第12話 対野里教官 第一ラウンド
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対野里教官。
既に彼我の距離は五十メートル。
警戒はしているものの、まだ彼女は自然体であり、得物に手を掛けているだけ。構えてはいない。
ここから更に近付くとスイッチが入る仕組みなのは確認済み。
ちなみに、レオも浪速くんの《オブリビオン》を無効化することが可能だった。でもメイちゃんは無理。聞く限りでは、ヨウちゃんたちよりはマシ……少し耐性があるようだけど、結果としてまともに動けなくなるのは同じ。ダンジョン症候群のスキル無効化は“プレイヤー”限定っぽい。
あと、改めて確認すると、砦跡の奥に更に倒れている三人の人影を確認した。先に確認していた四人を加えて七名が動けない状態で放置されている。むしろこの人たちを早く助ける必要がある。
一度、野里教官と軽く追い駆けっこをしたけど、《オブリビオン》の効果範囲外までは出てこなかった。つまり浪速くんを中心に半径五十メートル圏内の敵を優先して排除しようとするようだ。ただし、浪速くんへの危害が予想される状況では、彼の傍を離れない。追い駆けっこだけで釣り出すことは難しかった。
浪速くんが自ら攻性魔法スキルを使ってくることはないけれど、《オブリビオン》を敵に向けるような動きを見せることもある。緩慢な動きだけど、野里教官をフォローしているのかも知れない。
救助にあたっては、まず野里教官と浪速くんを分離させる必要がある。現状、まだ帰還石を使うこともできないけれど、《オブリビオン》がチート過ぎる。少なくとも浪速くんをどうにかしないと、他のメンバーが何もできない。
正直なところ、《纏い影》が使えれば野里教官を捕らえるのは難しくはないとは思う。でも、そのためには浪速くんの《オブリビオン》が邪魔。邪魔な浪速くんを引き離すには、今度は野里教官が邪魔。……はぁ。良い連携だよ。ホント。
真正面から、僕が防御スキルなしで野里教官と打ち合い、その場に彼女を引き留める。その隙にレオが浪速くんを引き離す。《オブリビオン》の効果範囲を脱したら、スキルを使って野里教官を封殺。
もしかすると効果範囲を外れると、野里教官も少しは自意識が戻るんじゃないかという期待もある。
ただ……救助はソレで良くても、問題はクエストだ。果たしてこの流れでヨウちゃんが“陰陽のマナ使い”として覚醒するのかは全く分からない。ヨウちゃんが覚醒しない限り、ダンジョンを出られないとなれば……面倒くさいことになるのは火を見るよりも明らかなんだけどさ。
まぁやるだけやってみるか。
……
…………
彼我の距離が三十メートルを切った。
野里教官は大剣を担ぐようにして構え、明らかに重心が前にある。まさに臨戦態勢。
恐らく《オブリビオン》の効果は野里教官にも及んでいる。
かつて雑談の中で軽く教えて貰っていた【獣戦士】の固有スキル《獣装》。
どんなモノかは実際には見たことはないけど、ヨウちゃんや獅子堂の話では、野里教官の奥の手であり、強力な自己強化効果のある不可視の具現化系スキルらしい。メイちゃんの《甲冑》のような感じか?
力、速さ、感覚、マナ量をなどを爆発的に底上げし、下手な攻撃など意に介さない防御まで誇るという万能スキルだけど、《バーサーカー》となってからは使用しているのを見ていないとのこと。
なんでも、ヨウちゃんの《紫電》という速さに特化したスキルを全開にして、ようやく《獣装》の野里教官を振り切ることが出来るレベルらしい。
試しに《紫電》の方を見せてもらったけど、羨ましいスキルだ。やはり特殊クラスのスキルは強力みたいだね。
お互いに具現化系の便利スキルが使えないという条件。泣き言は言わないさ。でも、彼女と打ち合う前にどうしてもやっておきたい事がある。
いまの野里教官には意味なんてないのかも知れない。
でも、僕にとっては一応の意味はある。塩原教官との約束。
インベントリから坂城さんモドキの例の双剣を取り出して、よく見えるように掲げる。
無反応。……だろうね。
ダンジョン症候群を発症した以上、野里教官とダンジョンで顔を合わせるのはどう転んでもコレが最後だろう。塩原教官。形だけになっちゃったけど、約束は果たすよ。
「野里教官ッ! この剣に見覚えはあるか!? 貴女のかつてのチームメンバー、坂城仁の遺品のようなモノだ! 塩原教官より貴女に渡すようにと言付けられた! どうするッ!?」
「…………」
やはり無反応。
もしこの剣に反応するなら、『この剣で注意を引き、その瞬間に……』という物騒な考えが浮かんだりもしたんだけどな。既に僕もプレイヤーモードか。
臨戦態勢の野里教官に変化はない。近づいてきたところを斬る。それだけか……
双剣をしまい、鉈丸を取り出す。
「はぁ。こんな風に相対するとは考えてなかったんだけどな……。貴女には一応の恩もあるし、せいぜい死なない様に抵抗して下さい」
「…………ッ!」
脱力から……瞬時にトップギアに入れて駆ける。
真っ直ぐに踏み込んでくる僕を認識した瞬間、防御寄りの斬撃モーション。良い判断だけど、意味はないよ。
ありったけのマナを籠めた鉈丸で、大剣を迎えるように打ち付ける。
「ッ!? ……ガァァッ!!」
大剣と鉈丸が若干擦れるように行き違う……か否かの瞬間、彼女は浪速くんの方へ向かって飛び退く。
上手い。けど無茶苦茶な動きだ。身体を痛めるだろうに。
大剣が少し削れる。鉈丸で斬った。ホントは今ので叩き斬るつもりだったんだけどさ。咄嗟に無理矢理大剣の軌道を変えて凌がれた。流石にそう上手くはいかないようだ。
「……ッ!」
僕を脅威と見做したか。浪速くんを庇っている。
貴女が《獣装》を使えていたならまた違っただろうけど……プレイヤーモードの僕と防御スキルなしで打ち合うのは自殺行為だよ。今なら腕の一本くらいは意に介さないのかも知れないけど、それは僕も同じだ。
野里教官はレベル一七。僕はレベル一五。
レベル差もストア製アイテムの底上げであまり問題にならない。あと数レベル上なら、それはそれでまた話が違ったんだろうけど。
彼女が近接戦闘クラスっていうのもね。僕は厳密には斥候タイプだけど、近接武器で打ち合うのは相性が悪い。武器の性能に差があり過ぎる。
クエストのクリアを無視するなら、はじめから貴女に勝ち目はないんだ。ヨウちゃんに貴女を助けさせようとしたけど……もうそれは諦めたよ。
「……シッ……!」
「……! おっと」
気を抜いてたわけじゃないけど、気付いたら大剣が目前に迫ってた。呼吸を止めての踏み込み。動き出しのタイミングが掴めなかった。真正面から意表を突かれるとは……戦士としては流石だね。
躱す。反撃は無理。
振り下ろしから止まらず、そのまま躱した方へ斬撃が跳ね上がってきた。ツバメ返しってヤツかな?
「ガァァッ!!」
少し体を傾けるようにして躱す。若干肩に掠りかけたけど……野里教官はそのまま斬撃を止めずに回転して大剣を振り回してきた。
ヨウちゃんから聞いている。大剣の暴風。あー《纏い影》なら、起点となるさっきの一撃を大剣ごと掴んで終わりなのにな。
悪いけどお遊戯会に付き合う気はない。
後ろに飛び退く。即応。野里教官が踏み込んでくる。
それもヨウちゃんから聞いてるよ。追い足が早いってさ。
飛び退きながら、インベントリから取り出した鉄球を浪速くんに向けて放つ。狙いは適当だけど、効果覿面だね。
「……グッ!?」
野里教官は足を止めて鉄球を弾く方を選んだ。
長谷川教官が言っていたように、確かに倒すだけなら方法はいくつもありそうだ。何だかんだと動きに制限があり過ぎる。
次は短剣。しかも狙いもしっかりつけての投擲二連射。
「ガァァッ!!」
流石に反応が早い。二本とも弾かれたか。でもコレで思い知っただろ? 僕の相手をしながら浪速くんを守るのは難しいよ?
「……グゥゥッ!!」
「考える隙は与えない」
鉄球を投擲しながら踏み込む。
雑な狙いを見透かされたのか、僕への警戒が上回ったのか、今回の鉄球はスルーされたけど、野里教官は足を止めて僕を迎え撃つ姿勢。
詰みだ。
鉈丸を振るう。大剣で弾かれる。
大剣の突き。躱す。引き戻す動きに合わせて鉈丸の横薙ぎ。これも弾かれる。両手を器用に折り畳みながら大剣を振り回して凌がれた。
もう大剣を鉈丸から逃がすように無理矢理に引っ込めたりはしない。小細工なし。斬撃の応酬。打ち合い。
僕は浪速くんを狙うことができる。さっきのでソレを理解したのか、攻め一辺倒なお遊戯会も仕掛けてこない。大剣が削られるのを承知で一撃一撃の応酬を選択したようだ。
さて、これで野里教官は動けない。もう浪速くんのところには行かせない。
第一ラウンドは終わり。
第二ラウンドは、浪速くんの救助の後になるか。
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「……獅子堂は気付いてたかも知れないけどさ。私も『イノには勝てない』という“光”の囁きが聞こえていたよ。……改めてその意味がよく解かった」
「……そうか。俺も半信半疑ではあったが、たぶん川神にも同じような囁きが聞こえていると思っていた」
イノと野里教官が打ち合っている。
明らかに教官が押されているのが見てとれる。
教官の攻撃は通じていない。逆にイノの攻撃は呪物を削る。不利を悟りつつも、教官は立て直すこともできない。距離を取ろうとしても、イノは喰いついて離さない。
自分が得意とする範囲内に相手を留める。……これまで、教官が訓練で見せていたスタイル。ソレをそのままやり返されてるわけだ。
以前、教官はイノについて『まるでプログラムのようだ』と言っていた。確かにそんな風に感じる。
何故、あの距離で振るわれる教官の大剣を、平然と紙一重で躱すことができる? 一度だけじゃなく何度も何度も。
イノが得意とするスキル……《纏い影》による防御なしで、どうしてあんな風に踏み込めるんだ?
いくらなんでも、マナの集束だけでは、教官の一撃を耐えることができないのは承知のはずなのに……
教官の“暴風”に関してもまるで意に介していなかった。浪速を狙うことで強制的に意識を逸らしたけど……イノなら、暴風を凌ぎながら反撃までやってのけるんじゃないのか?
動きに無駄がない。無駄に見える動き、動きの遊びがあったとしても、それは後の一手への布石なんだと感じる。外から見ているとソレが良く解かる。
同じ条件なら私の方が個人として強い?
はは。確かにそうかもね。単純な力や早さ、反応だとか技の部分を見れば、一つ一つは私の方がイノより上だとは思う。でも、私がイノと“同じ条件”になることはない。
私には無理だ。あの動きはできない。絶対に。イノには恐怖がないの?
呪物よりも強力で、デメリットのない武器。羨ましいと思った。妬ましいとも。
でも、違う。イノの強さはそういう類のモノじゃない。
私が呪物を使い、イノが普通の装備だったとしても……たぶん勝てない。うん。無理だ。
本当にバカみたい。どうしてあんなにもイノに拘っていたんだろう?
恐らく、“光”が囁く『導き手』とはイノのこと。
イノを頼る……ここまで差を見せつけられたのに……何故か私の中のマナが未だに反発している。『イノを壊せ』と囁きかけてくる。この囁きは“光”とは別のナニか。ドロドロの方。よく解らない。
「……惚けてもいられない。新鞍さんが浪速の身柄を確保したら……私たちも行かないと」
「ああ。浪速が居なければ、俺たちでも役に立てることがある。少なくとも、七名の要救助者を運ばないとな」
気合を入れる。今は余計なことは考えない。
イノが野里教官を抑えている内に、《オブリビオン》を無効化できる新鞍さんが浪速を確保。……未だに何故二人が《オブリビオン》を無効化できるのか分からないけど……。
新鞍さんと浪速の守りは遠距離から長谷川教官、《オブリビオン》の範囲ギリギリで鷹尾先輩が待機する。
その間に私と獅子堂は、倒れている七名を安全地帯である十階層のボス部屋に運ぶ。
浪速を引き離した時点で、野里教官の意識がはっきりとするかも知れない。そうすればスムーズに救助できる。
ただ、同時に《オブリビオン》の効果が無くなるということは、野里教官が《獣装》を使ってくる可能性もある。まさしく全力の野里教官が相手。
現状の戦い振りを見ていると……《獣装》を使ったとしても、教官がイノをどうにかできるとは思えない。
でも、私たちは別だ。もし私たちの方へ向かってくるなら……覚悟を決めないといけない。
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