第9話 第三の選択肢
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クエストが発生し、異界の門を潜り、理性的なゴブリンのルフさんに出会い、かと思ったら、いつの間にか五十年が経過してて、その間にルフさん達の王国は武力を背景とした文化的な侵略を受けた。
そして、別のクエストが発生することによって、僕らはそんな世界に閉じ込められちゃいましたとさ。
ま、そういう諸々を経て、僕らはとうとうリ=ズルガ王国の中心である王都ルガーリアに足を踏み入れたわけ。
少しの間だけ滞在したゴ氏族の集落は、狩りや遊牧、酪農、ちょっとした農業なんかで成り立っている生活だったんだけど、それはリ=ズルガの文化の一端でしかなかったみたい。
言葉は悪いけど、ゴ氏族の集落は正真正銘のど田舎暮らしだった。都会である王都は、ゴ氏族の集落とは文化水準がまるで違ってたんだ。
こう……何ていうか、異世界モノでよくある〝中世ヨーロッパ風〟と言いつつ、どちらかと言えば近世寄りな文化水準を感じる。
もっとも、魔法や異世界種族が当たり前に存在する世界な訳だし、単純に文明の質や水準を比較することなんてできないんだけどね。
僕の知る前世の歴史だって、中世のヨーロッパよりも、古代ローマ帝国時代の方が文明や文化としては優れていたって話も聞く。時の流れが質を担保する訳でもない。なら、世界の仕組みすら違う文明を比較するなんてナンセンスだろう。知らんけど。
王都には煉瓦や石造り、木造の建造物もある。中央に位置する王城はかなり巨大で、いかにもな〝中世ヨーロッパ風のお城〟が鎮座していたりもする。
足元を見れば石畳が敷かれている上、きちんと竜車の通り道と歩道が分けて整備されてる。全体を見据えてデザインされた都市計画が、この王都ルガーリアにはあるように思う。
街行くヒトたち……便宜上ヒトと表現してるけど、多種多様な種族が街を闊歩してて、むしろ僕らのようなヒト族はほとんどいない。かと言って、周囲から珍し気にジロジロ見られる訳でもない。この王都では、見た目や種族にあまり頓着しない文化なのかも知れない。
種族としてはゴブリンが多いけど、オークやオーガ、コボルト、獣人族、リザードマン。そして、数は少ないけどエルフやドワーフ、その他にも見たことも聞いたこともない謎な種族も見かけた。まぁ何というか、異世界感満載の雑多な感じ。
活気もあって、そこかしこで露店が出てるし、呼び込みの威勢の良い声も聞こえる。時折、意味が理解できない言語も飛び交ってるけど、事前にルフさんから聞いてた通り、王都で使われているのは概ね
「これは凄いね……外観からしてルフさん達の集落とはまるで別物だろうとは思ってたけど……」
「……うん。城門の外が商店街みたいになっているのも凄いと思ってたけれど、城門の中は本当に別世界みたい……」
いつもは割とクールな感じのメイちゃんも、王都ルガーリアの姿に圧倒されている。
でも、実は今この瞬間については、ただの現実逃避だったりするんだよねぇ……。
王都の威容と活気に圧倒されたのは確かだけど、僕らは目的も忘れてなかった。
検問を抜けて城門を潜った後、定期便のヒトたちに聞いていた通り、アークシュベル王国の領事館があるエリアに向かう。向かってたわけ。色々と聞き込みしたりしながらね。
で、その途中で僕らは出逢うことになったんだ。
「ほらほら、イノもメイ様も……そろそろ現実を見ようよ。王都ルガーリアが凄いのはもう十分以上に堪能したでしょ? ちゃっちゃと切り替えてさ。次は〝クエスト〟だよ?」
勝手の分からないクエストに巻き込まれて異世界へ閉じ込められた。結果から見るに、ゴーサインを出したのは親類である西園寺理事。それも〝同志〟であるメイちゃんの意思をダンジョンスキルで捻じ曲げての仕打ちだ。
色々とショックなこともあっただろうに……目の前の出来事に一番先に我に返ったのはレオだった。
ダンジョンが当たり前の世界しか知らない、見た目はクール系だけど芯は熱く、割と武闘派なメイちゃん。
憑依的な感じで〝井ノ崎真〟として別世界に途中参加となり、いわゆるサイコパス的なヤバさを内包してるプレイヤーである僕。
転生したことによって、ダンジョンのある世界での常識と前世の経験を持つ、同じくプレイヤーであるレオ。
並べて見ると、異常と通常……その狭間で一番バランスが良いのはレオなのか知れない。
「……ふぅ。レオの言う通りだね。イノ君、次はどうするの? こういうのって……イノ君やレオが言う〝ベタな展開〟というやつなんじゃないの?」
おっと、メイちゃんも我に返ったか。
そう。これまでのダンジョンシステムからすると、怪しいくらいにベタな展開ってのが、王都で僕ら待ち受けてたってわけさ。はは。
『答えなさいッ! いかに戦時の虜囚とは言え、
『……ふっ。気高きリ氏族の姫よ。貴女は高潔な心と荒ぶる戦士の気概をお持ちだが、いささか早とちりが過ぎるのではありませんか? 我らは確かに捕らえた敵兵を引き連れてここへ立ち寄りはしましたが……連中は決して貴人などではありませぬ。バルナー海域を根城とする汚らわしい海賊どもの生き残りに過ぎません』
王都の威容に圧倒されつつ、ヒト混みを掻き分けて僕らが辿り着いたのは、アークシュベル王国の領事館がある一画。その大通り。
王都に入ってからは、周りを見渡せばどこかしこも混み合ってたから、特別に違和感を覚えることはなかったんだけど……この日、この瞬間、そこはいつもの大通りじゃなかったんだってさ。
周りの野次馬連中から聞く限りでは、いつもはこれほど混み合う場所ではないそうだ。どちらかと言えば、領事館の近隣区画は比較的静かな通りなんだとか。要は平時とは違う光景がそこにあったわけ。
激しく言い争う二つの勢力。
一方はリ=ズルガ側。その中心に居るのは、明らかに街を行く者とは一線を画すほどに、上質で鮮やかな刺繍が施されたデール(モンゴルの民族衣装)のような衣類を纏うゴブリン。
『そのような戯言で言い逃れできるとでもッ!? 我々もずいぶんと甘く見られたものですね……ッ!』
声や身体付き、衣服の色合いや模様なんかから雌……というか、女性ゴブリンなのが分かる。
その身はホブゴブリンよりも若干大きく、もはや僕らヒト族とさして変わらない体格。もう
魔物感はもちろんあるけど、その顔や振る舞いは、どこか気品と凛々しさを兼ね備えてるようにも見える。姫騎士……いや、姫戦士か。そんな感じ。
『甘く見るなど……そのような真似はとてもとても。我らはリ=ズルガのご好意により、国土をお借りしてる身ですから……ふふふ』
もう一方はアークシュベル側。こちらは軍人らしく、種族は様々だけど皆が色合いや形を同じくする軍服のような物を纏う一団。
その中心でリ=ズルガのお姫様と口論してるのは、スラリとした長身のエルフ族の男。……まぁ本当にエルフなのかは知らない。きめ細かく長い金髪に尖った耳……僕が知ってるエルフっぽい特徴からそう思っただけだ。
『……ハルベリア殿。そもそも、貴殿らアークシュベルがこの地に逗留するにあたり、我らリ=ズルガとの間には約定があった筈です。どのような類のモノであれ、〝外〟の争いを持ち込まないという絶対遵守の約定が……ッ! 何が海賊ですか! その者らは〝新帝国〟の兵……それも貴人! どうしてここへ連れて来たのですかッ!? いや! それよりも、何故に彼らを戦時捕虜以下の……それこそ刑罰奴隷のような扱いで衆目に晒したのですかッ!? 戦士の誇りの風上にも置けぬ蛮行でしょう!』
女傑ゴブリンが軍人エルフをビシリと指差して叫んでる。
その内容はよく分からないけど、とにかく揉めてるのは一目瞭然って感じ。で、たぶん、そのきっかけはアークシュベル側らしいってのは理解できる。
だって、軍人エルフやその周りの制服組は、いきり立つゴブリンのお姫様を相手にまるで動じてない。いかにも予定調和って感じがする。
あーあ。あの軍人エルフは、どこか学園の理事たちを思い起こさせて気に入らないね。策を弄して余裕こいてる感じが特に。
「……イノ君。クエストの報酬のことなんだけど……」
「……はは。メイちゃん。それは皆まで言うなって感じですよ……はぁ……〝ヒト族の欺瞞〟かぁ……」
ま、リ=ズルガとアークシュベルの仲がよろしくないっていうのは知ってた。いかに三十年という年月が経過しても、侵略された側と侵略者なんだからお察しだ。
ゴ氏族やルフさんたちに加え、王都到着後にも色々と聞いて回ったところ、アークシュベル王国は他種族国家だけど、一部の特権階級的な連中はエルフ族か獣人族の血を引く者が多いらしい。
目の前の軍人エルフをパッと見でエルフ族だと判断したのは、事前にそんな情報を聞いてたってのもある。
ただ、その見た目はともかく、アークシュベルに純粋なエルフ族や獣人族は少ないそうだ。
なんでも、アークシュベルの王家の祖は、そもそもがエルフ族と獣人族の混血。ハーフエルフ。エルフ族からも、獣人族からも忌避された忌み子だったらしい。
で、やがて王となるハーフエルフは、自分と似た境遇……様々な理由で元の場所や故郷を追われたヒト達を集めて、共に集落を作ったのが王国の始まりなんだとか。
遥かな時が流れて、今ではアークシュベル王国は、多種多様な異種族をまとめ上げた大国として力を振るうようになり、脈々と血統を繋いできた純血種族や稀少種族なんかは、王国では割と差別されてたりするらしい。ま、立場が変われば……ってことなんだろうね。
ゴブリン種族による単一種族国家であるリ=ズルガが目を付けられたのは、島国として、他国への侵攻の中継地なり寄港地という利点があった以外に、アークシュベルには国の姿勢として、純血種族への敵意みたないのもあったんじゃないか……ってバズさんが語ってくれた。
『……くくく。姫よ。何度も言うが彼らは《《海賊》》ですよ。まさしく刑罰奴隷で間違いない。もっとも、言葉が通じない為、姫が連中を新帝国の者と勘違いするのも無理はありませんが……何度問われようとも、我らの回答は変わりません。約定では確かに〝外〟の争いを持ち込まないことになっていますが、賊どもの始末や刑罰奴隷の持ち込みなどは約定に反しない筈でしょう?』
『く……抜け抜けと……滑らかによく回る口だ……ッ!』
一見、一触即発的な空気が場に満ちてるけど……所詮は茶番。というか、リ=ズルガのお姫様もその事を十二分に理解してるし、アークシュベルの軍人エルフ達も余裕綽々って感じ。実のところ、周囲に集まってきてる野次馬連中だって、誰一人として本気で武力衝突を心配してない。
聞けば、こういうイザコザは街で度々起きてるらしい。アークシュベル側が詭弁を弄して無理難題を押し通す。で、リ=ズルガはその都度に煮え湯を飲まされ我慢を強いられている……と。
何なら、アークシュベルはリ=ズルガ側の激発を誘ってるんじゃないかって噂もあるくらいだとか。怖い怖い。
ルフさんと先に出会って関わりを持った手前、僕はリ=ズルガに感情移入しがちだ。
だからこそ、目の前の光景にどうしても嫌な気持ちになってしまう。
ここは王都で、目の前の女性ゴブリンはお姫様に間違いないんだろうけど、実質的な立場はアークシュベルの軍人エルフたちの方が格上。
侵略側の……まさに現地の執政官って感じ。
王国と名乗ってるけど、アークシュベルは帝国主義的な覇権国家みたいだね。
ま、本来であれば、僕らのような異物がこの世界の国の在り方に口を挟むべきじゃないのも分かってる。
でも、〝クエスト〟が絡むならそうも言ってられない
「イノ。見え見えの誘導っぽいけど、このまま次のクエストに進むんだよね?」
「うん。というか、いつの間にか僕らは〝選んでた〟みたいだ。……あの檻に入れられて見世物になってるヒト族……彼らと話をする為の〝ヒト族の欺瞞〟なんだろうね……」
「……リ氏族のお姫様が言うように、明らかに身分の高そうな身なりだし、アークシュベル側に何らかの意図があるのは明白……」
ベタな展開。フラグ。お約束。
そんなのに馴染みが薄いメイちゃんですら、目の前の出来事には察するモノがあるほどだ。
ゴブリンのお姫様と軍人エルフの揉め事。
そのきっかけは、軍人エルフ一団が引き連れてる竜車の荷台の檻。中が丸見えのその鉄格子の檻には、明らかに一般人や一般兵とは思えないような衣類のヒト族たちが居た。
多少薄汚れてはいるけど、綺麗な装飾品なんかも身につけてるし、軍人エルフが言うような海賊の生き残りなんかじゃないのは、この世界の新参である僕らにだって分かるほどだ。
人数は三人。
護衛役なのか、憎々し気に周囲に睨みを利かせている若い女性が一人。
脱力して、諦めの表情が濃いガッチリした体型の壮年男性。
そして、恐らく軍人エルフの本命と思われる、
まさに三者三様だけど、共通するのは、ゴブリンのお姫様の怒号にいちいちビクついてるってこと。軍人エルフが言うように、本当に言葉が通じてないのかも知れない。
勢いはともかく、ゴブリン姫は囚われたヒト族の扱いに憤ってる訳だしね。内容が分かっていれば、檻の中のヒト族たちがゴブリン姫の怒号にそこまでビビる必要もないはず。
ま、そんなこんなで、王都に入った初日に僕らはこのイベントにかち合った。
そして、ダンジョンシステムからの通知と共に、新たなクエストが発生したってわけ。
〝リ=ズルガの客人〟〝アークシュベルの旅人〟の二択と見せかけて、イベントの進行による第三の選択肢の発生。
初見殺しの嫌らしい仕様だ。
もっとも、この第三の選択肢が〝正しい〟かどうかも僕らには分からないんだけどさ。
『おめでとうございます。新たなクエストの発生に伴い、〝続・王国へ続く道〟はクリアとなります。引き続き連鎖クエストへ挑戦して下さい。それでは良いダイブを!』
※条件型クエスト(連鎖クエスト)
クエスト :帝国へ続く道
発生条件 :〝続・王国へ続く道〟発生済
内容 :逃避行! 故郷を目指せ!
クリア条件:???一行のリ=ズルガ王国脱出
クリア報酬:クエストの連鎖
新機能の開放
はぁ。散々〝王国〟を推しといてコレかぁ。しかも、これも連鎖クエストっぽいし……この分だと〝続・帝国へ続く道〟とかもありそうだ。
まぁ、提示されていた二つのクエストから選ばなかった結果がコレなんだろうけどさ。
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