第4話 ルフさんとの再会

:-:-:-:-:-:-:-:



『久方ぶりに異界の門が反応したから、一体何事かと身構えておったんだが……まさかイノたちだったとはな。随分と久しい顔に会えたものだ』

「僕等としては久しぶりという感覚は薄いんですけど……ルフさんにとってはかなり間が空いてしまったようですね」


 ゴ=ルフ。ゴ氏族のルフさん。理知的な異界の住民ゴブリン


 彼は僕等のことをちゃんと覚えてくれていた。その上で、僕等が以前と変わらないことも何となく察してくれている。


 異常事態を前にしても、取り乱して慌てふためくわけでもなく、まずは僕等から説明があるまで穏やかに待とうという姿勢。本当に理性的だ。一部のニンゲンにも見習ってもらいたいくらいだよ。


『まあ何にせよ、立ち話では済まんだろうて。まずは中に入りなさい。ほほ。大したもてなしはできんがな』


 そう言って、杖をつきつつ僕等を小屋へと案内してくれるルフさん。


「ありがとうございます。色々と……こっちからも聞きたいことがありますから……」


 お礼を口にしながら僕はルフさんに続く。メイちゃんとレオは無言。改めて周囲を観察しているみたい。


 特にルフさんのこととかね。


 その歩みは未だに矍鑠かくしゃくとしているけれど、明らかに以前とは違う。〝老い〟がある。


 ダンジョン内の……この世界の時間の流れがどういう設定なのかは分からない。でも、僕の肌感覚としては、ルフさんの変化や木々の成長などは一年や二年じゃ利かなさそう。


 この時間経過は、ヨウちゃんに『王国へ続く道』のクエストが発生したから? それとも、初めから設定がされていた? うーん……別に新たなヘルプやシステムメッセージの通知もないし……さっぱり分からない。


『お、そうそう。今は儂の他にもう一人の見張り役がおってな。いわば儂の引継ぎ役なんだが……異界の門から出てきたイノたちのことは、その者にだけは伝えておる。お主らに了承を得ぬままですまぬが……』

「え? い、いや、別に構わないですよ。他の方へ申し送りをしてくれてありがたいです。むしろ、こっちこそすみません。そもそもルフさんは異界の門の見張りが役割なのに、余計な気を遣わせてしまって……」


 かなりの年数……時の経過があるにもかかわらず、僕等のことを内緒にしてくれていたのか。当然にルフさん側の事情だってあったんだろうけど……義理硬いゴブリンヒトだ。


 そんなちょっとした話はしながらも、ルフさんも僕等も核心についてはお互いに聞かないまま。我慢したまま。


 その辺りは腰を落ち着けて話をしたい……っていうのが双方の共通認識だった。


 ただ、この時の僕に予感があったのは確か。


 ここが〝スタート〟。


 延々と続くダンジョンの深層への旅。


 その本格的な第一歩が、この〝クエスト〟なんだろうな……ってね。


 そんな予感があったんだ。



:-:-:-:-:-:-:-:



『ま、まさか……ほ、本当にヒト族が異界の門から出てくるとは……ッ!』


 当然そうなるよね。普通に驚かれた。


 ちなみに、驚いているのはルフさんの後継ぎ予定。異界の門の次期見張り役。


 名をジ=バズ。ジ氏族のバズさん。どういうわけかゴ氏族じゃない。それに、僕らが初めて会った頃のルフさんよりも、見た目的にはかなり若いような気がする。もちろん、正確な所は分からないけど。


 聞いてた話だと、ルフさんたちゴ氏族っていうのは棄民で、ご先祖が大昔にやらかした罰で異界の門の見張り役としてこの地に留められているはず。


 そういう事情から、ゴ氏族は他種族はおろか、本国のゴブリンともほとんど交流がないって話だったんだけど……いきなり別氏族のバズさんが出てきた。


 事情がありそうだし、いきなり立ち入った事も聞けるはずもないから一旦はスルー。


 氏族が違うと言っても、僕等からすれば見た目的な違和感とかはないしね。バズさんも普通にゴブリンだ。


『ほほ。バズよ。これで儂の言うことを信じる気になったか? 異界の門を潜り抜けて来た者がいると、ずっと言ってきたであろうが?』


 ゴブリンの表情の違いとかは分かりにくいんだけど、これは完全に分かった。


 いわゆるドヤ顔ってやつ。ルフさんがめちゃくちゃドヤってるよ。


『う……ル、ルフ様。私は別に信じていなかった訳では……』

『まったく。どの口が言うのかのぅ?』


 今まで、僕等のことをバズさんには信じてもらえなかったんだろうなぁ……〝え? 異界の門からヒト族? あーはいはい、分かりましたよ(また言ってるよこのジジイ)〟……なんてやり取りがあったとか? 知らんけど。


『ほれほれ。いつまでも惚けておらんと、お客殿を案内せんか』

『あ……! こ、これは失礼しました。ど、どうぞ、こちらへ』


 ルフさん達がいつも利用しているだろう手前の生活空間じゃなく、奥の客間っぽい所へ案内された。


 初めて出会った頃から、ルフさんは僕等のことを客として扱ってくれている。


 異界の門からの来訪者。それもヒト族。


 今のバズさんのリアクションが一般的なものだとしたら……ルフさんはゴブリンの中でも特に理知的な方なんだろう。


 未知との遭遇の一発目がルフさんだったのも、ダンジョンのお導きってやつなのかもね。


 あと、僕も普通に受け入れてたけど、ゴブリン社会の常識的な振る舞い……客人をもてなす際の作法なんかが、僕らと大して変わらないっていうのは、よくよく考えればおかしな話だ。


 言葉の細かいニュアンスなんかは翻訳アイテムのお陰だとしても、この小屋の建築様式や生活用品とかは、ぱっと見る限りは僕等ヒト族の物と似通っている。ほとんど同じと言ってもいい。


 ヒトとゴブリン。


 生物としてはまったくの別物のはずなのに、そこには共通点が余りにも多い気がする。


 二足歩行の知的生物だから似たような文明や社会構造に? ……うーん。ちょっと乱暴すぎる説だな。


 ま、〝原作〟にそこまで深い設定がないってだけかも知れないし、訳の分からないダンジョンが実在する以上、前世の常識で考察したところでどうしようもないんだけどさ。


 そもそも、ここに空気があって、僕等が普通に活動できること自体がご都合主義な訳だしね。うん。今さらだ。スルースルー。


『……さてと。イノに……そちらはメイとレオだったかな? 改めて、このゴ=ルフが、来訪者たる貴殿らを歓迎する。よくぞ参られた。大した饗応はできんが、せめてもの慰みとして我等のことを語らうとしようぞ』

『この若輩たる私はジ=バズです。異界からの来訪者を歓迎いたします』


 おっと。ちょっと色々と考えてたら、氏族的な形式なのか、席についた途端に改めてルフさん達に歓迎された。


「えぇと……改めまして、僕は井ノ崎真……イノです。ゴ=ルフさんとジ=バズさんの歓迎をありがたく思います」


 こ、こんな感じで良いのかな?


「……私は鷹尾芽郁。メイと呼んで下さい。御二人の歓待を謹んでお受けいたします」

「え、えと……わ、私は新鞍怜央。レオです。よ、よろしくお願いします」


 メイちゃんは客間……板場に敷物を引いた感じの所……に案内された時から、正座で座っていたけど、挨拶の時には指をついて深々と頭を下げた。優美で凛とした所作。


 一方の僕とレオは、ペコリと音がしそうな無様な感じになってしまった。くっ。育ちの差が出てるな。っていうか、レオはこっちの世界じゃ割と上流階級だったはずなんだけど? 成り上がりと代々続く名家との差か?


『ほほ。ま、堅苦しい挨拶はこれで終いとして……イノよ。改めて聞かせておくれ。お主等は……一体何者なんじゃ?』


 豪快に胡坐で座っているルフさんが、ぱしりと膝を叩きながらそう言う。魔物感のする表情はあんまり読めないけど、口調や雰囲気は穏やかなまま。だけど、その瞳が真剣なのはハッキリと分かった。


「そうですね。どこから話をすれば良いのか……まず、僕等はヒト族だけど、ルフさん達の知るヒト族とはまったくの別物だろうって話はしてましたよね?」

『……うむ。初めて出会った時に、こことは別の……まさに異界から来たと言っておったな。事実として、イノ達が異界の門から出てきたのを儂もこの目でしかと見た』


 この辺の話はバズさんやレオに改めて聞かせる為のモノ。


「異界の門……ダンジョンゲートと呼んでいるんですけど……僕等の国ではゲートを通じて異界へ赴き、異界の産物を持ち帰るっていう〝仕事〟があるんです。僕等はその仕事をする為の……ええと……見習い? みたいな立場なんですよ。で、訓練中に偶然へ来るゲートを見つけたというのがそもそもの始まりです」

『イノ殿たちほどの手練れで見習い……ですか?』


 バズさんが反応した。このゴブリンヒトも、ルフさんに負けず劣らずにマナの制御が巧い。ダンジョンの十階層までに出てくる強化ゴブリンやホブゴブリンとかよりも明らかに強い。


 魔道士タイプだとすればその実力は読めないけど……前衛タイプなら、マナの流れを見る限り、流石に試練の間のゴブリンジェネラルほどじゃないとは思う。


 強いか、弱いか。

 殺せるか、殺せないか。

 仕掛けるか、逃げるべきか。


 あーあ。嫌だね。


 当たり前のように〝戦う〟のを前提として考えちゃう。ここは異世界(暫定)だけど、ダンジョンの中には違いないんだろうね。僕も微妙に〝プレイヤーモード〟だ。


「立場的には見習いで間違いありませんよ。ただ、ちょっとしたをしてますけどね。あ、ちなみに、僕等の国の者が大挙してここを訪れるという事はありません。ここへのゲートは、限られた数人程度しか来れない仕組みになってるので……まぁ信じてもらえないかも知れませんけど」


 一応、軍事侵攻なんかの蓋然性がいぜんせいが低いことは伝えておく。ルフさんたちの属する王国がどんな統治体制なのかは知らないけど、〝国〟である以上、外敵の侵攻を気にしないはずもないでしょ。


 僕のプレイヤーモードが物騒なのは一旦棚に上げておいて、ルフさんたちにはノット戦争をアピールしとく。ラブ&ピース。あくまで気休めに過ぎないけど。


『ほほ。実はその辺りはそれほど心配しておらん。儂が見張りの任についてから、異界の門から現れたのはイノたち以外には居なかった。仮にイノの国の者たちが大挙して訪れようとも、それも天の導きの一つに過ぎん。儂らがどれほど備えようが防ぎようのない事象よ』

『…………』


 ルフさんは真っ直ぐに僕を見据えて語る。たぶん、その言葉に偽りはないと思う。


 ただ、横に控えているバズさんには、また別の思いがありそうだ。訝しむような感触がある。むしろ、そっちの方が自然な反応だろうね。


 ま、申し訳ないけど、今はそっち方面の話より時間経過による変容を知りたい。バズさんはスルーだ。


「とりあえず国同士の懸念は横に置いといて……。ルフさん、前回に僕等がここを訪れてから……ではどれくらいの時が流れたんですか? ええと……何年経った……とかで通じます?」

『ん? ナンネン? …………あぁ〝周期〟のことか』


 どうやら翻訳アイテムである〝ゴブリンの誇り〟は、一発で通じなくても、発する側のニュアンスを汲んで、相手に伝わるように順次変換してくれているっぽい。


 少しタイムラグはあったけど、いちいち言い直したりしなくてルフさんには通じたみたい。


 ついでとばかりに、ルフさんたちの〝周期〟やそれに類する時間の概念についても僕の脳裏に浮かんだ。


 この世界の一日は十二等分されてるみたいだけど、体感としては僕らの一日二十四時間とほぼ変わりなし。ただ、一年は六つの季節に分けられてて、一巡することで〝周期〟と呼ばれているんだとか。意味としても時間の長さとしても、僕らの〝年〟と変わらないけど、翻訳的には別物として扱うらしい。


 ダンジョンの謎テクノロジー……今さらだけど、めちゃくちゃ高性能だな。


「……ええ。その周期です。実は僕等からすると、前にルフさんと会ってからまだ一周期も経ってません」

『……ほほ。ヒト族の周期は儂らには分かりにくいと思っておったが……そういう問題ではなかったのか。道理でイノたちの姿が変わらんはずじゃな』


 オーバーなリアクションではないけど、穏やかで冷静沈着なルフさんも流石に驚いている様子が見受けられる。


 つまり、は、ルフさんたちにとっても普通じゃない。いや、そもそも異界の門から誰かが出てくること自体が普通じゃなかったか。


『……イノよ。まずは認識をすり合わせておこう。最後にイノたちに会ってから……儂等の方では、既に五十の周期が過ぎておる』


 五十の周期……五十年か。


 へぇ。ゴブリンってかなりの長寿なんだなぁ……ははは……はぁ……そりゃ色々と変化があるのは当然だよね……。



:-:-:-:-:-:-:-:





※ゴ=ルフ、異界の門 ⇒ 2章第18話「異世界」参照。

※クエスト ⇒ 2章第9話「初クエスト」参照。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る