第13話 対野里教官 第二ラウンド

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『《オブリビオン》を無効化しました』


 レオは背後からチラチラと浪速を気にするような気配を感じるが、野里はイノに引き留められて何も出来ない。徐々に距離が離れていく。


「抵抗はしないんだ」

「…………」


 浪速はレオに手を引かれるままに歩く。虚ろなままではあるものの、抵抗することはない。

 野里や倒れている七名を《オブリビオン》の効果範囲から引き離す。それがレオの役割。

 もちろん緊張感を保ってはいるが、レオの中では既に“終わった”感が強いのも事実。


「(浪速君を引き離すと、野里教官が特殊なスキルを使うかも……と言われてもね。そうなっても、全力が出せるのはイノやメイ様も同じ条件。長谷川教官だって《オブリビオン》が無ければやりようは幾らでもあるって言っていたし……)」


 浪速を保護するためには、イノと野里が繰り広げる異常な応酬……それらを確認しながらそっちへ向かっていくという罰ゲーム染みた接触が必要だった。

 あの一撃がもし自分に向けられたら……そういう恐怖を覚えない訳がない。レオにとっては、その一撃が致命傷となることも承知の上なのだから。近付けば近付くほど怖いのは当たり前。

 レオは自分の中に恐怖を感じながらも、同時にパーティメンバーへの信頼もあった。


 イノは近距離で野里教官を離さない。

 長谷川教官は魔物を近付けない。

 特殊なスキルにより、万が一イノが抜かれたとしても、《オブリビオン》の外であればメイ様が野里教官を止める。


 クエストのことは気になるが、野里を含めて彼らの命を助ける自体は問題ないと……レオは確信していた。


「(そろそろ五十メートルを超えるかな?)」


 レオはチラリと浪速を見るも、その様子は特に変わりはない。相変わらず虚ろなまま。抵抗もない。


「(守護者である野里教官と引き離されることで、何らかの反応があると思ったんだけど……特にないのか)


 野里も相変わらず、浪速のもとへ向かおうとする素振りが度々みられるが、イノがそれを許さない。むしろイノたちも徐々に離れていく形。完全に野里を封殺して状況をコントロールしている。


「さ、とりあえず行こうか?」

「…………」


 手を上げる。周りへの合図。

 レオは少し小走り気味に浪速の手を引き、事前に取り決めていた場所へ向かう。


《オブリビオン》の効果が切れる。



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 教官の焦りを感じる。

 レオがビビりながら近付いてくる時もそうだったけと、浪速くんと接触したあたりからは特に酷くなってる。《バーサーカー》でも焦るんだな……なんてどうでもいいことを考えてた。

 彼女が焦ろうが、僕のやることは変わりはしない。むしろやり易くなってる。


「(もう少し離すか)」

「……グゥッッ!」


 何度となく削り、既に大剣の刀身はボロボロ。だけど“壊す”ところまではいかない。教官は単純に力で振り回すだけじゃない。巧みな剣捌きは健在。悔しいけど“技”で凌がれている。

 それに、途中から勝つためじゃない、負けない戦い方を仕掛けてきている。この辺りはまるで《バーサーカー》っぽくない。粘り強くて堅実。

 くそ。時間稼ぎをしてるんだから、これはこれで正解なんだけどちょっと凹む。攻めきれない。泣き言の一つも言いたくなる。


 趣向を変えてみるか。

 大剣の動きに合わせて踏み込む。余りにも近過ぎて教官が嫌がる間合い。鉈丸じゃなくて、野里教官への組み付きを試す。

 これもダメか。

 剣の柄や膝を使って上手く凌がれた。その上で、体を後ろに反らしながらの横薙ぎの一閃で反撃までしてくれるとはね。

 それを躱しながら踏み込もうとしたら、先に後ろに退かれて間合いを外された。上手い具合に逃げられたか。


 まぁこれで更にレオたちから離れることができたから良しとする。ダメ押しということで。

 そろそろ《オブリビオン》が切れるかな?


「……グッ……! ナニ……ワッ! ドコダッ!? ……ッ!? オマエ……イ、イノサキ……カッ!?」

「おっと。意識が戻った?」


 動きが緩慢になり、虚ろな瞳にほんの少し理性の光が射す。


「野里教官! 状況が分かりますかッ!? 浪速くんはこちらで保護しました! あとは貴女を含めた数人です!」

「イ、イノ……サキ……ワタシ……カラ、ハナレ……ロ……ッ! ミサカイガ……ツカ……ナイッ!!」


 やはり無理か。

 いや、それどころか、ぼんやりと虚ろな瞳から狂気を宿す戦士へと変わっていく。

 そうか。もしかすると《オブリビオン》は《バーサーカー》の特性すら抑えていたのかも。


「ガァァッッ!!」

「ッ!? ……なるほどね。これが《獣装》か……もはや浪速くんよりも目に映る者が相手って感じか……ようやく《バーサーカー》っぽくなったじゃないか、教官」


 さて、第二ラウンドの開始か。


「グルァァ……!」


 マナで構成された獣の躰のようなモノを纏っているのがぼんやりと視える。《獣装》の名の通り。

 かなりの圧を感じる。プレイヤーモードの警戒も一段上がってるみたいだけど……とりあえず、ヨウちゃんや獅子堂の救助活動の邪魔にならないようにするか。


「……ガッ!!」


 早い。でもタイミングは読みやすくなった。

 大剣を軽々と片手で小枝みたいに振り回してくるけど“技”自体は荒くなってる。善し悪しだね。


「そっちが万能スキルを使うなら、こっちも同じだッ!」

「グッ!!?」


《纏い影》を全開にした捕縛。

 とりあえず、とっとと『呪物』を壊したい。

 ギリギリと大剣を中心に腕を絞め上げる。《獣装》の効果なのか抵抗が強い。


「ガァッ! ……グガァァァッッッ!!!」

「マジかよッ!?」


 バツリという音と共に《纏い影》が引き千切られる。少なくともゴブリンジェネラルよりは色々と力強い感じだ。


「くそ。どうするかな……余り酷いことはしないでおこうと思ったけど……手足くらいは勘弁してもらうか? ってか、そもそも加害者である教官になんでこんなに気を遣わないと駄目なんだよ。……腹も立ってきた」

「グォォッッ!!」


 ナチュラルな武技スキルの連続。

 早い上に力も強い。一撃一撃がいちいち煩い感じだ。流石に受け止めるには危険すぎる斬撃。

 強化の代わりと言っていいのか、“技”が荒くなっている分、こっちも反撃はし易くなってるけどさ。

 だけど、鉈丸であっても撫でる程度の斬撃じゃ呆気なく《獣装》に弾かれる。ガワを斬り裂くにはそれなりの強撃が必要ということ。面倒くさい。


「……覚悟を決めるか。教官……死なないでよ。いや、元は自業自得か。せめて死んでも恨まないでね」


 鉈丸にマナを籠めて“そのとき”を待つ。



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 教官が《獣装》を発動したみたい。

 やっぱり意識は戻らなかったのかな?


「川神! 急ぐぞ! 今の教官に迫られるとマズい!」

「わ、分かってる!」


 駄目だ。今は向こうを気にしてる場合じゃない。早く倒れている人たちを助けないと。

 全員で七名。《オブリビオン》の効果範囲は脱したのに意識がまだ戻っていない。呼吸はあるから生きてはいるようだけど……早急に安全地帯へ運ぶ必要がある。


「まず俺が二人運ぶ。川神は残りの人たちの護衛だ。……長谷川教官もコッチを射程に入れているから、大丈夫とは思うが……念の為に交互に運ぼう」

「分かった。……まぁ魔物たちより、教官の動きを気にすることになるけど……」

「……いざとなれば逃げろよ?」


 それは無理な相談。獅子堂だって分かってるくせに。呪物がない今は《紫電》くらいしか教官に対抗出来ない。いざとなれば私が“やる”しかない。


「この人たちの安全が確保できるなら逃げるよ」

「……そうだな。無駄な時間だった。すぐに戻る」


 獅子堂は二人を抱えて、ゲートに向かって駆けていく。かなり雑な運び方にも関わらず、やはり意識は戻らない。ちゃんと回復するんだろうか?


 冷静に考えると怖い。

 学園の生徒をつかっての実験の数々。それに荷担した私たちもタダで済むとは思えない。

 そもそも浪速や佐渡姉妹の“異常”だって見て見ぬフリをしていた。なぜ?

 明らかに破綻すると解っていながら、どうして私は呪物を手に取ったんだろう?

 何故かあの時は正しいと信じていたけど……“光”はどこを示していた? 私が信じたのは別モノだったの?


 イノに指摘を受けた二つのマナ。あの時は何のことかと訝しんだだけだったけど……意識すると何となく感じるモノがある。

 ドロドロとした昏いマナと、私が“光”と呼ぶキラキラしたマナ。

『イノを壊せ』と囁くのはこの昏いマナの方だ。いつの間にかこっちを“光”だと勘違いしていた気もする。今もなお『アレの力に屈するな』『ヤツを排除しろ』と繰り返しているようだけど……無視だ。

 とは言いながら、“光”の方も『導き手に従え』『囚われた魂を開放しろ』『目を覚ませ』とこちらも煩い。意味が分からない。もう少し分かり易く示してくれないかな。


「ガァァァッッッ!!」


 はっと意識を戻す。

 さっきとは逆。今度は《獣装》の教官が攻めに転じ、イノが防戦という形。それでもイノにはまだ余裕があり、教官は攻めきれてない。……《獣装》の教官相手にどうしてあんな動きが出来るんだ……意味が分からない。


 煩いのを無視して、“光”のマナに意識を集中すると“視える”。あの二人の戦いの行く末が。


 今のイノに対して、私じゃまともな勝ち筋が視えない。

 恐らく《紫電》を全開にして、殺す気で意識の外から一気に踏み込んで一撃を与えればいける。ただし、その場合は私もタダじゃ済まない……いや、確実に死ぬ。殺される。あの時のボスオークの時と同じだ。イノの反撃に対処できない。かと言って、反撃を気にした踏み込みだったら届かない。あっさりとこっちだけやられて終わる気がする。

 私の中の昏いマナはそれでも『ヤツに挑め』と囃し立てる。無理だから。


 教官も同じだ。《獣装》を使って死力を尽くしてもイノには敵わない。“光”は教官の勝ち筋を教えてくれない。削られて終わり。イノの一撃は《獣装》すら斬り裂く。


 あれ? ……違うの? なんだろう? イノも勝てない? 後悔している? 何を?


 あ、駄目だ。イノが殺すんだ。


「くッ!!」


 別に深い考えがあった訳じゃない。反射のようなモノだと思う。

 気付いたら《紫電》を全開にして飛び込んでいた。



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 視界の端に雷光。

 その瞬間、いきなり教官が吹き飛んだ。


 認識の外からの一撃。

 獣的な勘も流石に反応出来なかったみたい。いや、僕もだけど。

 これがヨウちゃんの本気の《紫電》か。至近距離だと為す術もないや。チートスキルじゃん。


 はぁ。プレイヤーモード込みで強くなったと思ってたけど、重要キャラはクラスやスキルがちょっと優遇され過ぎてないか? 教官もヨウちゃんも。

 僕の【シャドーストーカー】なんて、聞けば少し珍しいだけの汎用クラスだぞ。いや、《纏い影》は便利だから良いんだけどさ。


「グッ! ……ガァッ!!」


 起き上がった。

 ヨウちゃんの一撃。確かに勢いよく吹き飛んで派手さはあったけど、教官にダメージはほぼないみたいだね。

 不意の一撃でも《獣装》を貫く程じゃなかった。これは単純に攻撃力の問題か。

 まぁヨウちゃんの今の一撃は、仕留めるためのモノじゃなかったようだし。


「ヨウちゃん。どうして来たの? 助太刀がいる程には困ってなかったけど……?」

「あ……ご、ごめん。でも、イノが教官のことを……こ、殺しちゃうイメージが視えて……それで……咄嗟に体が動いたんだ……」


 なるほどね。そういう危険を察知したのか。さっき準備してた一撃だと少し強かったのかな?

 確かヨウちゃんは“光”が視えるとか言ってたっけ。ほんの僅か先の未来視みたいなモノなのか?


「……とりあえず、ありがとうと言っておくよ。確かに手足の一本くらい斬り落としてやろうって思ってたところだったし……」


 それにしても……なんだ? ヨウちゃんの混ざり合ったマナ……少し“陽のマナ”が強くなっている? まだ五分五分じゃなさそうだけど……


「ガァルルァァァッ!!」

「おっと。ヨウちゃん下がって!」


 教官が突っ込んでくる。念のために、さっきより少しマナを抑えた状態で迎え撃つようにする。

 さあ来た。横薙ぎの一閃……からの振り回し。まったくブンブン煩いな。

 緩急の動きを交えつつ、振り回しを搔い潜りながらこっちも一閃を放つ。


「グッ!!?」


 教官の左腕に一筋の傷。

 浅いけど《獣装》を超えた。

 よし。このくらいの加減で斬り裂けるのか。やはりさっき準備してた一撃はマナが過剰だったみたいだね。これでようやく殺す手前で血反吐を吐かせられるか。


 万能スキルと言えど、これほどまでに強力な《獣装》が永続するはずもない。効果が切れるまで粘るのも良いけど……万が一が怖いから早めに決めたい。


 それに、貴女にとっては甚だ不本意だろうけど、どう転んでも、ダンジョン内で超人として活動できるのはコレが最後なんだ。思う存分死力を尽くすのも良いでしょ?

 こっちの勝手な自己満足も含めてだけど、真正面から《獣装》を打ち破ってやるさ。


 僕の意思をマナの集束で察したのか、教官の動きも止まる。

 お互いに“踏み込めば必殺”という間合いで対峙する。……危ないからヨウちゃんにはとっとと離れて欲しいんだけどな。


「……イ、ノサキ……」


 驚いた。急に戻った?


「教官。少し自意識が戻りました?」


 狂気の中に理性が揺蕩う。まぁこのまま落ち着くならそれでも良いけど、たぶん、そうはならないんだろうな。


「な、ぜだ? ワタシは……マダ余力がある。時間を、稼げ……ば、すぐにウゴケナクな……る。わざわざ……“やる”必要は、な……い」

「まぁいちいち時間を稼ぐのも面倒くさいですし、直接動けなくする方が安心できるというのもあります。それにこの際だから、歪んだダンジョンへの狂気ごと叩き斬ってあげますよ。貴女が嫌っていた“プレイヤー”という存在に無様に敗れて、リベンジマッチの機会も二度とない。……貴女への罰の一つとしてはお似合いでしょ?」


 どこまで通じているのかは分からないけど、こっちにだって言いたいこともある。

 ダンジョンなのか、システムなのか、世界そのものなのかは知らないけど、結局のところ、僕を含めて教官たちも、ナニかの大いなる意思的なモノに踊らされているんだろう。


 でも、だからと言って許される訳じゃない。ヨウちゃんや獅子堂、他のサンプルとなった子供たちを巻き込んだ大人の一人なんだ。この手でぶちのめしてやりたいってのもあるんだよ。僕の勝手な八つ当たりなのも分かってるけどさ。


「……クッ! 罰……なら、受けルッ! イマは、ソンなことを……言ってイル、場合かッ!?」


 そうは言いながら、既に重心が前に寄ってるよ。

 正真正銘の本気の一撃がくる。

 それはこっちも同じ。さっきので加減は分かった。その上で、瞬間的な臨死体験くらいはしてもらう。


「グゥゥッッ!! どうなっても……シランゾッ!!!」

「最後にチョロッと善人ぶって許されると思うなよ! このダンジョン狂いがッ! 来やがれ!」


 マナが荒ぶる。

 踏み込んで来たところを迎え撃つ形で叩き斬ってやる。来い教官。


「ダメだイノッ!! ソレは私の“クエスト”なんだッ!!」




 ……は?



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