア直属の護衛であるジーニアなどは本気の本気でまだ諦めてはいない。
ただ、護衛対象である皇子ノアは、口ではグレンを諫めながらも、実は彼も心の底では諦めている。
本国へ生きて帰ることなど叶わない。捕虜として扱われることもなく、名誉や誇りもなくただただ死んでいくだけだと理解していた。
ジーニアのように心を強く持てない。在りもしない希望に縋るほど、現実が見えない訳でもない。当然、女神の奇跡を願うような真似もしない。
教会からは異端者の誹りを受けるだろうが、彼は女神など信じていない。
ヒト族を見守る女神とやらが実在するなら、そもそも自分はこんな目に遭っていない。故郷であるラー・グライン帝国とて、各地で災害や飢饉、地方領主の反乱や民衆蜂起が起こったりしなかったはず。
各地で皆が祈りを捧げているのに、女神は一向に現れない。それどころか、斜陽の帝国に対して、西の大国であるアークシュベル王国が覇を唱えて侵攻してくるという有様。敗戦濃厚な泥沼の戦闘が各地で勃発している。弱り目に祟り目とはこのことか。
ただ……そんなノアは女神の声を聴いた。女神が遣わせた者の声を聴いたのだ。
「僕の声が聞こえるか! 僕の言葉が分かるかッ! 貴方たちは故郷へ帰りたいと願うかッ!? この声が届いているなら返答してくれッ!!」
ノア・ラー・グライン。
ラー・グライン帝国の最後の皇帝。
後年、彼が回顧録に残した言葉がある。
『若かりし頃、私の女神様への信仰は乏しかった。いや、乏しいどころではない。神などいるものか。もし女神様がおられるのなら、何故苦難の帝国を救って下さらないのだと……畏れ多くもそんな憤りを抱いていたほどだ。しかし、女神様は確かにいたのだ。苦難の道を征く我らか弱きヒト族を見守って下さっていたのだ。私は……女神様の奇跡の一端に触れた。そう。女神様は遣わせてくれたのだ……不可思議な力を持つあの者たちを……』
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