第14話 対野里教官 決着

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 マナが爆ぜる。


 瞬間的に増幅されたマナが、見る者に獲物に襲い掛かる猛獣を幻視させる。もっとも今はその姿を見る者はイノとヨウのみ。

 特殊な状況ではあるのものの、レベル一七の【獣戦士・弐】である野里澄の正真正銘、全身全霊。


 大剣を担ぐような構えから、踏み込んで振り下ろすだけ。特に名前もない。ただの斬撃。但し、彼女の人生の中で至高となる一振り。


 一方で迎え撃つ側。

 野里の標的であるイノは気が逸らされた状態。

 既に彼女は踏み込んで必殺の間合い。イノは斬撃が迫るにも関わらず、生き死にのきわとなるやり取り、その覚悟と準備が出来ないままという体たらく。


「ガァァァッッ!(だから言ったんだ!! 馬鹿がッ!!)」


 野里の大剣は、中途半端に斬撃を受け止めようとしたイノの得物である鉈丸を捉え……ソレを折り斬る。


 斬撃は当然止まることもなく、そのままイノの左肩から入り、まるで紙を裂くかの如き軽さで右脇腹へと斜めに抜けていく。躰を二つに斬り分ける。血濡れの芸術。業深き技。


 え? と、驚いたような、呆気にとられたような表情が張り付いたままのイノは……斬り裂かれた半身と共に宙を舞う。


 人体を斬った程度で大剣の勢いは止まらず、振り下ろした先の地面に、切っ先が埋まるほどの衝突を起こすことでようやく停止。


 静寂。


 一瞬の間を置き、どちゃりと……血と臓物を垂らしながら、斬り分けられたイノの躰がそれぞれに地に転がる音がする。


 ……

 …………


「……あ? ……イ、イノ……?」

「……グッ……! ガァッッ!!(川神! 何故だ!? 何故井ノ崎の気を散らせたッ!?)」


 全力での一撃の後とは言え、臨戦態勢のままの野里を無視するかのように、よろよろとヨウはイノのもとへ。いや、のもとへ。


「な、なんで……? ク、クエストってなに? どうして……あんなことを口走った?  ……わ、わたしの……所為で……」


 跪いてイノだったモノに触れる。生温かさが現実感を逆に失わせていく。


「……あ……れ? コ……レ……ホン……トなの……?」

「ガァァァッッッ!! (避けろッ! 川神ィィィッッッ!!)」


《バーサーカー》の再起動。既にヨウも必殺の間合いの渦中。

 再度、大剣が振り上げられる。


「……あ……?」


 ヨウは再起動には至らず。

 ぼんやりとした瞳に、向かって来る鋼の塊が映る。

 ごつりと、鼻の辺りに鋼の感触を認識した瞬間、ヨウの意識は途絶える。


 大剣が振り抜かれるに合わせて頭部が弾け飛び、中身を撒き散らす。紛う事なき絶命。


「ガァァァァァァァァァァッッ!! (嘘だぁぁぁぁぁぁ!!)」








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「へぇ。そういう光景が視えたわけね」

「う、うん。ご、ごめん。よく解らないけど……ドロドロのマナに引っ張られた。あの瞬間“ああいうこと”を口走ると、イノが気を取られるからって……」


 クエストね。そりゃ気を取られるわ。

 もしヨウちゃんの言葉を信じるとするなら……それが一つの未来の可能性だというのなら……ヨウちゃんの中にあるドロドロのマナ、陰のマナってヤツは、僕を殺すために宿主であるヨウちゃんの死すら厭わないのか?


「グ、グゥゥッ……!」


 気を取り直して。

 というか、今のプレイヤーモードの僕は、ヨウちゃんに気を取られたくらいでソコまでの影響はない。

 今の教官の全身全霊の一撃は凌げる。


 それどころか、呪物である大剣を半ばからバッサリと叩き斬ってやった。逆に言えば、それだけで精一杯だったとも言えるけど。ヨウちゃんの言葉で動揺してたのは確かだ。本当は大剣だけと言わず、片腕くらいは斬り落としてやろうかと思ってたのに。

 

 まぁでも、全力の一撃をあっさりやり返されて、流石に《バーサーカー》も次の手が打てないみたい。困惑しているのが見て取れる。はは。思い知ったか。


「……でも、イノ。不思議なんだけど……私の中に“クエスト”という言葉があるのも確かなんだ。『縛られて、囚われた魂を解き放て』『クエストを果たせ』って聞こえてくる……これはイノを害しようとする方じゃなくて、“光”の方から」

「……注文して悪いんだけどさ、ヨウちゃんが“光”と呼ぶ方の、そのキラキラしたマナをもう少し増幅することは出来る?」

「え? う、うん。やってみる」


 陰陽のマナ使い、囚われた魂を解き放て、それにクエストか。


 もうこれ、ヨウちゃんも“プレイヤー”じゃないのか? 前世とかはないみたいだから……現地プレイヤーとか? 何だよ現地って。レポーターじゃあるまいに。『それでは現地の川神さん、お願いします』『はい。現地から中継の川神です』ってか? いや、それを言うなら現場か。


「ガァァァァッッッ!!」


 もう煩いな。今は忙しいんだ。そこで戸惑ったままで良いじゃん。それか大人しく寝てろよ。

 マナの増幅という特殊な効果もない、ただのガラクタと化した半分程のサイズになった元・大剣を振り被ってくる。もはや滑稽だ。圧も薄いし。貴女はもう完敗したんだ。諦めろ。


「ガッッ!?」


 突進の如き踏み込みごと、《纏い影》の捕縛で強制的に停める。

 呪物との相乗効果が無ければ、如何に《獣装》と言えど逃げられないだろ? そもそも時間切れかな。《獣装》の出力もかなり落ちてるようだし。ガッツリと絞め上げて逃さない。


「呪物の恩恵がいかに凄かったかを再確認するよ……呪物を失えば、もうイノの相手にもならないんだ……」

「むしろ《オブリビオン》の中での打ち合いの方が緊張感があったかな。《獣装》は凄いけど、《バーサーカー》の影響で技が疎かになってたみたいだし……万全の野里教官の《獣装》が相手だとこうはいかなかった気もする。《纏い影》も事前に察知して躱しそうだし……」


 何だかんだと言いながら、平静な教官とここまで全力で殺し合うことは有り得ない。だから無意味な仮定に過ぎないんだけどさ。


 狂気に身を委ねながらも、完全に狂うことが出来なかった偽悪的な人。

 過去に囚われて道を外れて迷走し、とうとう元の道に戻れなくなった人。

 弱い自分と向き合うことを避け続けた人。


 戦士としてではなく、ただのヒトとしてなら、塩原教官の方が何倍も心がタフだ。野里教官自身は心のタフさなんて求めてなかったのかも知れないけどさ。


 実のところ、彼女は本気でダンジョンの深層へ行く気は無かったんじゃないかとも思い始めている。そう思わないとやってられなかったとか?


 深層を目指すのは、弱い自分から目を逸らすとか、不甲斐ない自分を罰する手段に過ぎなかったような……まぁ勝手な想像だ。たぶん、教官自身も明確に線引きなんてできないだろうし、よく解らないはず。心なんて曖昧なモノ。自分の心であっても、解らないのが普通だ。


 はぁ。野里教官。貴女の壊れたダメ人間的なところも、僕は嫌いじゃないけどね。


 ま、そんなことより、今はヨウちゃんの方だ。

 まだ僕のクエストはクリア扱いになっていない。


「意識すると、少しずつ“光”が増えてる気がするし、ドロドロのマナが鎮まってきてる感じがする」

「(陰陽のマナなんて言うくらいだし、陰と陽が同じ程度で混ざり合う状態くらいしか思い付かないしなぁ~)」


 後は何をすればクエストがクリアになるんだ?

 試しに帰還石にマナを籠めるけど……やはり発動しない。まだダンジョンに閉じ込められたままか。


 どうすりゃいいんだ、これ?

 うんうん唸りながら悩んでいると、獅子堂が戻ってきた。更に二人、肩に担いでいる。


「……一体何があった? 戻ってきたら川神が居なくて焦っただろ。野里教官を完封しているようだし、問題はないんだろうが……」

「ご、ごめん。咄嗟にちょっと飛び込んじゃったんだ。私の手助けなんてまったく必要なかったけど……」


 未だに野里教官はガウガウ言いながら《纏い影》を脱しようと藻掻いているけど、いつの間にか《獣装》は切れたみたい。


 聞いてた限りでは、《獣装》が時間制限で切れた場合、ほとんど動けなくなるほどに消耗してしまうらしいけど……《バーサーカー》の影響なのか、元気だけは残っている。


 一瞬、このまま絞めオトしてやろうかと思ったけど、ヨウちゃんたちの前でこれ以上教官を痛め付けるような真似はしないでおく。何となく、今回のクエストにおいては、野里教官が意識を保っている必要があるとも感じているし。


「とりあえず、教官を引き連れて、倒れている人たちのところに行こうか? 残り三人なら僕とヨウちゃんで運べるでしょ?」


 ……

 …………

 ………………


 さて、問題の整理だ。


 まずは浪速くん。

 相変わらず《オブリビオン》は絶賛発動中。でも、レオの誘導に抵抗する素振りはないらしい。とりあえず崖を背後に、正面から来る魔物などをメイちゃんと長谷川教官が警戒しており、今のところ問題はない。


 次に野里教官。

 ガウガウ言ってるけど《纏い影》で捕縛中。《バーサーカー》の影響で意思疎通は難しいままだけど、直接的な脅威はない。こちらも問題はないと言ってもいい。


 その次、七人の学園関係者。

 まだ意識は戻らないけれど、既に安全地帯である十階層のボス部屋に運んだ。

 というか、僕らも今は一緒の十階層のボス部屋に戻ってきている。この部屋は広さもそれなりにあるけど《オブリビオン》を警戒して、レオたちはそのまま十一階層で警戒を続けてもらっている。


 こうして考えると、後はただただダンジョンを脱出するだけなんだよな。

 でも、クエストがクリア判定にならないと戻れない仕組みのようで、未だに帰還石は使えないし、十階層のショートカットの石板にも反応がない。


 ヨウちゃんにはあれからずっと陽のマナを練って貰っており、既にドロドロの昏いマナとキラキラと眩いマナは五分五分になっているんだけど……

 特に“陰陽のマナ使い”として覚醒のアナウンスがあるわけでもない。なんなんだよ、ホント。


「結局、その“クエスト”とやらをクリアしないと出られないのか?」

「そういう仕組みらしいよ。単純に『敵を倒せ』とか『隠し部屋を発見しろ』とかなら分かり易いんだけど……今回はヨウちゃんが“陰陽のマナ”とやらに目覚めるのが条件っぽいんだけど……」

「そう言われても……確かにイノに言われてから、自分の中に二つのマナを知覚できるけど……だからどうしたって感じだし……」


 そりゃそうだ。いきなり覚醒しろ! って言われても、一体何をどうしろってなるわな。


 そういえば、前世の仕事の同僚女史が『数年前に別れた元彼が急に表れて「頼むから生霊を飛ばすのを止めてくれ!」って懇願されたんですけど……私、生霊を飛ばした覚えもないし、そもそも戻し方とか知らないから困ってしまって……』なんてエピソードを思い出した。くそ。本当にどうでもいい話だ。なんでいま思い出すんだよ。


「ええと。とりあえず、ヨウちゃんのその“光”はなんて言ってるの? 前に聞いたヤツも含めて教えて欲しい」

「う、うん。……『二人を助けろ』『囚われた魂を開放しろ』『導き手を頼れ』……えっと……『目覚めろ』とか、ついさっきは『クエストを果たせ』って言ってたかな……?」


 うーん。曖昧。何だよこの中二病香るテキスト群は。他にヒントはないのか?


「川神にはそんな囁きが聞こえていたのか……? と、とにかく、その良く解からない囁きにヒントがある……のか?」

「たぶんね。僕側にはもうヒントとなるモノが思いつかない。後はヨウちゃんからの情報に……いや。野里教官もか?」


 相変わらずガウガウ言ってる野里教官を見る。うん。無駄な時間だったね。いまの意思疎通もできない教官に何を期待したんだか。


「……『囚われた魂を解放しろ』か。もしその対象が野里教官なのだとしたら、教官が囚われたのはダンジョンで間違いないと思うが?」

「確かにね。教官はずっと『十五階層から先が本番』って言っていたし……」


 まさかね。

 もしかしてコレもキーアイテムだったわけ?

 さっきは全く効果はなかったけど……どうなんだろ?

 インベントリから、例の“坂城さんモドキの双剣”をドキドキしながら取り出して、野里教官の眼前に出す。


「……ガァァッッ!!」


 違うのかよ!



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