第5話 二つの王国

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 五十年の経過。


 現実逃避なのか、咄嗟に思い浮かんだのはルフさんの年齢……周期への疑問だったりする。


 勝手なイメージに過ぎないけど、僕はゴブリンは割と短命だと思い込んでた。すまぬ。


「き、聞いて良いのか分かりませんが……ルフさんって何歳……何周期なんですか? ヒト族……というか、僕等は大体八十周期くらいが種族としての寿命なんですけど?」

『ほぅ……八十周期? やはりイノたちは異界の住民のようだな。あくまで伝聞でしかないが、儂らの知るヒト族は百五十周期は生きるらしいぞ。そして、我らゴブリン種族は大体三百周期が寿命の限度と言われておる。儂は二百七十をいくらか超えたところだな』


 おぅ。まさかの百周期越え。この世界のヒト族は長生きさんか。更にゴブリンはその倍。で、ルフさんは本当にご高齢だったわけね。いや、見た目の変化なんかで何となくは分かってたけどさ。流石に二百七十歳越えだなんて思ってなかったよ。


『ただ、こちらも伝聞だが、大陸のゴブリン同族は、他種族との闘争などにより、五十周期を迎える前に天に導かれる者も多いそうだがな』


 ついでとばかりに物騒な情報が出て来たな。


 ヒト族をはじめとした多数の種族が混在する大陸では、ゴブリンは闘争の末に早死にしてるってことか? 闘争……つまり戦争? 国同士なのか、はたまた種族単位なのか? それとも……?


 いやいや駄目駄目だ。思考がどうにも物騒な方に引っ張られてる。以前に増して感性や考え方が偏ってる気がする。くそ。ダンジョンシステムは、そんなにも〝僕〟に戦わせたいのか? それとも、今回の〝クエスト〟がそういう類なのか?


「……イノ君。〝今〟の段階で五十年が経過しているなら……あの時、川神さんのクエストで行ったは? レオがさっき指摘した目印代わりの木……では、既に立ち枯れしていた」

「あ……え、ええ。た、確かにそうでした。ヨウちゃんのクエストで行った場所は、今よりも更に周期を重ねてたように思いますね」


 気付いたら、メイちゃんがじっと僕を見つめていた。今回も僕のトリップを察知してくれたみたいだ。


 すぐさま我に返って、僕はヨウちゃんのクエストのことを思い出す。ルフさんの小屋は手入れされていたけど、周りが微妙に朽ちていた感じ。


「…………」


 ん? あれ……? 何だろ? 前にも増してメイちゃんからの圧が強い? き、気になるけど、今はルフさんとの話を進めないと。


「ル、ルフさん。情報をありがとうございます。そ、それでですね……実のところ、僕等は今の状況について、何が何だかさっぱり分かりません。僕らがここを訪れなかったこの五十周期の中で、ゲートに……異界の門に何か異常があったりは……?」

『……ふむ。むしろ、イノたちが現れたのが異常だからな。お主らがぱったりとここへ来なくなってからは、異界の門も普通に戻ったという感じだ。もっとも、儂らにとってはこの五十周期で色々と変化はあった。その筆頭がここにいるジ=バズでもある』

「色々な変化……ですか?」


 ルフさんが語る。


 禁足地である異界の門周辺。大罪を犯したゴ氏族が、ここに留め置かれて幾星霜。


 始まりはルフさんの父の父の父のそのまた父が健在だった頃らしい。まぁとにかくそれだけ昔ってことだね。


 王国からの罰で生活の場を限定されたとは言え、大河の恵みによってこの地の資源は豊潤であり、他種族との闘争などの日常的な危険もない。遊牧や狩りで豊かに暮らせる。これまでのゴ氏族の日々は穏やかに流れていて、ルフさんたちとしても、特に不満もなかったらしい。


 生まれた時から今の暮らし。先祖代々子々孫々ししそんそん。このまま、ずっと同じような日々が過ぎると、ルフさんたちも思ってたみたいだけど……今から三十周期ほど前に、これまでにない大きな変化があったそうだ。


 王国が他国と交流を持った。それも大陸の多種族国家と。


 ルフさん達が属しているのは、ゴブリンの単一種族国家で島国でもある「リ=ズルガ王国」。


 聞くところによると、鎖国状態だったリ=ズルガ王国に対して、大陸にある「アークシュベル王国」から『本格的に国同士の交易交流を開放して欲しい』と要請があったみたい。


 ま、友好的な交易の要請と言いながら、武力を背景とした脅し。リ=ズルガ王国からすれば、紛れもない侵攻・侵略と映ったみたいだけどね。


「それで……島国であるリ=ズルガ王国に大陸の人々が流れ込んできた?」

『左様。結局、国としては戦わずに敗北したというわけだ。まぁ儂らからすれば全てが終わった後に、腰抜けな本国の使者から、雑に顛末を聞かされただけに過ぎん』

『ル、ルフ様! お客殿の前で、我らの国を軽んじるような真似はお控え下さい!』

『……細かいのぅ。異界から来たイノらに王国の権威など関係無いだろうに……それに、伝承にも〝異界の門からづる者、これ即ちロードの再臨なり〟とある。ヒト族であるイノたちがロードの再臨のはずもないが……異界の門からのお客殿に胸襟を開くのは、伝承の守り人として当然の礼義であろうが』

『その論理なら! ルフ様こそが、心底から王国を軽視しているということではないですか!?』


 よく分からないけど、ルフさんとバズさんでは思う所が違うようだ。僕らそっちのけでワチャワチャし始めた。っていうか、ルフさんが僕らに友好的だったのは、その伝承的なモノのおかげだったのかな?


 ロードの再臨。


 確かこの地は、帝国の礎を築いた『ゴブリン・ロード』が降臨した場所って聞いた。帝国ならロードより、インペリアルとかエンペラーっぽいけど……まぁ今はどうでもいいか。


 そのロードが興した帝国が廃れ、その帝国の一部が今の王国となった……と。そんなロードへの畏敬から、降臨地であるここは禁足地となったとか何とかって。


 異界の門から現れたゴブリン・ロード。


 何故か気になる。前にルフさんから聞いた時はサラッと流してたけど……もしかすると、そのゴブリン・ロードも〝超越者プレイヤー〟だったんじゃないのか?


 僕らの居る世界が起源ベースだという証拠もない。


 色んな世界がダンジョンに繋がってて、それぞれの世界の住民がダンジョンの深層を目指してるとか? 


 ダンジョンの水先案内人とか攻略アイテム的な〝超越者プレイヤー〟も、実は各世界で存在してたり? 


 うーん。話が壮大過ぎて頭が追い付かないね。ま、今のはあくまで僕の妄想に過ぎないけど。


 コレが新たな〝クエスト〟だとしても、まだシステムからの通知もないし、ルフさんの語るアークシュベル王国の侵攻云々は、クエストとは無関係な可能性だってあるし。


『ふん! お主には分からんだろうが、儂らゴ氏族にとって、本国の連中なんぞ吹けば飛ぶ程度の重みしかないわい! 何が戦士の氏族か! 大陸連中に尻尾を巻いた腰抜けではないか!』

『なッ!? いかにルフ様とて、その言葉は聞き捨てなりませんぞ!!』


 おっと。何故かルフさんとバズさんがヒートアップしてる。


 お客殿の前だよ?



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 閑話休題。


 突然始まったルフさんとバズさんの乱闘騒ぎを仲裁し、宥めすかして話を本題に戻す羽目になった。理知的だと思ってたけど、ルフさんは老いてなお血気盛んだったみたいだ。


「……それで? バズさんは、そのリ=ズルガ王国の由緒ある戦士一族の出身なんですか?」

『……そうです。私は栄光のリ=ズルガ王国、六の戦士ジ氏族のバズ。まだまだ未熟な若輩ではありますが……王国の誇りを軽んじるような発言は許せない……』


 そう言いつつ、ルフさんを軽く睨むバズさん。ちょっとチクチクが残ってるけど、ここはスルーだ。


 何でもリ=ズルガ王国っていうのは戦士の国であり、一から十までの戦士氏族による血統主義的な統治なんだってさ。


 僕らで言うところの王侯貴族的な? 中二病的に言うなら〝ノーブル・ナンバーズ〟や〝ナンバー・ウォリアーズ〟とか? 


 ちょっとしたゲーム設定とかでありそうだね。


 ……はは。相変わらず、偏った前世の記憶が無駄な仕事をしてくれる。最近は、やけにゲームやアニメ知識に偏ったこの記憶については、実は前世とは関係無いんじゃないかとまで思うようになってきた。他の記憶と比べると明らかに浮いてるんだよね。こういうの。


 ま、その辺はとりあえず置いといて……ノーブルなナンバー戦士の中でも、国名にもなってて王族とも言える、一の戦士の氏族がリ氏族。以下、バ(二)、ダ(三)、ロ(四)、デ(五)……ってな感じでザ(十)まで続く。


 バズさんのジ氏族は六の戦士であり、リ=ズルガ王国の貴族様とも言えるわけだね。


「えぇと……そのジ氏族のバズさんが、何故ここに居るんです? さっきルフさんが言ってた、ここ五十周期の変化の筆頭ってやつですか?」

『左様。要は戦士十氏族の中でも、大陸連中に一泡吹かせようとした気骨のある者達も居たのだ。ジ氏族を含む四つの戦士氏族が、大陸連中相手に戦を起こしたのだが……その結果が今というわけだな』


 つまり勝てなかったと。


『……ヨとキの二氏族は族滅……最期の一兵まで戦う道を選び、ジ氏族とミ氏族は生き恥を晒すことを選びました。結果として、私たちはこの異界の門周辺の禁足地へ流刑とされたのです』


 ……というのが、バズさんがここに居る事情らしい。


 微妙に集落が大きくなってたのも、ジとミの氏族が増えたからか。


「……ねぇイノ。どうなの? コレって何かのクエスト?」


 ボソッとレオが聞いてくる。当然の疑問だ。僕らとしては、リ=ズルガ王国の現状とか行く末よりもクエストそっちの方が気になる。


「今のところ〝通知〟はないけど……」

「……無関係ってこともなさそうだよね……?」


 どうやらレオは、この一連がクエストに絡むと考えてるみたい。ま、僕もたぶんそうだとは思う。でも、クエストが発生すらしてない現状、何がどう繋がり、結局どうすれば良いのか……皆目見当が付かない。あの中二病香るテキストであっても、一応の参考にはなるからね。


『イノたちが来なくなった五十周期……というより、ここ三十周期の間に起きた儂らの変化はこんなところだな。我らがリ=ズルガ王国は大陸の大国に押し込まれ、事実上の属国、属領と化した。王都には大陸国家の領事館が建造され、多様な種族が往来するようになっておるらしい。……もっとも、この聖なる禁足地に住む儂らの生活は大して変わらんがな。ジとミの者たちが増えて多少賑やかになったくらいだ』


 多様な種族が往来か。クエストとかルフさんたちのことも気になるけど、普通に異世界種族を見てみたい気もする。


 鎖国する島国に武力を背景に開国要求する大国みたいだし、物騒な予感しかしないけど。


 ま、興味と理性は別物ってことで。


「……ルフさん。ここの生活が変わらないというのは、その……大陸の方々はここへは来なかったのですか?」

「あ、メイ様と同じく私もそれは気になる。だって、ここは資源が豊富なんでしょ? 侵略するような連中が見逃すかな?」


 メイちゃんとレオが物騒な方面の質問を出した。僕もそれは気になってた。でも、現にルフさんやバズさんが無事にいるんだから、大陸連中は来なかったんだろうけど。


『ほほ。大陸の連中はここへは近付こうとせん。ジとミの生き残りを流刑とした際も、見届けは本国の者だけだったほど。……儂らにとってのロードは紛れもなく尊き御方ではあるが、かつての帝国に飲まれた国々の末裔からすれば、ロードは正真正銘の侵略者であり征服者だからな。の御方の降臨の地など、連中からすれば穢れた忌み地でしかないのであろうよ』

『ルフ様……ロードのことをそのように……ッ!』


 おっと、バズさんにまた火が付きそう。でも、今回のルフさんの瞳は理性的なままだ。


『……バズよ。物事には必ず二つ以上の面があるのだ。自らが立つ面にばかり囚われていては、天の御意思を誤まって受け取ってしまう。バズはどう思うか知らんが、儂にも本国の者への敬意はある。無論、ロードへの畏敬もだ。だが、それはそれとして、相手の面に立った冷静な物の見方も必要なのだ』

『……ルフ様?』


 ついさっき乱闘騒ぎを起こしてたルフさんとは少し違う。年長者として、穏やかにバズさんを諭している。


『大陸国家からすれば、儂らは腰抜けのゴブリン国家に過ぎん。だが、一の戦士であるリ氏族は、民を守る為に服従という苦渋の決断をしたのだ。勝てぬ戦いに皆を巻き込むことはできぬとな。その上で、一族の誇りを重んじる戦士たちには、闘争の末の殉死という栄誉まで与えた。決起した四氏族は……お主の親や祖父母を含む当時の戦士たちは、王国戦士の誇りに殉じたのだ。幼かったお主には分からなかったかも知れぬが、当時の戦士らは勝てぬのは承知の上で大陸の者どもに一矢報いたのだろう。まさに真の王国戦士よ』


 ルフさんは一転して、本国のことを穏やかに、誇らしげに語る。


『バズ。お主が怒りを抱いた先ほどの儂の言動は、大陸国家側の意見であり、戦士の誇りを知らぬ者の言。要するに立つ面が違う者の意見だ』

『……』


 本国を腰抜けだと揶揄やゆしていた血気盛んなルフさん。さっきのアレはわざとだったのか。いや、でも……バズさんのこと、割と本気でぶん殴ってた気がするんだけど……。


『……反射的な怒りというのは、別の面を受け入れられていない証左。むろん、時にはその短慮さが必要となる場面もあろうが……それは他の選択肢を失うということなのだ。誇りある十氏族の末席として……王国の戦士として、己の未熟さを理解するのだ。ジ=バズよ』

『……ル、ルフ様……』


 年老いた先達が、血気に逸る若輩を諭す。

 若輩は若輩で、先達の言葉すべての意味が分からずとも、自分を気に掛けてくれていることを再認識する。


 客の前で繰り広げるのはちょっとどうなのとは思うけど、本来であれば感動的なシーンだ。


 ただ、僕にとってはそうじゃない。


 それどころじゃない。




『クエスト発生条件を確認しました。〝リ=ズルガの客人〟〝アークシュベルの旅人〟への分岐共通クエスト〝続・王国へ続く道〟を開始することが可能です』


『初回の分岐共通クエスト発生を確認しました。ヘルプを開放します。詳しくはヘルプをご確認下さい。それでは良いダイブを!』





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