第6話 選択肢

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 久しぶりのシステムからの通知。


 これまでもシステムからの通知はあったけど、そのどれもが微妙に不親切な設定だった。


 テキストメッセージが、やたらと中二病ポエムで具体性に乏しかったり、説明の為のヘルプが事後に開放されたりね。


 まぁ大元の設定というか……流れ自体は同じなんだけど、今回はこれまでとは少し違うモノがあったわけ。


 そもそもダンジョンシステムから出される〝クエストおつかい〟は、タイプが三つだと以前のヘルプで説明されてた。


 探索型、討伐型、条件型。


 このルフさん達の居る異世界(暫定)に来る為の特殊なゲートについては、探索型クエストで発見した。隠しマップの探索という感じ。


 で、隠しマップであるこの異世界(暫定)へ行く為には、『ゴブリンの誇り』という謎に超性能な翻訳アイテムを持っている必要があって……その『ゴブリンの誇り』は討伐型クエスト(ホブゴブリン百体撃破)の報酬になってた。


 そして条件型クエスト。


 名前のまんまで、条件を満たすことで発生する多種多様なクエストのことで、ダンジョン的にはクエストの本命みたいな扱いだそうだ。


 厳密に考えると、探索も討伐も全部型クエストじゃね? とは思うけど……まぁダンジョンのシステム的にはこういう区分けになってる。


 そして、今回のクエストは条件型の分岐クエスト。


『クエストの分岐は選択制の場合もありますが、クエスト中の行動によって自然分岐する場合もあり、次に受けられるクエストが変化します』


 事前に別のクエストをクリアしているのが発生条件となるヤツらしく、クエストのクリア内容によって次のクエスト分岐先も変わる。いわゆる連鎖クエストだね。


 イベントを網羅するためには、周回プレイが必須となるゲーム的なギミック。


 だけど、に二周目はない。リセマラ不可。セーブポイントからのやり直しリロードも無理。


『ダンジョンのシステム上、過去の選択をやり直すことはできません。本当に、マジに、ガチに、絶対に、間違いなく。……なので、クエストの取捨選択は慎重に行うことをお勧めします』


 リセットや周回プレイのない仕様なのか、今回のヘルプはやり直しができないってことを無茶苦茶強調してくる。


 過去の選択をやり直せないなんて、普通に考えれば当たり前のことなんだけどさ。


 僕やレオのような前世持ちの〝超越者プレイヤー〟だったら、ゲーム的な発想をしてもおかしくないからか? どうせなら〝強くてニューゲーム〟が欲しい……。


 もしかすると、このルフさん達の世界で僕が漠然と抱いていた〝取り返しがつかない感じ〟っていうのは、システムからの警鐘だったのかもね。


「それで? 今回のクエストはじゃないんだ?」


 レオからの問い。


 ヘルプの内容をメイちゃんとレオと共有したんだけど……これまでのクエストとの一番の違いがコレ。


「わざわざヘルプにも記載があるくらいだしね。今回のは離脱不可じゃないみたい」


 これまでの条件型クエストは問答無用。心の準備をする間もない、有無を言わせないスタートだった。


 いきなり始まり、クリアするまで離脱不可。もちろん、クリアできなければ普通に死亡終了ゲームオーバーという鬼畜仕様。


 まぁゲーム的に考えると普通とも言えるんだけど、セーブもリロードもできない以上、ゲームはゲームでもデスゲームに近い……いや、序盤である現状、ダンジョン主催者の目的が分からないのも含めて、紛れもなくデスゲームか。


 ならいっそのこと他のデスゲームっぽく、中盤から終盤に掛けて、主催者の正体を含めた数々の謎が解けるのを祈るよ。


『今回の分岐共通クエスト〝続・王国へ続く道〟はプレイヤーの任意で開始できます。また、開始直後から〝リ=ズルガの客人〟〝アークシュベルの旅人〟のどちらへ分岐するかを任意で選択することもできます』


 ただ、ちょっと気になるのは……今回のクエスト、何故かシステムがやけに親切なんだよね。クエスト開始も任意だし、も開始早々に達成可能なのを予告している。チュートリアル的な優しさ?


「……ゲートが閉じていない。システムメッセージは本当みたい……」


 メイちゃんがそっと手をかざすと……異界の門ダンジョンゲートは、ゆっくりと脈打つように反応する。完全に起動したまま。これまでのクエストみたいに、ゲートがいきなり閉じる気配はない。


 ルフさんから話を聞いた後、僕らは小屋を出てゲートの確認へ来てる。


 もちろん、今回のダイブに関しては、クエストが開始されてダンジョンに閉じ込められることも想定してた。学園側の協力の下でそれなりの準備はしてきてる……だけど……。


「う~ん。いつもより余裕があるのは間違いないんだけど……『自分のタイミングでどうぞ』って言われると、それはそれで迷うね」

「……これまではいきなりの開始だったから」

「ねぇイノ、メイ様も。準備はしてきたけど……帰れるんなら一旦帰っちゃう? システムが任意だって言うんなら、別に今すぐクエストを開始しなくても良いんじゃない? っていうか、クエスト自体をスルーしちゃうとか?」


 レオの言い分のがまともだろうね。それなりに保険は掛けてるけど、ここは異世界(暫定)だ。学園側が把握している普段の階層じゃない。クエストスルーはちょっと不安があるけど、ここは一旦戻って学園側と相談するのが順当かな。


 気になる点はまだあるし。


 そもそもクエスト自体が謎なんだけど……分岐共有クエストってのは、発生条件を見るにすめらぎ恭一郎きょういちろうさんですら経験してないっぽい。


 ダンジョンのずっと先で探索を続けているという今はどうか知らないけど、少なくとも、日本でまともに探索者をやっていた頃の皇さんには、このクエストは発生していないはず。


※条件型クエスト(分岐共通クエスト)

クエスト :続・王国へ続く道

発生条件 :王国の民との一定以上の会話

      他のプレイヤーとの連動

      ⇒〝王国へ続く道〟が発生済

内容   :君の選択は未来へと続く

クリア条件:分岐先の選択

クリア報酬:ヒト族の欺瞞


 他のプレイヤーとの連動に王国へ続く道が発生済み……か。


 ここで示されてる他のプレイヤーっていうのは、たぶん同盟を組んでるレオじゃない。クエストが発生したヨウちゃんの方だろうね。


 今回、僕とヨウちゃんのクエストが連動してるみたいだ。


 皇さんは体制側に人体実験体モルモットとして利用されてたっぽいし、普通に考えて、この世界の人たちへの愛着なんてのはなかったと思う。……ストア製武器呪物をばら撒くくらいだし。


 他の〝超越者プレイヤー〟との協働なり連動があったとは思えないし、パーティメンバーもいなかったはず。事実、彼はストア機能がパーティメンバー登録の初回ボーナスで開放されることを知らなかった。


 ヨウちゃんとの……他の〝超越者プレイヤー〟との連動なり協働。


 その一点に関しては、僕は皇さんが辿った道とは別の道を歩いてると思う。


 ヨウちゃんの〝王国へ続く道〟のクエストで見たは、とは年代が……周期が違っていた。あの力強い大木が立ち枯れしてしまう程度には時間の経過があった。


 もっとも、立ち枯れの理由が樹木の病気的なものだったとしたら、それほどの時間経過じゃないかも知れないけど。


 何にせよ、僕とヨウちゃんは同じ名称のクエストであっても、その舞台設定が違う。今回のケースに限っては、さしずめ僕が過去編でヨウちゃんは未来編……みたいな感じか?


 クエスト内容に『君の選択は未来へと続く』……なんて書かれてるし。


「とりあえず、今の情報を持ち帰って西園寺理事に相談が無難かな? 西園寺理事なら、この〝複数プレイヤーの連動クエスト〟についても情報を持ってるかも知れない」

「そうそう。大叔母さんは徹底した秘密主義だけど、研究に役立つとなるとアッサリ手のひらを返す人でもあるから」


 え? そんな感じなの? そんなんだとむしろ怖いんだけど?


「……レオ。この前の川神さん達との改めての顔合わせの時、西園寺理事はそんな人じゃない……悪い権力者じゃないみたいに言ってなかった?」

「え? やだなぁメイ様。あの時言ったのは、呪物派がやってたような人体実験はしないって意味だよ。大叔母さんは研究に対してはもっと冷淡で合理的なの。熱意だとか感情論で暴走はしないし、俗物的な利益に目が眩むこともない。研究として意味がなければしない……でも、研究に必要となればやるって感じかな?」

「……なら、研究として意味があるなら……人体実験とかも?」

「うん。やる。ただ、当たり前の話だけど、被験者に協力してもらう方が研究者側にはありがたいから、無駄に不愉快なことをしないのは断言できる。だって、私こそが大叔母さんの実験体サンプルだし」


 別に悲壮感もなく、あっさりサンプルだと言ってのけるレオ。それに呪物派の人体実験が無駄だと切り捨ててもいる。……アレは胸糞悪い事例だったしね。


 国家直轄の秘密結社的なダンジョン学園の理事であり、ダンジョン症候群の発症者でもある西園寺理事。


 当然に普通じゃないのは分かってたけど……レオも当事者だったわけね。親戚フィルターで彼女は別枠だと思ってた。


「……レオは酷いことはされなかったの?」

「そりゃ親和率によるグロ耐性がないから辛いこともあったけど……呪物派がやってたような、身体的にも精神的にも取り返しのつかないようなバカな真似はなかったから大丈夫。基本的には今の川神さんみたいな感じで、〝超越者プレイヤー〟としての性能チェックだけ。私というサンプルデータで、大叔母さんの研究がどう進んだのかはあんまり知らされてないけどね」


 ヨウちゃんたちが殊更に酷い扱いを受けることはない……って言うのは、レオの実体験からか。


「ま、何にせよ一度戻るってことでオッケー?」

「賛成。このままクエスト開始となったら、ここにいつまで閉じ込められるかも分かったもんじゃないし」


 とりあえずは仕切り直しだ。


「……イノ君、レオも。ちょっと……いいかな?」


 ……って思ってたんだけど。


 ん? なんだ? メイちゃんが……困ってる? 



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 ボスの執務室……改め、学園本棟の一室。


 部屋の主は西園寺女史。彼女に詰め寄るのは、名目上は立場を同じくする老境の男性。


「……西園寺理事。何故に井ノ崎君にダイブの許可を……〝先へ進む〟許可を出したのだ? 彼は〝超越者プレイヤー〟ではあるが、まだ学園の生徒だ。色々な意味で危険過ぎる。彼について〝上〟に報告していないのも知っているぞ?」


 波賀村はがむら成一せいいち。イノという異端を見出した野里澄狂犬の当初の飼い主。ダンジョン学園の理事の一人。


 彼は学園理事においては穏健派。性急な改革を是としない。ダンジョンへの探求についても無茶をしない。学園生徒を巻き込むような研究・実験は細々と目立たないようにしろという……いわば学園の運営においては自他共に認めるブレーキ役でもある。


 もっとも、イノに言わせれば波賀村理事も十二分に黒い大人ではあるが。


「波賀村理事。私からすれば、何故に彼を留めようとするのかが分からないわ。井ノ崎真君にレオ、それに川神陽子さん。同年代で三人の〝超越者プレイヤー〟が同じ学園に揃うなど……これまでに無かったことです。その先を見たいと願うのは当然のことでは? 私たちは今度こそすめらぎの呪縛を越えられるかも知れないのよ?」


 西園寺理事の語り。その語りには熱が入り、その様は少し浮かれているようにも見える。だが、通じはしない。


「今さら〝フリ〟は止めろ。貴女がそんな人でないのは知っている。何が目的だ? 〝超越者プレイヤー〟である井ノ崎君たちは得難い人材だ。その彼らを失うかも知れないような真似を、〝先が見たい〟などの陳腐な理由で貴女が許可するとは思えない。言え、貴女は何を知っている? 何を得た? 井ノ崎君を失っても平気というなら、別の〝超越者プレイヤー〟でも見つけたのか?」


 西園寺理事は柔和な笑みを崩さない。ただ、その瞳は笑ってはない。


「ふふ。付き合いの長い人はこれだから嫌なのよ。こっちが隠しているのだから察して欲しいものだわ。それに波賀村理事、私が何故何故どうしてを繰り返す人を好きになれないのは貴方も知っているでしょうに……」

「ふん。だからこその質問攻めだ。今さら貴女に好かれようなどと思わん。さっさと吐け。事が動き出した以上、もうどうにもならんのは分かっている。貴女は抜かりもないだろうからな」


 問い詰める側の波賀村理事には諦めがある。本人が言ったように、もうどうにもならないと理解している。自分が蚊帳の外に置かれているのを重々承知している。


「まぁいいでしょう。貴方に伝える義理も義務もないけれど……教えておきましょう」


 ただ、質問を受ける側の西園寺理事は、不必要に知らぬ存ぜぬで粘るような真似はしない。種明かしはあっさりとしたもの。


「この学園で発覚した同年代の複数の〝超越者プレイヤー〟。……この現象は、別の学園でも起きています。それどころか、他国でも事例が確認されているのよ。数年前からね」

「……なに?」

「波賀村理事。今回のケースは、もしかするとに至るかも知れないのよ。少なくとも国はそう考えている。もちろん私も。貴方は私が〝上〟に報告していないと言ったけど、実際は逆。私はそもそも国の指示で井ノ崎君を……〝超越者プレイヤー〟たちを野放しにしているのよ」


 転換期。


 それはダンジョンと世界が適合する際のシステムの擦り合わせ。そんな意味で一部の者達に使われている言葉。


 一度目は、ダンジョンがこの世界に発生したこと。


 二度目は、ダンジョンシステムがこの世界に適用されたこと。


 三度目は、ダンジョンシステムから直接指示を受け取る〝超越者プレイヤー〟の出現が確認されたこと。


「……井ノ崎君たちは、突発的な例外ケースではないと?」

「当然でしょう? この日本で正式な〝超越者プレイヤー〟第一号である皇恭一郎。でも、その同じ年に世界各国で皇と同等の性能を持った者たちが確認されています。その後も第二第三の皇をはじめ、劣化型や変異型という亜種まで……日本のみならず世界各国でそんな連中が現れ続けている……数と頻度が増している。これが偶然のはずもありません。だからこそ、各国は秘密裏に〝超越者プレイヤー〟の情報を共有する為の協定とネットワークを作った」

「……聞いていない」

「ふふ。それも当然のこと。この情報は本当にごく限られた者にしか知らされていません。そして、それを私が貴方に今話している」

「……つまり、情報の秘匿制限が下がった?」

「ご名答」


 今のイノにとっては、第二ダンジョン学園がこのダンジョン世界のすべてと言っても過言ではない。何故なら、他のダンジョンの情報はおろか、他国のダンジョン事情なども知りようがないのだから。


 彼の知らない間にも世界は動く。動いていたということ。


「ならば報告にあった、あの通常階層ではない……通称〝異世界〟での本格的な活動許可は……」

「国の指示です。もちろん、予備として川神さんはこちらに残したままで。鷹尾さんについても、本人やご家族との協議は済んでいます。……私個人の本音を言えば、流石に鷹尾さんには行って欲しくなかったんですけどね」

「……今さら良識のあるフリか? 自分の親戚の子までサンプルとしているくせに……いや、ちょっと待て。そもそもこの話は井ノ崎君にはしているのか?」


 西園寺理事の笑みがここにきて深まる。純粋無垢で醜悪な笑顔。


「ふふ。、伝えていません。井ノ崎君だけではなくレオにもね。やはり〝超越者プレイヤー〟は、できる限り手を加えない自然なままを観察したい」

「……いい趣味だ。やはり貴女とはソリが合わんようだ」

「趣味ではなく、研究者としてデータを比較したいからですよ。本人が知っているのと知らないのでは、ダンジョンシステムの介入に変化があるのかをね。もちろん、次の機会にはちゃんと伝えるつもりです」

「年若い彼らにもしも〝次の機会〟が無かったら……彼らが戻って来れなかったら……私は形振り構わず、貴女への嫌がらせを再開するぞ……!」

「どうぞご自由に」


 黒い大人達にもそれぞれに事情がある。利害の対立はもちろんのこと……感情的な面にも。


 ただ、個々人がそれぞれの思惑で動いている間にも、ダンジョンを取り巻く環境は変化し続けている。


 それがダンジョンの想定通りなのかは……まだ誰にも分からない。



:-:-:-:-:-:-:-:





※波賀村理事 ⇒ 第1章第13話「サンプル」参照

※皇恭一郎 ⇒ 第1章第21話「プレイヤーの先輩」参照

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